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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑧

懐かしい夢を見ていた。近頃は忙しくて、久しく見ることの無かった、幼い頃の夢を。


「マグノリア。お前はどんな騎士になりたいのだね?」


寒い冬だった。

窓を叩く雪を纏った風の音を聞きながら、実家の城でも一番のお気に入りの場所。おじいさまの書斎の暖炉の傍で、その膝を枕に、それはなんでもない語らいの間であったこと。

その問いに、私は迷いもせずにおじい様の為に、おじいさまの様な立派な騎士になりたいのだと答えた。

おじい様は、嬉しそうに、けれど少し困ったように笑う。


「嬉しいが、儂の為に、儂のようにというのでは少し困る事になる。誰かの為に、誰かのようにという願いでは、決して本当の騎士にはなれないのだから」


それはどうして、と逆に問う私に、おじい様は、何故か遠くを見るように話してくれた。


「いいかい、マグノリア。騎士とは、自分の為の生き方であるのだ。少なくとも儂は、そう思う」


わたしはおじいさまに、自分の為の生き方、それってどんなモノなの?と、そう続けて問うたと思う。


「例えばその技を磨くために生きる者、例えば生きる為に金を稼ぐ者。そういった生き方でも良いのだ。それが誰かの為でなく、自分の為であるのなら。その生涯の終りの時も、きっと後悔は無いのだよ」


そんな風に自分勝手な騎士が在って良いのだろうか。素晴らしい騎士と言うのは、気高く何時も自己犠牲に溢れて、誰かの為に戦う者では無いのだろうか。


「そんなモノはね、他人を良いように使う為に使う綺麗なだけの方便でしかないのさ。いいかい、マグノリア。どんなに美辞麗句で賛辞を送られても、どんなに目の眩むような富を贈られても。結局人間にとって最も大切な命は一つしか無い。その命を掛けて戦うのが、騎士という生き方なのだ。そんなたった一つしか無いモノを、自分の為でなく誰かの為に使うだなんて生き方は、どうしたって最期には不幸な事になってしまうのだよ。そんな騎士は確かに見栄えは良くて美しく見えるかもしれないが、お前には、そうなって欲しくはないなあ」


そういって笑いながら私の頭を撫でるおじい様の大きな手を覚えている。自分の為に生きろと言ったくせに、その手に刻まれた沢山の傷は誰かを護る為に付けたものばかりだ。

だからその矛盾を不思議に想って、おじい様は、どんな生き方の為に騎士として戦うのと、そう尋ねた。


「そうさなぁ」


そう白いひげで覆われた顎を撫でながら、眼を細めて答えた言葉を、今でも覚えている。

それが、祖父と交わした最後の言葉となってしまったからでは無く。

その言葉に、私は上手く答えることが出来なかったという後悔から、今も、その言葉を忘れる事が出来ないのだ。





初めに匂いを感じた。何かを料理する匂い。上等ではないが、食欲を刺激する、いい油の焼ける匂い。

それから少し離れた場所で誰かの話す声が聞こえる。複数の声に混じり、一つだけ知っている声。そのベオの声に気が付いて、眼を開いた。


「眼が覚めたかい。ああ、こら。まだ動いちゃならんよ」


場所は自分で用意したテントの中だ。傍らには見知らぬ中年の女が一人、どうやら自分の手当てをしていたらしい。


「私は医者だ。ベオに頼まれてね、あんたの治療をしてた訳さ」


見ると、彼女が用意してきたのであろう医療器具に、幾つか自分でも知らない魔術の触媒の様な物が見えた。


「ああ、私は医者だがそれなりの魔女でもあってね。心配しなくていい。ベオの女に、害の残るような安っぽい魔術は使わないさ。まあやった事といえば、自己治癒の促進と裂けた腸を塞ぎ、折れた肋骨をつないで、その腹の傷に残る、えらく古い形式の呪いを払っておいたくらいだ」


言われると鎧に付与された多重防護を破り、傷と共に負わされた腐敗の呪いが消失している事に気が付いた。遅効性の毒に似たソレは、対処を誤れば今頃は確実に自分の命を奪っていただろう。


