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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか
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犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか⑮

「あっははははは!なんだこりゃ。すげぇ、すげぇぞ!」


全ての前線に黄金の光が届いて間もなく、戦端は遂に開かれた。相手は巨人の群れであり、圧倒的な物量として存在している。それはまるで動く山脈、陸へと遡る大津波。

結局、どれ程に備えて、出来得る限りの心構えをしていても。どうあっても寡兵である守備側は、事前に築いた塹壕や防塁に籠っての持久戦を行うつもりであったのだ。しかし、実際はどうだ、この騒がしい有様はどうだというのだ。


開戦前の悲壮な決意は何処へ行ってしまったのか。戦いが始まれば、ものの数秒で誰か死ぬ。順番がどうかくらいの差で、結局はみんなみんな死んでいく。その筈が、既に数十分、どいつもこいつもピンピンしていやがる。


「どういう理屈か分からんが、力が漲る。敵の攻撃も、痛みだけで致命には程遠い。構えて撃ってるのは只の銃の筈なのに、喰らったら簡単に、相手は穴だらけときたもんだ!」

「ああ、全盛期でも、これだけのスイングは出来なかったなぁ。さあ、マーケット組はもう一度、前線に突入して出鼻をくじくぞ。守備隊は、間違っても背中を撃ってくれるなよ」

「任しときな佐々木!敵さんはどいつもこいつもスローに見えて、誤射する方が難しいさね!」


防塁に足をとられ、その味方の躓いた背を踏み越えて。雲霞の如く攻めかかる巨人どもは、間違いなく一体でこの九界を滅ぼしかねない力を持っている。

過去の死闘の再現どころか、単純に数を増して攻めかかる、それでいて一糸乱れぬ統一された侵攻の勢いは苛烈にして、相対する者にとっての必死。だがそれらと、間に合わせで集められた守備側、特に突出しているスラムのろくでなしたちは拮抗、局所的には圧倒している。


ベオはこの為に、建前として前線に在る全ての者たちはバルドルに関わる者とし、その認識を共通させていた。これによって無意識化に全ての者たちはバルドルの眷属としてベオの『ソォル・バルドル』の権能、その影響下に置かれ、湯水のごとく注ぎ込まれる魔素によって一時的ではあるが、人が巨人と正面から戦えるという、これ程の強化を得ているのだ。


「前線の皆、勝負はスルトが姿を完全に表すまで、この前線を持たせる事だ!それまで誰も、死ぬんじゃないぜ!」


そしてベオ自身、バァルの鎧、今は黄金の犬頭の姿で、前線で防衛隊の面々を鼓舞し、彼らと共に戦っている。

その傍らに、最も頼りとする彼女たちの姿は見えない。

それはその本領を発揮すべき時。黄昏の顕現であるスルトが完全にこのニヴルヘイムに現れるまで、その時をただ待ち、想う男を助けたいという欲求を抑え、今直ぐにでも飛び出して行きたいという想いを必死に押し殺し、後方で待機している。


「上等だ探偵!夜明けどころか、この調子なら丸一日だって戦い続けて見せるさ!」

「頼もしいが、この強化も完全な無敵ってじゃ無い!消耗や、怪我の治療の為に定期的に前線は交代させくれ!後方支援も出し惜しみせず、ガンガンやってくれよ!とにかく数を減らして時間を稼いで、あの親玉を引きずり出すんだ!」

「了解した。保安部突撃部隊、一度前線を整える!スラム連合は交代、同時にバルバロイの増援を司令部に申請しろ!」

「了解!バルバロイ二十機、十秒で転送可との事です!」


その援軍の要請の後、間も無く天より虹の光が降りたと思えば、轟音と共に黒鉄の機械兵、バルバロイが現れ、隊列を組み突撃を敢行する。

無機物という縛りは有るが、ニザヴェリル、作戦司令部の存在するシンドリに存在するビフレストのメインシステム、その物質転送にて、要請に応じて各階層の戦場に直接機械兵、バルバロイは送り込まれているのだ。


