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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第三巻 接触

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56話 夏の訪れ

 次郎たちにとって、高校最後の夏休みが訪れた。
 とはいえ中学二年生以来、夏と言えばダンジョン潜りが恒例行事である。
 そんなダンジョン引き籠もり生活でも真っ当な高校生活が維持できているのは、小学生一年生以来のクラスメイトである中川や北村などが居るからだ。
 最近の二人は生徒会長と副会長として学生の中心を担っており、彼らを観察していれば、自ずと各種イベントの要点を裏方の動きから押さえられる。
 また同じく小学一年生からのクラスメイトである越後屋輝星が居て、遠慮無く踏み込んでくる部長の絵理も居るため、美也も女子の間で孤立する事は無い。
 そんな二人は、クラスの友人関係に支障が出ない恵まれた環境にある。

「綾香、高校生活はどうだ」
「藪から棒にどうしたのですか」

 ダンジョン内を遠慮無く散々連れ回した綾香に対して、今更ながらに問う次郎の行為は如何なものだろうか。
 魔物たちの住処を次々と踏破する事と引き替えに、綾香の高校一年生の前期がダンジョン側に偏っていた事は、今更疑う余地もない。
 レベルは相変わらず次郎が上がらず九九のままで、美也が一〇〇、綾香が九二まで迫っている。三人のレベル上げは、後続の特攻隊などに恨まれること間違い無しの、環境を破壊し尽くす焼け野原作戦だ。
 もっとも上級ダンジョンが次のダンジョンに進化するなり、白化でリセットされるなりすれば、何事もなかったことになる。
 いずれにせよ三人は、ひたすら経験値を稼ぎつつ、深部へと潜り続けている。

 地下一七階に生息するマンティコアは、『人面有翼獅子尾蠍』とでも称すような外見をしている。
 すなわち獅子でありながら、顔は人面犬のように人に似た造形をしており、悪魔のような大翼を生やし、鋭利なサソリの尾を持っている。
 胴体は、自動車並のサイズがある。
 尻尾を伸ばせば体長は倍加し、翼は鳥のように大きく広がる。
 だがダンジョン内が広いため、巨体でも動き回るのに支障は無い。
 通路の幅は、チュートリアル時代からダンジョンの級が上がるごとに、片側二車線の道路並、三車線、四車線、五車線と広がってきた。
 また階層ごとの高さも、二階並、三階、四階、五階と高くなっている。
 おかげでマンティコアが突進するのは、日常茶飯事だ。
 突進時の最高時速は、少なくともリニア新幹線は超えている。飛翔時に飛行機並の速度を出せるのかは不明瞭だが、とりあえず地球の常識は通用しないと思った方が良いだろう。
 強さの見積もりは、概ねレベル五二。
 毒の強さは不明だが、闇魔法が入っているので、免疫を持たない地球上の生物は防げないのでは無いだろうか。

 そんなマンティコアに対して、同レベルでの戦闘は無謀の極みだ。
 第二次特攻隊が全員掛かりでなら、半壊した上で一体くらいには勝てるかもしれない。
 もっとも死闘を繰り広げるくらいなら、下位の魔物を多数倒した方が安全かつ安定した経験値を稼ぎ続けられるのは明らかだが。
 そのおかげで地下一七階は、相変わらず次郎たちの独占状態である。
 もっとも次郎たちにとってマンティコアは弱すぎるため、逆の意味で効率が悪いかもしれない。


 レベル九九の次郎が、強大な魔力と土属性で形成した石槍を力任せに一振りする。
 すると凄まじい衝撃を受けたマンティコアは頭蓋骨を陥没させ、人間がハイスピードの車に撥ねられたかのように派手に吹き飛んで、頑強なダンジョンの壁に勢いよく叩き付けられた。
 激突のエネルギーは、マンティコアの全身を強く打ち据える。
 肋骨をバキバキと纏めて数本折り、折れた肋骨が内臓を貫く。マンティコアは打ち据えられて翼をひしゃげた後、床面に落ちて痙攣した。
 そこへ再び石槍が振るわれ、無造作に伸びているサソリの尾を容赦なく抉り飛ばす。
 レベル九九と、レベル五二の戦いは、かくも一方的だった。
 三度目に振るわれた石槍が醜悪な人面を叩き潰すと、マンティコアは首の骨を折られてついに動かなくなった。
 そんなマンティコアの群れが残らず倒れるまで攻撃の手は緩まず、全滅の後には次々と心臓付近に石槍が突き立てられて、魔石の力が回収されていく。
 これが地下一七階における、次郎の戦い方であった。

