幕間・月夜見探偵事務所の休日
各章の間に存在するお話は省略するとお伝えしましたが、三章、そして四章と続ける上で、どうにも展開がおかしくなってしまう事になってしまうため、最低限の幕間として章の間に加えさせていただく事にしました。
三章は予定通りに四月中旬までに投稿開始の予定です。よろしくお願いします。
「ベオくんおはよう。ちょっと急だけど、本日の仕事はお休みです」
ああ、そうか。もうそんな時期なのかと、珍しく自分よりも早起きの彼女の声で目覚めて思う。
少し前まで、朝一番のこの声が一日の始まりを告げる音であったせいなのか、何時もより寝起きの良い頭で、その深い紫色の瞳と目が合って思わず微笑んだ。
「おはよう所長。今日は随分と早起きだね」
時間を見ると朝の四時。周囲はまだ暗いのに、まるで彼女自身が光を放っているかのように、この目ははっきりとその輪郭を捉えた。そんな事実は、この人は自分にとって特別な存在なのだと再認識させる。
「ふふふ、それはそうだよベオくん。なにせタイムスケジュールを考えると、今すぐ始めないと間に合わないからね」
普段の理知的な雰囲気はどこへやら。今の所長は子供のようにいたずらっぽく、そして楽しそうな匂いと共に、さあ、はやくと俺の手を取って引いている。
「ええと、今からっていうと、今回も、ロングシリーズの一気見なのか?」
「ううん、名作は大体履修しちゃったから。今回はもっとバリエーションを考えて、じゃ~ん」
所長はそう言いながら楽しそうに、もう一方の後ろ手に隠していたモノを取り出す。その白い手には、長方形のパッケージが携えられていた。
何らかのソフトウェアのパッケージ。十年ほど前にはよりポピュラーで、近年のネット環境の発達により、今ではその道の好事家たちくらいしか求められなくなった存在。
これはその内でも、特に限られた人種にしか求められなくなったというのに、その限られた者たちから向けられる熱量故に、今でも生き残っているシーラカンス的なやつだ。
薄い明りに慣れてきた目を細めて、そのパッケージを確認する。
パッケージの右下には大口を開けて肩を抱き合い、何かに恐れて叫び声を挙げているであろう金髪の男女。周囲を彩るのは鮮血のデコレーション、飛び散る人間の部品と、恐怖に歪む逃げ惑う群衆の背。
そして、その中央には。この物語の主役である存在が、周囲のどれよりも大きく、鋸の様な歯をむき出しにして、誰もが一目でそれだと分かるように配置されていた。
「ええっと、『恐怖!空飛ぶ侵略者は政府の秘密兵器!?フライングシャークの大殺戮!』、だって?」
「ふふん。後に続く『鮮血!フライングシャークVSメカフライングシャーク』、『暴虐!フライングシャークVSスペースフライングシャーク』三部作を皮切りに、本日のラインナップは月夜見マナ特選のB級映画祭り、だよ!」
本当に楽しそうに彼女は笑っているので、これが心からの善意で催されたモノであるのだと分かっている。まあ、前回は十シーズンに渡る海外の連続ドラマの一気見だったので、バリエーションが豊かな分、此方の方がマシだろうか?
