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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑨

「襲撃者の追跡が難航しているだと?」


時間の無駄程不快なモノは無いが、些細な事でも情報の更新は必要である。だからこうして、数少ないまだ使えると思っていた部下からの、余りにも不甲斐ない報告を執務室で聞いている。


「はい総督。何分、警備局の人員を捜索に割けないとなると取れる手も限られますので。特に保安部は多くが他階層からの移動人員で土地勘が無く、総督府警備と並行しての捜査となれば単純な人手不足という問題が」

「言い訳は必要ない。私は、別に無理を言っているわけでは無いのだがね。それがたった一人の逃亡犯の確保すら出来ないとは。保安部が優秀な人員揃いという認識は改めねばならないのかね?」


成程、過大評価が過ぎたか。指揮官は特に優秀と聞いていたが、所詮現地雇用の人員ではたかが知れている。

その詰問に対して眉一つ動かさず、鉄面皮のままの目の前の役立たずからは、結局くだらない返答しか返ってはこない。


「返す言葉もありません。ニヴルヘイム保安部の総力を以て、目下全力で事に当たっておりますが、万難を排すためにやはり重ねて初動捜査だけでも警備局の協力を仰げませんか?」

「命令に変更は無い。これ以上失望させてくれるなよ」

「は。では、捜索の指揮に戻ります」


ニヴルヘイム保安部実働部隊を仕切る、既に覚えておく価値が無い無能な男が退室した後、やれやれと首を振りつつソファに腰かける。


男の言う通り警備局の協力を要請出来れば話は早いのだろうが、それで本社に此方の動きを悟られる事の方が今は不味い。まあ、襲撃者の身元は気になるが、最悪それはどうでも良い。

問題は明日、夜明けを迎えるまでの間邪魔が入らぬようにすれば良いだけの事なのだ。例え使えない保安部が襲撃者を補足出来なくとも、手傷を追っている相手が捜索を逃れる為に、暫くの間、最低限この場所に近づけぬようする事くらいは出来るだろう。


ああ、この期間に厳戒態勢の名目で警備局を行政本部周囲から排除できた事は怪我の功名であった。

更には警備局で拘留している適当な変異者を容疑者取り調べの名目で連行出来るのも良い。これで予定外に数を減らしてしまったコストの頭数は事足りる。その仲間に入れてやろうと考えていたあの秘書の女は昼頃から姿が見えないが、それも今ではどうでもいい事だ。

後一日。たった一日で、全てが変わる。

そう考えていると、防音の筈の隠し扉でもある本棚の奥から衝撃が響いた。成程、これで八割方行程が終了したという事で、彼もそろそろ本調子らしい。神域解放戦線の想定によれば経過時間から第二段階は間近、この部屋も後数時間の後に、彼の神殿に飲まれるのだろう。

ならば今はそっとしておいた方が良い。自らの本願を遂げるための要とはいえ、王になる者が不要なリスクを負う訳にはいかない。


「はは、楽しみだよ。あの時とは逆に、跪き許しを請う貴様を見下ろす時をね」





「で、今現在総督府に居座っているのが、連盟が追いかけている伝承体ってやつの一つなのか」

「はい。その内でも飛び切りに害悪で、始末の悪いモノですのよ」


外は降り出した土砂降りの雨で、一人用の狭いテント内部は俺とマグノリアの二人きり。散々大暴れの後なので犬頭が汗くさいないかと気になるが、そんな事も言っていられない状況らしい。

聞けば、彼女が無謀にも単独でバルドルに挑んだ理由は、それに早期に対応しなければとんでもない被害が生じると判断したためであるという。

それが連盟がその敵として追う存在の一つ、伝承体。その言葉の通りに、伝説や物語に謳われる存在の総称で有るのだと。


「所謂、人間や動植物が変異した魔素適応個体とは異なる、星に記録された、知的生命体の伝承。それが幾つかの要因によって実体化した存在を伝承体と呼びます。必要なものは三つ、そうあるという想いから生じた信仰、そうあれという願いの結晶、神威たる超常の権能を備えた神核。そして、そう謳われる容を表す名、古く、永く語られる神名。これらが備わる事で彼らはこの世界に顕現する。世界が記録した人の祈りから発生する伝承具現化現象、分かりやすく言えば、これは神様という現象なのですわ」


