犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか⑲
「クソ、まだなのかよ師匠!」
「もう少し、もう少しなんだ!」
ベオ、アヤナ、マグノリアがたった三人で、見上げてもその顔をハッキリと認める事すら出来ない程の巨体、スルトと戦闘を始めて数分も経過してはいないだろう。
だがそれは、今はその準備が整い、待つ事しか出来ない自分たちにとっては酷く永く感じられていて。
祈るような気持ちでその背が視界の内で在り続けてくれている事を願い、必死に目で追い続けている。アキトはその口調が、過去のソレになってしまっている事を気にもできないくらいに焦っていた。
後に控えるアリスなどは、言葉すら発しなくなった。今は厳めしい機械の僕を身に纏っているとはいえ、中身は幼い少女である彼女は、もしかすると一瞬の後に友が、何より愛する男が見えなくなってしまうのではないかという恐怖に耐えられなくなったのかも知れない。
「見くびるな。私の出番は一瞬、その上で必中を期さなければならない。であれば今はひたすらに、精神統一して時を待つのみだろう」
「うん、それはごめんね!」
だからマナは、気丈を装い、それでも装い切れてはいない言葉の語尾が震えていた事を聞こえないふりをする。
今、最前線で命を懸けて時間を稼ぐ仲間を思う気持ちは皆同じで、値千金にも勝る一分一秒を稼ぎ出しているその背が、どうか消えないで欲しいと、そう思う事しか出来ないこの不自由が、やはり恨めしい。
アキトは、頼もしく、誇らしくも考えていた我が身の一部、黒龍の巨体を今だけは疎ましくすら思っている。他と比べて確かに巨体とはいえ、縦に直立してもスルトの半分にも満たない体高ではあるが、それでも更に小さな三人よりは随分とマシだ。これは傲慢でなく、れっきとした事実である。
ならばどうして今、自分たちがこうして歯噛みしながら待機しなければならないのか。その理由、それは、あのレーヴァテインを失ってなお健在である、果てしなく聳える険峻の如き堅牢な、スルトの外皮、というよりは最早城壁の外郭といって良い存在に在った。
「・・・やっぱりだ。スリヴァルディの強靭な物理耐性、スリュムの自己改造による環境適応能力、ボルソルンの爆発的な自己増殖能力、そしてフルングニルの、言いたくは無いが、私の故郷にて生み出された技術、拒絶障壁による絶対防御。これらが全て、あのスルトの外皮、いや、最早外殻といって良いソレには再現されている!」
周囲を飛行しながら、観測した映像、各種データを絶えず送り続ける観測手、マナの操る異星のドローン、スクナヒコナから絶えず伝えられる驚異的な情報は示していた。
絶対の鎧にして剣、魔焔レーヴァテインを失ってもなお、まだ炎の巨人の限界には届かない。
実際に、スルトは現在、一見ではのっぺりとした人型というだけの巨人にしか見えないが、その実今までの巨人たち全ての特性を継承しているというのだ。
だからこそ、確実な勝利を期す以外は全て認められぬこの決戦の佳境で、急遽三人の前衛で足止めを行っている間に、マナが完璧とも思える巨人たちの護りの壁に、その僅かな付け入る隙をこんな土壇場で探らねばならないという苦難に直面していた。
「頼む、頼む、頼む、頼むよ、頼むから・・・!」
無意識の呟きにしてはやけに大きく響くそれが、誰に対して向けられて、求めている言葉なのか、本人であるアキトにも分かりはしない。
これまでずっと、何かに縋るという事はして来なかった人生だ。
だというのに、宗旨替えとでも言えば良いのか。やはり人という生き物は、こういった絶体絶命の窮地に直面してしまうと、自然とその両の手を合わせてしまう様な思考を持った存在なのだろうと、強く握りしめてすっかり血の気が失せ、白く感覚が弱くなってしまった指の先を僅かに振るわせながら、そう感じていた。
