犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか⑰
時系列は少し遡り、作戦の開始前。ニヴルヘイム最前線に在る臨時の指揮所では、最終目標であるスルトに対する対策会議が行われていた。
「さて、これがムスペルヘイムにて現れ、階層を蹂躙するまでの僅かな間に。浅間君やフィリオを始めとした守備隊が、死力を尽くして集めてくれたスルトに関する情報だ」
マナがそう述べると、今正にムスペルヘイムの防衛線、その外壁に取りつき、破壊する巨大な人型の姿が立体映像で映し出される。
「全長は約五十m。骨格と体高から予想される自重で、どうやって自立、歩行しているのか、という当たり前の常識から発生する疑問は取り敢えず置いておこう。外観は概ね人型であるけど、特筆すべき特徴はその身に纏う炎だ」
丁度、複数の合体にて巨大化したバルバロイが数機、スルトに組み付く様に飛び掛かるが、そのどれもが巨人の身体に触れる事すら出来ず、その身に纏わせる黒い炎に触れれば悉く発火し、燃え尽きていく。
燃え尽きていく。それは本当に、何の誇張でもなく。鋼鉄で造られた機械の兵が、灰すら残さず燃え尽きているのだ。
「見ての通りだよ。バルバロイの外殻は数万度に耐えるという事だから、これはもうそういう権能であるとしか説明できない。つまり、『触れる存在全てを焼き尽くす黒い炎』。このスルトが纏う炎、攻防一体のコレが、私たちが解決すべき最大の問題だ。これを、基となった神話において、スルトが振るい、世界を灼き尽くしたという炎の剣に準え、『魔焔レーヴァテイン』と呼称する事にする」
燃え盛る魔焔、身を護る鎧にして敵を滅ぼす剣。このレーヴァテインをどう攻略するべきか、それこそがスルト攻略の鍵という事になる。
「ムスペルヘイムでも考え得る限りの攻撃方法で試してみたらしいんだけど、そのどれも効果なしという結果だ。外の世界であるならともかく、やはりこの九界という世界を滅ぼす事に特化した、世界の終焉であるスルトの権能は相当に強大という事なのだろうね」
「はい。ですが前会長が残した御伝言によれば、このレーヴァテインに対して有効と思われる幾つかの方策が確かに在るとの事で。こちらは、スルトとの最終決戦において、その場に集うであろう皆様に宛てた、その有効打と成り得る可能性ついてのお手紙でございます」
そういうと三上が各自に、ベルがスルトの対策として準備していたという封書を手渡していく。
宛名はアヤナ、マグノリア。そしてアキト、マナとアリス。更にはどんな方法で予想していたのか、この場に居る事を見通していたかのように、オルターに宛てた物まであったのだ。そして三上と、最後に俺。つまりこの場に居る八人。その全てが、今作戦においてベルが想定した、最終的なスルト討滅の為に必要とされる主力。
その顕現と同時に、眼前に展開する巨人の軍勢を打ち払い、最奥にて存在する炎の巨人を直接討つ、突入班の全容であった。
「先手は私です。前線の皆さん、急いで射線上から退避を」
「了解した!総員退避!」
既に鎧を纏い、風の様に防塁に駆け上がり、続けて両翼を広げた戦乙女は叫ぶ。
それに呼応して、全面に展開していたニヴルヘイム防衛隊は脱兎の如く撤退を完了した。その間も、巨人の群れは絶え間なく攻めかかる。塹壕を越え、防塁に取りつき。今にもその最終防衛線にまで、先を争う様に進む突出した一体が、遂に辿り着こうとしていた。
これらには損失を畏れぬ機械の兵、バルバロイが対応する。しかしやはり攻め寄せる敵に比べれば寡兵、どうあっても長くその場を持たせることは出来まい。
「次元アンカー放出、続いて空間座標固定、完了」
腰部より放出された碇と鎖は、大地を貫き、更には一部が次元を越えて階層の隔たりにまでその身を伸ばし、固定して。どのような事があっても、微塵も揺るがぬようにとアヤナをその翼と共に支えている。
「ソォル・バルドルとの接続を開始、状態を確立。ベオさん、一時的にではありますが、その権能をお借りします」
「了解。のこのこ出てきたあの間抜けに、キツイのを一発頼むぜ」
その繋がりをより確実なモノにするために、ベオはアヤナに並び立って、その肩に触れた。
