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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか
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戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか⑭

立体駐車場、一階フロアは未だに未制圧。投入する戦力全てはその全てが端から失われていく。

砕ける破砕音も、散らばる破片もスリュム・レギオンのものばかりで。破壊の渦の中心、其処で舞う赤の戦乙女の装甲に傷一つ生じてはいない。


「・・・ハ、当てにはしていなかったが、天才の名に誤りは無いじゃないか、悪趣味なパンク女!」


陽動の名目として、車両のスピーカーから爆音で鳴り響く音楽は一昔前に一瞬だけ流行ったナンバー。

ロックは趣味じゃないが、偶には良い。特にこんな風に、久しぶりに最前線で暴れまわる時には最高だ。


「褒めて頂いてありがたいが、出来た事といえばあくまで低下した機能に合わせた間に合わせの補助システムだ。せいぜい、性能はフルスペックの六割程度と思ってくれ!それにしても、バルドル自慢の機動甲冑は話以上の本物の化物だな!全部終わったらボクにもいじらせてくれよ!」

「ナノハ、頭を出さないで!貴女は小石が掠っただけで大怪我ですよ!」


音楽に酔っているのか、自分の仕事に満足しているが故か、まるで嵐の夜に興奮して窓枠から身を乗り出す子供の様にはしゃぐ女と、それを必死に制する男。

横目で見れば、視線に追随するセンサー情報からジョーは宣言の通りに良くナノハを守っている。これなら、自分は迎撃に集中できるというものだ。

彼女の言うには六割、しかしシステムの見直しとソフトウェアの修正程度で全盛期の六割まで性能を引き出せるなどとは規格外だ。

成程、確かに優秀。失踪当時に研究開発部門の長、佐山翁が酷く落胆していたのも今なら良く分かる。先日の初遭遇時に殺さなくて本当に良かった。

ああ、体が軽く、振るう槍の冴えも鋭い。

かつての戦乙女筆頭であった自分。今はそこまでとは言わずとも、少なくとも長らく埃をかぶらせるままでいた、懐かしき相棒を振るうに、全くの不足なし。

つまり本来、赤の戦乙女の象徴にして主武装。今回再度装備した腕部に備えた、敵対する存在全てに死を告げる一対の棘。


「正面、タイプT!追加装甲に重武装、拠点防衛用だ!」


現れたタイプTは正面に装甲が増設されており、突破力を強化した個体であると推測。恐らくは現地改修されたものか。

成程、敵も本気らしい。しかしそれも、この棘の前には意味を成さない。

バルドルの最高戦力、戦乙女。その半身たる機動甲冑には基本的な外殻としての堅牢さ、既に人外の膂力を更に倍増させる補助機能、そして高速戦闘を可能にするブースタ等の基本部分以外に、それぞれにコンセプトとして特化した性能と、それを体現する兵装が存在する。

トウコの半身たる、赤のゲイレルル。この機動甲冑のコンセプトは、超高速戦闘による圧倒的な近接格闘能力の実現であった。

他の機動甲冑と異なる小型の主翼、複数の補助翼は、航空性能と引き換えに特に地上戦での高速機動に真価を発揮する。

推力を飛行では無く移動に特化する事で可能となる機動性は他の追随を許さず、実際、全盛期の彼女は地上戦で最強の性能を誇っていた。

しかしとある理由からその戦乙女としての性能、特に反射反応能力の著しい低下により、その長所である高速戦闘が不可能になってからは、彼女にとっての翼は精々高価な装甲服程度の機能しか発揮できていない。