神様、と来たか。今まで色々な相手を殴り倒してきたが、まさか神とやらを相手取る事になろうとは。


「良いね、ようやく話が理解できてきた。君がそんな目に遭ってもまだ相手にしようって神様だ。よっぽど悪いやつなんだろう?」

「話を信じていただけますのもそうですけれど、その、本当によろしくてベオ様?私達は本来であれば連盟の各隊が複数合同で戦団を組み、万全を期して討滅に向かう強大な悪神と事を構えようとしているのですけれど」

「当たり前だろ。それにニヴルヘイムに影響が出るっていうなら連盟だけの問題じゃないさ。問題の行政ビルの所在は知り合いの通ってる学校や警備局も近いし、今後周囲に害を及ぼす可能性があるってだけで既に、その神様ってやつは俺の敵だ」


困惑するマグノリアには悪いが、そういう話だ。俺は、俺の身内を害そうとする存在を許さない。それが例え神様だとしても、立ちふさがるのなら遠慮なく風穴開けて、バラバラに解体してやろうとも。


「で、どんな奴なのさ。そのカミサマってのは」


知らないというのは気楽なもので、敵と定めてからは俺に気負うモノは無い。代わりに少し息を呑んで、彼女はその神の名を告げる。


「古くはメソポタミア、アッカドに伝わる熱砂と熱病の王。時代が下がると共に、他宗教との軋轢の中で悪神と成り果てた、魔神。その名をパズズ」


僅かにその名の響きに何となくの聞き覚えがあったが、その程度の印象だ。砂や熱病の王、という事だから、口からウイルスや細菌まみれの息でも吐いてくるのだろうか?


「そういうパニック映画に出てくる怪物程度のレベルではありませんわ。そもそも、パズズという存在は通常の伝承体としてのレベル、存在の強度が桁違いなのです。伝承としての起源はおよそ紀元前一千年前。つまり、それだけ古くから語られてきたという歴史がありますの」


伝承体、を構成する為の三要素。その一つがその伝承体に対する信仰である。

より古く、より広い範囲で語られれば、その外殻は補強され、存在としての規模が巨大になる。構造物で言えば基礎部分。これが大きければ大きい程、内部に搭載するスペックたる権能も、その影響力も強くなるらしい。


「そして神核。これが中身となりますけれど、それは神名。つまり、パズズという神が、どの様な権能を用いるのかで変わってきますのよ」


これが一番重要な点だ。良くある、全知全能などという荒唐無稽な範囲では、求められる出力が過剰すぎてそもそも伝承体の顕現自体が不可能らしい。その辺りは神様のくせに現実的であるが、信仰というリソースが叶う限りでは、神話という空想は文字通りに現実となる。


「勿論、此れは完全なパズズそのものとは言いません。連盟の記録では過去にもパズズと交戦、討滅した記録が残っているくらいですから、条件さえ揃えば一部限定的な権能の、劣化したパズズは顕現するのです。けれど、少なくともニヴルヘイムに存在する個体は、一体どうやって用意したのか殆ど信仰がピークに達していた数千年前の当時に造られた石像を依り代とする、限りなく原点の伝承に近いパズズですの。すなわち零落の以前、その信仰最盛期である病の風を操る強大な魔神。それこそが、私達が相手とする存在なのですわ」





マグノリアからの説明が終わる頃、雨は丁度上がっていた。

どうやら通り雨だったらしく、これから街に戻るのに足が二輪しかないのでどうするべきかと悩んでいたが、これなら濡れネズミにはならずに済む様だ。


「さてと、これからどうするかだが、その前に片付けなきゃならない事が有るよな」

「ええ、その様ですわね」


俺の意図を読んで応えるように微笑むマグノリアは体力も幾らか回復した様で、どうにか動ける様だ。それが分かると互いに目を合わせて、勢いよくテントから飛び出す。


「対象に気付かれたぞ。各自、非殺傷弾で制圧射撃!」


やはり遅い。この連中には実戦経験がまるで足りていない。

警備局の手練れならこうはいかないが、飛来する非殺傷のゴム弾を躱し、思ったより容易く黒の装甲服、保安部の包囲を蹴破りながら脱する。

見ればマグノリアも何処から出したのかあの大剣を振り回し、午前中に聞いた佐々木のバットにも劣らぬ快音に続いて数人が夜空に舞った後、泥水に頭から突っ込んで昏倒している。病み上がりではあるが、どうやら要らぬ心配だったようだ。