「・・・どんな相手とやり合ったかは聞かないけどね。今、その命があるのはあんた自身の生命力と、何よりベオのお陰さね。全く、狼煙なんて古風な呼び出しを受けてクランの皆で来てみれば、バジリスクにスティンガ、オルトロスどころかこの辺一帯の変異生物を悉く全滅させた血まみれのベオが、あんたを治療してくれって鼻息荒くしているんだから、驚くなんてもんじゃないさ」


からからと明るく笑う彼女に何か答えようと起き上がろうとして、力が入らない。体は随分と楽になったが、まだ失った血が戻ってはいないのだ。


「悪い事は言わないから、暫くは大人しくしていな。ああ、支払いは要らないよ。ベオの身内なら、あんたもクランの客さね。それに、アイツが変異生物を皆殺しにしたお陰で暫くはこの辺も安全だろうし、食料の貯えも出来たしね。此方が損をするばかりでも無いのさ」


テントの入口を開き、医者の女が出ていくと、そのわずかな間にちらりと外の景色が見えた。

声のした方向では複数の人間が、火を囲み何かを調理して宴会を開いているようだ。その中に、一瞬ではあるが、彼の、ベオの背が見える。


「ああ、ベオ、様」


届くはずが無いのに、自分でも知らぬうちに手を伸ばしてしまっている。

こんなに無礼で、得体のしれない女をどうして此処まで追いかけてくれたのか。どうして、助けてくれたのか。聞きたいことは沢山ある。けれど、真っ先に、貴方の知りたいことが一つ。


「貴方は、どうして」


懐かしい夢を見たせいだろうか。貴方はどうしてこんな風に、騎士でもないのに、誰かの為に生きられるのか。その理由を、堪らなく知りたくなってしまった。





「やっぱりお前には荒野が似合ってるぜベオ。本格的にバルドルに睨まれたら、遠慮せずウチに来いよ!」

「そん時は頼むわ。タチアナも、急な呼び出しで迷惑かけちまって悪かったな」


サードに幾つか存在する武装集団、クランの中で、数少ない友好的な関係を築いているアラハバキの協力を得る事が出来たのは幸運だった。冗談交じりに荒野を移動する彼らとの連絡方法として教わり、何かのドキュメントで方法を見た狼煙を上げるだなんて初めてだったが、案外何とかなるものだ。


「あのお嬢さんなら取り敢えずは大丈夫さね。けれどね、こいつは老婆心から言うんだけれど、あのままじゃあの子は長生きしないよ」


オフロードの二輪に跨り、タチアナは俺の礼に対する返事とばかりにそんな事を言った。


「腹の傷もそうだが、全身の古傷を見るに今まで一体どういう戦場を渡り歩いてきたのか。あの若さで、普通の人間なら数十回は死んでいるだろうね」

「・・・だろうな。出会ってまだ間もないが、俺も何となく彼女はそういう生き方をしてきたんじゃないかって思ってたよ」


タチアナの言うように、マグノリアは何処か、生き急いでいる印象を受ける。自らが傷つくことを厭わないというか、自分の痛みを勘定に入れていない。何かの為に戦う事が、当然だと思っている。

人の生き方に文句を言える程立派な生き方を俺自身してきた訳じゃないが、何というか、何かが引っかかるのだ。

それが、本心ならばいい。けれど、そうでないのなら?


「全く、そんな関係の殆ど他人を助けるために体張るアンタも大概だと思うけどね。まあ、私の様なモグリの医者がいう事じゃないが、もうちょっと体を大事にしな。生きる為に逃げる事も、別に間違いじゃないんだから」


彼女等のクランは他のクランと違い、犯罪などで追われた訳では無く、自らの事情で荒野に生きる事を選んだ者が多い。

選んだとしても、逃げ延びたとしても。その先が、何時も楽園であるとは限らない。それでも彼らは過酷な土地で身を寄せ合い、バルドルから追われる犯罪者や、狂暴な変異生物が蔓延るサードの荒野で、強く生きているのだ。


「覚えとくさ。じゃあ、またな。今度は珈琲の豆を持ってキャンプにお邪魔させてもらうよ」


土煙を上げて夕日の向こうへ去っていく集団を見送って、食べ残し、と言っては言い方が悪いが別に作っていた粥の鍋を見る。そろそろいい頃合いの様だ。

先程まで腹に大穴を開けていた重症の人間に飯を食わせると言えば眉を顰められるかも知れないが、タチアナの心霊治療は通常の医療では考えられない程早く創傷を治癒する代わりに、とにかく腹が減るのだ。以前自分も受けた事が有るが、細胞に蓄えられているエネルギーを過剰に消費するとかでとにかくカロリーが必要となる。マグノリアが健啖家かどうかは分からないが、あれ程の重症を癒した後ならば粥くらいは食わせておかないと餓死しかねない。


