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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑦

「昨日の?ああ、あの派手なお嬢さんなら今朝方ウチに来たぞ。まあ、買い物だけして早々に出てったが」

「マジかよ佐々木のおっさん。で、買い物って、何を買ってったんだ?」

「客のプライバシーについてベラベラ話したくは無いが、お前さんの連れて来た客だし、その様子から訳アリだろう?それに買い物も、別におかしな物じゃない。保存の効く食い物に、医療品。それから、一人用のテントだな。金に糸目はつけないって事だから、うちにある一級品を渡したが」


熊の問屋、マーケットの顔役でもある佐々木は、熊頭に老眼鏡を掛け帳簿を確認した後、マグノリアが購入したという物資のリストを此方へと渡した。彼の言う通りそれは特別な買い物では無いが、事情を知る自分からすれば重要な情報だ。


「その、彼女に怪我とか、それか様子のおかしなところとかは無かったか?」

「いや、昨日と同じ格好で、特に変わった事には気が付かなかったな。会話は最低限で、流石に何処に向かったかまでは分からん。どうだ?知っている事と言えばそんなもんだが、少しは役に立ちそうか」

「助かったぜ、佐々木のおっさん。悪いんだがこの事は」

「内密に、だろう。心配せんでも外部の者に客の情報は漏らさん」


佐々木やマーケットの変異者はその事情から警戒心が強く、排他的な考えを持つものも多いが、少なくとも俺の事は身内として考えてくれているらしい。人付き合いはしておくもので、町内会の草野球程度でも、偶に顔を出しておくことは結構重要なようだ。

さて、昨日と同じ格好という事はあの馬鹿みたいに目立つ甲冑は何処かで着替えたという事か。そのくらいは余裕があって、怪我は無さそう。それでいて、ニヴルヘイムにおける拠点は抑えられている為、逃走に必要な物資を購入、更に何処かへと移動済み。となるとバルドルにはまだ補足はされていない可能性が高い。それならばマグノリアが向かう数少ない候補は、皮肉なことに昨日案内人を務めたばかりの自分には予想が付く。

礼を言って佐々木の店から出ようとすると何やら外が騒がしい。人を殴る音と物を投げる音が聞こえたと思えば間も無く、装甲服を身に着けた数人の男達が荒っぽく足音を立てて店内に入り込んでくる。

商品がぎっちりと並んだ棚の間の通路しかない只でさえ狭い空間は、下ろしたてで着ぶくれの野郎ばかりで満員になり、ついでに入り込んだ熱気も加えて非常に不快である。


「何だね、バルドルのエリート様がこんな小汚い店に」

「ふん、未認可の違法販売店め。質問は此方が行う。店主、貴様は聞かれた事以外話す事を許可しない」


無礼な乱入者の偉そうな言葉にも、佐々木の態度は表面上変わらない。俺は偶然居合わせた客を装いつつちらりと様子を伺うと、男達の装甲服が警備局のそれと異なる事に気が付いた。

警備局の青に対して黒で統一された服装に、赤で威嚇するように記されたバルドル保安部の文字。

成程、色々と合点がいった。命令系統的に警備局と相いれる事は少なく、こいつらが捜査の主軸、って事ならどうりでこれ程に捜査の動きが遅いわけだ。後だしの自分の方が今の時点で早いくらいなのだから、マグノリアが逃げ切っている可能性は更に高い。


「この女は昨晩、ニヴルヘイム総督府を襲撃したテロリストだ。街頭カメラの映像と証言からこの店を訪れた事は分かっている。知っている事を話せ。隠し立てすれば貴様も共犯者と判断するぞ」


端末に映る映像を見せつけながら一応尋問か、笑ってしまうが脅迫のつもりらしいが、傍から聞いていても下手くそな方向に横柄で、意味もなくカチンとくるような言い方だ。警備局とは異なり、噂は正しく保安部とはずいぶんと居丈高な連中らしい。エリート揃いと聞いていたが、これでは余りにも。


「成程。少し前から見慣れないバルドルの人間が色々と粗相を働いて、怪我をした者も居ると話は聞いていたが。警備局の連中も、その横暴さに比べると随分と礼儀正しいのだと分かったよ。つまりあれだ」


