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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介
第一巻 日本にダンジョンが現れた
5/74

05話 発見後の夏休み

 洞窟を発見してから三ヵ月が過ぎ、夏休みに突入した。

 夏は海や山でのレジャーやスポーツ、長期の休みを活用した遠方への旅行、近場でもかき氷やアイス等々、魅力的な光景に溢れている。


 ずっと山暮らしの次郎は、人生において一度も山に行きたいと思った事が無い。

 しかし海には、昨年まで毎年何回もも遊びに行っていた。

 次郎が自力で行ける範囲は市営プールと市内の海だけだが、田舎の海岸はプライベートビーチであるかのように人がおらず、見渡す限りゴミが落ちていない。

 白くて肌触りの良い砂浜が何処までも続き、水平線の彼方まで深い青色の海と、押し寄せる白色の波が視界いっぱいに広がっている。

 そんな素晴らしい環境は、どれだけ行き慣れていても相応の充足感が得られた。


 しかし今年に限っては、次郎はまるで修行僧のように山籠もりを繰り返しているおり、一度も海に行っていない。

 あまりに落差が激しかったため、山で一体何をしているのかと母親に問われたほどだ。

 それでも山は自宅の敷地内であり、成績も上位三分の一にあたる六番まで上がっていた事から、深くは追求されなかった。

 それには兄の一郎が高校三年生で、受験勉強のために次郎が家を出ていてくれた方が有難いと言う家庭の事情もあった。

 おかげで次郎は、まるで草むしりをするかのように巨大コウモリ狩りに勤しむ事が出来た。


「うおりゃあああっ!」


 怒声と共に全力投擲した石が、コウモリのぶら下がる天井の一画に直撃して、激しい衝撃音と共に爆ぜ散った。

 すると巨大コウモリの群れが、洞窟内に悲鳴にも似た鳴き声を響かせながら、雨のように次々と降り注いでくる。

 一〇匹や二〇匹といった生易しい数では無い。

 体育館くらいの広さにある天井と思っていた部分が、残らずコウモリのぶら下がっていた場所だったのだ。

 天井が崩落するかのように、巣くっていた巨大コウモリ達が一斉に降り注いで来た。

 一匹が成猫くらいの巨大コウモリであるにも拘わらず、この空間にひしめいていたコウモリの数は、数百匹を下ることは無いだろう。


「てめえらは、一体何匹居るんだぁっ!」

「ギギッギッギッギッ」


 コウモリ語を学んでいない次郎には、コウモリの返事がサッパリ分からなかった。

 そのため鳴き声は一切合切無視して、当初の予定通りに通路側へと退避する。

 そして通路に飛び込んできたコウモリたちを、順に叩き落とし始めた。


 次郎が使っている武器は、レベルを上げて覚えた魔法で出した石の棒だ。

 ナタも金属バットもレベルが上がった次郎の力には耐え切れず、電動ドリルと投網も倒す速度を鑑みれば効率が悪い。

 そのため次郎は、使い勝手が良くて、容易に補充できる新たな武器が必要になった。

 そんな次郎が選んだのは、土の魔法で生み出せる石だ。

 石は、人類が文明発祥以前から用いてきた最初の道具である。

 何しろ地面にいくらでも落ちていて、何の加工もせず自由に使えるのだ。

 石器時代という言葉の通り、人類は相当の長期間、様々な形で石器を多用してきた。

 現代に至る人類の礎を築いたのは、石だと言っても過言では無いだろう。

 投げて、掴んで殴りつけて、押し付けて切り裂ける。

 加えて次郎の場合、土魔法でいくらでも好きな形を生み出せる。

 そんな石をコウモリ狩りに使う事で、次郎は三ヵ月間でレベル一一まで上がった。


 堂下次郎 レベル一一 BP〇

 体力二 魔力三 攻撃二 防御二 敏捷二

 火一 風〇 水一 土二 光一 闇〇


 身体能力を満遍なく上げたのは、当然コウモリと戦闘するためだ。

 魔力だけ三に上がっているのは、使用する値に見合った魔力が無いと、魔法がまともに使えなかったからである。

 戦闘時には火一で光源を確保しつつ、土二で戦う形で魔力を三つ使っている。

 その後は火一で光源を確保しながら、水一で血を洗い流す形で、魔力を二つ使用している。

 もしかすると火と風の魔法を集中的に覚えて、コウモリの群れを風で叩き落としてから焼き払った方が効率的だったかもしれない。現在の次郎は器用貧乏で、万能型である代わりに必殺技を持ち合わせていない。

