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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか
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犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか⑱

渦巻くような二つの火焔の嵐が衝突。その余波で周囲の悉くは吹き飛び、荒野には巨大な影が、やはり二つ。其処には鎧にして剣、レーヴァテインを失って今度こそ地に伏せるスルトと、その姿を見据えるように、四つ足で大地に降り立つ黒龍、ヨルムンガンドが存在している。


しかし次の瞬間には、口の無いように見えるスルトが不明の発声器官から周囲を揺るがす程の絶叫を上げて、それが何らかの合図であったのか、呼応する様に散り散りとなっていた自らの軍勢、巨人たちに参集をかけた。


セカンドの防衛線から遠く離れ、またこの地点は階層の裂け目と近い故に。前方に展開していた軍勢に加えて、後続の群れも次々にその黒き日輪から姿を現し、そして引き波の様に、ヨルムンガンドの包囲の幅を狭めていく。

この場においては知り様も無かったことだが、今この瞬間に。九界全体と外界を含むニヴルヘイム以外で行われていた巨人による侵攻が、著しくその勢いを鈍化させ、何処かへと後退を始めたという報告がニザウェリル、シンドリにて全体の指揮を執るトウコの元に届けられていた。


それは今回の、この戦いにおいて。守勢が続いていたバルドルが、攻勢に転じた事と同時に。

たった八人の突入班が、圧倒的な敵の物量の只中で、孤軍として取り残されている、という事である。

だがそれすらも、始めから絶望的な戦力差にて始まった戦いの中では織り込み済みの事で、唯一の勝利に向かって、確実に事態が進行しているという事実でもあるのだ。


「作戦通りに右は私が、左は三上殿が!そして、スルトは貴公たちが!」

「では皆さま、どうか本懐を遂げる事が出来ますように」


言って、ヨルムンガンドの背から二人の姿が左右へと別れる。これより迫りつつある巨人の群れ、左右に割ったこれに応じるのは、それぞれを合わせてもたった二人。


「すまない、頼んだ!」


だが、それを任せられるのも、この二人の他には存在しまい。食いしばるように、背の護りを任せて。予定通りに残る六人でこの、炎の巨人に相対する。


「ああ、間違いない」


間近にその存在を感じて、その匂いで今度こそ、確信を得る。

これまで戦い、退けてきた巨人たち。その心臓として、そのどれもの内側で、脈動していた赤き岩塊。そのどれもに似ていて、そのどれもより強く、濃厚な匂い。

それはつまり、目の前の炎の巨人、スルトこそが。黄昏の本体、その根源を宿して実体化しているという事だ。


「・・・なら、やる事は一つだ」


目の前のコイツを斃し、全てを終わらせる。

そんな俺の決意を感じ取ったのか、黒き炎は今だ失ったままでも、体勢を立て直しつつ立ち上がる巨人。その影は遠く、ニヴルヘイムの街にまで届く程に長大で、そんな巨大な存在にこれから、小さな俺たちは戦いを挑むのだ。


「上等じゃねぇか」


確かに目の前のコレはデカい。まあ、だから何だというのか。

コイツは散々、こちらの手の届かない場所から偉そうに、好き勝手やって多くの人の人生を捻じ曲げ、その命すら奪ってきた。それも大義名分らしいモノが有るのでもなく、ただ其処に在る、命ある存在に、死をもたらすというという理由の為に。


きっと、幾つもの世界が、コイツの存在すら知らないままで、ただ突然に奪われてきた。失い続けてきたのだ。

そして俺の知らない、本来であれば俺が生きていく筈だった世界は同じように滅ぼされてしまって。その後にただ一人生き残ってしまったベルは、一万年という永い旅路の果てに、沢山の人々と、己の命まで犠牲にする事で、それでようやく、ようやく。