ああ、悪手に過ぎる。それ見た事か、外見は温厚に見える佐々木のおっさんの悪い癖が出た。とばっちりを受けないように頭を押さえて、出来るだけ体勢を低く屈める。これは何時でも逃走できるための準備で、勿論何から逃れるのかってのは、保安部のアホどもからじゃない。


「客でないのに、店に居る。つまりお前らは、薄汚い鼠だ」


すらりと後ろの棚から引き抜かれる特注サイズ、中頃から極端に太い棒状の鋼色。その時点で警備局の人間なら既に逃げ出しているだろうに。

保安部の連中の反応は余りにも遅い、遅すぎる。慌てて銃を構えようとしてはいるが、そんな間の抜けた直球では、この店主にとっては打ち頃の棒玉以外の何物でもない。

がぎん、という快音と共に、くの字に曲がるさっきまでは偉そうだった装甲服の男。後方に控える数人を巻き込み、入り口を壁の一部ごと破壊しながら飛んでいく、人間を球に見立てたフルスイングの結果はホームラン。

中身はクズでも流石にバルドル特製の装甲服は優秀らしい。多分佐々木のおっさんが手加減しているとはいえ、あれだけの一撃を受けてなお痙攣するちぎれていない四肢とうめき声の様子から、球になった男は絶命だけは、していない様だ。


「エアコンの利いた快適な会社の中で、逆らえない社員相手に威張るのは勝手だがね。此処は、そのルールの外だ。警告の意味も兼ねて、少し痛い目を見てもらおうか。何、これも一つの、貴重な人生経験というやつさ」


ファンシーな外見とそれに見合った穏やかな普段の様子とは異なり、一度火がつけば誰にも止められないと恐れられる、人柄だけでない、実力でスラムのマーケットの顔役となったのが彼だ。

話しは変わるが、そんな佐々木がこよなく愛するのが野球であり、自ら率いるアマチュアチームである。

セカンドのとある草野球チーム、その名も『ファイティング・ベアーズ』。その監督にして、キャッチャー四番。しかしその強打っぷりから、点差が付きすぎるという理由で途中交代もしばしば。

荒っぽい事になりやすいセカンドの草野球で、ベンチに佐々木が居るからと乱闘を皆が彼との試合では自粛する。誰が呼んだか、通称マッドベア佐々木。


「最近では皆試合中、ラフプレーを控える紳士ばかりでね。乱闘は久しぶりだから、ちょっと手加減できないよ」


たいして面白くもなさそうに言う佐々木。はて、その手に取るそれは売り物では無いのだろうか?

そんな疑問は投擲されたトマトの缶詰が店前に駐車していた装甲車にめり込み、爆発した時点で正直どうでもよいモノになってしまっていた。





途中知り合いに二輪を借りて、目的地へと辿り着いたのは昨日より少し早い昼過ぎといった時刻であった。

目的地とはいえ、其処に彼女が居るのだという自信があったわけでは無い。ただ、一応その言い分を信じるにマグノリアはニヴルヘイムに来たばかりという事だから、他に伝手も無いだろう。だから多分、追われる身となった今は、この辺りに身を隠しているのでは無いかと考えていた。実際、この場所が外れならばどうするべきかと考えていた所だ。


「佐々木のおっさんの言っていたとおり、思ったより元気そうなのかね」


その場には佐々木の店で購入したというテントが一つ建てられている。周囲には何か、支柱とその間に鳴子の様な金属片が取り付けられたワイヤーが張り巡らされており、多分触れれば何かしらの警報のような作用を引き起こすのだろう。

見当通りに見つかって一安心、といった所で。やれやれと一応ワイヤーに触れぬよう跨いで一歩進むと、突如として空気が変った事を感じた。


「オイ、これは不味いだろ」


或いはそのワイヤーはメイガスの用いる結界と呼ばれるもので、内部の状況を外部に知られないよう作用していたのかも知れない。

それだけで、此処までの楽観的な考えは一瞬で吹き飛んだ。その理由は内部に満ちる、何か腐ったような匂いと、それ以上の濃厚な血の匂い。これが外部に漏れ出ていれば周囲の変異生物をおびき寄せる事となっていただろう。