「具合はどうだ、マグノリア。しんどい所で悪いんだ、が」


声を掛けながら遠慮がちに入り口を開くがどうやら、その心配は杞憂だったようで。


「あ、あら、ベオ様。良い匂いですのね」


散らばっているのは保存食の缶やレトルトの容器だろうか、あれほど強烈に漂っていた血の匂いはすっかり薄れている。

其処には、テント内に散らかる食料を殆ど食い尽くした彼女が、まだ足りぬと眼を輝かせて俺の持つ椀を見つめていた。


「おほほ、見苦しくて申し訳ありませんが、よろしければ、その」


ぐうぐう鳴っている腹を抑えて、今更恥ずかしくなったのか。顔を真っ赤にするマグノリアに、俺もつられて笑っていた。


「ちょっと腹に持たれるが、アラハバキの連中が残していった肉が結構余ってる。材料は問題有りかもしれないけれど、味は保証するぜ」





腹が満たされる、という感覚は安心するモノだ。

ベオが言うように、あの女医から治療を受けた後、自分はとにかく腹が減っていた。親友から連盟でも当代きっての大ぐらいと称される胃袋は唸り声の様に音を立てて我慢できず、空腹に負けて浅ましくテント内の食料を食べつくした頃に。やって来たベオに促されて粥を啜り、それでも足りず、宴会の残っていた料理を食す。

材料は魔素によって変化した変異生物という事らしいが、魔素は性質上、生きている生物にしか残留しないので食すのに問題は無いらしい。

その知識が在ってもやはり少しばかり躊躇したが。一口塩だけの味付けをした肉の丸焼きにかぶりつくと、広がる粗野で、けれども生命力あふれる味わいに手は止まらず。その場に残る殆どは自分一人で食べつくしてしまった。


口を動かしているものだから自然と無言になり、ベオも特に何かを語ることなく珈琲を啜りながら揺れるたき火の赤い火を見つめている。遠く、遠雷の音が聞こえていた。少し雨の匂いがしていて、嵐が近づいているのかもしれない。


だから私は急ぎ、料理を食べている。その終わりを待っているように、ベオは黙ったまま。何も尋ねてはこない。

彼にはまるで、悪い事をした子供が空腹に耐えかね、ようやく帰ってきて。用意されていた夕食を食べ終えて、それからようやく自分から、しでかしたことを白状するまで待っていてくれている大人のような、そんな余裕のある安心感があった。

だから一口齧りつくごとに、一口飲み込むごとに。失われていた活力が戻るに伴い、私は。

私は、頬を伝うモノを抑えられないでいた。


「うう」


祖父を亡くして以来、自分でも忘れていた涙。十年分も溜め込んでいたかのように、実際にそのとおりで意味もないのに、馬鹿みたいに存在を忘れていた気になっていた。けれど今は、堰を切って溢れるそれは、自分の意志ではもう止められそうにない。


此処に辿り着いた時点での最後の記憶を覚えている。どうにか結界を展開し、腹の傷を塞ごうとテントに倒れ込み、大穴の空いた鎧を外した瞬間に、抑えが取れて一気に出血が進んで、堪えられずに意識を失ってしまった。それが、自分一人で出来た事の限界であった。

死んでいた。ベオに助けられていなければ、自分はあの場で、確実に死んでいた。


「うううう」


それはただ単に、任務の失敗というだけでなく。何時か問われた祖父の言葉に、応えられずに、何も残すモノの無い、無意味な死という終わりである。


「ああ、あうう」


単純に、それが恐ろしかった。栄えある騎士修道会連盟の、代行とはいえ一隊の長にある身でありながら。

いや、そうではない。何かになろうとあがき、結局何者にもなれぬまま終わってしまう事が、それだけが怖くて、悲しいのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」


