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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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07話 探索の転機

 美也に対する世間の評価は、『とても良い子』だ。
 万事に対して両親の仕事が忙しいから駄目、家計が苦しいから駄目と言われ続け、欲しい物を口にした事はなく、基本的には家で大人しくする生活を続けた結果、大人から与えられた評価の半分が『良い子』である。

 大人からは、同い年の子供の何倍も自制や自戒を身に付けていると思われている。
 だがそれは、美也が心を許していない相手に自分の感情を表出していないだけだ。
 我慢の限界を超えた分は、美也の祖母と次郎、そして亡くなった次郎の祖母という輪の中できちんと発散していた。
 そんな輪の中に、ストレスの原因である両親や、小さい頃に両親から言われるが儘に妹へ我慢するように言い聞かせてしまった兄の恭也は、勿論含まれていない。
 美也にとって家族は、祖母が味方、両親が敵、兄が距離を置いた中立という状態だ。
 最初は兄も敵の手下くらいの態度だったが、兄には情状酌量の余地があると美也が理解した点と、次郎が美也の家族内での立場をマシにしようと仲立ちに勤めた結果、距離を置いた中立関係に行き着いている。

 一方で両親は生活苦や忙しさから、娘に対する歩み寄りは放棄して久しい。
 両親にとっては、兄の恭也が『自分たちの子供』で、妹の美也が『親の苦労を理解せず祖母に甘える我が儘な子供』となる。そう思い込む事で、美也に対する後ろめたさを忘却しようとしたわけだが、いつしか両親の中では思い込みが真実になっていた。
 そんな家庭の事情は、父親の農業失敗と零細サラリーマンの兼業、母親のパート開始、二人目の子供である美也に掛かる経済的負担や、二人目の子供に強く当たる態度などを目撃する近所の奥様方にとっては、一目瞭然だった。
 結果として美也に対する『良い子』という評価の前には、同情心からか『とても』が付けられる。

 そんな美也の父親が所有する軽トラックと、そこに積み込まれた美也の荷物を見た次郎の自転車は、一段と速度を落とした。
 そうして僅かに増やした時間で、次郎は可能な限りの情報収集を試みる。
 軽トラに積まれている荷物は、美也の家具ばかりだった。
 仮に家財の全てが積み込まれているのであれば引っ越しを想像するが、積み込まれた荷物が美也の私物だけである点や、それを乗せているのが屋根無しの軽トラックである点は不可解だ。
 結局分からないままに目的地に到着してしまった次郎は、観念して乗ってきた自転車を道の脇に停めた。
 そして眉がハの字になった美也に、恐る恐る問い質した。

「あー、説明を求む」

 単刀直入に問われた美也は、視線を軽トラックの家具に向け、肩を竦めながら話す。

「引っ越し。わたしだけね」
「どこへ?」
「お婆ちゃんの所」

 美也が指差したのは、美也の母方の祖母が住む家の方向だった。視界一杯に里山が広がるような田舎のため一kmは離れているが、一応は同じ町内にあたる。
 最悪の想定であった遠方への引っ越しでは無かった事に、次郎は一先ず安堵した。
 そんな感情に気付いたのだろうか、美也も僅かに安堵を見せた。

「美也の婆ちゃんの所なら、まだマシな方かな」
「保護者としては有り得ないけどね」

 次郎は頷きつつ、なぜそうなったのかと考えた。
 世間体を気にする日本において、両親と未成年の子供が別居するのは、そうそう起こり得る事では無い。
 次郎の知る身近な例では、美也の父方の伯父が小学三年生から一人でイギリスに留学して日本人学校に通った。その後はロンドン大学を卒業してイギリスの永住権を貰い、就職して会計士の資格を取ったことで国籍を貰い、その後にあちらで結婚している。
 支援者は美也の父方の曾祖母で、留学に関してかなりの後押しをしたらしい。
 だが今回の美也の場合は、留学と異なり英語力が身に付くわけでは無く、親族が居ない環境で自主自立の精神が育まれるわけでも無い。つまり親子が別居する大義名分が見当たらないのだ。
 暫く考えた次郎は、結局白旗を揚げた。

「どうして美也だけ引っ越しなんだ?」
「複雑な事情があるけど、お兄ちゃんが『USBを渡せなくなるから、次郎くんにも説明しておかないといけない』って言っていたから、話すね」
「うい」

