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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか③

太陽が最も高くに位置し、暑さもピークに達した頃。にも拘らず元気よく目の前を駆けていく二人を尻目に、俺は茹る頭を抱えながら歩く。

毛深い頭から滝の様に背を伝う汗は尻を濡らす前に乾き、できれば何処かで涼みたい気分だ。


「だらしないなベオは。マグノリアを見てみろ、早々に日本の夏に適応しているではないか」

「あら、いけませんわアリス。ベオ様の妻を名乗るならこういった時にこそ手助けをしなければ。具体的にはそう、尻を蹴り上げると良いと聞いたことが有りますの」

「それ、多分間違ってるからな」


セカンドの寂れた街並みを歩く美女と美少女と犬頭。傍から見ればどういう関係性か計りかねるだろうが、これも一応探偵の、というよりは便利屋寄りの仕事、と言えば良いか分からないが、一応依頼を遂行中なのである。


「まあ、この辺りはこんなものだ。で、本当にこのままスラムの方まで案内して良いのか。アンタみたいな人が行く場所じゃないぞ?」

「勿論ですわ。ベオ様に依頼した理由もその辺りに精通していると伺っていたからですの」


彼女、マグノリア・ヴァレンシュタインはとある国際的な企業の現地派遣員であるらしい。

その彼女の務める企業がこの度バルドルと提携を結ぶに至り、先だって視察を兼ねて外界からやって来たという経緯があるらしいのだが、そうしてバルドルに指定された場所は、どういう訳か企業ビル連なるファーストでは無く、薄汚いセカンドの小さな廃ビル。これはもう何かの嫌がらせとしか思えない。


それでもこうして、自らの役目を果たすために仮の拠点となるオフィス周囲の実地調査を行うにあたり、白羽の矢が立ったのが月夜見探偵事務所という事だ。

まあ確かに、この手の依頼は初めてという訳では無い。物好きな金持ちや、九界の旅行記を書いているという旅人を案内した事も有る。マグノリアからすれば土地柄を良く知る俺から現地の有力者や危険地帯など有益な情報を学ぶことが出来るわけだし、俺としても散歩ついでにガイドをするだけで報酬が手に入るのだから互いに益がある。

さて、何故それにアリスが加わった訳は、彼女の言うところによると俺の護衛という事らしいのだが。


「情欲に流されたベオを犯罪者にする訳にはいかないからな」


それでは俺を、では無く俺から依頼人を護衛するという意味ではなかろうか。

それから再び眠りにつく所長を事務所に残し、道中でもやはり俺の腕にぐいぐいと張り付くアリスを暫くマグノリアは楽しそうに見ていたが、不意に何かをアリスに耳打ちした後、驚き急に笑顔となるアリスが俺から離れ、何故だかあれ程に敵視していたマグノリアと親し気に話し始めたのだ。

それからは急速に中を深めたようで、今となっては傍から見れば仲のいい姉妹にすら見える。一体どういう魔法を使ったのか、まあ仲が良いことは良い事だ。


「さて、それじゃあアリスは此処までだ。ほら、何時か言ってただろ。校則でセカンドの住宅地以降は行っちゃいけないってさ」

「ぐぬぬ、ずるいぞベオ。私だってまだマグノリアと話したいのに」


当たり前といえば当たり前である。何せ人身売買どころか食肉を目的とした誘拐まで起こるような場所だ。あれから警備局の取り締まりが強化されたとはいえ、今ではバルドルの進学校に通うようなアリスが、本来であれば訪れるべきでは無いという事は誰にでも理解できる。


「只でさえ俺は君をたぶらかしてる悪い大人って担任の先生に睨まれてるんだ。あんな良い人に心配掛けちゃだめだぞ」

「うぐ、サダヨの名を出すのは卑怯だぞ!」

「あら、アリスとは何時でもお話できますわ。良ければ明日は会社の事務所にいらっしゃいな、歓迎いたしますわ。勿論、ベオ様も一緒にですのよ」


抵抗は有ったがその言葉が決め手となったらしいく、いくらか恨み言を残しつつも素直にアリスは引き上げていく。見送る事も考えたがこの辺りは通いなれた道だし、一人で帰らせても問題は無いだろう。

ああ、そういえばアリスは一人では無い。通りの家の屋根の上を見れば、それに気が付いたのか俺の方へと軽く手を振る、最早馴染となったアリスには内緒でベルが張り付かせている護衛に此方も手を振り返す。

ふと思ったのだが、彼女は今護衛の護衛という事になるのだろうか。そんな事を考えながらようやく本来の目的地に向かう事が出来るので、マグノリアと二人きりになった事も有り、どういった魔法でアリスと仲良くなったのかと尋ねてみた。


「ふふ、こればかりは女の秘密。というやつですの。私、約束は守る主義ですのよ?」

「いいね、その意見には賛成だ」


特に深追いする様な事でも無い。初めて会った頃とはまるで違う、いくつもの別れを経て、最近は年相応に良く笑うようになった彼女。そんなアリスが俺の知らない所で、その交友関係を広げているという事は良い事だ。