「此処までは順調、ってとこだが。三上さん、ファーストは、ターミナル側の状況はどうなってる!?」

「はい。少しばかり周囲の掃除を致しますので、暫し通信をどうぞ」


言って、黄金の戦乙女がその手に在る槍を振るえば、周囲数百の範囲で巨人共が葦を払う様に容易く薙ぎ倒された。その間受け取った通信端末に耳を澄ませば、聞こえてきた返答は心強い友のソレである。


『ベオの旦那!こっちは余裕で持ちこたえてるぜ!』

『心配しなくとも、敵の一体もこの防衛線は抜かせん!バルドルの王は、背後に憂うことなく前だけを見ていろ!』

『わはははは!長年の問題を解決したチーム・トライデントは無敵ですぅ!ベオさんは結婚式の挨拶と、ご祝儀の準備をお願いしますね!』

「いいね!三人の新婚旅行は世界一周をプレゼントするから、絶対に死ぬんじゃないぞ!」

『そいつは楽しみだぜ!うし、通信終わり!』


例えカラ元気でも、今は心から頼もしい。チーム・トライデントを含めて、ターミナル防衛戦に配置の警備局戦力は未だに壮健。背後の護りを立派に果たしてくれている。


「何度も言うが、誰一人、今日は死ぬんじゃないぜ!俺たちは、バルドルは必ず、生き残って朝日を迎えるんだ!」


遠く、世界の亀裂から覗く黒き日輪の向こう。迫りつつあるが、未だにその輪郭すら朧げな姿を睨みつけて、また檄を飛ばし、自らも武器を振るう。

今は上手く言っていても、まだ戦いは序盤も序盤。何か一つでも見誤れば、連鎖して戦線が崩壊していく事は明らかで。


「それでも、皆でやるんだよ・・・!」


自分がそうすると決めた。王として、皆でこの戦いを乗り越えると。


「いくらでもかかってきやがれ。どっちが先に音を上げるか、例え世界を焼き尽くす炎だろうが何だろうが、正面から叩き潰してやる」





ニザウェリル、作戦司令部には各階層からの戦況報告が次々ともたらされている。作戦総司令であるトウコは、即座に全ての情報を分析、救援、増援の判断を下しつつ、同時に同階層においてもターミナル周囲にて展開されている防衛戦の指揮を執っていた。


「アースガルズは第一防衛線を維持、ヴァナヘイムからはバルバロイの増援要請か。加賀美博士、機械化部隊全体の損耗率はどうだ?」

「はっはは、これはどうなってるのかなぁ。会長の加護とやらは、バルバロイにも影響を及ぼしてくれているらしい。損耗率はそのままで、稼働率は二百パーセントを維持、スペックも上昇してるときたもんだ。恐らくはバルドルに属する武器、という扱いで影響を受けているという事なのかな?」

「司令、ニザウェリル旧プラント群を利用した増産ラインも健在。完成したユニットは逐次、予備戦力として投入可能です。ほら、ナノハ。考察は後にして、今は戦況分析が俺たちの仕事ですよ」

「ダーリンは厳しいねぇ。ま、そうだね」


加賀美ナノハは今作戦においての戦況分析官、並びにバルバロイを主とする機械化戦力の統括としてこの場に居る。勿論、公私ともにパートナーであるジョーも、その補佐として辣腕を振るっていた。


「今こそベオに、夫婦二人そろって救ってもらった恩の返し所だ。今回の戦いでバルバロイが活躍すれば、今後の研究の予算申請も通りやすくなるだろうしね!」

「ふふ、我欲丸出しでも少しの乱れの無い頭脳のキレ。流石ですよハニー」

「全く、このマッド夫妻め。だが今は思う存分、その頭脳を振るってもらおう」


その折、けたたましいアラームが響いた。急報の通知はヴァルハラ、人口が特に密集し、それに反応してか、九界ではニヴルヘイムに次いで苛烈な侵攻を受けている階層である。


「スリュムタイプ、複数の融合個体による波状攻撃を受けて、前線が一部突出!配置戦乙女三名の内、ゲンドゥルが対処中ですが押されています!」

「後の二人は、大河と宗像は何をやっている!」

「それが、ボルソルンタイプの空間汚染地域隔離作業、更には複数のフルングニルタイプの編隊による空爆を受けて、分散対応中、救援が間に合いません!」


戦線は拮抗に見えて、その実現場の奮戦に支えられている。九界はバルドルの庭であるとはいえ、殆ど無尽蔵と想えるような巨人どもとの物量の差は圧倒的。その蟻の一穴、僅かな偏りで、全体に破綻が波及しかねない綱渡りの連続である。