 美也は何度か口に出そうとして、言い淀む。
 そして次郎を自分の部屋に連れて行こうとして、引っ越しのため部屋に何も無くなっていた事を思い出すという混乱まで見せた。

「……暗くなる前に、引っ越しを手伝おうか?」
「うん、お願い」

 かくして本日の洞窟探索は延期となった。
 次郎は母親に遅れる旨のメールを送ると、美也の父と共に残っていた荷物を積み込み、美也の祖母の家に移動して荷物を降ろし、荷解きを手伝いながら合間に詳しい事情を聞き出した。

 始まりは二ヵ月前の七月、恭也が身体の痛みを訴えた事に端を発する。
 最初は両肩の激しい痛みを訴えて、町の整形外科医院で診てもらった。その時は、レントゲン撮影で骨に異常が見つからず、痛み止めを処方されて経過観察となった。
 だが一週間経っても、肩の痛みは収まらなかった。
 既に夏休みに入っていたため家で寝ていたが、良くなるどころか三九度の熱発と歯・顎の痛みまで出てきた。今度は歯医者に行ってレントゲン撮影するも、虫歯の一本も無くて大丈夫だと言われてしまった。
 そのため再び家で安静にしていたが、その後も三八度台の熱が続いた。
 やがて八月に入ると身体が動かなくなってきて、ついには手も挙げられなくなり、今度は内科を受診して採血した結果、すぐに山中県で最大の県立中央病院へ紹介される事になった。
 そこで医者から『あなたは白血病です。治療しなければ数ヵ月以内に死亡します』と言われたそうだ。

「恭也さんが白血病?」
「うん。今まで白血病なんて、全然知らなかったけど……」

 美也の説明によれば、白血病は『血液の癌』と言われる病気らしい。
 癌は日本人の死因一位で、TVで特集されるため、次郎でも多少はイメージできる。
 次郎がイメージする癌とは、身体に回復を上回るダメージを与える事で悪い癌細胞が出来て、その癌細胞が次第に増殖し、全身に転移して身体機能を阻害し、やがて患者を死に至らしめる病気だ。
 病院に行けば、癌化した部位を手術で摘出したり、抗がん剤でがん細胞を殺す化学療法をしたり、がん細胞に放射線を照射する放射線治療を行うなどの様々な治療法がある。
 検査や手術の機器は年々進化しており、手術と抗がん剤の併用療法にも副作用の少ない薬や、術後生存率が高くなる薬も続々と出ている。放射線治療も、サイバーナイフなどの医療機器が容易に使えるようになった。
 ただし全員が治るわけでは無く、切除できない部位が癌化したり、早期発見ができなくて転移したりして、命を落とす人も未だ沢山いる。

「そんな感じで合ってる?」
「うん。でも血液の癌はちょっと違うみたい」
「ふむふむ?」

 恭也が罹患した白血病には、癌と似た特徴がある。
 骨髄や血液の中で白血病細胞という悪い細胞がどんどん増えていき、やがて一兆個以上に増殖して全身に隈無く広がる。
 白血病の厄介な点は三つ。
 一つ目は、切除が出来ない事。がん細胞は血液中に広がっており、まさか全身の血液を抜くわけにも行かない。
 二つ目は、化学療法が難しい事。化学療法は必要だが、中途半端では再発するし、薬が強力すぎれば他の正常な造血幹細胞まで死んで、血球などが作れなくなる。
 三つ目は、放射線治療が出来ない事。全身の白血病細胞を破壊し尽くす放射線を浴びせれば、白血病細胞だけではなく身体の他の細胞も破壊されてしまう。
 このように切除、抗がん剤治療、放射線治療という癌に対する三種の神器が通用しない。

「と言うわけで、白血病は治療が大変みたい」
「厄介な病気なんだな」

 そんな白血病を大まかに分類すると、癌化した場所によって骨髄性とリンパ性の二種類に分かれ、さらに病気の進行速度によっても急性と慢性の二種類に分かれる。
 恭也の正式な病名は、フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病。
 急性は病気の進行速度が早く、治療せずに放置すれば月単位で死に至る。そのため恭也は、診断が付いた翌日から治療を始めた。

