双極開戦
「雷光寺さん。松平から使者として鈴木さんがやってきました」
岐阜城下は、現在土佐(今の高知県、長曾我部家の本拠地)遠征に向けての準備がハイピッチで進められていた。その指揮を執っていた歩のもとに、晴彦が桜庭丸の訪問を知らせに来る。
「何の前触れもなく徳川四天王の一人がやって来るとは。向こうでも何かあったかもしれないな。よし、早速会ってみよう。松野、しばらく代わりを頼む」
手にしていた書類を晴彦に渡し、歩は応接室へと歩き出す。
「雷光寺さん、気を付けてください。彼はうちの学年の中でも指折りの切れ者と噂されていますので」
歩の隣で作業していた優姫が、ひそひそ声で忠告をする。
「うん、分かってる。今の織田は見た目以上にやばいんだ。それを見破られるようなヘマはしないよ」
真顔で歩は答える。その際、彼は優姫の手を軽く握った。
「あ、はい。お気を付けて......」
頬を赤くして優姫は歩を見送る。それを見て、晴彦は不敵な口を形作る。目は、影の都合で見ることはできなかったが。
「お待たせ、鈴木君。わざわざ来てくれてありがとう」
さて、ここは岐阜城の客間。歩はにこやかな笑顔を浮かべて戸を開け、座って待っていた桜庭丸に挨拶する。
「いえいえ。こちらこそ連絡もせずに訪問してすみません、雷光寺さん」
桜庭丸も、笑顔で対応する。
「さて。君が何か重要な案件を持ってきているであろうことは、なんとなく分かる。世間話は放り投げ、率直に用件を伝えてもらえるかな?」
歩は桜庭丸の前に座って一気に話を進める。彼としては、織田側の異変に気付かれる前に帰ってほしいのだ。
「分かりました。緊急ではありませんが、是非織田家の方々に知っていただきたい案件がありますのでお伝えいたします」
桜庭丸は歩から視線をそらさずに話題を進めた。
「非常に内密な話ですので、二十一世紀の方々意外には内密にお願いします。実は、最近松平の領内で物の怪騒ぎがあったんです。表向きでは酔っ払いの喧嘩という事で片付けましたが、実は目撃者はこう言ったんです。『あれは殺された武者達の怨霊だ』と」
淡々と話し始める桜庭丸だが、これは目的のために練り上げた真っ赤な嘘である。太一から聞いた浅井家の物の怪話や、黄泉の国の軍勢の話を継ぎ接ぎして作ったのだ。
「なるほど。確かに、表に出たらパニックになりかねないね。で、織田に何を相談したいんだい?」
相槌は最低限にして、歩はどんどん話を進めていく。
「もし、本当にそれが怨霊だとすれば俺たちでは対処しきれません。ここで、織田家の方々は皆この時代に来て特殊能力を得たと聞いたのを思い出しました。つまり、俺たちにもそれを習得する極意を教えていただきたいのです」
膝を乗り出して桜庭丸は要件を強調する。
「うーん、リョウはただ努力と元からの才能でああいう戦い方になったわけだからな。俺は、気が付いたら体が動いている状態で大して何も意識していないし......」
思いのほか抽象的な内容だったので、歩は本気で困ってしまう。彼本人は戦国に来て長刀使いとなっただけで、物の怪に対抗できるような派手な能力ではない。
「では、どなたかそれを教えていただける方からお話をいただきたいのですが......」
「あー、ごめん。今、長曾我部家に宣戦布告されててその準備で忙しいんだよ。もし物の怪が出たら石山辺りを援軍として送るから、その時じゃダメかなあ?」
頭をかいて、歩は謝罪する。これで立ち去ってくれれば余計なねじれを招かずに済む。
「では、近々こちらから対長曾我部用の援軍をお送りいたします。そうすれば、互いに援軍を送る約束ができて貸し借りなしの同盟関係が継続すると思いますが?」
「気を使わないでいいよと言いたいところだけど、その提案は受け取るのが礼儀だね」
状況を考え、同意をする歩。
(さて、これで織田の様子を間近で観察する機会を得られるわけだが。肝心の成川リョウの姿が見えないな。奴の心境を聞いておきたいが、雷光寺歩だけで表向きの会議か成り立っている故深追いできない。さて、どうするか......)
(援軍派遣のせいで、むこうにリョウの実態を見抜かれる可能性が出てきてしまった。しかし、彼らが十分に対長曾我部で戦力になるのは確か。同盟だけは維持しておきたいが、どうなるかな......)
桜庭丸、歩、共に完全な成果を挙げてはいないが及第点だと納得はしている。互いが手強いことを知っている分、思い切った動きをとれないのだ。
さて、膠着しかけた時に事態が急変するのはこの戦国の慣わしである。
「長秀様、緊急事態です! 竹中半兵衛様があり得ないお方と共にこの世の者とは思えない軍勢で東より、長曾我部軍が恐ろしい装備で西から攻めてきます!!!」
使いの者が息を切らしながら二人のいる部屋に滑り込んできた。
「お、おいおい! もう少し具体的に話してくれないか? あり得ないとか恐ろしいの部分をちゃんと言ってくれ! 言うのがつらいなら無理強いはしないけど......」
状況が理解できず若干厳しく問い詰めるが、それでも歩は本物の長秀同様優しさを忘れていない。
「は、はい。失礼しました。えーと、竹中半兵衛様は既に亡くなっているはずの柴田勝家様・木下藤吉郎様と共に死者の軍団を引き連れて東から。長曾我部軍は呪いのような暗黒色で人民を虐殺しながら西から侵攻しています!」
「......それは、大慌てになるのも無理はなかったね。ごめん」
あまりにもの状況の悪さに歩は謝罪する。
(織田家にも黄泉の国の軍勢のようなものが攻めてきたか。ふむ、織田は味方か?)
桜庭丸は、敵地にいるような感覚で物事を冷たく捉え始める。
火蓋はついに、落とされた。
ふう、ようやく話が進みます。内容も重く、長くなっていきますが、そういう部分もお楽しみいただけたら幸いです。
里見レイ




