露子の語る下原の真実 前編
「うう、茂。俺は、お前に恨まれて当然だ。お前を捨てて、俺は生き延びたんだからな。姉さんも、俺のせいで人生を台無しにされた。今からでいいから、下原の家は姉さんと茂で......」
桜庭丸が春海という少女と話していた頃その部屋の押し入れの中で、太一は悪夢の中をさまよっていた。その顔は、幼子のように怯えておりいつもの落ち着いた感じは全くしない。
「太一様......」
隣で寝ていた露子はその苦しげな声で目を覚まし、心を痛めた。
「......ったく。謎だらけの少女だったが、この言葉は若干信用できるかもな。成川リョウに井田秀介と戦う気力はない。あの戦国研究会会長に言いくるめられ、こちらとの手を切る可能性も十二分にあり得るもんな」
すると、押し入れの外から重要機密のような言葉が聞こえる。
「! 織田と松平の同盟解消? そうなれば、松平は全方向に敵を作ることになるけど」
露子は思わず驚きの声が出る。
「そ、だから俺たちはあんたたちも頼りにしてるって訳さ。高坂昌信さん?」
すっと押し入れの戸が開いて、桜庭丸が顔を覗き込んでくる。
「す、鈴木先輩! すみません、盗み聞きをするつもりはなかったんですけど」
慌てて露子は弁解する。
「分かってるよ。第一、この距離で独り言を聞くなって方が無理だろ」
「あ、はい。そうですね」
「そんじゃ、ちと早いけどそちらの事情を聞かせてもらえないだろうか? 茂という男やその周りにいた人物と、お前たちがどのような関わりを持っていたか? 下原が寝ていた方が話しやすいだろう? 吉樹には、後で俺から伝えるからさ」
「分かりました。全てお話いたします」
露子は一度大きく深呼吸をした。そして、ゆっくりと語り始める。傷だらけの下原家の歴史を。
「茂様は、太一様より三つ年下の弟。佳乃様は、二つ年上のいとこにあたるお方です。三人は、いつも一緒に遊んでおられ、私たちも小さいころからお仕えいたしておりました。特に、私以外の四天王の家は、三代以上続けて下原家の家に奉公しております」
「まあ、お金持ちの家ならよくありそうな構成だな」
露子の説明に、桜庭丸は同意している。
「下原家に暗雲が立ち込めたのは、今からおよそ五年前。太一様が小学五年生の時でした。その日、太一様がいつものようにお屋敷のお庭で遊んでいたところ、居眠り運転のトラックが猛スピードで突っ込んできたのです。太一様はそのトラックにひかれ、出血多量の重体となります」
「......」
露子の説明がだんだん重くなっていく。桜庭丸は、ただ無言で耳を傾けた。
「太一様の血液型はRHマイナスのAB型。病院にそのストックはなく、絶体絶命だったのです。しかし、下原家にはもう一人RHマイナスのAB型の方がいらっしゃいました。それが、弟の茂様です。茂様の必死の献血のおかげで太一様は一命をとりとめました。その後のリハビリも順調で、すべては元通りになるはずでした。しかし、その時事件が起きたのです。今度は茂様が白血病になったんです。そして、完治するためには骨髄移植しか手がありませんでした。そして、太一様と茂様の白血球の型は一致していたのです」
「じゃあ、下原太一の骨髄を茂に移植して助け合いのハッピーエンドってことか?」
「いいえ、ここで一つ問題が発生します。太一様は輸血を受けたばかりで、造血機能が衰えていました。とても他人に骨髄移植をする余裕なんてなかったのです。太一様本人は移植を熱望しておりましたが、ご家族お医者さん全てに反対されました。その結果、茂様の白血病は悪化の一途をたどり、長期入院となってしまったのです」
「その後、彼に合う骨髄は見つかったのか?」
「いいえ、一年たっても見つかりませんでした。まあ、白血病は長い闘病生活をすることが多いのでただ単に太一様の造血機能が回復するのを待つだけだったのです。そして一年後、いざ骨髄移植をしようとした時、茂様は病院から姿を消したんです」
「......理由は?」
「これは後にお話ししますが、太一様を下原家の跡継ぎにしようとする過激派が一枚噛んでいたと言われております。詳細は、不明ですけど」
「それから今まで、彼はずっと行方不明だった?」
「はい、使用人たちの中ではもう既になくなっていると考える人も多くいました」
「なるほど、これは下原太一が負い目を感じるわけだ」
「そして、今から三年前。つまり、茂様の失踪からちょうど一年後。さらなる事件が起こります」
露子はさらにトーンを落として話を続ける。まるで世界の終わりを見た予言者のように......
明日、佳乃に関する説明をします。また、字数は多くなりそうですが、書くのは意外にサクサク行きますので、頑張ります。
里見レイ




