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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第三巻 接触

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58話 分岐点

 次郎たちは上級ダンジョンの次のダンジョンを、黒ダンジョンと仮称した。
 形状は上級ダンジョンの塔型円柱と変わらず、外壁が黒い為にそう呼んだ。
 地下一階で出現する魔物は、上級ダンジョンと同じ猫悪魔のアルプ。但しケルベロスよりも若干強く、従来見られた知性が窺えなかった。
 結局綾香は黒ダンジョンに入れず、次郎と美也は丁度良い切っ掛けだとばかりに攻略を休止した。実際には次郎は個人で密かに潜っているが、精々気張らし程度の時間だけで、本格的な攻略からは程遠い。
 黒ダンジョン出現については、広瀬大臣から上級ダンジョン攻略成功の報告が行われた。国内向けには、新たなダンジョンの確認作業が始まったと伝えられている。

 そして夏休みが終わり、九月に入った。
 九月一日は美也の誕生日であり、次郎に続いて美也も成人年齢の一八歳になった。
 一方世間では、九月五日の水曜日に初級ダンジョン公開が行われ、平日にも拘わらず多くの国民がダンジョンへと潜っていった。
 九月中にダンジョンへ入れるようにするのは政府の公約であり、必ず実現するように九月に入って早々の公開を目指していた。
 それでも公開が五日になったのは、九月一日と二日が土日であり、仕事が休みの社会人と、夏休みが終わっていない学生が一斉に入って混乱する事を避けるためだった。
 週半ばの水曜日であれば、一斉入場は避けられると考えたわけである。
 だが世間では有給休暇、夏季休暇、仮病が数日前から続出し、解禁日の早朝には徹夜組で遙か彼方まで行列が続いた事で、考え方が甘かったと言わざるを得ない結果となった。
 とりわけ関東ブロックの群馬・栃木ダンジョンは地獄の混み具合であり、入場時間を三時間も早める対応を取ったが、職員に食って掛かっての初日入場許可剥奪、公務執行妨害での逮捕者続出など様々な混乱が見られた。
 結局のところ公開日をいつにしても、大混乱は避けられなかったわけである。
 しかし九月中に一〇〇〇万人以上がダンジョンに入れた事で、政府の公約は一応実現された。
 テレビではダンジョン特番が連日に渡って流れ続け、テレビ局や芸能人も挙ってダンジョンに潜り込んだ。
 そんなダンジョン内には、武器や資機材の持ち込み制限が無い。事故防止のために車輌の乗り入れは禁止されているが、テレビカメラであれば全く問題なかった。

『千葉先生もダンジョンに篭もって、レベル四まで上げて来られたそうですね』
『はい。巨大コウモリを四〇〇〇体以上、倒してきました』
『はぁっ!? どうやったらそんなに倒せるんですか。だってコウモリって、人間と同じくらい強いんでしょう』
『事前に一〇人くらいのスタッフをお願いして、ダンジョンにいらした沢山の方々にコウモリを捕まえて貰って、お金で譲って頂きました。もちろん源泉徴収税は、私が税務署に納付済みですよ』
『うわっ、ズルい、金持ちズルいで!』
『私が回復魔法を覚えて研究するのは、医学を発展させるためですから。ちゃんと医師として所属学会に報告しますし、皆さんは患者さんとして回復魔法の恩恵を享受できますよ』

 千葉美冬は、ダンジョンから内部へ入って直ぐの広場の隅で、生きた状態のコウモリの買い取りを行った。
 そしてテレビ局を張り付かせていた事で、彼女の斬新な行動はテレビ番組の一環だと認識され、一〇〇万人のうち四〇〇〇人程度の人が、一匹程度ならとイベント気分で乗ったのだ。
 経験値も欲しいがお金も欲しい学生、テレビの企画に乗ってみたミーハーな大人、帰り際に美味しいものでも食べて帰ろうと思った人々から次々と買い漁った結果、レベルが上がり難いにも拘わらず、千葉はレベル四を達成したのだ。

『ダンジョン内では買い取り所などの仮設店舗を作るので無ければ、経験値の譲り渡しは現在禁止されていないそうです。但し、いくつか制約事項がありますので、詳しくは各ダンジョンを管理している駐留連隊本部にお問い合わせ下さい』
『はへぇ、それ、千葉先生が自分で調べたんですか?』
『はい。特攻隊が山田太郎氏から支援を受けたのを参考にして、ダンジョン駐留連隊に問い合わせて、広報室から回答を頂きました』
『昔はネコミミ付けて歌って踊ったみーちゃんが、驚きの成長をしたんやなぁ』
『昔の事は、ちょっと記憶に無いですね』