 もっとも単独で洞窟に潜っているため、身体能力を上げずに必殺技を覚えても、膨大な数のコウモリに飲み込まれていれば、どこかで死んでいた可能性もある。

 流石に効率程度では自身の命と釣り合わず、次郎は悩みつつも、現在の戦闘スタイルを維持している。


「おんどりゃあっ!」


 威勢の良い叫び声が、洞窟内に響き渡る。

 まるでヤクザのカチコミだ。

 ちなみにヤクザは山中県にもしっかりと根を張っていて、次郎も見た事がある。

 ヤクザは、諸外国ではマフィアと呼ばれる。より分かり易く例えるなら、中世ヨーロッパ世界においては名のある盗賊団などに該当する。

 しかし現代の騎士団たる正義の山中県警は、ここは山賊のアジトですと看板が掲げられた街中の一画を素通りである。

 中学生の感覚では、警察は交通違反の反則切符を切る暇があったら、暴力団の事務所にでも行ったらどうかと思わなくも無いが、今のところ山中県警にその気は無いようである。

 あとは、パチンコ店が異様に多い。

 パチンコは法律で禁止された賭博ではないという建前の元に、店舗から少し離れた場所に景品を換金するのが好きな一般人のおばちゃんが住んでいるという建前で換金所を設置しているが、次郎はそれを認める山中県警をアホかと思っている。