と、いう訳で。本日の月夜見探偵事務所の営業はお休み。これから始まるのは、たまの休日の一幕。
取り敢えず顔を洗って、着替えたら朝飯代わりに軽くつまめるものでも作って、初めのお供はコーヒー、それからコーラだ。間で確認する為に、ピザ屋のチラシも用意しておこう。
「おお、観てみろマナ。溶鉱炉へとフライングシャークが沈んでいく。いや、これは背びれを立てて泳いでいないか?」
「目の付け所が鋭いねアリスちゃん。これは後に続く続編の伏線、と言われていたんだけれど、制作会社が経営難で倒産しちゃって、それっぽい伏線だけが残されてしまったんだ。だけどその十年後、かつてのファンがプロヂューサーとして精神的後継作、『帰ってきたフライングシャーク・バーニングソウル』を作るきっかけになったと言われているんだよ」
「いや、どんな話だよソレ」
学校が休みというアリスが事務所を訪れたのは丁度二作目が終わったところで、よくある大衆の娯楽に興味が有ると、中途半端に三作目を一緒に鑑賞する事になった。大衆というには大枠過ぎるジャンルの映画に退屈させるのではないかと心配であったが、アリスはマナの解説を聞きながら思ったよりも楽しんでいるらしい。
「ふむ、途中は明らかに着ぐるみ、模型を利用した場面を多用していたが、最後のスペースフライングシャークとの決戦はフルCGでなかなか見ごたえがあったな」
「その辺りも予算の問題らしいんだよねぇ。だけど限られた資金で表現したいものを表現する、というのは制作陣の努力と気概を感じさせてくれるよね」
「最後フライングシャークに食われた三代目ヒロインの生首は、思いっきりマネキンだったけどな」
朝の四時過ぎから、各二時間ちょっと。三部作を観終わった時刻は十時を半分過ぎたところだ。
朝飯は本当に軽く済ませたので、映画に集中していた分、少し腹が減る。
「ちょっと早いけど、何か出前でも取るか」
「うん。この時間なら、太歳軒のランチかな。アリスちゃんも食べていくかい?」
「ああ、すまない。実はこれから、研究会の集まりが有るのだ。その前に少し此方へ顔を出すつもりだったのだが、思ったより長居してしまったな」
文字通りの天才であるアリスのレベルからは幾らか落ちるが、それでも一般社会での生活を知るためにと、バルドル資本の学園に通う事になって三か月。飛び級という扱いの為に周囲は年上ばかりの筈だが、可憐な容姿に加えて、今では明るく社交性な性格から友人も増えて、何でも研究会まで立ち上げてしまったらしい。
「えっと、古今錬金術研究会だっけ?よく認可が下りたな」
「ふふん、私の人望というやつだな!」
随分と楽しそうに学園生活を語ってくれることは俺も嬉しい。しかしその、主宰する研究会の名称は、ちょっと気になる。流石に学生の範疇なので、危ない事にはならないとは思うが。
実際にアリスの造る品々を知っているが故に、信頼していてもなお、小さな不安は残る。
「安心してほしい、学園側に簡単にその性能がバレるようなモノは造ってはいないよ。完成品を今度、ベオとマナにも披露させてもらうから、期待しておいてくれ!」
聞きようによっては物騒な事を言いながら、そういって楽しそうに去っていく背に手を振って見送る。まるで普通の子供のように、楽しそうな事は良い事であるのだが。一応、保護者を買って出ている立場なので、オルターに相談くらいはしておいた方がいいのかも、しれない。
「ベオくん。太歳軒のランチ、今日はレバニラだって」
「あー、じゃあ俺は天津飯と餃子単品で」
「えぇ、噂話で更に強化されたアーマード口裂け女に対して、最後は自衛隊の一個師団による火力集中の力業って。ちょっと無理筋が過ぎませんかこれ」
「本来はもう少し違ったシナリオだったらしいけど、女優さんのスケジュールが合わなくって大幅な変更、だってさ。これじゃホラーってより特撮だよね。まあ、派手なのは評価ポイントかな。スタッフロールによると、実際の自衛隊が撮影協力しているらしいよ」
「あー、確かにこの戦車とか、B級によくある資料映像っぽくなかったものな」