「テメェに、ようやくこの手が届く・・・!」


ああ、上等だ。偉そうに上から目線で、一方的に奪うばかりの側であったコイツに、この黄昏に。

このクソ野郎に。こうして今、その息の根を止める千載一遇の機会を得る事が出来たのだから。


「ああ、だけど。これまでがどうとか、そんなめんどくせぇ恨み言は今更言わねぇ。テメェにそんな事を言っても、意味なんて無いだろうしな」


そう、もうそんな事は関係ない。俺たちが、お前のやらかしてきた事を恨みに思って、ソレを許せないから、だからどうしても滅ぼしてやりたいとか、そう言う事ではないのだ。

何故なら俺たちが。今、此処に立っている理由は、俺たちの後ろには無いのだから。


「だから、其処を退け」


コイツを倒さなきゃならない理由は単純に、目の前に居られたら邪魔だという、それだけの事だ。


「その先は、俺たちが進む道だ」


そうして、この戦いの最終局面は幕を開ける。

だから俺は。ベルが残した、俺宛ての手紙の言葉を思い出していた。


この戦いの終わりに何が待っていて、そして俺が、何を選択するのか。

まあ、些細な事だ。その答えは間も無く出る筈で、俺がそれを寂しく想っても。きっと少しも、その選択を迷う事は無いのだから。





ベオたちがスルトとの戦いを始めると同時に、間を挟んで左右の領域でも、同じく激しい戦闘が始まっていた。

主、というよりは親とも呼べるスルトの窮地を救う為、ニヴルヘイムどころか、各階層を攻め立てていた巨人たちですら、一度引いた後にその場所を目指し、急ぐ。この膨大な数の救援がスルトの元へと辿り着いてしまえば、最早ベオたちには一部の勝機すら望めず。それを防ぐというその為だけに、この二人の布陣があったのだ。


左右、分かれて始まったもう一つの最前線、その二つ場において強く輝きを放ち、数多の敵を屠る者は二人。魔導の騎士、オルター・フィン・フォルグに、黄金の戦乙女、三上・ヴィクトリカ・シズルの二名である。

二名は己を呑み込むべく迫る波頭の最前列に立ち。その雫の一つすら、後背へ進むことを許していない。その雄姿。姿かたち、振るう術と技は何れも異なるが、互いにその極致と言っても良い。そして、二人には唯一、共通する点が存在していた。それは、それぞれが振るう得物である。


右の領域、其処では荒れ狂う刃の風が、容赦なく迫る全てに吹き付け、両断した後に物言わぬ躯へと返していく。

オルターの最も頼りとする刃、名を継いだかつての大英雄が振るったとされる槍。マク・ア・ルインは数ヶ月前に比べて、その刀身から放つ風の冴えも鋭さも、数段も磨き上げられていると分かる。

しかし彼の、オルターの手には今、もう一振りの槍が存在していた。


青を基調とするマク・ア・ルインと比べ、その槍は槍の穂先から柄に至るまで、その全てが白く、そして自ら淡く発光している。その意匠の中で、唯一同じ所が有るとすれば、それは柄の先端、石突きの部分に装飾として填められている宝玉の存在であった。

右手にマク・ア・ルイン、左手には白い槍を、オルターは縦横無尽に戦場を駆ける。二槍は彼の身体の延長であるかのように、まるでその姿が彼にとっての完全であるかのように振るわれている。その中でも目立つのは、元々の愛槍であるマク・ア・ルインであったが、やがて戦いの中で白き槍、その本領を発揮すべき局面が直ぐに訪れた。


「最早、お前には懐かしさすら感じるな」


白面赤目、六対の剛腕。その姿は、奇しくも数か月前にこの場において相対した異形。

屍肉にて造られた巨人、スリヴァルディ。あの時はその外皮の強靭さに苦戦し、ベオ、そしてアリスと協力する事でどうにか斃す事が出来た強敵であった。


「ふむ。では、此方を使わせてもらう」


僅かな思考は有っても、今は目の前のコレに時間を掛ける余裕も、必要も無い。

何せその姿は同じで、恐らく性能も同様であるのだろうが、一つ、決して元には戻る事の無い、既に別れを告げた、その欠けているモノが、コレにはやはり存在していないのだから。


