騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか②
ニヴルヘイムターミナル、貨物集積所にはその日に外界から届いた大量の物資が最終的な検査を受けている所だ。ただ、X線透視や害のある魔術等の探知自体は九界に入る時に全て終えていて、今行われているのは簡易的な外装の破損有無の確認に、物資リストの照合、配送先の選り分け作業である。
「其処のは一山全部セカンドの同じ住所だな。しかしこんな馬鹿みたいな量、個人宛ってのはどういう事だ?」
基本的に定期便を利用した物品の配送は一日一便の為に、一度に運搬できる物量が限られていて、その為に割高の傾向にある。しかも送り主はバルドルでは無い外部企業で、余計に掛かる手数料も馬鹿にならないだろう。
これだけの量となると、下手をすると数百万は請求されるのではないか。
「おい、そっちのは全部警備局預かりだ。朝のうちに連絡があっただろう?」
「ああ、配送業者は使わずに警備局が直々に引き取って、個別で輸送するってやつか」
運送は一般的に外部委託の業者が行っているが、まれに警備局が特別な荷物を引き取りに来る事はある。
そういう事なら相手は割高の手数料など気にもならないどこぞの大金持ちか、バルドルの提携企業。どちらにしても超VIPという事になる。トラブルにならないよう欠品が無いかリストだけ確認し、早々に引き渡した方が良さそうだと作業員は判断した。
「そういうこった。混ざらない様に引き渡しのリストだけ分けといて、下手に動かさずにそのままにしとけよ。まだ他に確認しなきゃならん荷物が多いからな」
「はいよ。っと、次のこいつはファーストの、行政本部だ?」
「そいつも連絡が有ったろうが。破損しやすい中身だから特別な外装で、更に内部も劣化を防ぐ特殊なガスで満たされているらしいから絶対に開封厳禁だからな」
「怖っ、危険物じゃないだろうな」
「流石に一般客の搭乗する定期便でそんな物送らないだろ。リストでは、美術品?らしいな」
ニブルヘイム行政本部といえば、この階層の中核をなす重要拠点だ。これもまた珍しい、特別な荷物である。
三メートル四方の、一見では特に変わった様子の無い木箱。前述した厳重な輸送指示にしては余りにも普通の外観である。
「って、オイ!其処の、警備局が引き取りに来る荷物の一つ、何か光ってないか!?」
相棒に言われて見ると、例の警備局へ受け渡す予定にまとめた荷物の一つ、その包装の薄い部分から白い光が差している。その色は次第に強くなり、色も白から黄、そして赤色へと変化していた。
「急いで他の荷物と離して主任に。いや、今すぐ駅統括に連絡しろ!俺達には開封して確認する権限が無いんだぞ!危険物が下手に爆発でもして賠償責任にでもなれば最悪だ!」
その後、慌ててそのセカンドに送る予定の荷物を全て別の区画へと隔離し、統括から通報を受けた警備局の担当官が血相を変えて引き取りに来た時には既に、その異常な発光は収まっていた。
その場の者は皆顔を合わせて首をひねるが、余計なトラブルを避けるための結論として、照明の反射を荷物の発光だと作業員が勘違いしただけであり、駅統括へは何も問題は無かったという現場からの報告で一連の騒動を結ぶ。
只、その日の業務日誌には加えられなかった異常がもう一つ。
発光騒動の最中に例の美術品の入った木箱の隙間から、黒い泥の様な物が滲みだしていたのを一人の作業員が発見していたのだ。作業員は続くトラブルに肝を冷やしたが、それも騒動の中で何時の間にか消失しており、影か何かを見間違えたのだという事で発見者自身も他の煩雑な作業に追われ、到着荷物を全て送り出した頃にはその出来事をすっかり忘れてしまっていた。
「で、誰なんだこの女は」
学生であっても学業に研究会と夏休みでも色々と忙しい筈だが、それでも時間が有れば毎日のように月夜見探偵事務所へと通うアリスは、その扉を開いて初めに眼にした、何時もとは異なる光景に間を置く事も無く苦言を呈した。
「誰って、そういえば誰だろうね」
「あら、可愛らしいお嬢さんですのね。貴女も蕎麦食べます?」
寝ぼけて開ききっていない3の字になった眼を擦るマナは当てにならないので無視する。
