犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか⑯
外界、九界への入口であるセントラルゲートの周囲には、黄昏の先触れたる巨人の軍勢がひしめき、外の世界へその滅びの版図を広げるべく侵攻を開始していた。
ある意味では、此処に注がれる敵戦力の数は、九界のどの階層よりも多い。出入口という事で他より多くの数が侵攻するに適していて、更には終焉をより多くの命へ及ぼすという最大の意図から、後より続く、黄昏の到着の時、その進む道を整え、座する玉座を先んじて築くべく。巨人の軍勢は単純に数を以て、外の世界を苛烈に攻め立てた。
だが今も、セントラルゲートに巨人の先陣が到達し、戦闘が始まって数時間が経過した今であっても。協会から派遣された複数のメイガスによって、ゲート周囲数十キロに渡り展開された結界内部で。
その侵攻を阻まれ、その上で今は、洪水の如き物量を擁してもなお逆に、徐々に入口の内側まで前線を押し込まれている有様である。
外界には未だ黄昏に侵されぬ世界の防衛の為、バルドルとの盟約に応じて展開している勢力が二つ。それらは鹿島機関と、騎士修道会連盟である。
各戦力はゲートを中心にして半円形に布陣し、鹿島機関が東側、騎士修道会連盟が西側を担当。命令系統の混乱を避ける為にそれぞれに分かれての配置だが、相互に常に連携を取り合い、どちらかが押し込まれればもう一方が救援を出す手筈になっていたが、その備えは今のところ利用される事は無く、必要もされていない。
「向こうは随分と派手にやっているね」
此処は西側、連盟陣地。距離は遥かに離れているが、連盟総代騎士長、アルトリウス・A・バルクホルンにはその場所からでもハッキリと、東側で繰り広げられている破壊の光景をその灰色の眼に望むことが出来た。
鹿島の持ち場にて、現在振るわれている破壊の顕現は二つ。
大地に蠢く黒き巨人の群れ、その中心に轟音と共に振り下ろされる天からの鉄槌。これは瞬く雷光であり、触れる存在全てに例外なく、逃れられぬ死をもたらす、自然現象としては通常起こりかねない極光。
これは古い時代、まだ人と神が近くに在った時代において。人知を超えた天の意として畏れられ、また一方では破壊の後に芽吹く命、つまり豊穣をもたらす徴として信仰の対象でもあった。
そしてもう一方。その轟音は、近代に至り急速に発展した破壊の力。人の創り出した科学によって研鑽された、人が人を害する為の力である。
軍勢の足並みを乱す爆発は弾頭に込められた炸薬によって、豪雨の様に降り注ぐ鉛と鉄の雨は、絶え間なく、情け容赦なく巨人の頭上から注ぎ、巨人どもを物言わぬ肉塊へと変じて、残った破片も焼き尽くしていく。今を生きる人にとっては、今は遠く残響となった天の意である雷光よりも、より身近な死の絶望として、これの存在を認識しているだろう。
終焉の軍勢に対して、これら一方的な殺戮を繰り広げている原因は、たった二人の人物に在った。
即ち、鹿島の二枚看板、二人の代表、二人の鹿島を名乗る人物である。
日本においては最古の歴史を持ち、最大の影響力を誇る魔術結社、鹿島機関。その名の基となった古き神、即ち鹿島の神。
双子の兄妹、二人の鹿島は現在、『最も古き鹿島』と、『最も新しき鹿島』として、今だ神秘が支配する影の世界にて、その勇名を馳せている。
活動が日本に限定されている為に、時折彼らの存在を疑う愚かなメイガスや、間抜けな伝承体がその守護する土地へ攻め入る事もあった。が、その全てが辿る末路は通じて同じ、例外なく破滅である。
今回においては少し規模が大きく、対象が群れ成す巨人であったとしても、結局は何も変わらない。二人の鹿島は、時折部下に持ち場を任せる事は有っても、今もなおその持ち場を堅守し続け、外界へは一兵たりとも撃ち漏らし無し。全く、味方としてもあの様を見せられては底冷えする様な思いである。
そしてそれは、此方の持ち場を担当する連盟も同様であった。
「オリオール隊、再度敵集団へ突入を敢行。隊の先端、正確にはオリオール卿個人ですが、先行しすぎてどうやらセントラルゲートまで到達したとの報告が・・・」
「ミュラー隊、先行部隊の退路確保と並行して側面より援護射撃を開始。現在、部隊損耗無し」
「分かった。では藤堂隊、クリシュナ隊は一度後退、再編の後に前線を入れ替える」
「拝命しました、総代」
鹿島が個の力で前線を蹂躙しているのなら、連盟はその集団による戦闘で、堅実に戦線を維持していた。
今回の連盟からの派遣戦団は、即応戦力として控える二隊を除いた全戦力、即ち八隊編成による大戦団である。これ程の動員は、長い連盟の歴史においても数度、直近ではあの、『灰の乗り手』の討滅作戦以来のことであった。出陣前、騎士たちは当初いよいよバルドルとの全面戦争かと息巻いていたが、その相手が世界を滅ぼさんとしている邪悪な意思を持った巨人の軍勢と知って皆意気軒昂、特に親友の事もあり、血気盛んなオリオールなどは一人で突撃しかねない勢いであった。
「ミュラー隊より伝達、ゲートより後続する数千規模の大部兵力現出の予兆有り。侵攻予測はこちらの持ち場である西側方面との事です」
「成程。鹿島の雷神と軍神を攻めあぐねて、此方の方陣地の方が、突破が容易いと。あの巨人どもはそう判断した訳か」