其処からも流れ込む膨大な魔素は、両翼から一時的に放出、巨大な光翼として現出し、その開放の時を待っている。
「魔装砲身展開、収束加速開始。魔素圧縮シークエンス、並行して超々過駆動状態を継続。限界まで敵を引き寄せて。もっと強く、もっと、限界を超えて大きく」
最早分かたれぬ一体となった、ブリュンヒルデの専用兵装グングニル。普段は腰部に収納され、今は魔素で編まれ、極大に伸長した砲身を展開し。現れた新しき蒼き大槍は、極限の一撃を以て。己に託された役目である、スルトに至る道を造り出し、無敵の身体に反撃の号砲を加えるべく、主の引き金というその合図に備えていた。
その間も蓄えられ続ける力は、より巨大な翼へと姿を変えて。蒼き極大のソレは、その場の全て、そして遠く離れたターミナルの戦場でもハッキリと確認する事が出来る程に広がっていく。
「ベオさん。一つお願いが、有ります」
その開放の間際で、アヤナは自らの想い人にそう求めた。鎧越しではあるが、その触れる肩から。何よりも深く繋がる心から、それだけでベオには、彼女が今、一人で抱えている不安が分かる。
「私を、支えてくれませんか?」
どれ程に準備したとしても、先ずはスルト攻略の口火を切る初撃が成功しなければ、効果が無ければ後の作戦は全て瓦解する。
この作戦に、次善の策は無い。そう考えれば如何に歴戦の戦乙女とは言え、小さな双肩にかかる重圧は一人で抱えるには酷く重いモノであった。
「ああ、勿論」
だからベオは。答えながら肩を引き寄せて、その引き金の掛かる手に、己の指を重ねて言う。
「一緒にやろう、アヤナ」
ベオは短くそう告げて、それだけでもう、アヤナには迷いも、不安も存在しない。
「・・・はい、一緒に」
光翼は限界を超えて、遂には天に届くばかりに広がり。羽ばたく代わりに、階層全てから確認できるほどのその雄大さで、己の存在を示す。
それはつまり、限界まで高めたグングニルの一撃が、その冴えを示す用意が出来たという事である。
「貴方と共に在るのなら。私に恐れるモノは、何も無いのですから」
ああ、だから。目の前に広がる終焉を越えて、その先へと進んでいく為に。
「だから、私たちの道を拓いて!『グングニル・ノヴァ』!!」
その極大の蒼き翼は、主の意に従い、新たなグングニル、グングニル・ノヴァより放たれた破壊の渦となり、目前まで迫りつつあった巨人の群れを薙ぎ払っていく。
光跡は空間を歪め、部分的に射線に沿って裂いて。引き起こされる破壊は余波を含めれば直径にして数百メートルの範囲を消滅させ、そして距離にして数キロの隔たりがあった、ニヴルヘイムに現れたスルトの位置にまで、壊滅的な破壊力を保ったまま巨人の軍勢を蒸発させながら直進し。纏う黒き魔焔、レーヴァテインごとその体躯に直撃した。
命中の瞬間、黒い炎に阻まれた蒼き光は裂けて、別たれた一部は周囲の巨人どもを更に焼き払い、また一部は天にまで至る。
そして間もなく、ムスペルヘイムにおいてはどのような攻撃にも無傷であった、終焉の顕現であるスルトは。己の鉄壁にして無敵の剣に遂に陰りを見せ、大きく揺れた後、膝を折る様にして倒れたのだ。
「今こそ好機だ。突入班、全員龍の背に搭乗しろ!」
待ち構えていた鋼の龍、黒き戦乙女がその心臓に存在するヨルムンガンドがその背にスルト討伐に向かう人員を乗せ、最後に融解した砲身を切り離し、電磁誘導砲と実体剣に持ち替えたブリュンヒルデが飛び乗って、間を置かず急速な加速で飛翔した。
上空からの俯瞰で、巨人の軍勢に与えたグングニルの一撃、その効果は甚大と確認。空間を裂く事で発生した余波により、飛行する巨人も悉くが墜落、破壊されている。
「だけど。流石にこのまますんなりと行かせてはくれない、よね」
だが通常では回復不可能な破滅と影響も、無尽蔵にも思える後続の補填により。戦場に穿たれた大穴は徐々に埋められていく。何より、やや火勢が衰えたとはいえ、スルトの纏う魔焔、レーヴァテインは健在。
「目算で、軍勢の立て直しまで凡そ三十分といったところか」
「肉薄するまでの所要時間としては十分でございます。では、ヴァレンシュタイン卿。ご出陣の準備を」
「承りましたわ!」
