戦乙女はその傍らに青い鳥の実在を信じる事ができるか⑬
「残念だけどさ、めでたしめでたしってやつにはまだ早いぜベオ。面倒事がまだ残っているって分かっているんだろう?」
「その答え合わせはお前がしてくれるのか?ベル」
何時から其処に居たのか、黒煙とレギオンの残骸が転がる戦場跡であっても少しも汚れていない姿のまま、肩を竦めベルは否定する。シズマを伴い偉そうな顔をしやがって、偉そうにするだけなら大人しくすっこんでろ。
「では代わりに自分が。ベオ、今の時間は?」
続いて現れたナノハに支えられるジョーの姿を見て少し安心した。あの様子なら、どうやら二人の問題は解決したらしい。まあ心配はしていなかったが。
「九時と、半分過ぎたところだな。体は大丈夫か?」
「心配は無用です。なら急がないと、正午の定期便がステーションに到着してしまう」
ああ、やはりそうか。ジョーの言葉に、自分の抱えていたいた嫌な予感、現実になって欲しくない仮説が現実を帯びてきたと理解してしまう。
「・・・つまり、スリュム・レギオンの本当の目的は。定期便が到着する前にベルを暗殺する事じゃ無く、定期便が到着するまでステーションの占拠を維持し、到着した定期便に乗り込んで他の階層に移動する事だったんだな」
「そうです。ただ一方的な命令の断片から推測した答えになりますので、流石にその理由までは分かりませんが」
Harbingerの特性を説明された時から、その可能性を考えていた。
開拓のさきがけという性質上、核が辿り着いた環境に適応し、現地の資源を利用して手足となるオートマトンを生産して、その土地の開発を行う。
その特性があって、秘匿していた自らの存在を晒した後。システムとして効率化の極みみたいな存在が、どうして今まで大々的な侵攻を行わず奇襲、それから非効率的で散発的な戦闘を繰り返してきたのか。
それがベルの暗殺、という目的が本当に正しいかったのなら一応説明はできる。
目標の逃亡を防ぐために、確実に殺害を達成するために敢えて非効率でも確実性を取った。それもナノハやジョーが首謀者という、人間的な思考で考えた場合に選択する行動原理。
だがその前提が間違っていたらどうだろう。
「例えば、ベルを暗殺するという目的がブラフだったとして、他にどんな可能性が考えられる?目的は何だ。目指す目的地が有るとして、その先でスリュムは一体何をするつもりだ?」
「・・・Harbingerのコンセプトはあくまで未開の地に人の生活圏を広げる事。だがその本質は、増える事だ!」
ナノハが何かに気が付いた様に叫んだ。
「だからボクはその行動の決定アルゴリズムに、最終的な判断を必ず人間が行うようプログラムした。でなければ、際限がない。資源の許す限りその数を増やし、向かう先がある限り無限に開拓、開発を続ける永久機関となってしまうからだ!しかし、それに何かが干渉したら?ボクやジョーを操っていた、別の決定を下す意思が、其処に介在しているとすれば?」
例えとして人類でも数少ない未開拓の大地を発見した新大陸発見という大転換期。
そしてその後に続く北米大陸開拓の終りは、東海岸を出発した開拓団が西海岸という終着駅に辿り着いた事にある。それが有限であるから、終わりが在る。
ならば、開拓者のさきがけたるHarbingerは何処へ向かうというのか?