 世間では様々な人々が、多様な方法でダンジョン活動を行っていた。
 ちなみに次郎と美也も山中県から隣の県まで移動して、初級ダンジョンに表から入って魔法が使えるアリバイ作りを行っている。
 もっとも入場待機時間が長すぎたため、もう二度と入りたいとは思わなかったが。

 その後の次郎は、美也との約束通りにダンジョン攻略を休止した。
 既に高校三年生の二学期であり、次郎たちのクラスは受験勉強を本格化させている。
 推薦入試を受ける北村も、生徒会長として九月二八日の金曜日から二日間に掛けての学校祭準備に専念し、ダンジョン活動を見送った。
 学校祭では、クラスが土下座と焼きそばを掛けた焼きそば屋『どげそば』を開く中、生徒会長の北村と副会長の中川は、全体の統括をしっかりと行っている。

「しかしダンジョンが公開されたにも拘わらず、キタムーとナカさんがダンジョンに行かずに、学校祭全体の運営に集中するなんてなぁ」
「確かに意外だったかも。これまで一日だった学校祭を九月末の土曜日を含めた二日間に制度変更したりして、しっかりと生徒会長と副会長をやっているよね」

 学校祭を二日間にしたのは、これまで自分たちのクラスと、部活の出し物の二ヵ所で手一杯で、生徒達が他をゆっくりと回る時間が無かったからだ。
 生徒会長の北村と副会長の中川は、生徒達が自分たちの出し物を行うだけではなく、他のクラスがどのように考えて何を出すのかを見る事で、生徒達の視野を広げ、思考力を養わせられると学校側に提案して日程変更を実現させた。
 生徒会の実績としては上々で、二人は教師からのウケが良くなり、国立の山中大学への推薦も確定しているらしい。
 それに土曜日が学校祭であれば、近隣住民や保護者、卒業した先輩、入学希望の中学生、他校の生徒などを幅広く呼ぶ事も出来る。
 土曜日には外部者を誘う者も現われ、生徒会長たちは生徒からの支持も高まった。
 かつては土下座して生徒会長になった同級生の進歩に、二人は万感たる思いだった。

「じゃあ交代時間だな。せっかくキタムーが采配してくれたんだし、美也も他のクラスの出し物を見てきたらどうだ」
「そうだね。それじゃあ休憩するね」

 美也が休憩のために店から離れた後も、次郎は暫く売り子を続けた。
 焼きそばの売れ行きは上々で、続々と在庫が減っていく。
 次郎が作られた焼きそばの残量を気にし始めた頃、どこかの中学校の制服を着た少女がやって来た。
 七村市では見かけない制服だが、在校生の従姉妹などの可能性もある。次郎は気にせず声を掛けた。

「いらっしゃいませー。一つ二五〇円です」
「それなら二つ下さい」
「はい。五〇〇円になりますー」

 次郎は焼きそばのパックを二つ袋に入れると、視線を戻した。
 しかし先程まで居たはずの女子中学生の姿は、どこにも見当たらない。

「…………あれ」

 少女の代わりに立っていたのは、先程の少女にそっくりな、次郎よりも二~三歳上の女性だった。
 少女が着ていた中学校の制服ではなく、落ち着いた紺のトップスに、ベージュ色のトレンチミディスカートを合わせている。
 明らかに別人のはずだが、顔の造形から髪質、髪型まであまりに似通っており、次郎は先程の少女の姉だろうかと疑った。

「ねぇ、焼きそば二つの注文だよ。はい、五〇〇円」
「あ、はい。すみません」

 注文内容に加えて声までソックリだったため、次郎は先程の少女の姉だろうかと考えて焼きそばを手渡した。もしも先程の少女が再び買いにやって来た場合、収納に仕舞ってある焼きそばを二つ取り出して渡せば良い。
 五〇〇円を手渡した大学生くらいの女性は、焼きそばを受け取りながら微笑んで告げた。

「一ヵ月半ほど遅くなったけど、レベル一〇〇おめでとう」
「何の事ですか」

 殆ど間を置かずに、次郎はシラを切った。
 咄嗟に考えたのは、彼女が山田太郎と山田花子を探す、政府の調査員である可能性だ。
 政府協力者の二人が、攻略の続く山中県を居住地とする高校生の男女二人組である事は、最も高い可能性として概ね想定されている。
 自衛隊や警察の関係者が勝手に山田ペアを探しに学校祭へ来たのだとしても、決して驚くには値しなかった。