迫る巨体。追加された装甲はそのまま重量の増加を意味する。

狭い立体駐車場内部、加速は十分でないが目標を轢きつぶすに十分な質量。その証拠に、複数の味方レギオンを磨り潰しながら赤の戦乙女に迫る巨体。

しかし、そのセンサーに赤が映るのは一瞬。捉えられぬは正しくは電光石火。であれば、触れる事など叶う筈も無い。


「痴れ者め。私に許可なく触れて良い者は、夫に息子と、妹だけだ」


ゲイレルル腕部、棘の一。その銘をルインと呼称する。

動作確認の意味も含めて狙う場所は、敢えて追加装甲が最も厚い正面部分。拳で打つ動作で、意を違わず棘は真っすぐに貫く。

爆発を伴うその機構は杭打機に似ている。物理的な損壊として表面上に残す跡は小規模、真価はその後に、内部に侵入した先端が放つ苛烈な熱にある。

タイプTが内部から燃える。鋼を灼き溶かす、それ程の熱で自らは曲がることなく、鋭さを保ち、赤く赤熱する棘。引き抜く先端にはまだ炎灯る、溶けた鉄の雫。


「さあ虫ども、向かって来るがいい。赤き棘の冴えは此処に、貫けぬモノなど無いと知れ!」


戦いの中で血が滾る感覚は久しぶりで、しかしこれは流石に教育に悪い。

その姿を知ってなお、妻にと求めた物好きな夫はともかく、母としての自分しか知らない息子にコレは見せられないな。

などと思いつつ、数年ぶりに振るう棘の感触に、機動甲冑越しではあるが、トウコは自分でも擁護できない程に凶悪な顔で嗤っていた。





会長の指示はこうだ。サブネットを介して、隣接する階層に救援を要請する、振りをする。

その後の行動は、自身の裁量に任せるとの事である。故に、その作業を終えてからは直ぐに取って返し、先行する二人の進んだルートとは異なる場所へと向かった。

正面広場、本来であれば利用客の多くが行きかう、迎えの車両等が出入りする広まった空間。ホームに存在するだろう核を防衛する為に、外部に展開している大規模な部隊が正面から移動する場合なら間違いなく主要ルートとして選ばれると、そう判断する事は簡単だった。

今は自分の他に味方は誰もおらず、ゲートを通過して少し外部を見渡すと、施設外に展開する虫たちが予想通りに内部の防衛の為に通過する為に殺到しつつある。


「思えば、流れてこんな所まで辿り着いたが」


自分の渡り歩いた組織を振り返って思う。節操が無く、今まさに裏切りを重ねている身に、最早誰からも信など措かれるはずは無い。

簡単に予想は出来る。今後都合よく使われた後は、いずれ会長にも捨て駒として利用されるのが末路だろう。

始まりは関西。その時点で既に消耗品と同義であった自分などに主を選ぶ権利などなく、そもそも個としてすら認識されていない雑兵。状況が変われば自分を使う人間は次々に代わる。

関西が一つにまとまってからも、特に変わりはない。戦前に受けた屈辱を払拭するためにと権謀術数を巡らせているつもりで、所詮本物には敵わない。

なにしろ相手はこの国が産まれた時と同じく成立した組織だ。外来の、それも本流から外れた末に流れ着き、お情けで生存を許された身で何を勘違いしていたというのか。

東が、鹿島がそれを許していたのはただ単に関西が取るに足らない存在であるからだ。そんな事を忘れる程に、愚かに成り果てた集団に未来など無い。

現に暴走の末の暴挙、関西が崩壊した時も、身の程を思い知らされその末路を悟った恐慌状態の上層部はともかく、少なくとも自分は、何を当たり前の事をと不思議に思ったモノだ。

さて、それでも。その後に自分の身に起きた事は、初めて自分にとっての予想外で、その言葉の意味を暫く理解できなかった事を覚えている。


「石動シズマ君。斑鳩の傍流だが伝承核を持たず、それでいて伝承兵装に対する適正から実働部隊として活動していた。間違いないね?」


尋問というには拘束もせず、護衛も居ない室内。彼は自身を暗殺しようとして失敗した自分を前に、少し困ったように言う。


「どうかな、ちょっと急な話にはなるのだけれど。再就職先として、鹿島機関を選ぶつもりは無いかい?」


適当な道具として選ばれる事は有った。使い捨ての安い刃として果てろと、命令された事もある。

けれど、選択を委ねられた事は無い。だからどう応えればいいのか分からなくて、自分が黙っていたのを、彼は何か別の事に悩んでいるのだと勘違いをした。


「ああ、勿論この誘いを断った所で悪いようにはしないよ。望むなら鹿島のフロント企業に職を用意するし、それも気まずいのなら生活に困らないよう、幾らかの金額を退職金がわりに都合しよう。君の今までを考えると、それだって十分な報いとは言えないかもしれないけれどね」


彼は困ったように笑い、でも、出来ればと続ける。


「君の受け継いだ技術はとても綺麗で素晴らしいものだったから、少し勿体ないかなと思ってね。特に鹿島は組織再編の真っただ中で、君みたいな人材が必要なんだ」


必要だと、そう言われた意味を知りたくて、自分はその誘いに応えた。

その後の日々を今は思い出したくない。明るい場所へと導いてくれた彼と、鹿島機関を裏切った事実を思い知らされるからだ。


「・・・大悟さん、お嬢。許してくれとは、よう言えん。俺はどうしようもない、裏切りモンのドぐされや」


だから、これは八つ当たりに近い。使い捨ての消耗品だった自分が人として扱われた故に、人の情に流され、恩人を裏切る行為へと至る。その矛盾に対する反動を、この場に集う虫に全てぶつける。そうする事で、今だけは其処から目を逸らすことが出来るようにと。