その謝罪の言葉は、ベオに対してだけでなく、きっとこんな姿を見て情けなく思うであろう祖父へも向けたモノでもある。


「なんて、情けない。なんて、見苦しい・・・!私、一人で出来ると思い違いをして、何も、なにもできなくて」


言いながら、何と情けないことかと自分でも思う。ベオからすれば得体の知れない、しかも下手をすると自分を殺しかねない無茶をしてきた他人が、勝手にバルドルに喧嘩を売って、勝手に死にかけて。迷惑をかけてその上で助けたと思えば、めそめそと泣き出したのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、べおさま。ごめんなさい、おじいさま・・・!」


穴があったら入りたい。この大きいばかりの体を、どうにか小さくまとめて何処かに隠してしまいたかった。

栄えある騎士などと、勝利を掲げる騎士などと、なんと驕った名乗りであったか。此の身はなんて愚かで、なんて無力なのか。

やはり、私では、祖父の語ったような騎士になど、成れるはずが無い。


「マグノリア」


ああ、ついに彼も呆れてしまって匙を投げるのだろう。此処までさせた事自体、本来であれば有り得ない程の好意と善意であったろうに。

私は顔を伏せたまま、怖くて言葉を発せられない。だから代わりに彼が、そう告げたのだ。


「俺は、君を情けないだなんて思わない」


けれどその口から発せられた言葉は、今の私にはとうてい予想できるモノでは無かった。


「うん、少しも。情けないとか、見苦しいって思わない。どちらかと言えば、カッコいい、かな」


何てことを言っているのだろう、この人は。驚きで滲んだ視界のまま見上げると、彼に少しもおかしな様子は無く、何故だか言葉を選びながら馬鹿みたいに真剣に悩んでいて。

彼は今の自分を見て、そんな事を、どうして言ってくれるのか。何も理解できなくて、その言葉の続きを待つ。


「先ず一言謝りたい。君には内緒にしていたんだけど、まあこの際だ。俺は、この頭を見てもらえば分かるようにちょっと変わっててさ、人の心を匂いで感じ取る事が出来る。だから、君がどうして泣いているのかは別にして、何を思って涙しているのかは分かるんだ」


今更彼が嘘を言っているだなんて思わない。例えそれが本当は嘘であっても、どうでもいい事だ。

心の匂いを感じるという事は、どういう事だろう。なんだか急に恥ずかしくなって、自分の匂いと言うのがどんな風に感じられているのか知りたくなった。


「それは出会った時から、そしてそんな風に傷ついた今も、何も変わっていない。想像する事しか出来ないが、きっと今までも、そして今も。自分が傷つくことを厭わない君は、大変な生き方をしてきたんだろうね。その理由を知る事は出来ないが、その根源にある想い。それだけは、良く分かる」


だから、少しも情けなくは無い。ちっとも見苦しくは、無いんだよと、彼は言う。


「その想い、それは決意だ。君の決意、何かを得たいと必死にもがいて、何時かその何かを為したいという強い決意。こんなに純粋な想いの、強くて良い匂いのする人にはそうそう出会えることは無くて、そんな人は例外なく誰も彼も、憧れるようないいやつばっかりだ。俺が願う事は、せいぜい周りにいる大切な人が笑顔でいてくれたらそれで良いっていう、ちっぽけなモノだからさ。だからそんな風に自身の窮地であっても揺るがない想いを持つ君の事を、俺はカッコいいと思うよ」


そう言って笑う、揺れる炎に照らされた彼の横顔から目が離せないでいた。顔が酷く熱くて、リンゴのように赤い頬を、自分も炎に照らされているからだと誤魔化せるだろうか?

雨の匂いが強まる。腹の底に響く雷鳴と、稲妻が遠くきらめき、天を照らす。これはきっと嵐の声というだけでなく、今までの自分には存在しなかった、そんな感情の芽生えを告げる音楽であった。


「出会って間もないが俺は、マグノリアという人間を少し知った。今では他の、俺の大切に想う人達と同じく、君にも笑っていて欲しいって思っている。だから、だからさ」


深い青色の、真剣な眼差しに見つめられてまた、どきりとする。

困った。これは、本当に。今まで出会ったどんな男性とも違う、何もかも規格外の彼に。


「俺を頼ってくれないか。そして、君がやろうとしている事を手伝わせてくれないか。それはきっと、君が話してくれたような冒険譚のように。俺自身にとっても誇れる物語になると思うから」


微笑んでそんな風に提案されてしまったら、私としてはもう、言葉も無く頷く事しか出来ないのでした。

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