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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑭

「流石に、凄いなこれは。俺、ピラミッドを実際に見たのは初めてだ」

「正確にはジグラットですわね。王墓であるピラミッドとは違い、神を祀り、神を降ろし神と対話する為の聖なる塔。この場では彼の神性が座する、現実を浸食する空間、神殿の中心部ですわ」


見渡すばかりの荒野に果ては無いのかと錯覚していたが、流石にそんな事は無いらしい。

伝承体が自身の伝承に合わせて造る小規模な異界。現実にある空間、其処に風船を膨らませて、内側に異界を形成するのが神殿のイメージだそうで、情報として見て取れる光景は多くが張り付けられた背景の様なモノで有る。そう説明を受けると、何かに似ていると思った。

さて、そういった構造故に、中心へと進めば自ずとその神殿の核へと辿り着くことが出来るそうで。その中枢を成す形は、神殿を形成する伝承体の性質で異なるらしいが、古代メソポタミア、そしてアッカドの神話にルーツを持つパズズであれば、この神の降りる塔、ジグラットという形が自然という訳だ。


「思ったより守備の兵が見えません。あの内部へ繋がる正面階段に数体、他には確認出来ないですわ」


年季の入った単眼鏡で敵の配置を確認しているマグノリア。その単眼鏡も特殊なモノらしく、少なくとも隠れている伝承体を見逃す事は無い。


「・・・ええ、間違いありません。あの内部に人間が一人と、とてつもない規模の伝承体が一体。しかし、これは?」

「どうした?」


怪訝な顔で何か考える様な彼女に問うと、更に異質な変化が起こっていると言う。


「伝承体の存在に、揺らぎが有りますの。本来、伝承体という存在はその発生の瞬間に存在の強度が固定されます。外殻の堅牢さ、出力の高さ。これらは顕現出来る時間に直結する」


一度出現した伝承体は、基本的にそれ以上強くなったり弱くなったりはしない。それはその発生時に存在が固定されるという性質があり、更には内部に蓄える魔素がその活動を保証するリソースである為に、そこからある程度の活動限界も予想出来るというのだ。

ならば生贄として犠牲になった者達は何なのだという話だが、それは単純に悪神としての性質がそれを求めるらしい。

つまり、意味の無い犠牲だ。そう在ると語られているから、そう在るように振舞うというだけの話。人を喰らって腹を満たすわけでは無く、その生気から力を得るという訳でも無く。

そういうモノだから、そういう存在だからという習性の様なモノなのだ。

この話を聞いた時、俺は確実にパズズを滅ぼすと決めた。更にはそういった存在を呼び出したヴォルコフの野郎を惨たらしく殺してやると、そう決めていた。


「それが、揺らいでいるのです。こんな事は有り得ない。あの最悪の終末伝承、四人の乗り手ですら、無限と錯覚する様なリソースを抱えていたとはいえ、限界が確かに存在していた。それが今を生きる者が、神という幻想、伝承体を打倒しうる希望であるというのに」

「どうする、作戦変更か?」

「いえ、これも暫く観察していて分かったのですが。どうやらその変化の幅が、極端に出力の低下に傾いている。これは、もしかするとパズズを顕現する際に何らかの不手際が有ったのかもしれません。より強力な伝承体を人為的に発生させる試みなんて、連盟の記録でも過去に数度も有りませんから。時間の掛かる分安定した自然発生と違い、そもそも無理があったのでは?それ故にヴォルコフは、その補填に生贄を求めたのではないのかしら」


理由はどうあれ相手が弱体化しているというのなら渡りに船だ。相談の結果、作戦は継続、正面から突入する事となる。

偵察結果のとおりに警備は驚くほど手薄で、群れるならともかく数体の蝗ではすっかりコンビの戦いが板についた俺たちの足止めにはならない。

一気に石の階段を駆け上がり、ジグラットに突入する。内部は広く空洞になっており、その神殿の内部にヴォルコフと、問題のパズズは確かに居た。


「な」


しかし、その光景にまた驚愕する。

パズズ。獅子の頭に、鷲の翼を持つという、熱砂と病を支配する魔神。

悪霊の王とも呼ばれ、蝗害の神格化とも呼ばれる神とは、どんなに凶悪で、どんなに強大で、神として、どの様な畏れを抱く存在なのだろうと。突入の瞬間までは確かに考えていた。