 コウモリを警察に知らせない理由の一つが、そんな警察への不信感であった。


 一方コウモリたちは、次々と次郎の脇を抜けて通路の奥へと飛び去っていった。

 通路を川に例えるなら、コウモリたちが川を流れる水で、次郎が川に鎮座する岩のような状態だ。

 川の流れは速く、棍棒程度の大きさの石器で一匹が叩き落とされる間に、一〇匹以上のコウモリたちがすり抜けるように通路から逃げていく。

 叩き落とした一匹の頭部が踏み付けられ、胴体が蹴り飛ばされて洞窟の壁に叩き付けられる。

 それと同時に石器が振り回され、二匹目のコウモリが殴り落とされた。

 そんな手足を方々に振り回す流れ作業が、ひたすら繰り返されていく。

 この洞窟は、次郎が思っていたよりも遙かに複雑かつ広大だった。内部はまるでアリの巣のように、沢山の通路と部屋が繋がる。

 通路は、幅が二車線の国道並、高さが建物の二階相当に広いの大道と、バイク程度しか通れない細道とが入り乱れている。

 部屋は、一つが体育館くらいの大きさもあれば、グラウンド並に広大なところもあった。

 そして肝心の洞窟全体の面積は、最低でも七村市の地下全域が洞窟なのではないかと疑うほど広い上に、未だ洞窟内の全てに到達した訳でも無かった。

 もはや、祖父の土地では収まりきらないかもしれない。次郎は洞窟に入る事が法律的に大丈夫なのかと、改めて考え直した程だ。


 しかし実際には、七村市の地下に洞窟が広がる可能性については疑わしい。

 なぜなら、七村市に存在する井戸や水道管が、洞窟と重なっていないからだ。

 それに同様の穴は日本の僻地で一年間に発見されただけで数十か所もあるが、それらが井戸や水道管などと重なった話も一切聞かない。

 司法や行政が洞窟を隠そうとしても、僻地には温泉地などもあるため、源泉からお湯が出なくなればニュースで騒がれる。

 そういった報道が一度も行われない為、洞窟は日本の地下にあるのではなく、入口を介してどこかと繋がっているのではないかと考えた。


 物理法則という常識は、魔法が実在する時点で今更である。

 よって洞窟内は祖父の土地ではないが、日本の土地でも無いと次郎は解釈した。

 日本国に届け出られた土地の所有者が居ないため、不法侵入などの違法行為は成立しない。

 もしも警察にこの洞窟が発覚した場合、次郎はこの説で押し通す事にしている。

 だがそれ以前に、地上から堂下家の山に入ってくる人間が存在しない以上、人工衛星などで上空から撮影される時に誤魔化せれば、おそらく誰にも見つからないだろう。

 そのように考えた次郎は、洞窟の入り口を土魔法で殆ど塞ぎ、生い茂る草木まで使って見つからないように覆い隠した。


「ギッギッギッギッ……」

「やかましいわっ!」


 人類とコウモリとの双方に、会話を成立させようと努力する姿は一切見られない。

 そのうち一方は、問答無用とばかりに地面に墜落したコウモリを踏み付け、石棒で殴り付けながら次々とトドメを刺していた。


 次郎が今最も欲しているのは、靴底が鋼鉄製になっている靴だった。

 既に二足もの古靴を使い捨てており、現在は昔使っていた部活用の運動靴である。

 通学用の革靴や、降雪時の長靴を失うわけにも行かず、今履いている靴が駄目になった場合は裸足とビーチサンダルの二択しか無くなる。

 レベル上昇と共に狩りのペースは上がったが、次郎の身体能力や過激な戦闘行動に被服は着いて行けない。


「はぁ、こいつら多過ぎるだろ。一体何を食べて増えているんだよ」


 次郎は無限に湧き出すコウモリに辟易し、嘆息した。

 洞窟内には、無限に湧き出るスライムくらいしか食べられそうなものが無い。

 仮にスライムが主食であるのならば、衣食住の問題を解決しているコウモリが洞窟内から外へ出ない事には一応納得できる。

 だが生憎と、未だに次郎はコウモリの食事風景を目撃した事は無い。


 ちなみに夏休みに洞窟に引き篭もる次郎自身のメリットは、レベルが上がる事だ。

 コウモリ自体はゲームのように金やアイテムを落とさず、洞窟自体にも宝箱は出てこない。コウモリの体内から得られる緑石も、次郎が掴むと経験値を得るのと引き替えに灰色化して石ころに変わる。