「来いや、キャン言わせたる」


そう言葉にしたからか、単に制圧に十分な数が集まったタイミングだったのかは不明だが、間もなく殺到するスリュム・レギオン。

虫の群れは、次の瞬間男を八つ裂きにする。筈であったのだが。

シズマは取り敢えずその場のレギオンを即座に殲滅する事で、陽動と自身の能力の隠蔽を両立させる事に成功した。





「その突き当りを右、暫く真っ直ぐです!」


自分の呼びかけに返答は無いが、ベオは指示の通りに狭い連絡通路をみっちりと埋めるレギオンの群れを蹴り砕き、そのまま眼前の壁を踏みつけて飛ぶように方向転換、更に先へ進む。

この数分、殆ど彼は地を踏みしめてはいない。壁を蹴り、敵を踏み、必要であれば天井を走る。空の無い、箱の様な空間を、一度として失速も、墜落も無く飛び続けている。


「後続の敵は私が処理を、ベオさんはとにかく前に!」


平面を往くならとにもかく、残骸と撃ち漏らしをよけながらとなると、少し遅れる足がもどかしい。偉そうに言っておいてこれだ。

走りながらも彼の今を考える。近いのは対魔術基本戦術、いつかの資料に在った姿と似ているが違う。目の前のベオさんの姿は、メイガスの獣化魔術に似ているが、想定される出力が違い過ぎる。

身体強化の延長としての獣化、狂化とは二流のメイガスが間に合わせに行使するモノで、代償として挙げられる自意識の喪失やコントロール不可能な暴走など、基本的に戦略として組み込むには話にならない。

しかし彼は、今の状態であっても確かに自身の状態をコントロールしている、様に見えている。


「奥から強化型複数!いえ、なんでもありません!」


注意を促す間もなく引っかけるように、すれ違いざまに引き千切ったタイプTの砲弾を投げつけて、連鎖的に誘爆を引き起こした強化型は残骸を晒し、一部はベオの次弾として活用される。

行程は今のところ順調だ。このまま進めば、どうにかタイムリミットまでには目的のホームに辿り着けるだろう。

けれど、小さな不安が肥大化していく。これ程の、魔術にしても、魔素汚染による獣化にしても、もしくは別の何かであったとしても。

本当にこんな力に、何らかの代償は必要でないのか。ベオの言い分は悪い意味で当てにならない。


「・・・後で、会長を問い詰めなければ」


出発前に、ふと振り返った際。

初めて目にした会長の表情を忘れられないでいた。本当に一瞬だけ、彼自身が何時も被る幾つもの仮面のどれでも無い、それを何と例えればいいのだろうか。

それはまるで、何時か別の誰かに、自分も向けられた顔と感情。特別なモノでは無い筈だ。それでも、彼にとっては遠く、何処かへと置いてきてしまったそれ。

私の視線に気が付いたのか、会長は次の瞬間に何時もの軽薄そうな笑顔に変じていたが、やはり違和感は残る。

ベオの未だに明かされぬ過去。会長がベオに執着する理由にそれが関係しているというのなら、この目の前の現象は、只強く速い半獣などというモノだけで有る筈は無いのだ。


「もう間も無く少し広まった空間に出ます!敵の数は気にせず進行方向そのまま、続きますから吹き抜けを上に!」


ベル・バルドルを問いただす、いや、会長の言は信用できない。他は、三上、は悪い娘ではないが、完全に会長に心酔していて余計な事は教えてくれないだろうから、自分の伝手で当てになるとすれば。

星見は、駄目だ。絶対に余計な事まで予言されてしまう。ならば、もう考えられる人物といえば、洞木くらいか。


「・・・あの女に借りを作るのは癪ですが、仕方ないですね」


ナノハの音声誘導によれば目的地はもう直ぐだ。周囲の群れはとにかく、想定では核自体に戦闘能力は無いという。

つまり、辿り着けば此方の勝利。残り時間は三十分を切った所だが、このまま行けばなんとか間に合うはずだ。

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