ぎくりと、嫌な予感が虫が背を這う悪寒を伴いながら過るのを感じる。
「・・・ニザヴェリルに到着した時に話してくれたよな。確かこの階層は当初から人口が少なくて資源が豊富だったから元々研究施設が点在していたって」
「ええ、ですが今では」
その自分の言葉の途中に、アヤナはニザヴェリルに到着したばかりの車内で行った何気ない会話の中に紛れていた事実に思い至る。
「・・・より埋蔵資源が豊富で、未開発の土地が広がる第八層、ムスペルヘイムに新たな施設を移転したと!」
「それだ。不明だった潜伏先が、その元研究室のどれか一つであったなら移転先の情報が残っていてもおかしくはない。そしてそれがスリュム・レギオンの、本当の目的・・・!」
「成程。確実にバルドルの戦力を陵駕する群れを製造できる開拓地。今回の騒動に紛れてスリュム・レギオンの核が其処へ辿り着き、群れの規模を拡大させ、最大の障害となるバルドルを倒してしまえば、もう自分達を阻む者はこの九界に存在しない。その後はゆっくりと他の階層も同じように開拓し、最終的には外界に新たな土地を求めて進出ってところかな。全く、何かを誤魔化すための囮にされたってのは、流石に初めての経験だね」
口振りの割には楽しそうに話すベルも、実際に何処まで事態を把握していたのか。しかし、問題は其処ではない。であれば、つまり。
「ああ、誰も指摘しないから敢えて言葉にしてあげるんだけどさ。今ざっと計算してみたら、この場に展開していたレギオンは、加賀見君が想定した生産可能な全体の数から考えても二割にも満たない。つまり僕たちは、今からこの最悪のシナリオを止める為に道中数千のレギオンが護るステーションに正午までに辿り着き、スリュム・レギオンの核と呼ばれる存在を破壊しなければならないんじゃないのかな?」
それが出来なければ?
「何もかもお終いって事さ」
「流石に其処まで最悪とは考えてなかったぞ、クソッタレ!」
「これはステーション周囲に潜ませていた監視班からの情報だ」
シンドリ内の仮司令部、大スクリーンに映る映像には大量のレギオンが周囲を警戒する中、コンテナを内部に運び込む一連の作業が記録されていた。
「タイムスタンプは本日五時。舐められるにも程がある、君らが言うようにこれが敵のそもそもの目的であったというなら、私達はまんまとその術中に嵌っていたという事だ」
「問題はこれからどうするかだよ鷹野君。現在のステーション周囲の状況はどうなっているんだい?」
不快そうに、わざとその場に居る全員に聞こえるように大きく舌打ちをしながらトウコは次の映像を選択する。
「陽動作戦の失敗と、その意図の露呈を察したのか、それまで周囲に潜ませていた全ての虫どもを動かしたようだ。これではとても、ステーション職員は生き残って居ないだろうな」
ステーションはユグドラシルの周囲に広く建造された施設だ。ユグドラシル自体も巨大な構造物だが、周囲のステーションを含めれば、付属施設と合わせて数キロ四方の面積になる。
「その至る所に蠢くレギオンの群れ。お前は総数せいぜい一万と言ったが、計算を間違えたのではないか?」
幾ら全勢力を集めたとはいえこれでは多すぎる。
鋼の虫の群れ、いやこれは軍団だ。凡そ想定の数倍、見える範囲でも数万のスリュム・レギオンが、明らかな防衛の意思を以って敷地内に蠢いていた。
「ファック、最悪だ。この様子では確実に、ボク達が居た施設以外にも複数の生産工場が存在していたと言う事だ。恐らくこいつを統率している存在は、初めからボクも、ジョーも使い捨てにするつもりでこの計画を立てている」
「それはともかくだ。どうだい総督殿、今度は攻守が逆で、おまけに戦力差は笑えるくらいに酷い。この状況で、何かいい作戦は有るのかな?」
今度こそ、ベルの無責任な放言にトウコの堪忍袋の緒が切れた。
轟音の後、拳の形に凹状に変形したのが、ベルの顔面であったならざまあみろと言ってやったんだが。
