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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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04話 成績悪化

 次郎が洞窟に潜り始めてから、二週間が経った。
 その間に中学校では、一学期の中間テストも行われている。
 日本の教育は、上げて落とす恐ろしいシステムだ。
 次郎達学生は、毎年五月のゴールデンウィークという幸せ絶頂期から、直ぐさまテスト勉強期間と中間テスト本番へと突き落とされたのだ。
 諺では『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』と言われるが、獅子でも我が子を直前に油断させたりはしないだろう。
 このスケジュールを考えた大人たちは、一体何を考えているのか。
 社会へ出てから経験する辛さの一部を、子供のうちから叩き込もうとでも思ったのか。
 こんな世知辛い世の中では、テスト前に読破したはずの漫画を読み直したり、新着のネット小説を読み漁ったり、綺麗なはずの部屋を急に掃除したり、コウモリ退治に洞窟へ赴いたりする生徒が続出するのも道理である。
 ゴールデンウィークが明けてから二週間、次郎は先人達の例に漏れず、コウモリの乱獲を続けていた。

 土日は撃破数が上がり、レベルアップと共に狩りの効率も上がった。
 そのおかげか、現在のレベルは四に上がっている。コウモリは複数同時に倒せるようになった。
 しかし相手が中間テストとなると、その強さは全く通用しない。
 探索活動への没頭は、中間テストに限っては自分の首を絞めただけであった。

「セイセキガ、オチタ」
「どれくらい落ちたの。前は一八人中一〇番だったよね」

 次郎の学年は、一八人しか生徒が居ない。
 そして九位と一〇位との間には、成績一桁か二桁か、中間ラインの上か下かと言う二重の区切りが存在する。
 次郎の成績は、良い方と悪い方に分けるとギリギリ悪い方に入っていた。
 だがそれも、過去の話である。

「一三番」
「あー、それはマズいかもね」

 次郎の席次は、三つ落ちた。
 これは一〇〇人以上の同級生を有する都会では大したことは無いが、一八人しか居ない学年では大きな変動となる。
 一八人では一二番までが上から三分の二に入り、一三番以降は下位グループとなるのだ。
 そして三分の二に入れないのは、非常に拙い事態である。
 なぜなら次郎達の住んでいる県では、少子化の影響で生徒数が大きく減った結果、公立学校と私立学校の間で生徒数の調整が行われているからだ。

 生徒数の調整とは、公立高校と私立高校で、それぞれ何人の生徒を入れるかの話し合いの事だ。
 例えば生徒数が二〇〇人ほど居る場合、公立高校一〇〇人、私立高校一〇〇人という風に棲み分けが行われていた。
 しかし少子化の影響で、生徒数が一〇〇人しか居なくなった。
 その時に公立高校が従来通り一〇〇人を入学させ続ければ、私立高校は潰れてしまう。
 そうして私立高校の廃校や教師の失業問題が出たため、次郎達の県では教育委員会が乗り出し、七村市と隣市においては生徒の三分の二を公立が取り、三分の一を私立が取る形で話が付いたそうである。
 従って成績で三分の二に入れない人間は、自ずと私立高校へ行く事になる。

「くっくっく、どうしたジロー。テスト前の威勢は、どこへ消えた?」

 次郎の成績ライバル、中川なかむら仁大じんだいこと通称ナカさんが、貼り出された成績順位を得意気に指差して叫んでいた。
 加えてここぞとばかりに、堂下次郎ネタを入れてくる。
 わざわざ見るまでも無く、一三位の次郎か、八位の自身を指差しているのだろう。
 二人の間でここまでの差が付いたのは、今回が初めてだった。中川は明らかに有頂天になっている。
 だが次郎にとっては、正直それどころではない。

 私立高校に行けば良いと言う人も、都会人には居るだろう。
 公立よりも遙かに人気の高い有名私立がある事は、田舎者の次郎でも多少は知っている。
 だがそんな事を宣う都会人は、逆にど田舎ど辺境の事を何も分かっていない。
 次郎達が住む七村市は、市が町だった時も、それ以前に村だった時も、私立高校は一度も存在した事が無かった。
 従って、唯一無二である市立高校に落ちた人間は、総じて隣市にある私立高校まで遠路遙々、三年間も毎朝早起きして通学する羽目に陥るのだ。