「よし、では特務へ急報を。ヴィゾーヴニルとフレスベルクではどちらが近い?」

「ヴィゾーヴニル、御影隊です!およそ、十分で到着可能とのこと!」

「では任せる!同時に、フレスベルクには一時帰投、補給と待機命令だ」


その破綻を辛うじて防いでいたのが、司令部にて指揮を行うトウコの戦況分析、戦力の統括、それによる戦線維持であり。そしてたった今、救援を命じた唯一人間の部隊を登場させ、各階層のへの移動を可能とした特務、エインヘリヤルを二つに分けた、鋼の巨鳥、フレスベルクとヴィゾーヴニルによる遊撃部隊の存在であった。





「来てくれましたね、エインヘリヤル!」


その空対空戦闘に特化した特性から、圧倒的な質量で迫りくるスリュムタイプ、この巨体からなる突撃に攻めあぐねていた、空を滑るように飛ぶゲンドゥルと、それ纏う片桐コヨミが更に頭上から差す影を仰ぎ見れば。白き翼を広げて舞い降りた鋼の巨鳥、ヴィゾーヴニルが艦砲射撃を集団の先頭とへ浴びせかけ、なおも突撃を敢行するスリュムが、その砲撃を上回る、天より落ちた巨体。この衝撃にて圧壊した。


「うっし、間に合った。お嬢ちゃん、此処は任せて飛んでる奴の相手をしてくれ!」


降り立った男、特務、エインヘリヤルにおいては特に最前線にて、その本領を発揮すべく、山城ドウケンが言いながら、己の内に秘めたる神仏、その力をすぐさまに開放する。


「物言わぬ、壊すだけしか能の無い機械の化生が。であれば浄化の火焔にて、悉くを灰燼に帰すに、一片の慈悲も必要無し!」


それは、ベオを相手に見せた浄化の火焔、その明王の顕現である。ただ、違いがあるとすれば今度は、相手を見定める必要が無く、始めから滅ぼすべき敵である分かっていて、しかも命無く、命ある者を刈り取ろうとする邪悪と知って尚更、加減を必要としない相手と既に知っている。


「お前らの首魁である、滅びの黒き炎とは何もかも違う。浄化の清焔その真髄を、身を以て識るがいい!」


遍く邪鬼を見逃さぬ眼光。憤怒に、結ぶ口の端からは気焔が迸り、四本の腕の先、手にする戦輪、剣、荒縄、独鈷には赤く揺らめく、浄化の炎を纏わせている。

不浄、穢れを焼き尽くし、浄化するという烏枢沙摩明王の名の如く。ドウケンはそのまま、突出しつつあった一群をあっという間に押し込んで、明王の化身は波頭の前に立ち塞がり、一歩も引く事は無く、戦線を元の位置まで押し込める。


「よし、ドウケンは汚染地域まで移動、炎による神性汚染の除染作業に当たってくれ。前衛は本機護衛の石上を残して降下、そのまま後続の部隊が再編を終えるまでの時間を稼ぐ。フェイ、メイはドウケンの直援。ネイトと俺で、ゲンドゥルと協力して飛んでる奴を墜とす」

「ちょっとまって、さきにせんきょうぶんせきかいし。ノルンにせつぞくします」


そうしてヴィゾーヴニルから指揮するシズマの隣、専用の車椅子に座ったシオンが宣言すると、その白い瞳が白銀に染まる。

御影シオン。特務、エインヘリヤルを統べる彼女は、その身に多くの不調を常とする。

これはその背景に、元は戦乙女の候補として調整を受け、その完成に至らなかった失敗作という烙印を押されていたという事情があった。その結果、体は健常者と比べれば不足で、その生命維持に医学的な処置が常に必要で、加賀美博士による生命維持装置の改良を受けるつい先日まで、その生活エリアを本社の一部エリアに限定する程に、儚く命を繋いでいた。