 しかし女性は、次郎の疑念を打ち払うかのように、手に持っていた焼きそばの入った袋を虚空へと掻き消した。
 次いで右手の人差し指で、周囲の光景を指し示す。

 次郎が周囲を見渡すと、生徒達が凍り付いたかのように、全く動かなくなっていた。
 輪になってジュースで宴会をしているクラスメイト達。広場に溢れている他クラスや他学年の沢山の生徒達。躍動感溢れる姿が、まるで静止画のように固まっていた。
 これに似た現象は、次郎も収納能力で確認している。
 収納能力も、中に入れた物の全てが時間停止した。
 だが生物は入れられたものの、生きている魔物とレベルを持った人間だけは、中に入れられなかったはずだ。七村高校には、修学旅行で北海道ダンジョンに突入した数十名のレベル持ちが居る。

 次郎は、ゆっくりと頷く事で、女性に話の続きを促した。
 次郎が聞く体勢に入ったのを見て取った女性は、話し始めた。

「二人とも完全魔素体になったから、少し説明に来た感じかな」
「魔素体?」
「身体の一部が魔素と結び付けば、不全魔素体。全身が魔素と結び付けば、完全魔素体」
「どう違うんですか」

 女性が視線を虚空に向けると、次郎と美也のステータスが表示された。

 堂下次郎 完全魔素体 転移S二 収納A 加算S
 体力一三 魔力二七 攻撃一一 防御一一 敏捷一二
 火六 風六 水六 土一五 光一〇 闇一二

 地家美也 完全魔素体 転移S 収納S二 加算A
 体力八 魔力二六 攻撃七 防御七 敏捷八
 火一三 風一三 水四 土四 光一五 闇一二

 次郎が見慣れたステータスの一部が、変化していた。
 レベル表記が消えており、代わりに完全魔素体という謎の文字が現われている。

「不全魔素体と完全魔素体は、妖精の血が流れた人間と、精霊そのものくらい違うよ。でも、わたしにとっての二人は、エクセルとかワードで開いて自由に編集できるデータファイルになった感じかな」
「それじゃあ、不全魔素体は……」
「結び付いた魔素で全体像は分かるから、紙媒体をスキャンした画像データみたいには使えるね。レベルの低い方が画質は粗いけど、ダンジョンで量産するくらいなら問題無いかな」

 次郎は、淡々とした例え話に戦慄した。
 彼女の話が事実だとすれば、全世界を揺るがしている魔物たちは、目の前の女性が無限コピーしていたという事になる。
 だが投下された爆弾は、まだ炸裂前だった。

「キミたち二人は、あたしが此方の調整者として登録を申請して、認められました。これから定期的にデータ取りするけど、どのタイミングで呼び出されても混乱しないように、予め説明しておこうと思って」
「俺と美也は、コピーされてどこかで使われる……のですか?」

 一方的な通達を行う未知の相手に対して、次郎は警戒しながら慎重に言葉を紡ぐ。

「少なくとも、あたしはその予定。他所でも使われるなら、異世界無双なんて、あるかもしれないね。次の特典を取ったら、その分も更新しておくね」
「どうして俺たちなんですか」
「最大の理由は、あたしが自由に出来る間に、完全魔素体になってくれたから。井口綾香が完全魔素体になるくらいまでは頑張るつもりだけど、そろそろ限界も近いからね」
「ダンジョンに平原の空間を作って、水生生物の魔物を並べて、潜ってきた人にザクザク倒させたら、レベル一〇〇の完全魔素体なんて直ぐに増やせるんじゃないですか」

 次郎は女性がダンジョン製作者だと推定して、大きく踏み込んだ。
 しかし相手は、少し間を置いてから首を横に振った。

「それは出来ないんだよ。だからキミが間に合ってくれて良かったと思っているよ」
「でしたら、なるべく大切に扱って下さい」
「勿論。此方だと、人類が滅亡しそうになったらあたしがコピペするよ。二人は第二次性徴の後期まで魔素体じゃなかったから、身体に問題がない理想体だしね」
「…………えっ?」