「クソ、混戦だ。射撃中止、盾で囲んで潰せ」


雑魚と比べると指揮官は少し頭が廻るらしい。寡兵を相手に数で押す時は同士討ちが一番怖く、パニックムービーではないが仲間に撃たれた名誉の負傷なんて、現実では笑い話にしかならない。

指揮官の声に我に返って、集団は訓練の通りの隊列を組む。ライオットシールドに展開した長柄の電磁スピアという、ある意味ありきたりな敵の装備はこの場においては的確な選択だ。隊列を組む様は中々決まっていて、古く、ギリシアの主戦法であるファランクスに近い、集団戦ではそれなりに有効な戦法なのかもしれなかった。

それも、まあ一言で言ってしまえば、相手が悪い。


「ベオさま!汚名、返上ですの!」


数十人の人の塊、その明らかに自分より勝る質量を何でもない様に打ち崩し、逆に一塊になったおかげでまとめて片付いて良いと包囲の壁を突破していくマグノリア。うん、視界の隅で転がっていく連中は多分生きているだろうが、調子が良くなってきたのか、佐々木のホームランも霞む程に、そのスイングは鋭かった。

しかしマグノリアは全く本気ではない。良く見れば剣の刃では無く、腹で相手を殴りつけている。

真正面から彼女の一撃を受けたから分かるが、崩れていく包囲を見ながら、奇襲してきた相手になんだが同情する気分だ。というよりあんな無理な雑な使い方をしても曲がりもしない剣も大概だと思う。


「こ、この化物!」

「おっと、レディにそんな口を利くもんじゃないぜ。あと、その物騒なモンは没収な」


確保を諦めて銃を抜こうとする者もいたが、その辺の処理は俺の役目だ。これだけ圧倒的な状況で、意味もなく痛めつける趣味は無い。適当に殴り、武器をバラしたらその辺に転がす。普段ならともかく、周囲の掃除をしたばかりの今なら、まあバジリスクの餌になる事は無いだろう。


「ベオ様、此方は片付きましてよ!」

「おう。体はもう大丈夫そうだな」


時間にして十分も経過していない。今になって分かったが敵の総数にして二十人程か、保安部の追跡部隊は殆どマグノリア一人の手で壊滅していた。ちなみに彼女は息一つ乱していないのだから頼もしい限りだ。


「さて、見ての通りお仲間は壊滅した訳だ。で、アンタを一人残した訳は分かってるよな?」


一人だけ昏倒させずに拘束しておいた男に問う。バイザー付きのヘルメットを脱がすと、意志の強い瞳で睨み返されるが、状況を理解しているのだろう。抵抗と言えばその位のものだった。


「アンタ、名前は?」

「テロリストと交渉するつもりは無い。それに俺は末端の兵隊だ。大した情報は引き出せんぞ」

「そうでもないぜ。バルドル保安部、ニヴルヘイム所属、行政本部守備中隊長殿。事実上、ニヴルヘイム保安部のトップが末端ってのは、ちょっと自分を過小評価してるんじゃないか?」

「貴様、何故それを・・・!」

「悪いがアンタの社員証を確認させてもらった。暗号化スクリーンで安心してたんだろうが、俺の上司はこういう道具を作るのが得意でな」


そう言って小さな円形のレンズを彼に見せた。

バルドルの警備局もそうだが、保安部も作戦行動中は個人や所属部署の情報が記録されている、IDでもある社員証を携帯するよう義務付けられていて、それを悪用され為にデジタルに暗号化する仕組みがある。

以前警備局崩れの相手を内偵する際に必要だからと、社員証にハッキングを行い情報を解析する装置を作ったのが所長で、今回バルドルを相手にすると分かった時点で持ち出していたのだが正解だった。


「そういう訳だ、悪いがおしゃべりに付き合ってもらうぞ。まあ互いに色々と混乱してて、いくらかすれ違いも有ったんだろう。情報交換ってやつさ、悪い話じゃないだろう?浅木シロウさんよ」


名を呼ばれ、そして俺の言葉に何処か腑に落ちたところがあったからだろうか。ニヴルヘイム保安部の長である浅木は、何か諦めたように大きくため息を吐いた。

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