 しかしレベルを上げれば、身体能力が上がる。

 そして身体能力が上がれば、大抵の仕事で有益だろう。

 他には、魔法にも可能性を見出せる。

 魔法を使えば、不可思議な事象を引き起こせるようになるのだ。

 魔力はエネルギーの総量、火や水などはそれぞれの才能値のようであり、その組み合わせで様々な事象を生み出せる。

 火や土の魔法需要は不明瞭だが、負傷を回復させる光魔法は、現代医学も真っ青だ。


「ようやく収まったか」


 飛び交っていたコウモリは、長考の間に姿を消していた。

 大半が逃げ去ったが、十匹近くは石棒で地面に叩き落とされている。

 次郎は解体用ナイフとバールを使い、地面に落ちているコウモリたちの身体から、次々と緑石を引っ張り出した。

 そして水魔法で洗浄をしながら流れ作業で緑石を掴み、そこに篭められていた見えない何かを次々と身体に取り込んでいく。


 最近レベルが上がり難くなった次郎は、もしも上がったら儲けものくらいの感覚で流れ作業を行うようになっていた。

 倒したコウモリの緑石に黙々と触れ、そのすべての灰色化を終えていく。

 ここで放置したコウモリの死骸は、一日も経てばスライムたちが綺麗に片付けてくれるはずだ。

 今日もレベルアップはしなかったが、気にせず確保した部屋へと踏み入る。

 この洞窟内における危険の九割は天井から降って来るため、部屋に入る時は最初に天井を確認する事が不可欠だ。

 なるべく遠くの天井を見て事前に危険を察知すると共に、あまり上を見過ぎて首を痛めないようにするのが長続きのコツだった。


「クリアー」


 洞窟内に随分と慣れた次郎は、自衛隊員の真似をする余裕を見せつつ、前方の新たな通路へと向かった。

 当面の目標はレベル一五である。

 攻撃と防御をそれぞれ三に上げて、さらに未だ覚えていない風と闇を獲得してみたい。

 夏休みはまだ一ヵ月もあるため、二学期になるまでになんとか目標に近づけておきたいのだ。

 そんな風に思いを馳せながら、部屋の奥にある通路を覗き込む。

 いつも通り、真っ直ぐ続いているかと思われた通路の先には、洞窟の入り口と同じような急勾配が、さらに地下深く伸びていた。


「…………はへっ?」


 次郎の口から、随分とおかしな擬音が飛び出した。

 三ヵ月間も練り歩いた洞窟は、それすらごく僅かな範囲に過ぎなかったらしい。

 次郎が覗き込んだ深淵は、市に匹敵する規模の地下洞窟から、前代未聞な多重階層の都市へと姿を変えていた。

 そして新たに発見した勾配を下った先には、再び長い通路が伸びている。

 最早、言葉も無い。

 国道並に広い通路を張り巡らせ、体育館やグラウンド並の部屋をビルのように林立させ、それらを七村市の地下全体にまで張り巡らせている……と思われた広大な洞窟は、それすらも本来の姿の僅か一端に過ぎなかったのだ。