「あー、最悪」

 さらに市立出身と隣市私立出身との間には、さらに恐ろしい壁がある。
 それは、田舎のおばちゃんネットである。
 インターネットにも匹敵する田舎のおばちゃん井戸端会議という恐ろしいネットワークによって、子供達は高校で勝ち組と負け組というレッテルを張られて分け隔てられてしまうのだ。
 私立高校から頑張って有名大学に入っても、井戸端会議のおばちゃんズには全く通用しない。
 なぜならおばちゃんズは、大学は東大と医学部が凄いという事くらいしか分からないからだ。
 仮におばちゃんズの中に有名大学を分かる人が居ても、話し相手のおばちゃんが分からなければ話題に上らない。超辺境のど田舎では、インテリ振ると生意気な人だと思われる、恐ろしい世界なのだ。
 おばちゃんズが必ず抑えている情報は、旦那は何をしているか、息子や娘はどこの高校か、部活は何か、県大会で何位だったか。である。
 これは旦那の仕事や子供の成績によるヒエラルキーに直結するため、絶対不可欠な情報だ。
 話さないという拒否権は存在しないし、おばちゃんズはあらゆる伝手を用いて何が何でも聞き出してくる。

 しかし、ここでさらに注意が必要だ。
 子供が全国大会出場などで大きな結果を出すと、掌を返す様に途端に嫉妬される。
 そうして嫌煙され、疎遠にされる事から、対抗しようのない結果を出した際には慎重かつ謙虚な伝え方をしなければならなくなる。例えば全国大会に行ったお土産を、東京に行ったなどと言ってさり気なく渡しておき、後日偶然耳に入るなどだ。
 出る杭は、おばちゃんズが連携して押し潰す。
 田舎連絡網にも、上下関係に基づく情報の変質が存在する。
 仲の良い年齢層のグループ、家の距離に応じたグループ、その他のおばちゃんズで伝え方が微妙に異なるのだ。
 さらにご近所付き合いの程度、この町内に何年住んでいるのか、町内の役員は何をやったなども重要だ。場合によっては情報が恣意的に曲げられてしまうため、連携は欠かせない。
 日々の暮らしでも畑の収穫が多ければ少しお裾分けをして、鮎釣りなどの際にはお何匹か裾分けをして、細かく配慮する事も欠かせない。
 これこそが、次郎が私立高校に行くと我が家が若干困るという本当の意味であり、ど田舎ど辺境の嫌らしい姿である。
 他にも次郎がまだ知らない大人たちのルールは山ほど有る。マンション暮らしの都会人たちには、想像すら出来ないだろう。

 これら一切がどこにも明文化されていなくて、田舎に住んでいて自然に身に付く事と、両親や周囲から教わる事でしか覚えようがない。
 都会人は知りようがなく、移り住んだからといって誰も説明なんてしてくれない。まずは田舎者たちから遠巻きに様子を見られる。
 それでいてルールを逸脱すると一気に嫌われるし、フォローの方法も知らないので、都会人は山中県ではとても暮らせないという結論に達する。
 都会から来た美也の父が農業で失敗したのも、このルールのせいだ。
 美也の母も農業系には疎く、祖母が居なければ完全に村八分になっていた。
 そんな発展途上国もビックリな日本の超田舎社会において、受験で市立高校に落ちると言うことは、都会人が想像する以上に深刻な事態なのである。

「オカンニ、オコラレル」

 次郎の母は、空手のメダリストである。
 単なる男子中学生が反抗しても、到底太刀打ちできる相手ではない。

「はっはっは、グラウンドにジローの墓が建つのか。ではシャーペンの芯で線香を立ててやるぞ」

 机に突っ伏した次郎に対して、中川が神妙な顔を作ってパンパンと柏手を二度打ってから一礼した。
 どうやら霊として祀られてしまったらしい。
 しかも中川は信仰が薄いらしく、祀った後はアッサリと立ち去っていった。
 おそらく次は、次郎と同程度の成績を取ったであろう北村の所へ自慢に行くのだろう。まさに我が世の春である。
 もはや結果は覆せないため、油断した中川を祀り返すのは期末テストに持ち越しとなった。

「次郎くん、ちょっと手伝おうか」
「あー、うー、頼む」
「良いよ。頑張ろうね」

 霊体化して虚しく漂う次郎に、美也が救いの手を差し伸べた。
 美也の成績は、学年一位だ。
 小学生の時にクラスでいつも一〇〇点を取っていたような子は、おそらくどこの小学校にでも一人くらいはいるだろう。美也は、その中学校延長版である。

 とりわけ次郎が嫌いな英語に関しては、美也は飛び抜けている。
 美也は、父方の伯父が小学生からイギリスに住んでおり、従姉妹はハーフでイギリス国籍を持っている。
 そんな親戚に英語を仕込まれ、今でもインターネットを介して英語で会話やメールをしているため、美也の語学力は今すぐ外国で暮らしても不自由しないくらい高い。
 次郎たちのクラスが衝撃を受けたのは、中学一年の時に起った出来事だ。
 英語の授業中、英語教師が外国人講師に向かって英語で話しかけても伝わらず、首を傾げられた時、美也が代わりに英会話で仲立ちをしたのだ。
 ペラペラと英会話でやり取りする美也と外国人講師、そして唖然と見つめる生徒と英語教師。
 要するに美也は、そのレベルで英語が出来るのだ。
 もしも英語のテストで美也が満点以外を取った場合、次郎達はまず英語教師が間違っている可能性を疑う。

