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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑬

蝗害という群れを構成するに、蝗は群生相という形態へと変化する。

これは生涯の生活圏を額ほどの草原で生きる小さな虫けらを、国を跨ぐほどの長距離を移動する習性と、それを可能にする強靭な羽と体に作り変える。そして数を頼みに雲霞の如く押し寄せ、獲物に喰らい付いてそれが尽きれば次へ、その単純な生態を群れが悉く死滅するまで続ける。

実際の所は孤独に生きる蝗が、過密した環境に適用する為に分泌されたホルモンによる形態の変化という事で、適応の一つの形であると知られた事はそれ自身を人が認知した後、長い歴史に反して近年の事だ。

目の前の人間程の大きさのそれも、体色は黒く、大きな羽を背に持つ姿。何時だかのドキュメントで見た群生相の姿に違いない。

違いと言えば先程も触れた人間並みの大きさと、武器を用いている事くらい。その切っ先に触れれば傷を腐らせ、専門のメイガスが早急に治療しなければ確実に死に至る致命傷となる呪いのおまけつき、という問題はあったが、誰が言ったか、実際当たらなければどんな毒でも、それが呪いであっても意味は無い。


「前座は、引っ込んでな!」


蝗の鎧である外骨格は、その刺々しく変化した外観に見合って一般的な西洋甲冑程の強度がある。刃を通さない事は勿論、丸みを帯びた体は正面からでも銃弾を弾いて逸らし、大口径でも当たり所によるが表面に傷を付ける程度だろうか。しかしベオの振るう槍斧の一撃の前では、ぐしゃりと卵の殻を割るか潰すが如くであった。

その伝承兵装でもある斧槍の名を、今は語るまい。由来としては、マグノリアの持つ剣と基を同じとする。

その斧の重さに、鉾と言ってもいい穂先の鋭さは業物のそれであって、武器として、刃の冴えは一級品を超えたモノである。存在の古さという、伝承体に対する特攻ともなる歴史の長さ、来歴も相当なものであったが。

しかし、その内に秘めた力は別にあった。それも、ここで用いる訳にはいかぬ、というより用いる事ができぬ、という事で省略する。

つまりは只の斧槍、けれどそんな事は少しも枷にならないとばかりに、一振りで一体、一刺しで一体と確実に屠る。斧槍を振るう回数が増えるごとに、倒れる数は増して。

勿論、如何に武器が優れ、怒りがその追い風になっているとはいっても、全てがベオ一人の戦果では有り得ない。戦いの最中幾度も、背後から血濡れた呪いの刃が迫り、肉を抉ろうと槍の穂先が突き入れられる。しかし、群れの最中であっても、その対象のみを狙い、蛇が這う様な軌道で、マグノリアのクロスボウから放たれた専用の太く短い矢、ボルトが命中、致死にならずとも着弾の衝撃で生じた隙により、次の瞬間には斧槍の餌食となった。

侵入者に対して、侮りはあっても必勝を期して形成された包囲陣は壊滅状態であった。

蝗の群れとしては随分と少ない、数としては数十の虫たちは元のそれと同じく、死を間近にしても引くことを知らぬが故に、最後に残った一体がたった今、頭蓋を叩き割られて全滅した。





「よし、あのクソ野郎を追うぞマグノリア」

「ま、待ってくださいまし!少し休息と、傷の治療をしなければ。勿論私ではなく、ベオ様のですわよ!」


最後の一体を斃すと同時に、ヴォルコフを追おうとするベオを必死で呼び止めて、荷物を背負い駆け寄る。敵の首魁との問答の際の動揺ぶりは少し異常で、何かの暗示か呪いでも掛けられたのではないかと心配したが、今の戦いぶりを見てそんな事は杞憂だったと安心した。が、それとこれとは話が別だ。


「無理はしないと約束したじゃないですの!私、もう心臓が口から飛び出そうでしたわ」

「あはは、そうだったな。悪い、ちょっと頭に血が上っていたよ」


ようやく治療の為に座り込んだベオの上着を無理やり剥いで、手始めにと頭から聖別された薬湯をぶっかけた。

素肌を見ると、やはり直撃は無くとも至る所に小さな傷が出来ていて、今の間の事なのに一部は黒く腐り、壊死している部分すらあったから目も当てられない。自分と違って守護の鎧が無いのだから当たり前ではあるが。

