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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか④

その剣は、炎の刃を備えている。

勿論実際に刀身が燃えているわけでは無い。規則的に波打つ刃、幅広に真っ直ぐ伸びる切っ先。知る者が見れば直ぐに分かる。炎の形という意を持つ剣、名はフランベルジュという。

大型の両手剣から派生した、流麗な見た目から儀礼用にも用いられるという事だが、その実用性は高く、実際に戦場で活躍した歴史も存在する。

ただ、目の前のそれははっきり言って、伝え聞くフランベルジュの規格を大きく超えるモノである。全長1.7m、それ自体は類する実物も多い。問題は刀身の幅、通常4、5㎝のそれを超える10㎝の肉厚でどちらかといえば幅広なブロードソードに似て、つまりその刀身に応じた重量は10㎏に達するだろう。それだけで、これは常人の扱える刀剣では無い。

であれば今の光景は如何なることか。紙一重で躱すマグノリアの振るう一撃は岩を砕き、一閃は風を切って音を鳴らす。剣が特別なのは勿論、それだけで彼女の膂力、更には技量が超常のモノであるという事は何者であっても理解できるだろう。


「という訳でさ、そろそろ満足してくれないか!」

「いいえ、まだ足りませんの。だってベオ様、避けてばかりで反撃してくれないじゃないですか!」


単純にその余裕が無いだけなのだが、随分と買い被ってくれるものだ。前言通りに、マグノリアは手加減を全くしていない。殺すつもりは無いようだが、結果として、手違いで死んでしまっても仕方が無いか、というくらいのノリである。

ノーサイドを期待して回避に専念していたところで、長物を振り回しているというのにマグノリアの動きには疲弊の様子は見られない。

早い所満足してくれればいいが、合格の基準も分からないテストだ。このまま逃げっぱなしでは夜が明けるまで追いかけっこを続けても、満足を得られ無さそうのが恐ろしい所である。とにかく彼女が何かを納得出来る程度に反撃しなければ。


「怪我しても、文句言わないでくれよ!」


最初、マグノリアは勝負に当たって武器の提供、何なら銃器の使用も構わないと提案されたのだが、流石にフェアじゃない。俺は自前のモノを使うと宣言していた。

諦めてようやく装備したのはアリスの造ったタスラム、もとい今はバルドルの謎技術で改造されたミョルニルである。

夏場の薄着で、普段持ち歩くには一番の相棒であるスコルとハティは目立ちすぎる。

一見ではちょっとした装飾の施された手袋というのは非常に都合が良く、そしてその性能にも扱いが少しは慣れてきた今では様々な応用法を編みだしている。

例えば。


「ふっ!」


振り切ったタイミングを見計らって剣の腹を手甲で打ち抜く。伝う重さは予想通り、以上に重いそれだが、そのまま軌道を逸らし、回避へと移行。

適当な刀剣なら今ので折れるのだろうが、目の前の剣の強靭さに加えてマグノリアの技量が一歩上だ。インパクトの瞬間に、僅かに打点をずらされた。よし、武器破壊は不可能だな。


「っと、これはどうだ!」

「甘いですの!」


ならば組み付き、武器を取り上げて無力化を実行、してみたのはいいが、近接戦闘は明らかにマグノリアに一日の長がある。長物の懐に飛び込んだつもりが、空振りで振りぬいた姿勢のまま、巧みに剣の柄を側頭部に叩きこまれそうになったので、一撃を受ける前に寸前で飛びのいた。

その後も幾らか有効打を探るが、どれも空振り。さて、情けない話だが、こうなると割と手詰まりだ。

卑怯な方法は複数あっても、相手にその気が無いのだから雷や静止の魔拳を攻撃に使う訳にはいかない。ならばと、迫る白刃を交わしつつ、思いついたのはその応用法の一つ。

ギリギリで卑怯では無い、結果としては勝たず、それでいて負けでない。少しみっともないが、この戦いを終えることが出来る方法を選択し、考慮することなく言葉にする。


「君が本気じゃないって事は分かってる。手加減してるわけじゃない、けれど明らかに手数を制限している理由は分からない」


自分もそうで、相手もそうなら、その状況へ持っていける可能性は高い。だから出来るだけ自然に、実際に意図するところを読まれぬように。


「だからその上で、その君自身が許す限界で俺を斬ってみろ。俺は真正面から受けて立つ。それで、俺がどう言う奴か、君が判断してくれ」


そう宣言した後に気が付いたことなのだが、これはもしかすると挑発というか、ものすごい侮辱の言葉になるのではなかろうか。

彼女の剣士としての技量は、はっきり言って今まで見た誰よりも高い。

強い、という事であればオルターやアヤナなどの方が優れている部分があるのかもしれないが、方や魔術と組み合わされた戦闘術、方や生物としての強靭さ、様々な兵装を高度に扱う知性。そういった他の側面ほ含めた、総合的な強さの話である。


つまりより純粋な、剣を扱い、振るうという技術のみを此処までに高める為に必要な、血の滲むような研鑽、女性らしい華やかな時間を顧みない覚悟。それらを経て得た強さには、それにふさわしい誇りがあってしかるべきなのだ。

その誇りを、こんな訳の分からない犬頭が、何を血迷ったのか真正面からぶつけてこいと宣ったのだ。

見ようによっては試す相手に試されるだなんて、これ程にふざけた話は無い。

俺の宣言の後、マグノリアは驚きの表情で固まっている。匂いですら、激しい混沌で、それが予想した通りの怒りが原因なのか、それとも別の何なのかすら分からない。


「ちょっと、待ってくださいまし。その、アリスから何か、話を聞きましたの?」


そうしてようやく絞り出した彼女の言葉に、今度は俺が混乱する番だ。


「話って、何の?」


意味が分からない。何故ここでアリスが出てくる?

