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グッドナイト

 六甲は体を地面に預けた。僅かに重い目蓋はのりで固定したかのように、固まっている。視点が定まらない視界で、目の前で立ち止まる足を見ていた。

 3寸のヒールを履いていても全くぶれる様子がない体幹が美しい。すらりと伸びる足からは想像もできないほどの力強さと、威圧感。思わず神々しさを感じ、同じ生物であるのか疑ってしまう。そばにいるだけで汗が流れ滴った。

 そこには会話という無駄なことはせず、敵を摘み取る神_永遠永久がいた。

 まだ殺りあって半刻も経っていないにもかかわらず、頭が割れるように痛かった。加えて、肩と腹に一撃ずつ食らっている。時のごとく出血大サービスである。

 六甲は負傷しているが、相手は息を切らしてすらいない。見事なまでに完封されていた。


「冗談キツイわ。前の手合わせは余程手加減をしてくれたらしい」


体は動かずとも、六甲の口はひとりでに動いた。話の内容は関係なく、何かしていないと自分を忘れてしまいそうになるからである。減らず口を叩くことができる間は、まだ意識が保てていると確信できた。だがいつものように軽々しくは続けられない。

 魂が消えそうだった。自分が体から剥がされていく感覚、一般的には幽体離脱という言葉が適切だろう。どれだけしがみついたとしても、テープで張った紙のように引き剥がされてしまう。下手をすればあっさり破れてしまうかもしれないという恐怖と戦いながら、六甲は腕に力を込めた。

 手が動かないのであれば、肘でも顎でも使えるものを使って立ち上がればいい。

 人間は神相手に立ち上がろうとする。

 だが、神は微笑まなかった。

 六甲の背中に容赦なく足を下ろす。トンと軽く触れただけだったが、瞬く間に六甲は地面に戻った。更に永遠永久は地面から太い楔を生成し、六甲の両手に突き刺した。

 両手を封じられた六甲は踠くが、そう簡単に解けるものではない。動かせば動かすほど肉が断たれていく。

 踠いているその姿は、永遠永久にはウジ虫のようにしか見えなかった。


「散々人殺しだの罵られてきたけど、自分が人間だってよく分かる。俺も今、お前が化け物に見えてるわ」


永遠永久は六甲の足にも杭を突き刺そうと狙いを定めた。身を捩るにしても、限度がある。何より六甲は、反撃する余裕もない。それでも踠くのが、六甲という人間であった。

 振り上げられた杭は容赦なく、六甲の足に突き立てられようとする。その瞬間、一か八か六甲は賭けに出た。片足を犠牲に支点を作り、残ったもう片足で足払いをした。

 不安定になった永遠永久は、転び体勢を崩す。ここからは六甲の運次第。

 杭が刺さった足を無理に動かし、勢いのまま地面から引き離す。体が悲鳴を上げ鋭い痛みが走るが、やがてなにも感じなくなるだろう。

 左手も同様にして抜け出すと、右手の杭を抜いた。右手は穴が空いているものの、一応使える。服の切れ端で軽く止血をした。

 握力は僅かに残っているものの、武器を振り回せるほど残っていない。

 明らかに貧血だった。頭が働かないし、世界が回っているような感覚さえもする。気を抜けば、倒れてしまうかもしれない。

 だが、六甲は身体を犠牲に、新たな武器を手に入れた。それは神が作り出したものである。下等生物(人間)が作り出した武器など屁でもない。軽く長さもちょうどよい、在庫も3本ある。

 勝ちの道筋は依然として見えない。だが、なにも見えていないわけではない。あとは手繰り寄せるだけ。

 体勢を立て直した永遠永久から距離を取りながら、両腕の外側に神器をくくりつける。残りの1本は手に持ち、六甲は息を整えた。


「第2ラウンドはもう少しテンポあげてくか」


六甲は掌を天に向け、指をこ招くように動かした。体力を少しでも温存するために、六甲からは動かない。回避行動も最小限に抑えた。





 お前は異常だ。父親が言った。兄が言った。母は対称的になにも言わなかった。母親は子供たちに無関心、というよりも興味のベクトルが違ったようだった。自身の子供だからというよりも人間に興味がある節があり、いつも見ている姿はぼんやりと人間をみている姿だった。

 兄は戦場へと向かった。それはそういう家系だったから。特殊部隊という奇妙な集団に身を置く、変わった家。先祖が特殊部隊の元となった組織を設立し、特殊部隊と合併したらしい。

 そのおかげで、訝しむこともなく気が付けば戦闘手段_殺しの作法は身に付いていた。朝から晩まで人間としていきる術ではなく、殺しをしていきる作法を学んだ。それが当たり前だった。

 兄が家を出る時期、子供だった六甲も同行することになった。名前も存在も全てを捨てた。六甲の家の不出来な息子。それが自分のこと全てを指している。それこそ自分だった。兄と比べると不出来なことは、自分でも分かっていた。