今の薬湯でかすり傷は大丈夫。後は、呪いを受けて腐りつつある大きな傷の処置を行わなければ。タチアナが残していった特別な魔女軟膏を塗り付け、酷い腐れはナイフで除去しつつ縫合。遠目では分からなかったが、思ったより負傷個所は多い。


「あ、ああ」


当たり前だ。あれ程の戦いぶりであっても独りで戦わせていれば、今、傷を癒していなければこの男は確実に死んでいただろう。そんな事は当たり前なのに。人は、簡単に死んでしまうのに。

それこそ、あんなにも頼もしく思っていた、自分の祖父の様に。


「あ、う」


急に頭が冷えた。その可能性を考慮していなかった訳では無い。だけど命を救われて、助けてくれるだなんて言葉に胸をときめかせて、間抜けな事に失念してしまっていた。

自分はいい、覚悟はある。その為に九界に赴き、実際にあの荒野で、ベオが間に合わず独り死んでしまっていたとしても、それはそれで未練はあっても、妥協できる最期だ。

だが、彼はどうだ?

自分と違い義務はなく、責任も無い。敵の言葉のまま自分を見捨て、家に帰れば待っている人が居る。

当たり前に、明日を迎える事が出来るのに。こんな次の瞬間には命を落としてしまう様な死地に、自分の勝手で連れてきてしまったと、今更頭が冷える自分の馬鹿さ加減が苦しかった。

こんな時、他を率いる経験が有ればどうだったろうか。ああ、それでもきっと、彼を共に戦う友としてではなく、別の存在として意識しつつある今では無理な事だ。つくづく、自分の未熟が嫌になる。


「・・・此処までですわ。これ以上、ベオ様に手伝ってもらう理由は有りません」


ああ、だから。こんな事になって、此処まで付き合わせて。


「敵の手勢は減らせました。これから先は、私一人で十分ですわ」


自分勝手にそんな事を口にする。自分勝手に、彼の事なんてまるで考えずに、彼に死んでほしくは無いからと。


「連盟からは後日、十分な報酬をお支払いいたします。ですから、どうかお帰りを」

「本気で言っているのか?」

「本気ですわ」


本心だ。心から、この男を死なせたくはない。

感情的な暴論の一方で、全く勝算が無いわけでは無い。連盟を出発する前に総代から託された、十人の隊長のみが使用を許される、かつて祖父が用いていた天使。これに加えて剣の秘めたる力を使えば、敵の手勢を削り切った今の状況であれば、確実にパズズを討滅出来る。

自らの命と引き換えという、前提はあっても。


「馬鹿だな」


そんな自分としては悲壮な決意に、ベオはそう笑いながら言った。その響きが余りにも自然で、まるで子供をたしなめる様な声色でもあったから、状況も関係なく、なんだかカチンときた。


「馬鹿は貴方ですわ!」


殆ど叫びながら、いや、馬鹿は自分だと客観的に理解している。こんな敵地のど真ん中で、痴話喧嘩じみた口論を吹っ掛けて。従騎士時代に教えを受けていた戦術教官がこの場に居たら、顔を真っ青にして頭を抱えているだろう。


「こんな、自分の傷を顧みない戦い方で、無理ばかりして!」


治療の途中で新しいモノでは無い、古い傷跡を山ほど見つける。大きさも治癒の具合も様々で、致命のモノも少なくは無い。あれ、似たような事を誰かにも指摘されたような。


「い、言っちゃあ悪いが、君だって似たようなものじゃないのかい?」

「今話しているのはベオさまの事ですわ!此方の心配も気にしないで本当に、あったまにきますわよ!」


自分の事は遥か彼方へと棚に置いておいてこれだ。もう騎士としての体面だとか、人類を護り導く使命だとか、そういったものはどうでも良かった。

こんな気持ちは初めてで、どう扱っていいのか分からない。大切に想う対象としては、かつて祖父に向けたソレに近いが、やはりどう考えても、その性質は異なる。


「馬鹿、馬鹿馬鹿!どうしてそんな風に笑っていられるのですの?こんな訳の分からない女にたぶらかされて、こんな所までのこのこ付いて来て!ベオ様はどうしようもなく、救いようのない馬鹿ですわ!」


