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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか①

「総代。九界への派遣騎士ですが、人選は本当にヴァレンシュタイン卿が適任だと?」

「君にしては珍しく回りくどい言い方をするんだね。本人の意思は勿論、評議会でも過半数の支持は取ったし、何も問題は無い筈だけど」


米国某所、連盟本部のオフィスにて。七月は始まったばかりだが、突き抜けるような青空の元、連日最高記録を更新し続ける気温は温暖化を如実に感じさせている。そういえば、あの夏もかなり暑かったなと、アルトは懐かしく思う。

珍しく緩い午前のスケジュールは技術部からの定期報告を聞いて終わりの予定で、目の前の相手とはこの後一緒にランチを取る予定であったが、その前に話があると釘を刺されてしまった。

長年の付き合いで、普段より余計に眉間に皺を寄せた様子の彼女が考えている懸念について察しは付く。それでも一応の手順として、少し意地は悪いが今の自分の立場に相応しい物言いをしてみた。


「・・・勿論、手続きに異論はありません。問題なのは彼女の立場です。代行とはいえ、一隊を率いる隊長格を単身で、満足に支援も受けられない異界に送り込むことに問題が有るというのが技術部の見解です。従騎士を含めて補助要員の随行は拒否、あちらへの連絡員としての駐留許可は騎士一名のみだなんて、バルドルの横暴な建前をそのまま鵜吞みにするのは馬鹿げていると思いませんか」

「馬鹿げているって、僕でも、各隊長でも、騎士も、従騎士も、補助スタッフまで含めて誰も彼も。僕たちの仕事では立場、建前なんてモノは常に流動するモノだ。危険は納得の上、皆、その覚悟はこの路を行くと決めた時に終えている。それに騎士の為すべき事は何時でも、何処でも変わりない。どんな状況でも、例え敵地に独りきりでも。そして何よりも、何よりもだ」


そう、この想いだけは違える事が有ってはならない。それは我々の存在意義であり、そして何よりも、必ず果たすと、父と誓った約束なのだ。


「人は、灰に見送られた。その先へと進む僕達の背に彼は手を振り、何処までも歩みを進められるようにと願いを込めてさよならを告げてくれたんだ。ならばその路行きを、人が更なる遠くへと向かう先へと続く旅路を護るは、我ら騎士の責務である」


そうでなければ余りにも情けない。それに、この内に流れる血潮の元も何時か辿った旅路だ。同じくほしが選んだ命に、人間にそれが出来ないはずはないのだから。


「そういう訳だよ。今回の、バルドルの件は特に注意しなければならない案件だ。九界という未知の領域に、ベル・バルドルという要注意人物、バルドルという要監視対象団体、特に神樹に対しての備えは連盟にとっての最優先対処事項の一つだ。これについては、君も解っているだろう?是が非でも、当地の情報は手に入れなければならない。これは、派遣する彼女も良く理解してくれているよ」

「・・・やれやれ、藪蛇だったかね。ならせめて、予算無制限で準備をさせてもらう。装備はA級一式に、秘蔵の兵装もアイツに適性のあるものを幾つか選ぶぞ。いいな?」

「勿論。一任するよ、技術部部長殿。それから、『天使』の持ち出しを許可する。本人は嫌がるだろうが代行とはいえ彼女は何時か一隊を率いる身だ。うん、総代権限によって今許可します。略式だけど、これで形式上は何も問題は無いからね」


その返答に普段滅多に見せない、何とも言えない表情の妻は驚くというより、最早呆れた様子だ。


「お前ね、万が一って事を少しは考え・・・。無いんだったな、この馬鹿アルト」

「いいね、久しぶりに聞いたよ。君のその馬鹿って言い方」


暫く彼女のこういった口調を聞いていなかった。ああ、そういえばあの時も、その終わりに同じように怒られたんだっけ。


「何度でも言ってやるさ。歴代一の馬鹿騎士、史上初の馬鹿総代。結婚記念日すら家に帰ってこない、すっとこどっこいの馬鹿亭主め。あんまり留守が長いと、ちび共がお前の顔を忘れてしまうぞ、全く」