そこは彼女もニザヴェリルを率いる長である。二度と平面に戻らないデスクを代償に、その怒りをやり過ごす事に成功した様だ。
「現状、取れる手は一つです。敵の数がどれだけ多いとはいえ、広い敷地内に展開するとなればその密度が薄い部分も生じる。其処を少数精鋭の部隊で強襲、ステーション内部を探索し、目標であるスリュム・レギオンの核を破壊する」
やはりそうなるか。そうなると、後必要なのは其処へ至る手段、そしてそれを行う人員だ。
「此処からステーションまでは凡そ10㎞、幹線道路を用いれば直ぐの道中も、破壊された今ではどれほど険しい道のりとなるか」
「とにかく時間が無いですね。今から出発の準備を、ルートは安全を取って森林部分から、では間に合わない。多少無理をしてでも道路を利用しましょう。車両は、確か極地仕様の車両が有りましたね?」
「しかしアレは装甲も薄く武装化もしていない。タイプSの実体弾一発で大穴が開くぞ」
「目的地まで辿り着くだけでいいのなら、僭越ながら多少心得があります。車両の運転と、後は歩兵として自分を作戦に加えてください」
シズマが運転手として立候補する。バルドル特務と言えばこういった特殊な状況下での作戦はお手の物だろうが、今回は流石に状況が悪すぎる。
「問題ありません。死地にて生を拾う、特務の手並みをご覧に入れましょう」
青筋を額に立てたままの無理やりの笑顔。
ああ、冷静というよりヤケクソだこれは。彼に渦巻く匂いは大変に複雑なモノだが、それでも自殺に向かおうとする人間から発せられる匂いが無い事は頼もしい。
「当然、私も頭数に加えてもらう。こんな失敗が破滅に直結する作戦の後に、命令系統も統率もクソもあるか。私の性能が低下しているとはいえ、ゲイレルルも通常駆動なら問題ない。退路の確保くらいはやらせてもらう」
後の指揮は部下に任せて、トウコさんも前線に出るらしい。不調という事は聞いていたが、此処まで舐められたとあれば最早、長としての矜持の問題だ。実際、戦力として心強い事に変わりはない。
「勿論ボクもついて行くよ。後始末、って訳じゃ無いが自分の作り出したモノだ。その弱点と、効果的な対応策は分かっている。道中やる事も出来たし、分析官の真似事くらいやってみせるさ」
「護衛対象が赴くのなら、その護衛が随行しない訳にはいかないでしょう。どうかご安心を、銃器の扱いにも心得は有りますし、何よりナノハが整備したこの体は頑丈です」
彼等はもう十分戦って、傷ついた。そしてその上で、自分の行いの後始末までやろうとしている。なら後は、一緒に戦ってやることが、新しい友人として出来る事だ。
全く、一つ問題が片付いたと思えば、未だに状況は最悪なままで。
導火線に火が付いた爆弾を前にこんな行き当たりばったりな作戦に命をかけなければならないなんて。本当になんてバカンスになってしまったんだと、今更ながらに思う。
「じゃあ、行きましょうかベオさん」
まあそれも、本当に色々とあったけど、こうしてまたアヤナが彼女の名を呼ぶことを許してくれて。
強い彼女の隣に、弱い俺が居ても良いのだと認めてくれたのだから。
「ああ、行こうぜアヤナ」
今の所は、上等だ。
「散々好き勝手に人の休暇を邪魔しやがったんだ。その張本人に、きっちり落とし前付けさせてやるさ」
時刻は十一時。定期便到着まで一時間を丁度切った瞬間に、ステーション周囲を護る群れの一部に突如として連続した、信号の消失が生じる。
総体としてネットワークを構築するスリュム・レギオンはその現象に対して事故、又はシステムの不調という可能性を即座に破棄。敵勢力の侵攻と判断した。
消失した兵士の数は数十、即座にその十倍の数の制圧部隊を投入する。
反応の有った位置は既にステーションの敷地内深く。その時点まで索敵に反応が無かった事から少数の精鋭が侵入し、それが警邏中の個体に遭遇、偶発的に戦闘が始まったのだと推測。
故に、位置が露呈した時点で敵作戦は失敗である。後は先に投入した鎮圧部隊が未だ抵抗する敵を磨り潰す。時間にして予定数分、敵側の最後の抵抗としては随分とあっけない決着となる。