応接室、最近ではすっかり自分の指定席になっているソファーに、問題の対象が座っている事も気に入らないが。それ以上に、この得体の知れない女にアリスが露骨に態度も悪く怪訝な顔をさせる理由は、殆ど彼女の勘と言っても良い。
別に彼女が依頼人であるとか、もしくは出入りの業者など。客である可能性は十分にあったのだが、どうにも違うと告げている自らの勘。それがこの、第一声から彼女、マグノリアをアリスが好きになれない理由である。
アリスは何時かの様に、彼女らしくない様子で不機嫌を隠すつもりも無くその向かい、何時ものベオの席となっているソファーにわざとらしく大げさな動作で座りながら、この推定敵である女を品定めするように睨みつける。
女性としては大柄だが、ベオよりは少し低い。年の頃は二十代前半、そのくらいだろう。自分の悪態など気にした様子も無く、にこにこと胡散臭い笑顔を振りまいているが、見れば見る程只者では無い。
顔に深く刻まれた傷もそうだが、Tシャツにジーンズという普通過ぎる、下手くそな擬態とも言える服装、これは悪手だ。
その袖口をめいいっぱい広げる程に太く、深い筋を刻む上腕の筋肉の流れは、誇張し過ぎたボディビルのそれでなく、明らかに戦闘、それも刀剣の類を用いるに特化したモノである。
その証拠に特に発達した肩から前腕、そして指先まで。顔のモノと比べると薄いが、古いモノからまだ白く浅いモノまで、大小様々な傷痕。これは殆どが切創、かなり鋭利な刃物で刻まれたモノだと推測する。
そして他にも異常性を示す証拠、Tシャツの隙間からちらりと見えた側腹部には、訳が分からないがこの現代でそうそうお目にかからない肉食獣の鋭い爪で付けられたと思われる裂傷の痕など。
これらが語る事実は、普通の者ならば一つ一つが致命傷になりかねない負傷を伴う修羅場を経てなお、この女はそれらを退けてきたという証となるだろう。
そのような上体の動きを支える下半身もまともでは無い。ジーンズははち切れんばかりに太く。そして自分だって何時かはそうなると負け惜しみしつつ、やたらと長いくせにバランスの良い足を見て、蹴りつけてやりたい気分をアリスは必死に抑えている。
「お、だから言ったろ所長。アリスもそろそろ来るってさ」
そして、どうにも我慢できない、今の自分には余りにも足りない部分に目をやって、部屋の奥からアリス以外の人数分のアイスコーヒーと、アリス用の、最近お気に入りの麦茶を盆にのせてやって来た夫(予定)の、何時もと変わらないにこやかなベオの顔を見て、もう我慢はできなかった。
「ボインか」
「は?」
「お前もボインが好きか!デカいのが好きなのか!?」
誰がどう見ても八つ当たりには違いない。けれどもアリスなりに正当な理由だってある。
我が友、ヒメカは言っていた。特殊な例外を除き男は皆ボインが大好きなのだと。胸も尻も、とにかくデカければデカい方が良いのだと。
「マナはともかく、こんな、ポッと出の、得体の知れない、金髪女にたぶらかされて!」
盆を抱えて抵抗できない事を良いことに、ぽかぽかと小さな拳で、地味に水月等、オルターに自衛にと教わった人体の急所を狙い叩く。
勿論、これは自分本位な怒りだけから生じた行動では無い。
この女の、マナ以上に豊満なバストですっかり引き延ばされて歪み妙な表情になってしまった、Tシャツにプリントされたニヴルヘイムのマスコット、牝牛のアウズちゃんの仇を討たねばならぬ。その一心で、アリスは義憤に駆られているのだ。
「私だって、将来性は有るんだぞ!母さんはこの女よりは控えめだが、スタイルは良かっただろう!?その娘の私には可能性が有るんだ!青田買いするべきだろうベオ、どうなんだベオ。この際ハッキリ言えベオ!」
というのは全て嘘である。単純に彼女らしくなく、年相応の嫉妬心を爆発させているだけなのだ。
「落ち着けアリス!マグノリアは向かいに越してきた、ってかこれから依頼人になる予定だ!」
「稚拙な言い訳はやめろ!私が今問い詰めているのは、ベオの性的趣向がどの方向を向いているのかという事だ!」
「そういう話だったの!?」
そのようなやり取りはしばらく続き、一応は矛を収めたアリスが改めて給仕を終え腰かけるベオの隣に、敵意はむき出しのまま、突然現れた強敵と比べると今はまだ薄い体で、コアラの子の如くベオに組み付きつつ、ようやくマグノリアの話を聞く場が整うまでの間。
何故だか楽しそうな彼女の笑顔は、やはり損なわれる事は無かった。