 発言に複数の爆弾が入っていたのを、次郎の耳は聞き逃さなかった。

「ちゃんとつがいで登録してあるから、他所でも心配しなくて大丈夫だよ」
「いやいやいや。全部おかしい。でもその前に、レベルを上げると成長に影響が有るんですか?」
「魔素化の開始以降は、成長の方向性が変わるみたいだからね」
「どれくらいですか」
「身長なら一〇cm伸びるところが、半分の五cmとか。生殖能力も落ちるみたいだね。個体差が大きいから、一概には言えないけどね」

 次郎の目の前で炸裂した爆弾は、金属片を撒き散らしてさらにダメージを与えていく。

「それなら、俺の身長はもっと伸びていたって事ですか」
「そうだね。でも平均的だから、あたしは今のままで良いと思うけど」

 次郎が平均的な身長になったのは、おそらく両親の遺伝だろう。兄の一郎は長身であり、兄弟間で明らかな差がある。
 美也は中学に陸上部で、その頃は平均より身長が高かったにも拘わらず、今は平均的だ。これは女子の成長が早い事が幸いしたのであって、レベル上げの時期が早まっていれば、おそらく平均より低くなっていた。

「……例えば、仮に小学生で魔物を倒してレベルを得たら、どうなるんですか」
「身長がドワーフで、生殖能力がエルフ?」

 次郎の表情から、徐々に血の気が引いていった。
 今月から日本では、十二歳以上の日本人が一〇〇〇万人単位で魔物を倒している。もはや取り返しは付かない。

 だが女性の方は、そんなことは気にもしていないようだった。
 そもそも彼女は、次郎に対して全く悪意が無いどころか、次郎が混乱しないようにとわざわざ事前説明に来て、コピペとやらでは配慮を約束するなど好意的であるらしい。
 無論、コピペ自体が本人の意思を問わない一方的な行為である点には、好意と立場に明らかな温度差を見て取れるが。

「俺達の事について確認したいんですけど」
「何かな」
「オリジナルとコピーの俺達がそれぞれ受けるメリットとデメリットを教えて下さい」

 あらゆる疑問の中で次郎が最も気にしたのは、自身と美也の今後であった。
 女性は暫く考える素振りを見せていたが、やがて疑問に答え始める。

「此方でのオリジナル最大のメリットは、瘴気消費体に変質しない事。これは遅くても四年以内に分かるから。デメリットは、老化が遅いから人類社会だと生き難い事かも」
「じゃあ、コピー体の方はどうですか」
「引っ張り出す相手次第だけど、完全魔素体は調整できるから、問題の解決手段としてヒーロー扱いになると思うよ」
「老化が遅いって話ですけど、一体どれくらいですか」
「世界最高齢は簡単に更新するよ。それが嫌なら、さっきのあたしみたいに、自分の身体が歳を取ったイメージで身体を変化させれば良いから。死んだらコピペするから、此方で老衰を希望するなら干渉しないよ」
「つまり、イメージ次第で外見年齢を変えられるんですか」
「うんうん。でもあたしも、基本的には七年前の一四歳から今の二一歳までの間しか、姿を変えられないけどね。完全魔素体になる以前に若返るとか、実年齢以上に加齢するのって、人間だと精神面でちょっと勇気が要るかもね」
「七年前…………二〇三九年?」
「一一月四日。あたし、元は和歌山県民だったから」

 女性は、そろそろ良いかなと自問自答すると、次郎に向き直った。

「最後に一つお礼を言っておくよ。受験勉強があるのに、最上級ダンジョンに来てくれてありがとう。キミの所に来たのは、それが理由だったりするんだよ」
「それは気晴らしと生活習慣なんで。受験があるので、あまり行けませんけど」
「うん。受験が終わったら、またよろしくね」
「もう完全魔素体を登録したのに、どうして攻略させたいんですか。黒ダン……最上級ダンジョンなんて、レベル一〇〇からしか入れないですよね」
「登録はあたしの保険でしか無いからだよ。でも質問の時間はおしまい。最上級ダンジョンの最奥まで来てくれたら、ケルンが登録体向けにレクチャーしてくれると思うよ。でも来るなら、なるべく早く来てね」

 女性は最後に何かを呟くと、一瞬で姿を掻き消した。
 次郎には最後の呟きが、『間に合わなくなるから』と聞こえたような気がした。

「おい、どうしたジロー」

 先程まで止まっていた周囲が、急に動き出した。

「……いや、何でも無い。焼きそばパック、そろそろ尽きるぞ」
「もう材料が無ぇよ」

 焼きそば屋の店員に戻った次郎は、完全に上の空で高校最後の学校祭を過ごした。
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