ならば、そんな彼女が何故、特務の室長という重責に在ったのか。それは勿論、その身に起きた不幸に寄せられた哀れみなどではない。

言ってみれば、シオンは他の戦乙女と比べて、その適合が深すぎたのだという。

そのまま放置していれば、彼女は文字通りに神の眷属である人外へと至る恐れがあり、故に無理やりにその変化を人の内に抑え込んだ結果が、想定していた運用の範疇を越えてしまったという失敗作、などという今であった。


そして、本来神として成長すべき天を飛ぶ為の翼は、試行錯誤の結果にあくまでコントロールできる方向性へと能力の一部を特化した調整を受ける事になる。

それが、ユグドラシルの管理システム、ラタトスクの原型。九界におけるバルドルが保有する、全てのシステムを支配する統合メインフレーム、『ノルン』に対する接続、一時的な同化を可能とする人が再現した全知全能に限りなく近い権能であり、その集積される情報から、効力を九界に限定するが、疑似的な未来予測すら可能とする力をシオンは得ていた。


「接続開始、確認。三十秒ですよ、室長」

「了解、です」


少し間延びした、機械で出力される音声は、今は澄んだ本来の彼女の声で、その唇から発せられている。

皮肉にも、その不自由の原因となったノルンと接続されている僅かな間。その間だけ彼女は、健常な女性としての機能を取り戻す。


「三分後、再び前線を進出すべく、スリュムタイプによる再侵攻を予測。並びにターミナルより、後続する敵援軍が再出現します。総数二百、分類はスリュム、フルングニル、スリヴァルディの混合編成。片桐より報告、フルングニルは当機とヘルヴォルにて対処可能、との返信が、十二秒後に通知予定」

「なら増援が優先ですね。山城、フェイ、メイは指示そのまま。ネイト、待ち構えて後続の出鼻を挫く。先んじて突入予測地点に迎撃用の大規模術式展開しとくから、ありったけ手持ちの精霊ぶちまけてくれ。補助は俺がやる」

「了解よぉ、先行するわねぇ~」


パラシュートも身に着けずに降下するネイトを見送り、残るシオンの護衛をトウカに任せて自らも降下しようとするシズマには、もう何処にも悲壮な所は無かった。


心配していた事は杞憂で、ベオは笑って許してくれて。そもそも鹿島は、大恩有る大悟は、始めから自分の勝手を喜んで、そして許してくれていたのだから。もう何も、彼には憂う事は無い。


「しずまくん」


小さく、袖の端を掴まれる。


「大丈夫ですよ、室長。直ぐに帰ってきますから」


そう言って笑いかけながら応えるが、何故か不満げな彼女は、童女の様に頬を膨らませて、ぷいとそっぽを向いてしまった。


「だめだめ。愚鈍ゴリラ、ちゃんとしろ」


トウカの非難を告げる目に、コホンと一つ咳払い。分かってはいるが、こんな戦場の真っただ中でちょっと勘弁してほしいのが本音だ。現場指揮官として、部下からの目もある事だし。

まあ、それでも。


「ちょっと、行って来る。いい子で待っててな、シオン」

「はい。はやくかえってきてくださいね、しずまくん」


そういって、今直ぐに抱きしめたくなる様な、そんな笑顔でシオンは微笑んでくれるのだから。ちょっと気恥ずかしいだとか、そんな事は些末事なのだろう。


「よっし、いっちょやるかぁ!」


そしてシズマは自分の宣言の通りに。現場で仲間たちを率い、ものの数十分でヴァルハラの戦況を安定させた後に帰投した。そして己の望んだままに、シオンを抱きしめて無事を報告して、やはり他の皆から冷やかしの歓声を浴びる事になったのだ。


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