 だが問題は、そこからだ。
 恭也のように一〇代と若く、しかも適合するドナーがすぐに見つかる場合は、骨髄移植が検討される。要は白血病細胞を殺し尽くした後に骨髄を移植して、正常な血液を取り戻す治療法だ。
 ただし骨髄移植に必要なドナーは、易々とは見つからない。提供者が数万人居てすら、一致する相手が見つからない事も往々にしてある。
 島国である日本人同士は、ドナーとして一致する確率は高い。
 だが提供者の総数は少なく、骨髄移植を待つ間に死亡する人が半数を占める。
 加えて問題なのは、骨髄を提供するドナー側にリスクがある点だ。
 移植の際に学校や仕事を休んで入院して貰わなければならない点は無論だが、骨髄採取では、全身麻酔に伴う合併症や死亡例が報告されている。また末梢血管細胞採取では、膵臓破裂、脳梗塞、心筋梗塞、そして死亡例が報告されている。
 そのためドナー登録したものの、実際に依頼が来た時に断るドナー登録者もいる。

 このような問題がある中で、最も推奨されるのが、家族を提供者にすることだ。
 実は、兄弟姉妹の場合にドナーとして適合する確率は四分の一にもなる。
 さらに医学的にもリスクが最小で、移植のタイミングも患者の都合に合わせやすく、相手が家族では心理的に断る事も難しい。
 そのため急性白血病の診断が付けられる際には、兄弟姉妹がドナーに成り得るか否かを併せて確認される。

「骨髄移植が必要だから、検査をさせてくれって先生が言ったの。それで検査させられて、そしたら一座不一致で移植可能ですって」

 美也が移植のリスクを強調してから結果を語ったのは、本心では嫌だという意思表示だった。
 美也は普段大人しい振りをしているが、紛れもなく女子中学生の一人であり、人並みの恐怖心を持ち合わせている。
 死の危険もありますと言われれば、例えその確率が極めて低くとも、何も考えずに骨髄を提供出来るほど自己犠牲的ではない。
 まして相手が次郎や祖母なら兎も角、育児放棄気味の母の依頼で、優遇されている兄を助けるためと言われれば、尚更に心理的な壁が高くなる。

 だが美也の両親は、逆の立場だ。
 家に残る『自分たちの子供』と、いずれ家を出る『親の苦労を理解せず祖母に甘える我が儘な子供』とでは、議論の余地など一切無く『自分たちの子供』に天秤が傾く。
 次郎が知る美也の両親は、娘が骨髄提供を拒否する事を決して許さない。
 そんな両親は保護者の立場であり、美也の義務教育後は進学の書類に印を押さない事や、授業料を払えないとして美也の意志を無視した退学をさせる事すら可能だ。
 そしてそれらを以て脅し、美也に骨髄の提供をするよう強制する事も躊躇わない。

 提供者としてのリスクは怖いが、両親に強制されて拒否出来ない。
 美也の言葉からは、嫌だという意志とは裏腹に諦めが見て取れた。

 なお恭也が入院した県立中央病院には、七村市から車で片道二時間もかかる。
 美也の父がそちらで働いている事もあり、両親はアパートを借りてそちらで生活し、病院での付き添いや世話もする事になったそうだ。
 それを期に、母親が娘の面倒まで見切れないと判断したのか、あるいは白血病患者と同居する際の衛生管理目的なのか、はたまた経済的負担の軽減目的なのか。美也は、祖母の家に預けられる事になったそうである。
 次郎が洞窟に引き籠もっている間、お向かいの家は大変な事になっていたらしい。

「いやいや…………待てよ」

 ふと脳裏を過ぎったのは、次郎が手に入れたレベルと回復魔法だった。
 それらを隠してきたのは、力を獲得する邪魔をされたくないからだ。
 これまでに発見された洞窟を残らず封鎖して情報を隠している行政が、次郎の家だけを例外にするはずが無い。
 見つけた当初は「魔物が洞窟内から出てくる可能性」を危惧した次郎も、魔物が階層を移動しない事と、洞窟の入り口を土魔法で塞いだ事で、今では不安に思っていない。
 日本全体でも魔物が外に現われたニュースが流れていない事から、おそらく魔物たちは生息している階層を越えないのでは無く、越えられないのだろう。
 理由は不明だが、自然発生し得ないステータスや魔法がある時点で、それらを発生させた存在の意志が介在していると考えるべきだ。
 洞窟の入り口が堂下家の敷地内であり、魔物が周囲に危険を及ぼす可能性も現時点では無い以上、次郎としては今後も心置きなく探索に勤しもうと考える次第であった。