女性のパーソナルスペースがどうかなどと躊躇している暇はない。テントの入り口に手を掛けて、引き開ける。

こんな事態に巻き込まれた形ではあるが、とにもかくにも俺は。出来れば、マグノリアが昨夜別れ際に見せたように。そこで呑気な顔で、笑っていてくれればいいと考えていた。


「・・・ああ、クソ」


佐々木の店で買い物をするくらいには余裕があった、その折も怪我無く無事な様子であった。そしてその後も、自分の脚で此処まで逃げ延びてきた。

それはきっと綱渡りの様な欺瞞で、思えばずっと、彼女がこの九界へとやって来てから続けてきた、いや、多分もっと、ずっと前から続けていた偽装である。

俺は、薄々勘づいていたというのに、その笑顔という外面に誤魔化されて、すっかり謀られていたのだ。


「クソ、クソッタレが!」


内部には食料や医療品が散乱していた。それだけでない、匂いの元凶。おびただしい、赤い鮮血も。その中で、探していた女、マグノリアは倒れ伏している。

怪我がどうとかの問題ではない。この出血量は恐らく重症、佐々木の前で見せた昨日と変わりないという姿はフェイク。どうにかここまで辿り着き、おそらく応急手当の途中で出血の為に気を失ったのだろう。

だが、まだ死んではいない。この耳には弱く細い、息の音が聞こえていた。

急ぎ体に触れるとこの気温でも極端に体温が低い。肌は血の気が失せ、どうにか僅かに触れる脈は今まさに弱く、遅くなっている。息も浅く、自らの手で押さえる腹を見れば、その手では覆えぬ程に大きく、歪んだ鉤傷が開き、そこが一番の致命傷に見えた。


「とにかく止血、止血だ」


この時点でどれ程出血しているのかは分からない。俺自身も彼女の血に塗れ、佐々木の店で購入したと思われる警備局流出品、高規格メディキットの中から血液凝固剤入りのチューブと傷を閉じる医療用のステープラーを引っ張り出した。

俺程度の知識では外傷の程度や内臓の損傷の有無など高度な事までは分からないが、今も流れ続けている目に見える出血は大本の腹の傷を塞がなければどうにもならない。素手で申し訳ないがチューブを傷口に押し当て、殆ど全量を塗り付け歪な傷を合わせながら無理矢理にステープラーで大穴を閉じる。


「あ、ッぐ」


痛みの為か、彼女の青い唇から声が漏れた。よし、まだ痛みに対する反応がある。それならまだ、助かる余地が有る。

後は感染症予防の抗生剤、それから失った血液を補うための造血剤。見様見真似ではあるが静脈注射をどうにか成功させ、他の傷も確認、酷い順に手当てをしていると、血の匂いに混じり、獣と蟲の匂いが鼻に届いた。


「ああ、クソ。俺のせいだな」


テントを出ると、これ程の数が荒れ果てた荒野の何処に居たというのか、周囲に集まりつつある変異生物ども。サードのスカベンジャーであるバジリスクに加え、群れ成す蟻の変異種、下顎がククリナイフかというほど発達したスティンガ。更にはそれらすら糧にする、上位捕食者である大型の獣も複数見えた。

多分、俺が結界を通る時に何か粗相をしてしまったらしい。こいつらは皆、結界から漏れ出たマグノリアの血の匂いにつられて集まったハイエナ共という事だ。


「・・・良いぜ、来いよ」


普段であればさっさと逃げるが、今は事情が違う。それに、ちょっと暴れたい気分で有ったので丁度いい。人間相手出ないのなら、手心を加える必要も無い。それに、今俺は朝からのトラブルに加えて、たった今目にした光景のせいで滅茶苦茶に機嫌が悪い。


「悪いが八つ当たりだ。ストレス解消に付き合ってもらうぜ」


スコルが鱗を切り裂き、ハティが吼え、牙を砕く。こんな風に即座に暴力に訴えた理由は知らぬ所の事とは言え、見知った誰かがあんなにも傷ついてしまったという、起きてしまった事に対する自分の無力感を、どうにか今だけは考えない様にしていたかったからである。


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