「どういう事だ。話が違うぞ、パズズ!貴様は災厄の悪神、恐るべき魔王では無かったのか!?」


そうだ。話が違う。つい先程まで、確実に殺すと決めていたヴォルコフの狼狽ぶりに、同意すら覚えてしまう。


「病の王が、病に罹るなどと、笑い話にもならないでは無いか・・・!」


そう、その言葉の意味のまま、パズズは病に侵されていた。

身長はおよそ二十メートル、立ち上がれば凡その者達を見下し、威厳に満ちた様子であっただろう。

今は干からびて、枯れ木の様な体躯も、本来であればそのどれもが古城の石柱の様に太く、生贄となった人間を紙の如く引き千切る膂力を備えていたのだろう。

そして、調理前に鶏が毟られるが如く、情けなくまばらな羽しか残っていない翼も、禿げ上がって眼窩に落ち込んだ、今にも流れ出してしまいそうな白く濁った眼も。元が荘厳な、神話に語られ、永く畏れられていた存在であったが故に。いまのそれが、誰がどう見ても健常な状況であるとは思わない。

そして、ヴォルコフが病と称した理由。

伏した背に、まるで赤子を負う様に、鎮座する巨大な膿疱が。

その病の魔神が今、病に伏しているという証明である。





「クソ、クソ!話が違うぞ、神域解放戦線。この様な、とんだ紛い物を押し付けおって!」

「やはりあの過激派が関与を。ベオ様、とにかくこの場でパズズを討滅しますわ!あの膿疱が何であれ、何らかの病を内包している事は間違いありません。作戦通りに、ベオ様はヴォルコフの確保を・・・!」


ヴォルコフも、マグノリアもその理解不能な状況に、それでも対応すべく動き出そうとしている。

だから俺は、その状況を理解してしまったからこそ、その場から動けずにいた。


「ベオ様、混乱は分かりますが今は」

「違うんだ、マグノリア」


そう、違う。こいつは、目の前の此れは、君の言う様な神様では無い。

そうだ、これは違う。何故なら俺は、二度も同じモノを見た。

死肉で造られた紛い物の娘、機械の虫を寄せ集めた海竜。容は違う、状況もまるで異なる。

しかし、同じ匂いがある。あの膿疱の内側で、あの巨人達と、同じ匂いがしている。


「伝承体では無い、パズズでも無い。其処に在るのは、全く別のモノだ・・・!」


その瞬間、膿疱の内側に在るモノが、俺に気付いて視線を向けた。理由もなく、そう理解した。

それで俺は、何も考えずにマグノリアを抱え上げ、全速力で出口に向かって走り出す。

驚いて何かを話している彼女に返事をしている暇はない。時間は僅かしかないと、これまでの経験が告げている。それから、得体の知れない、予感とも言える感覚が、俺にそうするべきだとわめきたてている。

ヴォルコフは、己の野望の破綻を信じられないのか、信じたくないだけなのか。フラフラと膿疱の方へと歩いていく姿が視界の端に見えた。

だからどうした、俺の手は二本しかない。勝手をやった結果だ、勝手にしやがれ。

出口から飛び出す。高低差も考えず、墜落するように階段を駆け下りる。

登る時間に比べると数秒、それで石の階段を降り切って、それでも距離が足りないと一歩、二歩と踏み出した瞬間に、後ろから男の絶叫が聞こえた。

一つ、良いことがあった。俺が残酷な方法で殺してやろうと思っていた相手は、多分俺の想定以上に悲惨な末路を辿る事になったのだと思う。

マグノリアを降ろして、俺の後ろに下がらせる。そいつが最上部の入口から出てくるのが、吐きそうな程に濃い膿と、血の匂いで分かった。

ゆっくりと、神を招くというジグラットの内側から、その姿は現れた。


「うむ、言祝ぐべき王の誕生の瞬間に脱兎のごとく逃げる様。不敬であるが、滑稽ではある」


声の響きは幼い。子供の、それも就学前くらいに幼い子供の声。だというのに、その威厳は本人の称するように、王のそれであった。そしてそれは遥か階下、この場所まで届く。まるで、この空間自体が言葉を発しているように。


「我を楽しませた褒美に、此の名を耳にする事を許すぞ。その後に、疾く死ぬがよい」


パズズがどうとか、そういう話では既に無い。目の前の此れは、神を苗床に発生した、三番目の巨人。

その姿は、敢えて言えば親ともいえる基となった存在、パズズと同じ獅子の頭。背には鷲の羽、異なるのは、手にする茨で編まれた槍が一つ。


「我が名はボルソルン。ボルソルン・パズズである」


巨人はそう名乗り、先程口にした不敬者に下賜する死を自ら下すべく、まだその生誕の際に身に受けた、血膿に塗れた足で一歩を踏み出した。


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