 しかし現状に至り、状況が変化した。
 次郎と美也は、互いに最大の理解者だ。
 美也であれば、次郎の不利になる行動を取らないように配慮する。
 さらに状況的にも、美也自身が洞窟でレベルを上げたり回復魔法を覚えたりすれば、移植時のリスクを軽減できるというメリットがある。
 その一方で、洞窟を誰かに話したところで間近に迫った白血病問題や、骨髄提供者としてのリスクは回避出来ない。
 現状で引き込めば、洞窟からコウモリが溢れてくる危険があっても誰にも話さず、今後も継続して次郎の探索活動に協力してくれる仲間に出来る。
 そうすれば、次郎の半家族である美也の移植に関する危険も下がり、次郎の探索時のリスクも大いに下がる。
 そのように打算的に判断した次郎は、これまで頑なに閉ざしていた口を開いた。

「今の美也にとって、凄く助けになる話がある」

 真面目さに期待が入り交じる希有な表情を見た美也は、一瞬呆気に取られたものの、表情と雰囲気から察したのかすぐに自らの表情を改めて聞く姿勢に入った。

「百聞は一見に如かずって言うし、見た方が早いか。美也、二〇秒だけ黙って見ていてくれ」

 そう言った次郎は左手を身体の前に出し、段ボール箱を開封していたカッターで左上腕を浅く切った。
 次郎の肌に線が走り、傷口から真っ赤な血液が流れる。

「ちょっと、何して…………」

 次郎は止まれのジェスチャーを出すと、カッターを置いて傷口の上を右手の指でなぞった。刹那、右手の指先が白く輝く。
 それを見た美也は目を見開き、次郎の動作を注視した。
 指先に触れた傷口は、直ぐにかさぶたが出来て、その瘡蓋すらも肌と同化して消えていく。
 次郎が最後にハンカチで血を拭うと、左腕は見た目上、完全にカッターで裂く前の状態に戻っていた。

「説明する。ちょっと長くなるけど」
「もちろん聞くわよ。全部ちゃんと説明して」
「分かった」

 次郎はゴールデンウィーク中に洞窟を見つけた経緯から、順を追って説明を行った。
 加えて堂下家の洞窟が、日本各地で発見されて調査継続中になっている不自然な地割れと同じものでは無いかとの考察も含め、洞窟を隠している経緯までを話し終えた。

「つまりレベルを上げたり回復魔法を覚えたりすれば、手術のリスクが軽減できるって事?」
「概ねそんな感じ。体力とかが上がるのは、絶対にプラスだと思う」

 次郎はステータスに現われていた体力や、実演した回復魔法などを説明しながら、美也がドナーとなる際の危険を回避する具体案を提示した。
 体力を上げれば死ぬ危険が下がるし、後遺症が出ても回復魔法で治せる可能性がある。
 絶対の保証は無いが、確率であろうとリスクが下がるのであれば、得ておいた方が良いと考えた。

「魔法は見せて貰ったから信じるし、提案自体も良いけど……」

 説明には理解を示しつつも、美也は困惑顔を浮かべたままだった。
 そんな美也の様子に、次郎は提案に不備があったのかと首を傾げた。

「わたしが人に話したら、どうするの。お兄ちゃんが死にそうなら魔法を使うかも知れないけど」
「いや、絶対に使わないだろ」

 次郎に取り繕っても無駄と考えたのか、美也は兄についてそれ以上は言及しなかった。

「でも、お婆ちゃんが怪我をしたら、人前で使うかもしれないよ」
「その時は俺も使うから問題ない。俺と美也、それに婆ちゃんが最優先で良いだろ」
「一応、あっちの人達も血縁上では家族だけど」
「今日から別居するんだろ。だったら今まで通り、あの人達は他人で、俺たちが家族で良いじゃん」
「…………そうだったね。これからもよろしく」
「ああ、よろしく」

 こうして次郎の洞窟探索に、新たな仲間が加わった。
+注意+
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