「あはは、それは困るなぁ」


心地いい悪態を聞きながら、これから九界へ赴く彼女の旅路を思う。

それは自分にも確かに在った事で、あれはまだ自身が何者であるのかも知らなかった頃の話だ。そして、その地での友との出会い。それこそが、今の自分の始まり。


「そういえば、九界も所属としては日本になるんだったね」


連盟の仕事に穏やかなものは少ない。今回も、先の危険を考えると命を賭した任務に変わりはない。

だというのにその地で彼女も、きっといい出会いがあると思う。そしてそれが、彼女自身を大きく変える事になるという予感がある。


「ふふ、父さんもこんな気持ちだったのかな」


ならば旅発つ君へ。見送る人が、その背に掛ける言葉は一つ。灰の騎士は、彼女の幸運を祈って告げる。


「・・・良い旅を、花の名を持つ騎士よ。君の旅路が、どうか実り多いモノになるように」





うんざりするような暑さで目を覚ました夏の朝。汗で張り付いた寝間着のTシャツをはたいて風を送りながら、流石に扇風機くらいは購入しようかと検討している今日この頃。

日は既に高い。起きる時間は変わらないが、こうして日々の変化で季節を感じられるのは中々に楽しいと感じるようになっただなんて適当にお茶を濁し、俺は今日もエアコンの導入を見送る。だってお金が無いのだから。


「ああ、クソ。また寝違えたな」


最近忙しかったせいか睡眠不足で、おまけに蒸されるような湿気と夜になっても大して下がらない気温に、寝苦しさから眠りも浅く。故に妙に寝返りを打つせいでこの頃よく寝違える首が痛む。

夏は折り返しの八月が始まったばかりで、例年酷くなっているという残暑のしつこさを考慮すると、もうしばらくはこの生活が続きそうだ。


欠伸を噛み殺しながら何時もの様に歯を磨き、寝汗で雫を作る犬頭の毛並みを確かめる。犬猫なら夏は自然と毛量が減るらしいが、如何せんこの頭はそれに類さないらしく。冬はともかく今の時期はとにかく不便である。

小型冷蔵庫から出した昨日の残りの麦茶で渇きを癒し、軒先に出ると偽物のくせに無駄に照り付ける太陽。朝っぱらから非常にうっとおしい。重さすら感じる陽光は、下々の者に加減するつもりは無いらしいみたいだ。


「アニキ~。うわ、いつ見ても暑苦しいぜ」

「流石のお前もバテ気味かよ、勤労少年」


揺らぐ空気の向こう、斜め上から容赦なく差すこの日差しが流石に堪えるのか、若干よたよたと右に左に傾きながら近づいてくるのは自転車とその乗り手。

年中そうだが、この日差しで更に黒く焼けたアキトは何時もの様にからかいを言いながらも、ひいひいと息切れ混じりで覇気がない。時節柄学校は夏休み中で世間の学生などは空調効いた部屋で引きこもっていればいいが、健気にも彼は苦学生。休む者が居れば働く者が居るのは社会の真理である。


「本物の犬と違ってアニキは汗かくんだからさ、丸刈りにすれば多少は見栄えも涼しくて良いのに。ほら、サマーカットってやつ」

「馬鹿、俺はこのフォルムが気に入ってるんだよ。それにさ、見栄を張ってこそ男だろ?」


単にバリカンで禿頭は勘弁というだけなのだが、物は言いようだ。それに試したことは無いが、この頭は多分、散髪してもすぐに元通りになってしまう気がする。

洒落とは我慢だと、この酷暑でもゴスロリファッションで決めている知り合いなどは、気合と根性で体感温度などどうにでもなるだなんて言っていたか。どこぞの寺を焼き討ちにされた和尚かおのれは。