それが総体としての判断であり、核たるスリュムも同じ結論であった。
増援として投入した部隊が、問題解決に必要と判断した数分で、先の部隊と同じくあっけなく消失するまでは。
本館に付属する屋内駐車場、地上から屋上まで含めて五階層。一階部分を除いた全てのスペースを埋め尽くすのは本来の用途と異なり、鋼の虫の群れである。それから唯一、その意図通りに特殊ではあるが一台の車両が存在していた。
「作戦はこうだ。目標であるスリュム・レギオンの核、その現在の位置は正面到着ゲート付近で間違いないな、博士?」
「ああ、この個体は間違いなく総体のネットワークに接続している。核自体の反応が確認出来ない事は疑問だが、位置情報の追跡は可能だ。その最終目的も考えて、今更逃げ出す事も無いだろうさ」
操作する端末のモニタには簡易の地図上に最短と思われるルートが赤いラインで示され、その終端は丁度定期便の到着位置となっている定期便のホームだ。
「単純に直線距離で数百メートル、といったところだが続々と周囲に展開していた兵隊が集結しつつある。では予定通りに、退路確保と陽動班は此処、立体駐車場を死守する」
破壊を免れた代わりに四肢をもぎ取られ無力化されたタイプSに直接端末を繋ぎ、敵のネットワークへのハッキングで敵のかく乱と動向を探るナノハ、その護衛にジョー、トウコさん。シズマは別の目標の為に既に姿は無い。
「核を破壊した所で群れの全てが停止するなんて都合の良いことは無い。目的を達した所で大群に囲まれなぶり殺しにされては意味が無いぞ。石動がサブネットから近い階層へと通信を試みるが、直接の救援要請が叶うのはあくまでもステーションを取り戻してからになるだろう。核の破壊後は即、この地点まで撤収し、全員でシンドリに撤退。いいな?」
オフェンスは勿論、俺とアヤナだ。
「その、本当に大丈夫なんですよね?ベオさん」
「ああ、勿論。問題なんて無いぜ」
心配そうなアヤナに笑って答えるが、それは嘘である。あんなことを言っておいて、俺は直ぐに嘘を重ねてしまっている。
「ただし、少しばかり馬鹿になるから誘導と、死角だけは守ってほしい。流石に数に任せてタコ殴りにされたら、死ななくても身動きが取れないからな」
フェンリルを使う事は、この作戦を立案中に自分から言い出した。
こいつに残り回数が有る事を知っているのは今のところ俺の他には所長しかいない。ベルも知っている可能性が有るが、俺が言い出した場でも只にやけているだけで何も言わなかったので無視しても良いだろう。
暴走する危険性も考えたが、前回オルターとの戦いの中でフェンリルを開放し、一つ確信した事が有った。それはどうやら、使えば使う程に、ある程度のコントロールが可能になっているという事である。
初めての開放では文字通りに精魂尽き果てるまで止められなかったが、二度目ではその最中でも意識を取り戻し、無理はしたが解除も自分の意思で出来た。
確信はないが、何故だか分かる。三度目となる今回は、自分の意思であの奔流を乗りこなせる。
「いや、必ずやってみせるさ」
出来なければ、皆死ぬ。それだけは、何が有っても受け入れられない。だから。
首に触れ、グレイプニルに触れる。
「作戦開始だ」
そう意思を以って、断つように指をなぞると抵抗も無く、紐を断つような感触と共に、変化が始まる。
「・・・う、が」
途端に響き始める声。それが元々在った俺なのか、それとも別の何かなのか。それは今でも分からない。
気持ち悪い、吐きそうだ。鈍い灰色の毛並みはどす黒く変色し、伸びる鋼の毛皮。
ただ、喰らえという声。全てを飲み干すという意思。
例えるなら九界の悉く、世界の全て。太陽も、月さえも。
一度だけ、思いきり自分の顔面を殴りつけた。
良し、大丈夫。思った通りに、今はまだ、この衝動を、ちゃんと乗りこなせているから。
「さあ、行こう。此処からは時間が勝負だ」