戦略的に考えて、その火勢が弱い地点を攻める事は常套手段。敵側の指揮系統、戦略思考が人に比べてどれ程かけ離れているかは別にして、そう考える事は当たり前のことである。
だが、しかし。
「は。あの巨人共は、連盟を過小評価している。つまり舐めくさっています」
「こら、口が悪いぞ」
まあ、副官の言い分には概ね同意しよう。ならば、その意図を挫いて、巨人どもに知らしめてやろう。
お前たちが滅びをもたらそうとする世界には鹿島だけでなく、我ら連盟も存在しているのだと。
「では、僕が出よう」
「は?あの、総代自ら、出陣なされると?」
寝耳に水とはこの事で、自分から発せられた命令を、上手く承服出来ていない副官に、重ねてアルトは告げる。
「うん。新手ごと西側の全敵勢力を、一度ゲート付近まで押し返す。前線に展開している全隊に通達、三分で第二防衛線まで撤退を完了させるように」
「・・・了解しました。おい、全隊に最優先で通達!突出しすぎているオリオール隊には特に後退を厳命だ!指令符号、『竜の出陣』、繰り返す。『竜の出陣』!」
まるで本陣にまで敵の先鋒が到達したと、それくらいに泡を食って部隊の後退を叫ぶ司令部を後に、天幕を出ると、戦場が目前には広がる。
大きく息を吸って、アルトは時間を数えた。一分、二分。
「いいね。皆、優秀だ」
総代の厳命に応じて、というよりは巻き添えを何よりも畏れて、脱兎のごとく後退を敢行する各隊の動きを確認して、これならば少し早いが、もう大丈夫かなと、己の剣を、アルトは欠けた右腕の継ぎ目より引き抜く。
現れるのは光り輝く金の剣。続けて、その欠けた腕を満たす様に、同じく金色の光は無いはずの腕の容を取り、ソレが当たり前の姿であるかのように完成した。
「二、いや三で行こうか」
続けて、アルトの背中にも輝く翼が広がる。その光はそのまま、体を包んで、鎧としての形を形成していく。
「総代!前線の撤退、予定より前倒しですが完了しました!」
「分かった。では、『竜骸兵装』、参基並列起動開始」
これは、今はこの世界ではアルトにのみ使用を許され、後には誰も振るう事の無い、失われる竜の記憶。過去、この星の上に存在していた、比類なき偉大な竜の、その記録の再現である。
「『竜翔翼』、『竜験殻』」
翼に外殻。そして最後に、その剣の名をアルトは呼ぶ。それは初めてアルトが知った竜の記憶であり、そしてこの生き方を選ぶ機会を示してくれた、かけがえの無い友との出会いの折に得た力。
「『竜舌剣・ファブニール』起動。合わせて参基、並列起動完了」
これは星から星へと、この暗き宙を渡った命の記憶。その偉業を称えて、ほしが記憶した、異なるほしからもたらされた、彼らの最後の記憶を伝える輝き。
力の極みたる、黄金の輝きを放つ竜。それは奇しくも、同じく異星からの侵略者としてこの星訪れた、マナの本体を阻んだ三つの力の内の一つと同じ力の源である。
その翼を広げて、一度大きく飛翔した竜は。
自らの宣言の通りに、前線の突破を企みて徒党を組んだ巨人の集団を打ち砕き、そのまま縦横無尽に戦列を食い荒らして。西側の戦場を更地にした後、見事にゲートの内側まで押し込んだ。
黄昏は。今は終焉の顕現としてのカタチ、炎の巨人であるスルトの内側で、その朧げな認識の中で、少し不思議に感じている。
はて、これはどういう事か。此度の収穫の折、終焉の再現として選択した結末は、出力と再演の精度、その程度の差こそあれ、確かに、この世界に滅びをもたらすに十分なモノである筈だった。しかしこれまでの時間を経て、今もなお、先兵たる巨人どもは小さき人の群れを駆逐できず、その後に控える数多の命を収穫出来てはいない。これは少々、由々しき事である。
神樹を経由した他階層への侵攻も、始めこそ勢い付いていたが、今では停滞しきっている。認知したこの九界の果て、それより繋がる外界の存在を確認した時は、更なる収穫の対象が増えた事に歓喜したものだが。それも、どうにも何らかの理由によって阻まれているようである。
ただ、それがどれ程の問題であるというのか。結局は時間の問題という程度で、辿るべき結末には、何の影響も及ぼさないであろうと、そう理解もしている。
ああ、そうだ。これまでの永遠、そしてこれからの永劫。それに比べれば、たった一万年。その停滞の時間に、何の意味が在ったというのか。
これからも、数多ある世界で、その収穫は続く。これからも、終焉を待つ全ての命に。
それらが望む終わりが有る様に。それらが理解できる、終わりが有る様に。
芥の如く小さき獣や虫とは異なり、知恵ある人にとって、それが最善の事なのだ。それが最も、幸いであるのだ。
その幸いを、遍く全てに。世界すら越えて、全ての今を生きる人に。
速やかにもたらされるべき、人の認知で理解できる終焉を。そして誰もが知っているからこそ受け入る事が出来る、そんな尊厳が守られた、その優しき死を、そしてその淵にのみ得る事の出来る安心を。
故に、炎の王、スルトは遂に。その巨大な躰で侵攻を開始した。これこそは鉄壁のヨトゥンヘイムが陥落するに至ったその始まり。このニヴルヘイムでも、そしてその後の階層にも、その全てに終わりをもたらすべく進む終焉の炎。
そうして。この九界と、外界の全て。其処に在る命と、その明日を賭した最後の戦いが始まる。




