月夜の挨拶
夜空に浮かぶ三日月は、流れる雲により顔の出し入れを繰り返す。その月が隠れたときに、森に聞こえる微かな草の揺れる音。その音は同じ場所では聞こえず、移動を繰り返している。
言うまでもない。秀介と叶による二人だけの行軍だ。
「秀介様。馬を置いてきて、本当に良かったのですか?」
「こっちは二人だけなんだ。馬がいると隠れにくくなるからな。逃げにくくなるというリスクを背負ってでも、見つからないように行動しなければならない」
「分かりました。あなたを信じます」
「さあ、無駄口はここまでだ。ここからは一切無言でいくからな」
秀介は、そのまま忍び足を再開する。叶は無言でそれについていく。
「さて、家老衆からの情報によればあと数分で到着するはずだ。とりあえず、まずは敵地の様子見だな。二人だけで無理なら潔く引き揚げるぞ」
「はい、秀介様。ところで、あの氷の必殺技は今使用できますか?」
「あの時の感覚は、確かに俺の体に染みついている。精神を憎しみに集中させれば多分発動できる」
「いざとなったら、お願いします」
叶はペコリと頭を下げる。
「......使いたくは、ないんだけどなあ。だって、なんか使用後に気持ち悪くなるから。肉体的には、回復できているようだったけどな」
「本当に、不思議な特殊能力ですね」
「特殊能力は大抵原理の分からない不思議なものだろうさ。ってか、この戦国はいったい何者なんだろうな」
頭をかく秀介。彼の頭の中は、モヤモヤが多いのだ。そして、再び前進しようしたその時だった。
「少しなら、ヒントを教えてあげてもいいぞ。おまえさん、結構頑張っているようだしさあ。な、浅井長政。いや、井田秀介」
居酒屋にいる若手店員のような兄気質な声が、時代をはき違えた台詞で秀介たちの耳を貫いた。
「! 何奴!?」
秀介は反射的に槍を前に構える。いつの間にか、目の前に火縄銃を構えた若い男が立っていた。
「あー、まあ。ここじゃあ雑賀孫一ですわ。ただ、気持ち悪いから俺のことはカラスと呼んでくれよ。あ、そうそう。あんたの細かなデータ、見せてもらうよ。......解析、対象指定。ロックオン!」
男は返事を一方的に済ませ、何やら空中で指を動かし始める。何かデジタルな記号が彼の目の前に現れ、せわしく動き始めた。
「すごくデジタルなことをしているな。つまり、お前は戦国の人間ではないってことか。ただ、俺たちとも事情は違うんだろ? その言動、俺たちの何倍もこの戦国を知っているものだもんな」
槍を今にも突き出しそうな殺気を放ちながら、秀介は現状確認を始めた。横にいる叶は、ただ固唾を飲んで秀介の表情を見つめている。
「ふふふふふ、これはこれは。まさか太祖の......」
数秒後、男は不敵な笑みを溢し始める。
「どうした? 何か、有益なデータでもあったのか?」
「ああ、そうだな井田秀介。お前がこの空間にいると判明してから少々話題になっていたが、まさか本当だったとはなあ。はっはっは! 面白い! お前の事は何度殺しても俺を愉しませてくれることだろう。さあ、殺し合おうぜ......」
「雑賀孫一。ここで一騎打ちを始めるということか?」
「まあ、そうだな。まずは、そうしようか」
獲物を見つけたハイエナのような目のカラス。
「叶、下がって居ろ。いざとなれば、全力で逃げて黒木達に事のあらましを伝えるんだ」
「は、はい」
それに対し、秀介の目は鷹のように静かだ。そんな彼の発言に、素直に叶は応じる。
さて、彼らの戦いは再び切って落とされた。
どうも、ようやく新キャラのカラスと秀介の戦いが始まります。しばらくは、この面子のみの展開になりそうです。
里見レイ