休憩を兼ねた昼食の後、何かの会合からの帰りの途中にと事務所にやってきたアヤナは、最初は嫌そうな顔をしていたが、何時もより機嫌のよい所長に推される形で、一本だけと言ってB級映画鑑賞に付き合う事になった。
因みに、映画のタイトルは『Dデンショウ・復活の都市伝説、アーマード口裂け女襲来』である。
「過去に流行した噂話の怪人、口裂け女がネットゲームによって再認知、その噂という信仰によって力を集めて再出現し、更にゲームのキャラクターとしての影響を受けてアーマード化。といった所までは良いのですが、企画会議で盛り上がって収集が付かなくなってしまったパターンじゃないですか?」
「けれど、評判はけっこう良かったらしいよ。実際にその後シリーズ化して、『スパイダー赤マント』、『きさらぎ駅Re』という具合に、暫くの間、毎年夏に合わせて制作されたらしいから」
あの事件の後、少し気負う所が無くなったのか、以前より事務所を訪れる事が多くなったアヤナの事を、所長も歓迎している様子である。元々付き合いが有ったらしいので、関係修復と考えれば自然な事なのかもしれない。
「妙な趣味は変わりませんね、貴方は。付き合わされるベオさんの事も考えて下さいよ」
「ええ~、ベオくんは楽しんでくれているよ。ねぇ、ベオくん?」
「ああ、ええと。ラストシーンで口裂け女がチェーンソーだけを携えて戦車に立ち向かっていくとことかは、感動した、かな?」
「ほら、ちょっと感覚がおかしくなってますよ、もう!」
そんな会話を遮るように、アヤナの持つ端末が通知の音を鳴らす。
「はい、鷹野です。はい、はい?ファーストで交通トラブル、そんな事は貴方が対処を、ええ?保安部の車両が原因ですって?」
そんなアヤナの声には、先程までとは性質の違う、明らかに嫌そうな態度が見て取れた。
何かトラブルが有ったらしい。急いで現場に戻ると言う彼女を途中まで見送る事にする。
「本当に、何か手伝わなくても大丈夫か?」
「ええ、ベオさんはせっかくの休日ですから、どうかお気になさらず。それにどちらかというとこれは、ニヴルヘイム総督の案件、バルドル内部の問題でしょうから」
バルドルほど大きな組織となると色々あるらしい。
本来であればアヤナ、というより戦乙女はバルドルにおいて上級執行官という立場にあり、各階層におけるバルドル会長、つまりベルの代行としての大きな権力を有しているのだが。
彼女自身は自らの未熟と個人の持つ武力の影響を考えて、行政の長としてのニヴルヘイム総督の立場を尊重している。その心遣いが、今回の場合は悪い方向に働いてしまっているようだ。
「アヤナ、無理はしないでくれよな。何かあれば」
「私の事を護ってくれる、そうでしょう?」
照れはまだ残るが、前よりももっと自然に、彼女がそう頼ってくれることは俺も嬉しい。
見送って、振り返ると其処には少しむくれた表情の所長が居た。
「今日は私と、一日お休みだよ。ベオくん」
「ごめん、悪かったよ!ええと次は、『スパイダー赤マント』だっけ?」
「うげぇ。ボク、ゾンビ物って単純で好きだけどさ、これってそのジャンルで合ってるの?ほら、ゾンビが変形合体してるよぉ」
「ゾンビ物は古くから続いている分、開拓し尽くされてるからねぇ。変わり種としては分かるけど、ちょっとゲテモノだったかな?」
「そうかな?俺はけっこう好きだぞ。この、『三身合体!GO、ゾンビオン!』あ、もげた腕投げたな今。これって正規の攻撃なのか、それとも単純にもげただけなのか?」
B級映画鑑賞会も折り返し。定番であるゾンビ物のシリーズも初めはオーソドックスであったが、後半は色物が目立つようになる。
そうして、夕食に注文したピザのデリバリーにやってきたアキトは所長に捕まってしまい、最初はまだ楽しんでいたが続けて三本目となると、その表情も流石に辛そうな顔に変わってきている。
『三身合体!GO、ゾンビオン!』は、初めはゾンビ映画というより、悪のゾンビに立ち向かう為にゾンビ化した三人の若者が、ゾンビオンという巨大ゾンビに合体して戦うという熱血アニメ調の展開が続いていたが、どういう訳か最終的に登場する人間が全てゾンビ化し、世界が正義と悪のゾンビに二分化されて争い始めてしまった。
「あ、ほら。もうこれ合体っていうより吸収でしょ。三身どころか、三百身合体で世界がほろんじゃったじゃん」