ああ、寄宿の同室という悪友に妙な知識を教え込まれているのは考えようだが。





「此処がこの辺りを仕切る清水興業の事務所兼自宅だな。縄張り意識だけは馬鹿みたいに過剰でバルドルにすら歯向かう連中だが、近づかなければ大丈夫だ」

「つまりヤクザ、日本のマフィアですのね!」

「冷やかしなら消えろ!」


その後は近所の実力者を紹介し。


「此処は基本、何でも売ってる裏のマーケットだ。その分割高だし、トラブルも多いから非常時のみの利用をお勧めするよ」

「奇抜な方が多いですのね。ほら、あの方なんて躰が半分金属製、あちらは頭が熊ですの。ああ、熊の方は貴方に手を振っていますけれど、もしかしてお友達ですの?」

「こら、指をささない。あんなのは序の口で、本当にヤバいのは表に出てこないさ。ちなみに熊頭は佐々木って名で、この辺では珍しい真っ当な問屋だ。しかもマーケットの顔役で、ボールペンから高規格のメディカルキットまで大抵の物は用意してくれる。覚えておいて損はないぞ」


更にマーケットなどを案内する。マグノリアは物珍しそうにあれこれ尋ねるが、セカンドのスラムを目の当たりにしても臆した様子は無い。性根はまだ分からないが、根性は中々の様だ。

そうして見るべき所、知るべき事を伝え終えた頃。時刻は夕方、最終的に車に乗り換えてセカンドとサードの境近く、数か月前に死闘を繰り広げた荒野へと辿り着いていた。

地形が変わるくらいに散々暴れた後だが、バルドルの後始末が完璧なのか、それとも元々荒れ果てているせいなのか。戦いの痕跡らしきものは残っていない。あの時は既に星も見えていたが、今はまだ夕日が彼方の地平線に沈み始めた所だ。


「此処からはサード。基本的に何もない荒野ばかりで、話の通じる知り合いは俺も少ない。まあバルドルもよっぽどの事が無ければ関わろうとしない土地で、商売のしようもないから君らは用も無いだろうさ」

「・・・綺麗ですわね。カリフォルニアの荒野に似ていますわ」


遠く、見つめる先には何もないのに。マグノリアには何処かとその光景が重なるようで、懐かしさを感じている様だった。

その場所がどんな所なのか、目を見れば何となく、素晴らしいロケーションなのだと分かる。

九界以外を知らない俺にとっては、少し羨ましいかな。

さて、今回の依頼は周囲の案内という事で、この辺で仕事は終わりと考えていいだろう。


「さてと、探偵としての仕事は此処で終わりって事で良いかな?」

「ええ、ありがとうございます。聞くよりもまず見よ、実地調査に叶うモノはありませんわ」


そうか。依頼人からも完了のお達しが出た。これで最低限、なら後は彼女次第という事になる。


「だけどなぁ、アリスが仲良くなっちまったし、俺としては穏便に行きたいんだけどさ」

「・・・うふふ、その様子では、私の思惑などすっかりお見通しですのね」


変わらない笑顔。物腰も穏やかなままだが、出会いの瞬間から感じていた匂いも、少しも変わってはいない。


「先程も言いましたけれど。私、自分で見た事、感じた事しか信じる事が出来ないのです。総代殿やクレアお姉さまは慎重に事を運べとの事ですが、ベオ様と一日を共に過ごし、直接話をしてみて、悩みましたがやはりこうするしか無いと判断しました」


次の瞬間、手に現れるのは波打つ刃持つ長剣。柄を合わせれば彼女の身長より少し低いくらいの、長大な剣である。重量もかなりのものと思われるが、マグノリアは枝でも振るように軽く二度程素振りして大地に突き立てた。


「改めて、名乗らせていただきますわ」


表情が消える。最早、其処に在るのは人当たりの良い笑顔で笑う女などでは無い。


「此の身は騎士修道会連盟、第七隊ネツァク、隊長代行。率いる兵卒も無く、功も無い代行のままの身であったとしても。胸の内に奉ずる正義だけは、欠片も偽りの無い真である」


初めから彼女の纏う匂いは覚悟。揺るぎなく、試す者を悪と断じれば、その身を引き換えにしても討滅するという誓いの覚悟。


「我が名はマグノリア・ヴァレンシュタイン。勝利を掲げる、未だ勝利を得ぬ未熟な騎士なれば。この剣にて、得るべき答えを問うのみである」


彼女は納得したいのだ。俺が、彼女が九界へとやって来た目的なのか、それとも違う何かなのか。

俺に、その問いに対する答えは無い。俺の抱える、本当の俺が彼女の言うところの悪なのかもしれないのだから。

だから、情けない話だが。彼女自身がその答えを見つけられるように、俺はその意志に応える事にする。その果てに、その答えとやらに俺自身も少しは自分の事を理解できるのではないかと、そう期待して。


「良いぜ、御満足頂けるかは分からないが、月夜見探偵事務所はアフターサービスも確かなんでな。そのくらいのお客様の我儘なら、お安い御用さ」


その返答には満足いったらしい。マグノリアは嬉しそうに微笑んで、物騒な言葉で彼女の問いの始まりを告げる。


「どうか、死なないでくださいましねベオ様?私、手加減がどうしようもないくらい、ド下手くそですの」

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