互いに訳が分からないといった顔をして、つい先程まで張り詰めていた空気はすっかり弛緩してしまっている。俺は彼女の問いに答えられないままで、そうしているとマグノリアは自分で結論を探し出して、ようやく合点が言ったように目を点にして手を打つと、一瞬の空白の後に腹を抱えて、豪快に笑い出した。


「あは、あはははは!まさか、そんな事が!」


益々意味が分からないが、彼女の独り言の様な笑いは止まらない。


「ほんとうに、そんな殿方が現実に居るだなんて!おじいさま、私、私・・・!」


その朗らかな笑いには、何処か懐かしさがあった。それは多分、遠い昔に、誰か親しい人と語り合った記憶。その去来が今、彼女の胸を占めているのだ。


「・・・ああ、はは。申し訳ありませんわ、ベオ様。貴方は真面目に、私に、本気で斬ってみろと、そう言うのですね。その上で、何とかしてみせると。私を納得させてくれるモノを見せてくれると」

「君が笑う理由は分からないが、そうだ。何だかそんな空気じゃなくなっちまったかもだけどさ」

「いいえ、いいえ!そう請われては、断るわけにはまいりませんの!私もヴァレンシュタインに連なる者。一度誓った事を、違える事は有り得ません」


そうして彼女は、何が可笑しいのか、何か懐かしいのか。


「お察しの通り、剣の力は、騎士としての力は使いません。私の、マグノリア・ヴァレンシュタインの、一人の女としての全力で。どうか、お相手願いますわ」


粛々と、優雅に一礼して。マグノリアは剣を大上段に構える。何かを問う為の、最大限の一撃を放つために。

かくして、彼女の問いに応えるためとはいえ、俺はとんでもない選択をしてしまった訳なのだが。それがこの先どう転んで行くのかは、この後、彼女の放つ一撃をどうするべきかにかかっている。





剣を掲げ、じりじりとにじり寄るマグノリア。構えの脚の位置を入れ替えないのは、相手の不意打ちに備え、どの様なタイミングでも必殺の一撃を放つ為のモノである。

対してベオの構えは先程までと変わらない。違いがあるとすれば、意図を気付かれぬよう僅かに、両の手を揃えるように眼前に引き上げる。一見、防御に重点を置いた、頭部を庇う構えにも見える。しかし相手が無手であるならばともかく、防御の両の手ごと頭の先から足元まで一息に両断出来る大剣に、それを可能にするであろう技量持つ騎士と対峙するならば、明らかに自殺行為以外の何物でもない。

騎士は理解している。目前の相手は、意味もなくこの様な構えを取っているのではないと。

ベオの手には装甲を持つ、手甲とも言える手袋。という事はこの構えの意図は先程と同様に、打ち下ろしを逸らす事で懐に飛び込み攻めの機を狙う、上段からの打ち下ろしに対応する後の先、迎撃という選択だろう。


マグノリアの一瞬の逡巡、それは今更ではあるが自らに課された責務において、この行動は本当に正しいのかという疑問。

そう考える理由は、自らの絶対的な優位性が故に、その後について考えられる余裕が生じた為だ。

油断では無い。当然の事実として、マグノリアはベオに勝つだろう。特別な能力を使っている訳でもなく、回避に専念している訳でない。迎撃の選択をした時点で、先手でも、後手でも、修練と実践で磨かれ、重ねた経験に裏打ちされた選択肢の多さ、対応力の差で、彼女の勝利と彼の敗北は決まっている様なものだった。

ならば後の事を考えるのは当然である。全力で来いという言葉の直後は頭が茹るような心持であったが、こうして勝ちを確信した今、マグノリアはどう勝つべきであるかを考えている。

ある程度はベオという人物について見定めることが出来た。総代は彼について少し気になる点があると話していたが、はっきり言って街の便利屋の域を超える様な人物では無い。個人的な印象は別にして、連盟の障害となる人物には成り得ないだろう。

そう思い、僅かに構えが緩んだ所を見咎めたのか。


「俺は全力で、と言った」


この期に及んで、ベオは手を抜くなと言う。


「後悔が残る事が一番よくないよ。遠慮する必要は無いぜ、もし俺が死んじまったとしても、それは俺の責任だ。勿論、そのつもりは無いけどな」


その言葉に、改めて自身の傲慢を思い知らされた。つまり、ベオは自分の言葉に責任を持つという。その果てに、命を落とす事になったとしても。

それもこんな勝手な了見で、訳も分からず剣を振りかざしてきた自分に対してだ。

比べてどうだ?自分から試すなどと宣いながら、覚悟が足りていなかったのはどちらなのか。

意味も解らず胸が高鳴る。この様な事は初めてで、熱に浮かされた頭にはもう、後の事がどうとか言う考えは消え去っていた。

試すなどとは、もう考えまい。


「これが、私です」


むしろ試されたいのだ。言葉でなく、この剣を以て。マグノリアという刃の冴えを、その誇りを。

そしてもし、この全身全霊を、目の前の男が文字通りに受け止めてくれたのなら。

そう思うとやはり楽しくて。騎士は生まれて初めて、微笑みながら己が全てを込めた一撃を放った。


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