「とにかく、今日の分。ああ、駄目だ。作り置きで良いから、俺にも冷えた麦茶くれよ」

「扇風機も無い部屋でいいなら少し上がってけ。一杯でも二杯でも飲んできゃいいさ」

「ええ、そろそろ金銭感覚おかしい所長さんに文句言いなよ、福利厚生って言葉の意味を辞書で引けってさ。あ、そういえば」

「ん?」


ついでの様に問われて、アキトの視線の先を見る。


「あの看板、なに?」

「ああ、向かいの空き物件に人が入るらしくてさ。何だろうな?」


前に入っていた闇金が夜逃げしてから半年ほど、空っぽだった二階建ての低いビルはここ数日、急に改装工事が入ったかと思えば、簡単な内装と立派な看板だけを取り付けて、後は音沙汰無しである。見たところ何らかの小売店で無ければ、飲食店とも多分違う。しいて言うならば。


「事務所か何か、かな?」

「その辺りだと俺も思うが。屋号はナイト・オーダー・ユニオン?でいいのか。会社か何かの、ニヴルヘイム支部、ねぇ」

「大正解、ですわ!」


瞬間、爆発と見紛う勢いで。件の改装したての物件、その正面玄関から扉を破らんばかりに現れたのは、一言で言って場違いな女だった。

これを見てしまえばゴスロリなどはまだ生易しい。全身を覆うフルプレートの西洋甲冑は外気を断ち、本来は矢玉を弾く流線型の胸当ては、今は熱だけを内側に伝え焼き、増幅され放つ熱気で周囲の空気は揺らぎ歪む程だ。多分その表面でバーベキューができる。兜や鎧の隙間からは火にかけた薬缶が如く湯気が出ている。


「そして私こそ、栄えある騎士修道会連盟。勝利を掲げる第七隊、ネツァク隊長代行!」


そして女だと気付いた理由は。兜と鎧に篭り、反響しつつも分かる男にしては高すぎる声音。更に今時では耳にすることの無い口調、めずらしい言葉使いというやつか。


「お初にお目にかかります。私、マグノリア・ヴァレンシュタインと申しますの!どうぞお見知りおきを、ご近所様!」


がばりと兜のバイザーを上げて除く瞳はこの空の如く深く透き通った青。合わせて収まりきらぬ金髪が、あちこちの隙間から飛び出している。


「所で、私もご挨拶を兼ねてご一緒させてもらってもよろしいかしら?お茶うけに合うか分かりませんが、お土産が有りますの!」


言葉に合わせて何処から取り出したのか、ごつい籠手越しに突きだされた、鎧の隙間から流れ出た汗の染みる蕎麦の箱を素直に受け取る。物は一級品の様だが、朝から麦茶に蕎麦という組み合わせはどうなのだろうか?昼飯というのならベストだが。


「ああ、その、ご丁寧にどうも。勿論歓迎するけど、えっと、なんだ。申し訳ないが部屋が狭いから、鎧は、脱いでくれると助かるんだが」

「あら、これは失礼を!」


俺の提案を受け入れ、勢いよく脱がれた兜。やはりというか内側に溜まっていた揮発していない汗が、それを予期して早々にその場を逃れたアキトとは対照的に、容赦なく俺の毛並みに突き刺さる。

一瞬目つぶしの様に眩んだ視界が次に捉えたのは、収まっていた兜から流れ落ちる金色に輝く髪に、面立ちは美人の中でも男前寄り。そして鼻筋の通った白い肌には大きく歪んだ傷が、その右頬に深く刻まれている。

それでもきっと、彼女の生来持ちうる生命力というか、そこから発する純粋な美しさは少しも損なわれていないと分かった。


「改めて、よろしくお願い致しますわね、ベオ様!」


果たして、俺は彼女に何時名乗ったのだろうか。そんな事にも思い至らないくらい、その笑顔には対面する者を殴りつける様な圧力と破壊力があった。


それが俺と、花の名を持つ騎士との出会い。何時までも忘れられない事になるだろう、バルドルを敵に回して暴れまわる事となる、この夏の大騒動の始まりである。


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