見る見るうちに穿たれた大穴を埋め、体制を整えつつある敵の群れ。そんな事は歯牙にも掛けず、次は自分の出番であると。大きく両手を広げたマグノリアは、白銀に輝く鎧から、その聖堂の護りたる門を展開した。
門の数は五つ、ならばこれは、あのヴァルハラで行われた戦乙女との決着の刻の再現として、突撃する黒龍の盾としての思惑か。だが、その門は全て、黒龍の上空、その頭上を守るように配置され、之では地上に在る巨人からの攻撃には、全くの無意味に思えた。
「この手に、剣は有り。この胸に、消えぬ灯が在る」
そして、マグノリアの口から紡がれる聖句。それは、彼女に託された天使を開放する為に必要な誓の言葉。
「この剣は、幾千もの父の手によって鍛えられ、この灯は、幾万もの母の祈りによって紡がれた。求めるモノはその子らの、明日へと続く路を拓く剣。その足元を、照らす灯の光」
マグノリアが、元々は連盟とは敵対していたバルドル、そんなベルから示された戦いの場での役割。
それは己が長年に渡って相棒としていた力、その全く想定していなかった使い方である。
「我らは、その担い手である。呼ぶ声に応え、力なき同胞を護るべく。暗き夜へと先立ち、その闇を照らし、進む騎士である」
それを知って今も、自分にそれが出来るのか。不安は尽きず、その未熟を恥じて。改めてまだ、自分が進むと決めたこの道が、遥か遠く、険しいモノであると再認識している。
「何時か、遠く旅発つ子らのその背を見送る為に。今は、此処に在り剣を携え、灯で照らす。全ては、その時を迎える為に。最果てにて、人の営みを護るが我らの使命」
我が背には光翼、その光は、今は赤く。
「故に、我が声に応えよ」
天使の開放に必要な、最後の言葉を述べる前に、不安というよりは無意識に、一度だけ彼の顔を見た。
「大丈夫、絶対に出来るよ。マグノリア」
今は戦場なので仕方ないが、その優しい顔は少し厳つい、黄金の犬頭で隠されている。
しかしそこから聞こえる声は、そして覗く青い瞳はやはり変わらず。
「だからさ。何時もみたいに君のかっこいいとこ、皆に見せてやろうぜ」
そう言って、貴方は私に。前に進む為の力をくれるから。
「我らの勝利を掲げよ、ハニエル!」
我の、ではなく。今は、我らの勝利の為に。ハニエルはこの戦いにおいて二度目に顕現した光翼として完成し、本来であればその権能として、敵対する存在を別の領域へと隔離するのだが。
「・・・ああ、ああああああああ!」
今回は、それが全く異なっている。敵を捕らえる光翼は、燃え盛る炎として現れた。位置としては黒龍の上空、聖堂の門の上に。
ならば門は、敵からでなく、この星の熱を再現した炎から、その背に在る者たちを護るために存在していた。
ハニエルの能力は、言ってみれば存在を隔離する力。であるのなら、ベルはこんな事も出来るのではないかと考えた。つまり、もう一つのマグノリアの武器、流星の熱と炎を再現する剣、『焔の呼び声』。之に込められた、限界の開放回数である三、その三度の開放によって現れる炎を、全て一時的にハニエルの空間に隔離して、その上で一度に放出することは出来ないかと。
スルトの纏うレーヴァテインは、特性はともかく炎として現出している。ならばこの世界において、触れるモノを例外なく焼き尽くす、そんな負の存在という性質はあっても、炎で在る事に違いは無い。
ならば、その対極を。魔焔に対して、聖焔たる焔の呼び声の炎を限界まで高め、ハニエルで纏めてぶつける事が出来ないかという、そんな疑問。
それが今、現実として。騎士の覚悟と共に炎の翼として現れた。
「お願い、『フラム・ハニエル』!私たちに、どうか勝利という明日を!!」
前のめりに勢いよく姿勢を反転し、その背に現出した炎の翼、フラム・ハニエルをスルトのレーヴァテインにぶつけるべく背中から降下、というよりは落下する黒龍。
聖堂の護り似て背に在る存在は焼かれてはいないが、一見では火の玉の様に見えるそれは今度こそ、古い時代、かつて星の上で観測された光景。永い永い旅を終えたほしが、ほしへと辿り着いた一瞬の再現。
つまりは、正しく流星の再現として現出し。之を迎撃するために立ち上がろうとしていたスルトに直撃して、大地に大穴を穿つ代わりとして炎で炎を。
聖焔で魔焔の全てを焼き尽くすという、そんな矛盾を現実のモノとしたのだ。