「解放、開始」


そうして、オルターは左の柄を強く握る。

白い槍は、契約によって血族の末席に名を連ねた新たな己の主に、言葉で応える代わりとしてその瞳たる宝玉に光を灯した。


「ああ、そうだ。最早お前は敵などではない。其処に彼女が居ないのなら、ただ打ち払うべき、有象無象の一つでしかない」


オルターの主家に連なる血統、それを遡ると、とある古い、偉大な女神の血族へと行き当たる事となる。その一族、数多の名と姿で知られ、彼がその勇名を特に大きく示す事になった戦いの場では、己の祖父たる魔神を、見つめるだけで相手を害するという忌まわしき魔眼ごと打ち砕き、滅ぼしたという。

その場にて振るわれた槍。何より、之を振るう雄々しき姿を称えられ、後世へと語られる事となった異名。それこそが、白き槍が本領を発揮した姿そのものである。そしてそれが今、オルターの手によって放たれようとしていたのだ。


「我が敵を、その光刃にて貫け。彼方まで飛び、瞬く間に戻れ」


即ち之は、彼の故郷であるアイルランドにて。女神に連なるダーナ神族の光の勇神、ルーグの異名となった逸話の再現。


「飛翔せよ!『ガー・アサル』!!」


放つ光は光跡となり、放たれたオルターの手から、あれ程強靭であった筈のスリヴァルディの外皮を紙の如く容易く貫き、更に複数の敵を討った後。瞬く間も無くその手の内へと戻る。

白き光跡は一瞬で消えた後も、見た者の瞳には焼き付いて残り、伝説ではまるでそれが、振るった者の腕が伸びたか様に見えたのだという。


即ち『長腕のルーグ』、その異名たる神器。ブリューナクとしても知られる光神の槍は、放たれるたびに数多の敵を貫いて元の屍に変えていく。


「さあ、この二槍の冴えを畏れぬというのなら。私へと挑むが良い、終焉の軍勢よ」


横たわる屍を越えて、更なる新手は現れ続け、遠く後続にもその列は長く、遥かに伸びている。


「だが、一体たりとも。この背の後ろへは行かせない」


その決意と共に。オルターは未だ、此処に立っている。

それは過去、自暴自棄の末に陥っていた、己の命を軽んじる様な諦観からではなく。自らもまた、生きて未来に望む事が有るのだという願いからで。

そう考えられる事は純粋に良い事なのだと、オルターは今、そう信じている。





そして左の領域。その場で行われていた光景は、正しく圧倒的な殺戮の場であった。

勿論、黄金の戦乙女、三上による一方的なソレである。それは、敵の戦力の偏りによるものだとか、又は右の領域を担当するオルターが戦力として劣っているという訳では決してない。実際、オルターは一人で己の領域を守り抜き、宣言の通りに一体たりとも攻め寄せる巨人どもを後ろへは通していない。


だが、それでもその差は圧倒的であったのだ。それはつまり、三上が純粋に戦力として、圧倒的に優れすぎている、というだけの話なのである。

さて、その要因。勿論、戦乙女のオリジナルという、ヴァルキュリアという神性の、存在としての役割が大きく関係している。


今は失われ、ベルの介入により役割すら削られているが。ヴァルキュリアは元々大神の直系として、娘として戦場で死者の兵を束ね、先陣にて指揮を執る。そんな彼女らの中で、唯一そのままで此処に在る、そんな三上が振るう武具もまた、オルターと同じく槍である。


その武骨な姿は、オルターの槍、マク・ア・ルインやガー・アサルと比べれば、装飾も最小限で華やかな黄金の戦乙女には似合わない。

そんな事は、ある意味では当たり前なのだ。その槍は、元より美術品や、装飾品としての役割を求められてはいない。ただ戦場において、敵を討ち、その首級を上げるための武器。その兵器としての役割の身を求められ、そう在る事を果たし続けてきた、そういう槍である。


そもそも、本来であれば、その槍が三上によって振るわれる事は無い筈であったのだ。

即ち、大神が己の槍として携え、常にその傍らに在るべき大神そのものとしての象徴の槍。それがどうしてこの場に在るのかと言えば、それは先の理由、この世界において、槍を振るうべき大神は存在せず、更にはその後を継ぐべき他の神々すら黄昏に刈り取られ、かつての記憶すら存在していない。