 次郎が前面に集中できるのは、後ろで美也と綾香が背後の魔物を適当に間引いているからだ。
 女性陣は、次郎とは正反対に徹底して遠距離から魔法攻撃を行うスタイルだ。
 手元から迸るのは炎の津波。
 虚空に生み出された炎は、通路全体を覆い尽くしながら、風魔法を重ね掛けで前方へ一気に押し流されていく。
 それに対峙したマンティコアは、魔物の習性なのか人間に襲い掛かろうとして、炎の壁を突破しようと突撃してくる。しかし炎を押し出す風が、強烈な向かい風となってマンティコアの突撃を阻むのだ。
 進む力と押し返される力が拮抗して、結果としてその場に留まらされたマンティコアは、猛烈な炎に全身を覆い尽くされて、目や鼻、耳や口から流れ込んできた魔力で体内を書き尽くされていく。そうして眼球を破裂させられ、舌と咽を焼かれ、気管や肺を炭化させられた後、無力にも崩れ落ちていく。
 全てを焼き尽くしたい深層心理を具現化した美也と、それが効率的だと模倣した綾香が専売特許とする、苛烈で恐ろしい攻撃だった。
 炭化させられたマンティコアは、その魔石に込められていた魔力の素のような力を、炎の引き潮に浚われていった。
 そんな三人による破壊と衝撃の嵐が過ぎ去った後、静まり返ったダンジョンの広間で再び綾香が口を開いた。

「中高一貫ですし、特攻隊である事は皆知っています」
「ああ、そうだったな」

 井口綾香は、第一次特攻隊の第一班だ。
 魔物が氾濫しないように頑張っていますと言えば、魔物の脅威にさらされた記憶を持つ日本人で文句を付ける者は殆ど居ない。

「私は太郎さんを祖父に引き合わせて、政権交代の切っ掛けを作りました。そして個人的には、お二人と契約を交わして、私自身が欲しいものを手に入れました」
「ああ」
「高校生活は、その対価です」
「対価?」

 次郎はマンティコアに差し込んだ矛先を掻き回して魔石に当てながら、話の続きを促した。

「一般的な高校生活を送るか、それとも多少不便となる代わりに、ダンジョン問題で自分の思想信条を実現させるか。私は後者を選びました」
「ふむ」
「私の人生ですので。自己選択に後悔はありません」

 綾香は現職総理の孫娘にして特攻隊員という立場であり、高校での友人生活に一定の距離を置かなければならない事も否定しなかったが、その代わりに本人の欲しい物は手に入ったらしい。
 芸能人なども、学校生活を犠牲にする代わりにやりたい事を実現させている。
 その特殊版だと考えれば、一般的な高校生活では無いにしても、選択の結果を総括出来るのは将来の本人だけだ。
 謝罪した次郎に対して、綾香は首を横に振って不要である旨を伝えた。

 綾香に限らず、次郎たちもダンジョン攻略に青春の大半を投じてきた。そして代わりに、多くのものを手に入れた。
 個人的に得たものはレベル、身体能力、魔法、攻略特典、大金、政治的な後ろ盾などが挙げられる。
 日本全体の変化としては政権交代、ダンジョン公認が挙げられる。ダンジョンに関しては、既に一〇〇〇万人以上が入場許可申請を受理されていた。
 いずれ人々は次郎のようにダンジョンに潜るようになるであろうし、日本中のどこでも魔法を行使するのが当たり前の社会になるだろう。
 そう考えれば、次郎たちも綾香も社会の変革期に、少しだけ他の人より前を走っただけだったのかもしれない。

「他の医学部志望者もダンジョンでレベルを上げたら、花子の治癒魔法にアドバンテージが無くなるかもしれないな。次は、もう一度能力加算でも取ってみるか?」
「アドバンテージは、そう簡単に崩れないと思うよ。チュートリアルダンジョンと攻略特典の転移Sがあっても、レベル一〇〇になるのは大変でしょう」
「確かに、そうかもしれない」

 次郎はレベル九九に至るまで、中学二年から高校三年までの四年間を費やしている。
 そして一八歳になってしまい、五月からはレベル九九の停滞を続けている。
 一八歳になってからレベルを上げるのは過酷で、レベル九九から一〇〇に上がった時の美也と比べて一〇倍もの経験値を稼いでいるが、未だ足りていない。
 家の裏手にあったチュートリアルダンジョンで底上げし、攻略特典の転移でダンジョンへ直接赴き、最後には美也の支援を受けてすらその有様だ。
 チュートリアルダンジョンでのレベル上げや、攻略特典の転移能力などを得られない人では、一八歳になるまでに自力でレベル一〇〇へ達する事は不可能に近い。
 例外は政府のパワーレベリングだが、あれは医者を作るためでは無く、ダンジョン攻略に特化しているので、美也のような自由度は無い。