 今までに見た洞窟は、人間の全身で例えれば片手程度だったのだろうか。

 あるいは指先程度だろうか。

 はたまた爪先程度だろうか。

 その一部分に三ヵ月も費やした次郎としては、なるべく後者では無かったと信じたい。

 人間がこの大洞窟を造り出す際の困難さは、山を開通する時のトンネル工事や、原油を採掘するための掘削工事とは比較もならないだろう。

 単なる事業者たちでは、この地下高層都市を造り出す事は不可能だ。

 ピラミッドや万里の長城など、当時最高の技術と膨大な労力、そして長い年月を費やして築く国家事業と比較する事で、ようやくこの洞窟を作り出す困難さが推し量れる。

 仮にこの洞窟を日本が造り出したのなら、それは間違いなく後世で世界遺産となる。

 言い知れぬ不可解な力を感じた次郎は、冷や汗で体感温度を一気に下げていた。


 改めて見渡した通路は、相変わらず灰色の壁と床で覆われている。

 硬い岩盤のようになっているそれらは、次郎とコウモリが戦闘を行った程度では傷付かない。


「……暫定的に地下二階にするか。ここって、何なんだろうな」


 洞窟の所在地は、日本列島だ。

 しかし洞窟は、日本人が作ったわけではないだろう。

 竪穴式住居の規模では無いし、集落単位でも深すぎる。

 主立った鉱石も採れない事から、過去の鉱山でも無い。

 そもそもコウモリを倒すとステータスが表示される事から、製作者は地球人ですら無いと思われる。

 ステータスが日本語で表示される理由は不明だが、もしかするとアメリカ人なら英語、ドイツ人ならドイツ語で表示されるのかもしれない。

 こんな事が可能なのは、想像し得る限りで遙かに進んだ技術力を持つ未来人、宇宙人、異世界人、神などだ。

 そのような高度に発達した文明が干渉してくるのは、一体何故なのか。

 そして彼らは、何をしたいのか。

 彼らから見て、今の次郎程度では歯牙にも掛けられないだろう。

 だとすれば次郎は、彼らに目を付けられる前に可能な限りレベルを上げまくるか、早々に撤退するしかない。


 賭け事に勝っている間には勝負から降りられない人間の心理が、今の次郎には手に取るように分かった。

 もっと儲かるかも知れないという欲が、賭け事からの勝ち逃げをさせてくれないのだ。

 もっとレベルを上げられるかも知れない。

 せめてレベル一五までは上げる。

 そして到達すれば、まだいけると思ってレベル二〇を目指す。

 そんな事を繰り返した挙げ句の果てに死んでしまうのだとしても、今の次郎は心理的に引くに引けなかった。


「うちは、皆こんな感じだからなぁ」


 七村市で初代町長まで務めた堂下家の凋落が激しいのも道理だろう。

 それでも次郎は逡巡の果て、地下二階の通路へと踏み出した。

 暗闇を照らし出すのは、火魔法で出した炎だ。

 中学生の次郎も酸欠の危険については、一応頭の片隅に留めている。

 だがここは密閉された空間では無いし、通路も非常識な広さだ。

 加えてあれだけ膨大なコウモリが飛び回って空気をかき回している事から、酸素濃度に大差は無いだろうと考えている。

 それに魔法で生み出す炎は、酸素を用いて燃焼しているのかが、非常に疑わしい。

 魔法を行使する際には、魔法の素となる元素のようなものを現象に変換させている感覚がある。

 その際たる例は、何も無い空間から石を生み出す土魔法だ。

 あの現象を、既存の物理法則で説明できるわけがない。

 他の地域にも同様の洞窟がありそうなので、いずれ各地を封鎖している日本政府には、その研究成果を発表して欲しいものである。


 次郎は斜め上方に魔法灯を浮かべ、移動時に先行させた。

 ランタンで片手を塞がないため、火魔法の使い勝手は良い。

 その代わりに土魔法で武器作成をしており、いつでもコウモリを叩き落とせる体勢を取っている。

 一時はランタンを腰にぶら下げてみた事もあったが、戦闘中の激しい動きに合わせてガンガンと腰に当たり、有り体に言って物凄く邪魔だった。

 足元の床に置いても移動範囲が狭まるし、下手をすると叩き落としたコウモリが激突して弾き飛ばされる。

 それでも光源は欠かせないため、結果として火魔法に行き着いたのだ。

 暫く進むと、灰色と黒色と茶色の三色縞模様になっている塊が多数、床の上に蠢いているのが見えてきた。


「あれは、コウモリじゃないのか?」


 遠く視界の先に蠢く数十匹ほどの群れは、緩慢な動作で地上を這い回っていた。

 どうやら地下二階には、スライムとコウモリ以外の生物も生息しているらしかった。


 次郎は石棒を心持ち強く握り締め、慎重に塊たちの方へと近付いていく。

 それを一言で表すなら、巨大なダンゴムシだろうか。

 大きさは丸まってもサッカーボールくらいはありそうで、壁にへばり付いてよじ登っているダンゴムシも居ることから、足の力は相当強そうだった。

 そんな足は、片側十数本。

 片側七本有るというダンゴムシよりも多そうで、世界最大のダンゴムシにしてカラフルなタマヤスデ科の『ホウセキタマヤスデ』に近いかも知れない。

 なんでそんなマニアックな生物を次郎が知っているかというと、ショッピングモールに隣接したペットショップで普通に売っていたのだ。

 巨峰くらいのサイズで、一匹の値段が次郎の一ヵ月の小遣い分くらいだったため、衝撃を受けて覚えていた。


「こいつらを運んだら、一体いくらで売れるかな?」


 相手はサッカーボール並の大きさだ。