だから単純に、権利を継ぐべき順序という点で、三上はこの槍を振るう資格を得ているのである。

さて、その戦いの有様は、やはりどう見ても悲惨の一言であった。勿論、攻めあぐねる巨人どもにとっては、という事であるが。

鋼の色をそのままに、華美な点は一つとして無い槍。これが三上の手によって振るわれれば、容易く突き通される巨人の胴体。柄で払われれば、衝撃に耐えられず、千切れ飛ぶ四肢。

三上の膂力、機動甲冑の雛型、ヴァルキュリア・ドレスの伝承兵装としての質の高さ、そして槍自身に秘められた権能。そのどれもが凡百のそれよりも隔絶していて、優れている。それだけが、この凄惨な惨状を説明できる理由。

しかし何故か、その只中で。甲冑に隠されている為に余人には知られる事は無くとも、張本人である三上は、血しぶきと肉片が飛び交う壮絶な嵐の中であっても、酷く穏やかな気分で今を過ごしていた。


「・・・ふふ」


微笑みさえ浮かべながら、迫る醜悪な巨人を打ち払い、貫く。世界の命運を懸けた決戦の場で作業的、と言えば不真面目に聞こえるかもしれないが、バルドルの運営や外交折衝など他への気配りが必要でなく。三上にとって単純作業でしかない殺戮の場であって、ようやく人心地つく事が出来ている、という所が彼女の本音なのである。


ベオだけでなく、三上にとってもこの一昨日の間の出来事は、本当に目まぐるしいモノであった。

覚悟はしていた、その準備も出来ていた。だからこそ、あの人との別れの場では、彼女は見苦しい姿を見せずに居られたのだ。


愛する人との別れは悲しい。今も辛く、身を裂くような痛みを伴う。

けれど、三上にとっては。愛する人の、己の主の為に、その最期まで付き従い、献身を示し、その上で、報われるような言葉を貴方から貰う事が出来た。それだけでもう、望む事などは無いのだ。


今なら分かる。人の胸の内で、悲しみは、喜びと共存する事が出来る。

辛く、身を裂くような悲しみも。愛する人との永遠の死別でさえ、後悔の無い様にその最期まで傍らに在る事が出来れば、それでよかったのだと、きっと後悔は無いのだと、そう自分で納得する事が出来るのだ。


「拙は、貴方様にお仕え出来て幸せでした。貴方様と出逢えて、本当に幸せだったのです」


そんな貴方様が、微笑んで残してくれた言葉を今も覚えている。

その最期に、永い旅路の果てに、ようやく安心を得て、眠りにつく事が出来たという事が。悲しいけれど、辛いけれど、良い事だったのだと、拙はそう想っている。


それにやはり、死という別れが、永遠に、完全に貴方様の全てを奪い去ってしまうという事なんて無いのです。

今もこの胸の内には、暖かな貴方様の言葉が、その記憶が残っていて、それだけで拙は、これからも、貴方様の居ない世界で、生きていこうと想う事が出来るのですから。


「ああ、それに」


確かな存在として、もう一つ。いや二つ、残してくれたモノが此処に在るから。

だから槍を振るいながら、巨人の群れを打ち砕きながら、本当に三上は、穏やかな心持で其処に在った。


振るう槍、その名を借りたブリュンヒルデの主砲とは似ても似つかない、しかし名を同じくする故に、存在としての姉妹である槍、『グングニル・オリジン』。

彼の大神の槍は、今は唯一、この世界に残る、その本来の主である大神の系譜、その末席たる彼女を護るために力を示し続けた。

三上は、時折槍を片手に持ち、その開いた手で、自らの腹に触れる。


「・・・大丈夫、大丈夫ですよ」


それは負傷や、疲労からの動作ではなく。その内側に確かに芽生えて、息づく存在を気遣う為に、殆ど無意識に、そして自然に行っている行為であった。


「お母さんが、傍にいますからね」


きっと、その小さな呟きは誰の耳にも届いてはいない。三上だけが知っていればいい、彼女だけが、そのいずれ生まれ来る命へと伝える言葉。

それだけで、命は生きていけるのだと。この世界に一人、最後に残った真なる戦乙女は知っている。


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