雑な悪口を言って、本当に、後に冷静になった時にきっと後悔するだろう。それこそ、本当に穴を掘ってそこへ埋まってしまうくらいに。


「貴方はおじい様と同じです!そうやって勝手に、自分の為だと嘯いて、何かの為に戦って!」


止めなさい私。これ以上踏み込んでしまえば、もう戻れない。

昨夜以上に、ずっと秘めていた、心の奥底に押し込めていた、祖父だけに見せていた。子供の様な本心をさらけ出してしまう。だというのに。


「私を置いて、勝手に死んでしまうんですの!」


ああ、やってしまった。もう滅茶苦茶だ。

結局、こうして今まで戦ってきた理由も、祖父との繋がりを失いたくなかったからで、ベオの言う様な決意なんて気高い理由では無い。

誰も彼も自分を見誤って、過大評価をしている。私は、過去にしがみついて、偉そうな格好ばかりで、独りになりたくないだけの弱い女なのに。


彼の映る視界が歪む。枯れた砂の世界でも、感情で涙は流れる。

何故だろうか、ベオに出会ってからは泣いてばかりで、情けない所を見せてばかりだ。

偉そうに何が騎士だ、なにがカッコイイだ。幻滅すると良い。極論だが少し恨みがましくすら想っている。これ以上、私にとって大きな存在に成ってしまう前に、どうか目の前から消えてくれ、とすら考えているのだから。


「それでも、俺は君をカッコイイと思うよ」


馬鹿、やめてください。


「独りになりたくない、だなんて誰でも当り前さ。俺だって、独りは怖い。だから、大事に思っている君を独りにはしない。こいつも、当たり前の事だろ?」


駄目だ。甘えては駄目なのに、彼から眼を離せられない。彼の言葉の続きが聞きたくて仕方がない。


「悪い、言葉が足りなかったな。俺が偉そうに言うのもなんだけど、程度はともかく弱さも、恐れも抱えて生きているのが人間だ。それから逃げるのか、それとも向き合って立ち向かうのかは個人の自由だけどさ」


それでも貴方は、こんな私に告げてくれるのだ。自分がどんなに否定したとしても、それは違うと、更なる否定を重ねる為に。


「ああ、何度でも言ってやるさ。震えながらでも、泣きながらでも前に進もうとする君の事を、かっこ悪いだなんて思わない。これだけは俺の勝手だから、君自身が何をいったって変わらないからな」


ああ、まただ。

言いながら笑う横顔を見て、胸が痛い、鼓動が速すぎる。今この瞬間に敵が戻って来てもおかしくない敵地で、渇きも削るような風も何もかも感じてはいない。燃えるように、心が熱い。


「だからさ、一緒に行こうぜ。君がどんなに自分の事を情けなく思っても、涙を流して立ち止まってしまったとしても。俺はずっと、君はカッコいいって、そう言ってやるからさ」


その瞳に射止められるように。それが多分、止めの言葉になった。

ただ、それを想うだけで、この胸を温めるモノ。それが在ってくれるというだけで、千里でも万里でも駆ける力を与えてくれるモノ。これがきっと、そうなのだ。

ああ、そうか。あの時、おじい様の答えた騎士としての在り方。その答えが、今、自分にも理解できた。


「・・・高く、つきましてよ?」


涙に鼻水まで垂らして、偉そうに何を言う。けれど、そんな私でも、格好良いと、貴方は言って下さるのですよね。


「いいぜ。今回の件が片付いたらその清算に、幾らでも付き合ってやるさ!」


言質は取りました。貴方がおっしゃったのですから、違える事は許しませんよ?

やっと解りましたわ、おじい様。私の、私だけの騎士としての在り方を見つけましたの。


これだけ有れば何も怖くは無い。だってもう微塵も、迷う事は無いのですから。


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