 ある日、兄は負傷した。部隊を率いる立場になったばかりのことである。不幸中の幸いか、六甲は作戦には参加させてもらえなかった。

 隊員たちは殆どが死亡、もしくは重傷。無事だった隊員も精神を壊してしまった。六甲の一族が率いていた部隊は壊滅状態。一家の恥も良いところである。

 そこで六甲の家は、ある作戦を取った。不出来な息子を、兄である当主の身代わりにしようとしたのである。無理があるものだった。だが名前と顔を知る者は、殆どが死亡している。そのため、決行された。

 その日から不出来と称された息子は、兄の代わりに六甲になった。予想外なことといえば、不出来だと言われた息子が案外使える存在だったことが判明したことぐらいである。




 六甲は首を反らし、また攻撃を避けた。スレスレの位置を鋭い刃が過る。つかさず、突きを放つが永遠永久には届かなかった。

 六甲が動く度に傷口から血が滲み、地面を濡らしていく。


「あんまり効果なし、って感じだな」


無表情な永遠永久は、瞬きを一度する。涼しい顔でいなされ続け、少し気分が落ち込んでしまうのは無理もないことだった。だが、ここで落ちるだけの性分ではない。

 なけなしの体力を削ってまで攻撃を仕掛けても、永遠永久には防がれてしまう。勝てる見込みがない作戦はさっさと棄却すべきだろう。

 六甲は鍔迫り合いに持ち込んだ。長時間の力比べであれば、六甲は負ける。であれば、短期間。神だろうと関与できない領域に手を伸ばすしかない。

 鍔迫り合いで六甲を押し負かす力を永遠永久が込めた瞬間。その一瞬が狙い目である。六甲は力を()()()。世にいう、押してダメなら引いてみろというヤツである。

 支えを失い、永遠永久は前のめりになる。その隙は狙い目、永遠永久の攻撃をいなした後武器を飛ばした。

 状況が読めない永遠永久は目を大きく見開いた。そして六甲は思考を止めた永遠永久を、捕まえる。土手っ腹の穴のお返しに、足に杭を差し込む。


「捕まえ…た!」


腰を両腕で包み込み、六甲は踏ん張る。ここからは更なる運の見せ所であった。

 当然、永遠永久は六甲を振り払おうとする。暴れる永遠永久を最後の力を振り絞って、押し止めようとした。

 足蹴りが六甲の鳩尾に炸裂し、六甲は僅かな時間力が抜ける。そのとき、残り2本の杭を永遠永久は蹴りあげた。杭のおかげで、六甲脳では吹き飛ばずに済んだ。空中で結晶同士がぶつかりの鐘の音のような神秘的な音がする。


 乱れる思考で六甲は考える。この最悪の状況で六甲はなにができるのかと。

 それで考え出した結果がこれだった。



「あ"ああああああああああっ!」


六甲では永遠永久を確実に殺すことはできない。


_だから、せめて残す。永遠永久を仕留めることができる誰かのために。

 靴に仕込まれていた刃は平べったい。靴底に隠すため、当然の設計である。そして突き刺すために、鋭く磨かれている。

 暴れた際に砕かれたソレを手に持って、永遠永久の心臓(コア)に突き刺した。六甲は永遠永久の心臓の位置を正確に知らない。だが、捨て身の六甲にはその思考はなかった。

 後続のため。六甲の脳裏にはソレしか残っていない。

 深い息が吹き出す音がした。そして血が一滴滴り落ちる。それは永遠永久の口から吹き出したものだった。

 グラリと永遠永久の体が倒れる。六甲も同様に地面に倒れ伏した。








 暫くの沈黙が訪れる。

 永遠永久は霞む視界で、天を見上げていた。六甲に刺された傷は浅い。だが、何故か自分は地面に倒れていた。手加減をした訳ではない。正気ではなかったし、本気で六甲を殺すつもりだった。

 だが、()()()。そう思った。

 己の上で丸くなる青年を見る。全身の力が抜けたようで、無防備になっている。今にも死を迎えそうな体は、微かな息をしていた。

 

「殺す気で来いと言った。だから、殺す気で来た」


六甲らしい行動である。自分の本心など隠して、誰かのために最善とされることをする。間違ってはいない。

 だが、永遠永久がかつて教えた思想ではない。


_自分を生かすために、誰かの役に立て。助けを手段にし、生きることを目的にしろ。


それが六甲に教えたこと。それが今では六甲は逆を行っている。これが反抗期というものなのかもしれない。

 だが、()()の一撃。それは六甲が成し遂げたことだった。

 永遠永久の胸元に目掛けて1本の杭が落下し、鋭利な先が胸を貫いた。永遠永久は抵抗もなく、受け入れた。

 そして2本目の杭が、六甲に目掛けて落下してきた。あれは人間であればあっさりと貫かれて死ぬ。骨であろうと砕いてしまうという恐ろしいものである。

 永遠永久は六甲に突き刺さるその寸前で、固形化させた水を生成し、杭を受け止めた。


「隊長の心臓を射貫けるのは私だけ、なんちゃって…」


誰にも聞こえることがない独り言を呟いた。ふと目を閉じる。

 次の瞬間、最期の一撃が眉間に深く傷を与えた。



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