「次にわたしが取ろうと思っているのは収納能力。お金があっても、物が持てなくて困っているでしょ。いざという時も、思い切って引越しできるしね」
「そうか。俺は能力加算を取ろうと思っている」

 綾香の前で行った美也の危ない発言に、次郎は慌てて言葉を繋いだ。

「どうして能力加算なの」
「前に第一次特攻隊の候補生を二人ほど処理したけど、対人能力が高くないとダメだと実感した。あとは闇属性を一〇まで上げた花子の魔力が読めなくなったから、それは必要だと思って」
「それなら取っておいた方が良いかもね」

 次郎は、収納と加算のどちらを選択するか迷った。
 生活の利便性を取るか、自衛能力を高めるか。そして天秤は、後者に傾いた。

「綾香は収納を取るんだよね」
「はい。私は転移Aを二つ持っているだけですので、次は収納の予定です。闇属性は一〇まで上げますが」
「それなら預かっている持参金は、収納能力を取った時に渡すぞ。あとは花子にも、生活費で一〇億円渡しておく。年収一〇〇〇万円で一〇〇年分な」
「ちょっと大雑把すぎるよ。でも分散して持った方が良いから、一応預かるけど」
「私の持参金は、返されては困ります。渡すのであれば花子さんと同様に、生活費として再計算して下さい」
「…………ぐぬぬ」

 三人は再び歩み始め、マンティコアを手当たり次第に狩り始めた。
 上級ダンジョン地下一階のアルプが無限に発射できるロケットランチャーだとすれば、縦横無尽に駆け回る軽自動車サイズのマンティコアは、千年後の飛行型戦車辺りだろうか。少なくとも現代で例えられる兵器の枠は越えている。
 そんなマンティコアは、体内に土色の魔石を持ち、身体に土魔法を纏わせるなどして身体強化を行っているようである。
 現代の戦車程度は軽々と弾き飛ばせるくらいの凄まじい突進力と、ロケットランチャーなど全く通じなさそうな絶大な防御力。その厚い壁を突破するには、次郎のようにさらに強い力と土魔法を以て対峙するか、美也たちのように強烈な魔法で攻めなければならない。
 現代兵器であれば、アメリカ軍のレールガンを直撃させれば物理的に倒せるだろうか。レーザー砲は、マンティコアの各属性の魔法防御がどう作用するのか今一不明だ。

「もしマンティコアに騎乗する高レベルの騎兵とかが作れたら、一個連隊の千数百名で世界最強だよなぁ」
「核攻撃で、纏めて倒されると思うよ」
「手懐けるのも難しいと思います」
「核兵器を撃たれても、第二次特攻隊は衝撃波に耐えて転移で逃げられそうな気がするけど。あと手懐けるのは、闇魔法とかで頑張ればいけるかも」
「でもマンティコアの体重は四〇〇キログラムよりは絶対に重いはずだから、核を撃たれたら騎獣は全滅だよね」
「ぐぬぬ、ダイエットしやがれ」

 蹴り飛ばされたマンティコアが、サッカーボールのように飛んでいく。

「そもそも転移でどこにでも往復できる私たちは、乗り物なんて無くても、往復回数分だけ撃てる核兵器並になっているからね」
「…………マジか」
「それに広瀬大臣は、もっと凄い事が出来るようになるよ」
「と言うと?」
「まず転移能力の取得で、往復可能な自衛隊員を増やすでしょ。次に、対象国に渡航歴がある人の転移に同行して、現地に跳べる人を増やすでしょ。そうしたら対象国の要所に、高レベル部隊を一瞬で送り込めるようになるよね」

 確かに転移登録を防ぐのは難しい。
 世界で最も多いのはアジア人で、世界人口の半数以上を占める。日本人が紛れたところで判別は困難だ。

「マンティコアと同じレベル五〇くらいチームに転移能力者を二人付ければ、核兵器でも使わないと倒せないよね。それが四七チームあれば、日本くらいの国なら壊滅的な被害を与えられるかも」
「…………それは、何と言ったものか」
「核兵器を持っていないから、外国も日本を抑止できるけどね。でも千万人以上がレベルを持つ日本人も、銃で自衛するアメリカ人みたいに自衛力が高くなるから、攻め込むのは難しくなるかな」
「マンティコア部隊は、いらない子だったな」

 騎乗の妄想が潰えた次郎は、サッカーボールのように蹴飛ばしたマンティコアの背中から石槍を突き刺すと、黙々と力の素を奪い取っていった。
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