「何とも唐突な終わり方だよなぁ」
「哀愁ある終わり方だよねぇ」
突飛な設定になればなるほど、最後は投げっぱなしというか、創作にしたってゾンビ物ではよく滅ぶな世界。
「全く、マナは昔から趣味悪すぎだよね。ベオのアニキもさ、律儀にこんな悪趣味に付き合わなくてもいいのに」
「ふぅん、人に趣味の文句なんて。君も言うようになったね、アキト」
「言わせてもらうけど、朝から晩までB級映画鑑賞って、誰がどう見ても正気の沙汰じゃあないぜ?ほんと、アニキに愛想つかされても知らないよ」
そういえば、俺がこの事務所に転がり込む前から所長とアキトは知り合いらしいが、そのあたりの事情は俺は良く知らない。アキトは高校生らしいから、バイトの関係で、ということならそこまで古い付き合いでは無いと思うのだが、前から思ってはいたが、その割に結構親しいよな。
「ああもう、変に時間食っちゃったよ。それじゃあベオの兄貴、あんまりマナの影響を受けて趣味の悪い映画ばっかり見ちゃ駄目だぜ」
「おう、遅くまで悪かったなアキト。気を付けて帰れよ」
さて、アキトが流石にと離脱して、時間はもう二十二時少し前。日付が変わるまでが休日と考えると、残り時間的にも次が最後の映画になるか。
「うん、そうなるね。最後はちょっと、趣向を変えてみたよ」
「ふぅん、まあ」
どんなモノであったとしても、大事なのは誰と観るかって事だよな。
その日、休日最後となる映画は、それまでのモノとは随分と違った趣の映画だった。
ストーリーは遥かな未来。事情によって遠く離れた星に分かれた人類が、その来た路を辿り、地球を目指して数百年ぶりの里帰りをする事になる。
その道すがら、目指す故郷の地球で待つという少女との間で、里帰りの宇宙船に乗る少女が文通という形で電子メールを交わす、そういう物語だ。
分かたれていた永い時間に。それぞれに在った歴史や、出来事を互いに伝え合う事で、それぞれに異なった道を選択し、歩む事になった人類のこれまでと、これからが語られる中で。少女たちは互いが全く別の存在になってしまった事を知る。
その戸惑いはやがて大人たちにも伝播していき、これからどうするべきか。一度分かたれた自分たちは、そのままでいた方が幸せなのではないか、路を引き返すべきではないのかと、里帰りの船に乗る人々は葛藤する。
けれど結局、大人たちの混乱をよそに、少女たちは互いがどのような姿で在ったとしても、言葉を交わし、想いを伝えあえることが出来たのだから、きっとわかりあう事ができるのだと信じる事にした。
その純粋な想いに、宇宙船はその路を真っ直ぐに進むことを選び、その旅の最期に、待ち望んだ故郷へと辿り着く事になるのだ。
「・・・宇宙船が地球へ辿り着いた所で、この映画は終わるんだな」
「そうだね。この後、再会した人類が、少女たちがどうなっていくのか。明確な回答は提示されないまま、このお話は終わる」
今でさえ、ほんの少しの違いでさえも争いの種になってしまうのに。それがもっと永い断絶で、明確な違いとなってしまった場合に、かつて同じであったという理由だけで、また一つになれるなんて事は夢物語だ。
そんな事は俺自身が良く知っている。だけど、そう在ってほしいとか、そうありたいって思う事は自由だ。それこそ、この映画に在るように。そう信じるという終わり方には何処か、救いがあると思える。
「・・・今日が、終わっちゃったね」
「ああ、そうだな」
時刻を観ると、午前零時を少しだけ、時計の針が進んでいた。
楽しいお休みはおしまい。久しぶりに君と観た映画は、少し変わっていて、一言で感想を述べる事はとても出来そうにない。
「まあ、眠りにつくまでが、休日だよな」
「うん、そうだよね」
だから、これからは延長戦。何時もよりは早起きしたせいで、少し眠気はあるけれど。瞼が落ちてしまう前までの少しの間に、今日の映画の感想を君に。
「今日は見れなかったけど、やっぱり、フライングシャークが十作も続くのはやりすぎだよなぁ」
「ふふふ、そうだね。私もそう思うよ」
並んでソファに腰掛けて、何も映ってはいないテレビのモニタを二人でぼんやりと眺めながら。