「・・・これだ!皮膚装甲の僅かな脆弱性、適応処理が瞬間的に停滞するタイミング、自己増殖の一時的な限界点、そして、拒絶障壁の逆位相変換における、更なる逆波形算出パターン!」
永遠とも思える数分の間で、マナが見つけた完璧の脆弱性。ヨルムンガンドの背で、黒龍に無理やり接続されているもう一体の己の僕、オオミツヌから更に繋がる打ち込み端末を指が折れるかという勢いでマナは叩き込み。その有効な攻撃方法、一瞬のタイミングを確実にする為に計算されたデータはアキトの鋼の身体、ヨルムンガンドの頭脳へと送られ、処理されていく。
「よし、よしよしよしよし!これで、イケる・・・!」
そうして、絶対の護りを誇る、スルトの外殻を破るための、その必勝の策は完成した。
「アリスちゃん、出番だよ!」
「了解した!!」
待ちかねたと少しの間も置かず。ジェット噴射により射出される様に空へ飛びあがった姿は、正しく鋼の雄姿。
それはアリスが学友と共に造り上げた、科学と魔術の粋を合わせて備える、彼女が最も頼りとするベオを象ったゴーレムであったが、その外観は過去のソレと比べて今は大きく変化している。
その原因は今より一週間ほど前。アリスが一時的にニヴルヘイムを離れ、ヴァルハラのバルドル本社、秘密研修室を訪れていた際。
その間に僅かでもベオの、彼の似姿でも良いから、傍に在ってほしいという想いで持参したソレの周囲を。作業に集中していたアリスは気が付かなかったが、何時の間にかぐるりと取り囲み、何やら言い合っている白衣の集団の姿が其処に在った。
「ジェット噴射による飛翔、滑空は確かにカッコいいな。ああ、だけど。せっかくならもっと航空能力と、航続距離が伸ばせるよう、主翼と燃焼機関の再設計をやってみても良いいかい?」
「・・・ん?ああ」
「ならば、本体の運用仕様も見直した方が良いのでは?特に私は、今の搭乗者が機体の背部に取りついているだけ、という安全性に著しく欠ける点が気に入らない。少し大型化してしまうが、その分装甲を増設しつつ、この内部ストレージを利用して、スペースを確保出来たら小柄な搭乗者であれば内部に直接搭乗出来て、安全性も担保でき一石二鳥であると考えるのだが」
「・・・ああ、好きにすると良い」
「じゃあ、この頭部主砲もいじってみようよ。せっかくこんな大出力を誇る神話級の魔石が有るんだからさ、開発局に研究用に残してる相性のいい魔石をこの際使っちゃって、相互反射干渉による権能の研磨、増幅が出来れば、それはもうハチャメチャな主砲が完成だ!」
「ああもう、私は忙しいんだ!話しかけるな!もう皆の好きにしてくれ!!」
ヤドリギの概念を結晶化させた弾丸を作成するという行程と作業に神経をすり減らしていた為に、あろうことか想い人の似姿を放置してしまい、その為にバルドル誇る、開発局の奇人変人たちに己の作品を良い様に弄ばれてしまったという事件は、アリスにとって痛ましい汚点となった。
だが今はそのお陰で、こうして。アリス自身を内に抱えたまま、大空へ飛翔する姿は正しく鋼の勇者。
「私たちが、可能性という希望を創り出して見せる!『ベオ三号改』、主砲展開!」
『オン!』
呼応し、開口部には輝く赤き宝玉。
二つに別たれた極大の魔石、バロールは周囲に複数の類似する、神話級の魔石へと光を放射、更に反射を繰り返し、増幅していく光は加速度的に増幅、回転しながら収束していく。
「主砲『バロール』充填、完了!マナ、タイミングは任せた!」
「うん!三人の退避完了の確認と、主砲発射の合図は此方が!三、二、退避確認、今!」
「発射・・・!!」
『オオオオオン!!』
鋼の雄たけびと共に、己の身体すら越える極大に高められた赤き輝き。開口部の周囲に展開された円陣によって、更に増幅されたバロールの光波がスルトを上空から襲い、直撃する。
想定として、過去に記録された終末伝承級の伝承体ですら一時的な拘束に足りるとされている大権能。邪眼の静止は目の前の光景、スルトが完全に停止する事で、確かに果たされた。