 一匹一〇万円くらいで、動物園が引き取ってくれないだろうか。

 次郎はゴクリと唾を飲み込むと、サラリーマンの年収分くらいは沸いているタマヤスデに向かって、ゆっくりと躙り寄った。

 相手がいかに大きかろうと、所詮は単なるダンゴムシである。

 正確にはヤスデの仲間なのかもしれないが、いずれにしても日本のペットショップで売られる程度の愛玩動物だ。

 熊や虎と比べて、何ほどの事があろうか。

 巨大なムカデ系であれば、食性が肉食で人にも噛み付く事から、脅威を感じたかも知れない。

 だが落ち葉や微生物を主食とするタマヤスデに対して、次郎は何ら恐れを抱かなかった。

 彼は群れの中で最も外側に居た一匹に目星を付けると、無防備な胸部に狙いを定めつつ、斧で薪を割るように石器を頭上に振り上げた。


「タマちゃん、スイカ割りしようぜっ。お前がスイカ役な。オラアッ!」


 石棒がタマヤスデに全力で叩き付けられた瞬間、まるで石を殴りつけた様な感覚と共に、次郎の両腕には強い衝撃が伝わった。


「硬あぁっ、いぃいっ」


 まるで壁を殴ったような反動に、思わず声が漏れる。

 一方で攻撃されたタマヤスデも、衝撃でひっくり返り、無防備な腹を晒け出した。

 そして片側十数本もある脚をウネウネと動かし、背中を伸ばして元の体勢に戻ろうと頑張っている。


「このスイカ、中身が詰まり過ぎじゃん。生産農家のおっさん、ちょっと出て来いや……うえっ」


 タマヤスデがひっくり返っているために背中の部分は見えないが、次郎の手には甲殻を深く抉った感触があり、床にも体液が大きな染みを作っていた。

 相手は間違いなく大ダメージを受け、深手を負っているはずだ。

 これほどの重傷であれば、このまま放置しても長生きしないだろう。野生の世界は過酷であり、人間もまた野生に足を踏み入れる動物の一種類なのである。


 だが、そんな山中県で随一のタマヤスデハンターが挙げた戦果と同時に、周囲には鼻につく刺激臭も漂い始めた。

 異臭を感じた次郎は、同時に目も痛くなり、口元を抑えながら涙目になった。


「はなが、いひゃい……」


 たった一度攻撃しただけで、鼻が曲がりそうだった。

 明日ここに来る時は、マスクが必須だろう。

 早く終わらせたいと考えた次郎は、ひっくり返ったタマヤスデの柔らかそうな腹部目掛けて石器を振り下ろし、躊躇なく迅速にトドメを刺した。


 はたして周囲のタマヤスデたちは、仲間の死に全くと言って良いほど関心を示していない。

 天敵に一匹食べられた事で、他は助かったと解釈したのだろうか。

 あるいは身体に毒を持っていて、自分が食べられる事で種族の脅威を敵に教え込むという、種の生存戦略を取っているのだろうか。

 もっとも全ては考え過ぎで、タマヤスデの行動は天然なのかも知れない。

 次郎がそう考えたのは、かつて人跡未踏の地には、人間が近寄っても逃げなかった野生生物がいた事を思い出したからだ。

 もしも、この洞窟に入った最初の人間が次郎なのだとすれば、巨大タマヤスデが未知の生物である人間から身を守る術を持ち合わせていない可能性もある。


 だが、タマヤスデ側が人間への対抗手段を持ち合わせていないのだとしても、レベル一一の次郎にこれだけ抵抗してみせる堅さと、強烈な刺激臭は生物として強力だ。

 少なくとも、コウモリより防御力に秀でている事だけは疑いない。

 次郎は、タマヤスデの体液がどれほど危険なのか、確かめておこうと思った。

 方法としては、持ち込んだペットボトルの容器にタマヤスデの体液を入れて持ち帰り、山の生物たちに浴びせて無事かどうかを確認する。

 その結果次第で、タマヤスデの脅威度が概ね判明するだろう。


 そんな、どこにも提出予定の無い夏休みの自由研究を思い付いた後は、石器を逆手に持ち替えてタマヤスデの腹部を突き始めた。

 探しているのは、コウモリが体内に持っていた緑石だ。

 その不可思議な石こそ、人によっては宝石にも勝る、この洞窟で得られる唯一の産物と言っても過言では無い。

 タマヤスデがそれを持っているか否かで、彼らの種族の命運が変わるだろう。

 しばらく石器で突き続けた次郎は、タマヤスデの体内で石器の先端が何か硬い物に当たった感触を得た。

 どうやらタマヤスデも、その体内に小石を持っていたようである。


 次郎はタマヤスデの大きく裂けた傷口を解体用ナイフで拡大させ、バールの先端で引っ掛けながら石を取り出した。

 取り出した石は水魔法を掛けて洗浄し、血や肉片を洗い流す。

 すると石は次第に綺麗になっていい、やがてコウモリの時と殆ど変わらない大きさの、土色の小石が露わになった。


「ひょうのところわ、このくりゃいに、してほいてやりゅ……」


 心優しい次郎は、その目に涙を浮かべながら、家の土地を不当占拠する連中を一日だけ見逃してあげることにした。

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― 新着の感想 ―
めっちゃ面白いけど、レベルが漢数字なのはなんでなの笑
[一言] 真面目に話すと序盤からの蝙蝠設定は良くなかったかもしれません。 なぜなら超音波を発する蝙蝠に対して通常なら攻撃しても回避されてしまうからです。 そういう話をしておいて、「しかしここの蝙蝠は…
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