 美也は残る数国理社に関しても、二歳年上の兄と同じペースで勉強してきた。
 学年トップの兄も、親戚から貰った教科書などで一学年先を勉強しており、美也はそれに合せているので二年先と三年先を同時に勉強している。
 つまり美也は、三年後と二年後の予習をしているため、自分の学年に関しては学ぶのが三回目になるわけだ。
 外国では飛び級というのだろうか。
 このように美也は日本の教育システムから逸脱しているため、基本的に一回しか学ばない次郎達のような一般生徒とは、最初から同じ土俵には居ない。

「それで美也は、何問くらい間違えたんだ」

 美也に対しては、全教科合せて何問を間違えたのかと聞くのが手っ取り早い。
 はたして美也は、指を三つ立てた。

「…………中間テスト全体で三問かよ。相変わらずだわ」
「ここまで来ると、全教科満点じゃないのが悔しいけどね」
「それで、何の教科なんだ」
「社会一つと国語二つ。社会は学習指導要領の改訂で、教科書の内容が変わったの。思い込みで見逃していたよ。国語は、本当は間違っていないけどバツ。問題文に出ていない原作の範囲を答えに書いたから駄目だったみたい。だから文系は駄目なんだよ」
「よし、何を言っているか、サッパリ分からん」

 次郎はわざとらしく溜息を吐いた後、日本の現代教育に不満を呈した。

「そもそも詰め込み教育が悪い。一番理解できないのは古典、あれって社会に出てから、絶対使わないだろ」
「現代語の成立に不可欠な過程だから、学問としては省けないんじゃないかな」
「いや、過去より未来を見ようぜ」

 次郎は実用性を重視する姿勢を保ったが、美也は首を横に振った。

「未来語を策定する時に、過去の過程が参考になるかもしれないよ。あとは国民全体の言語理解が深まれば、意思伝達と相互理解も深まるかも」
「ぐぬぬ、文科省の役人みたいな事を言いおって。てい」

 次郎は美也の頬と両手で挟み、うにうにと軽く上下に動かした。

「うにゃ!?」

 咄嗟に何かを言いかけた美也の言葉は、頬を挟まれて言葉にならない奇声を発した。
 それでも次郎の手は収まらず、美也の柔らかい頬をふにふにと左右に蹂躙した。

「うりゃ、うりゃ、うりゃっ」
「うーっ!?」
「ほっぺた、柔らかいなぁ」
「ふぁ、にゃ、すぃ、にゃ、しゃ、いぃ!」

 ぷにぷにの肌を弄んだ次郎が満足して手を離すと、今度は美也が手を伸ばして次郎の頬を左右から両手で摘まむ。

「反撃っ!」
「うぎゅぅ」

 次郎は奇声を上げつつも、美也の手に為されるが儘となった。

『右の頬を弄った後は、左の頬を差し出しなさい』

 二〇四二年ほど前、弟子に銀貨三〇枚くらいで売られて処刑された偉人も、そのような事を言っていた……かも知れない。
 やがて美也が満足して手を引っ込めると、次郎は自らの成績を差し置いて応援を始めた。

「社会は残念だったな。次は頑張って国語以外は満点を目指してくれ」
「うん。でも期末は他の教科も出るから、無理かも」
「他の教科か。音楽、美術、体育、技術・家庭。学科だけならともかく、実技はどうしようもないからなぁ」
「流石にね」

 美也は元々のスペックが高いのか、実技でも好成績を出す。
 ただし音楽などでは、元々ピアノなどを習っている女子が圧倒的に有利なシステムだ。そのため単科では、一番を譲らなければならなくなる。
 惜しむらくは家計が苦しくて、美也に音楽や美術を学ぶ機会が無かった事だろう。
 小学生の時には獅子舞で笛を吹いていたが、美也は十何種類もある曲を音符も無しに二年でマスターして、アレンジ曲まで作っていた。
 二年は長く思えるが、祭りの練習期間は一年間に三週間のみだ。
 その短期間で全てを覚えきったのは、町内では美也だけだった。
 もっとも次郎の町内では、少子化で獅子舞自体が完全消滅してしまったが。

「どうせ高校に行ったら、音楽とかは選択制でやらなくなるだろ。受験にも出ないし」
「そうだけど。でも、ありがと」

 あまり良い慰めでは無かったが、美也は次郎の気持ちを素直に受け取った。

「そういえば次郎くん、成績の話だったよね」
「…………お手柔らかにお願いします」

 それから一ヵ月半が過ぎた。
 教師の出題範囲を読み切った美也の指導は的確で、次郎の期末テストの成績は六番まで急浮上した。
 差し当たって次郎は、調子に乗って立場が逆転した中川の墓を粛々と建立した。
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