「成功だ!マナ、アキト、後は頼む!」
「心得た!」
遂に己の出番であると、先に飛ぶ鋼のゴーレムに負けぬ勢いで天へと飛翔する黒龍、ヨルムンガンド。その背には未だ、接続されているオオミツヌにしがみついて、端末を操作し続けるマナの姿が在る。
「パターン算出、合成、完了!ヨルムンガンド両前腕、龍爪の共鳴現象、極大まで増幅!」
「跪けぇぇぇええ!」
空気を揺るがし、果ての無い天まで届き、響く轟音。古く神話の中でさえ、これ程の巨体が相争い、ぶつかり合う事が、果たして幾度有ったのだろうか。
ヨルムンガンドの強襲によって、もう一度大地に縫い付けられたスルトは静止の権能の縛りにて、今だ無防備なままであった。しかしその絶対防御、四体の巨人からなるその守りは健在である。
「主砲は撃てずとも、副砲と兵装で援護射撃を続ける!マナ、もう一度だ!」
「もう一度、再計算、調整、完了!アキト、今度こそ、この永き因縁に、決着を着ける為に!!」
「ああ、今度こそ!」
そして、一度阻まれたとしても決して諦めぬ、三人の不屈の闘志にて、その守りにも遂に陰りが生まれる。
スルトには、驕りは無かった筈だ。率いる軍勢も含めて、この九界の全て、その全てを漏れなく刈り取るに。たとえあの黄金の王の介入と意図が存在していたとはいえ、全くの不足が無いと、そう判断されたからこそ、黄昏はその姿と成る事を選択した。
そもそもそんな人らしい感情は搭載されておらず、終焉の場に、確実にソレを果たす為に必要な性能。ソレを満たす為に十分どころか余りある、スルト単体でも終焉を成せる。それ程の性能が、確かにその身には在ったのだ。
だが現実はどうだろうか。巨人の軍勢は、今だ一つの命すら収穫できないままで、小さな人の群れにその行進は留められ、彼らの街は少しも侵される事無く、護られたまま。
その上で顕現した黄昏、その本体であるスルトは。戦乙女の一撃にて軍勢を分かたれ、進軍を止められて。騎士の炎の翼にて、最も頼りとしていた剣にして鎧、魔焔レーヴァテインをはぎ取られる事となり。
更にはこうして、救援の為に呼び寄せる巨人どもは魔導の騎士と黄金の戦乙女の僅か二人に堰き止められて、羽虫の如く足止めを行う三人を打ち払う事も出来ないまま、鋼の従僕を纏う少女の魔眼の権能にて射止められた体は動きを失い、異星の女を背に乗せる黒龍に、大地へと縫い留められ、こうしてその爪を受ける時を待っている。
もしかすると、何処かに間違いがあったのかもしれない。
神樹にて九界に招かれ、其処を収穫すべき世界と定めた時から。
ベル・バルドルというΩの男が、その役割を果たす事なく逝く事で、その世界を完全に収穫する条件を果たせず、完璧な性能を果たす為に擁する余力を得る事が出来ないままでの終焉を開始した選択から。
そして何よりも。ラグナロクという終焉の再演の中で、魔狼フェンリルは最後まで解き放たれる事は無く、だというのに別の容として、この場に残り続けた事で、終焉に対しての終焉という、対なる可能性を、この世界に残してしまったという結果から。
ああ、もしかすると。そもそも、その始めから。
これまで一度として誰かに。見られる事も、知られる事も無く遂げてきた終焉の再演と収穫の中で、唯一その存在を気取られてしまった。
あの、たった一人のちっぽけな女に。己の存在を知られてしまったという、そんな始まりから。もしかするとこの結末は、決まってしまっていたのかもしれない。
「これで、失うばかりの、誰かに勝手に押し付けられたクソッタレのお話はおしまいだ・・・!」
そうして最後は、絶対である筈の護りも、黒龍の爪によって引き裂かれた。
黒龍の爪はスルトの身体を両断し、内に在った他の巨人たちと同じ存在。黄昏の器にして、今回の場合ではその顕現、赤き岩塊の心臓をその場へと晒し、そして確かに砕いたのだ。




