46話 ブラックバイト
※今話は、一部の読者様に大きなストレスを与える恐れがあります。
要約=レベリングで調子に乗った子供二人が馬鹿をやって処分されるお話。
作者的には必要なので書きましたが、読み飛ばして頂いても大丈夫です。
次話と次々話は、ストレス発散のため?に短編を挟みます。
塔型円柱で撃破するアルプの数は、一夜で一八〇匹以上。
一分未満で一匹を捌き続け、御令息・御令嬢の経験値にする。
これは次郎のハイレベルを最大限に活かした、自衛隊の常識を完全に逸脱したレベルの上げ方だった。
月月火水木金金というスケジュールで、推定レベル三六の魔物を各自が一日六体も倒した結果として、九夜にして全員が最低目標のレベル三〇に達した。
これを過酷と称すには、あまりに難易度が低すぎるだろう。
少なくとも集められたお坊ちゃまお嬢ちゃまは、全員が達成できた。
最も過酷だったはずの次郎すら平然としており、土日は毎晩三時間の作業の他に、美也と共に自分たちのダンジョン探索も行っていた程だ。
そのため第一陣の目標値は、レベル三一に上方修正されている。
一人を選抜して確認したところ、レベル三一に達するためにはアルプを合計六八体倒せば良いと判明した。
全員のレベルが上がった事で、魔物の処理が適当で済むようになった次郎の手間は減っている。そのため第二陣が来る一一月一日までには、全員が目標に辿り着けそうだった。
だが、あまりに簡単に力を付けすぎた弊害が出たのか、それとも元々の特権階級意識が表に出たのか、頭の痛い問題も発生していた。
「離せ、この野郎っ、ふざけんなコラッ…………グエッ」
捕まれたまま腹部を膝蹴りされ、肋骨を数本纏めて折られたのは、問題を発生させた選抜者の一人だ。
彼は、外出を禁止された連隊拠点から無断で離脱し、能力を使って民間人を暴行し、捕まえに来た自衛隊にも反抗した。
動機を纏めると、暇を持て余して、力をひけらかしたくなったらしい。
魔物の危機が迫る現状で、それを退治に行く自分が罰せられる事は無いと高を括っていたのか、彼は好き勝手に振る舞った挙げ句、夜になると当然のようにレベリングに参加しようとした。
社会経験が皆無で、甘やかされたお坊ちゃまの、度し難い思考回路だ。
彼のような危険な人間に、国家が転移能力を持たせられるわけがない。
さらに彼を許容すれば、他の隊員の倫理観にまで悪影響を及ぼす。
国内外からも、特攻隊が彼のような集団だと誤解されれば、そのような集団を高レベルにして特典まで持たせるのは危険だと批判を浴びて、攻略活動にも差し障りが生じるだろう。
事態は直ちに政府へ報告され、攻略活動への妨害行為を行った彼は、国家の緊急避難で排除される事となった。
『鈴木竜生、貴様には失望した』
蹴られた腹部を押さえながら呻く彼に対し、旅団長は冷酷に告げた。
旅団長は彼よりも他の特攻隊員に言い聞かせるように、日本には魔物の脅威が差し迫っており、勝手な行動がいかに悪影響を及ぼすのかを改めて説明していった。
そして作戦を妨害する人間は、誰であろうと容赦しないと告げる。
「俺の爺さんは…………」
『鈴木茂文部科学大臣は、貴様の死に改めて同意された。苦渋の決断をされたそうだが、同意されずとも貴様一人の我が儘で国家が滅ぶわけにはいかん。政府の最終判断も出ている』
ジワジワといたぶる旅団長のやり方に、彼を取り押さえている次郎は、次第に苛立ちを募らせ始めた。
旅団長が敢えてこのようなやり方をしているのは、力を得た御令息や御令嬢に対して、政府が彼ら彼女ら以上の力を持つ匿名の暴力集団を使えるのだと教え込むためだ。
すなわち鈴木は、特攻隊員たちへの倫理教育の教材であり、犯罪抑止のための見せしめとなる。
そんな理由を説明されて、特攻隊を取り押さえる能力を次郎しか持っていない事や、彼らを真っ当に機能させる事も必要だと感じたからこそ渋々協力したのであって、決して積極的な加担では無かった。
次郎は早く終わらせろとばかりに、掴んでいる相手の右腕を捻り始めた。
「おいちょっと待…………ギャアアアッ」
彼の悲鳴が、旅団長の言葉を無理やり遮った。
もう一言二言は付け加えようとしていた旅団長は、次郎がストレスを感じている様子を見て話を打ち切った。
旅団長に与えられている命令の一つに、政府協力者である山田太郎を怒らせるなというものがある。
山田太郎が協力しなければ、パワーレベリングが成立しない。
その後も多階層円柱や、塔型円柱など先々のダンジョンでも協力を仰がなければならないと予想されている。
旅団長としても、政府協力者として非常勤公務員的な立場にあるとは言え、未成年である山田太郎の手を借りなければならないのは不本意であった。
『貴様に掛ける時間は惜しい。以上だ』
「待て、待て、待っ…………」
次郎が闇魔法を送り込むと、鈴木の体内にある魔力が掻き乱され始め、身体が意志に反して動かなくなった。
身動きが取れなくなった彼が床に叩き捨てられると、既に特殊対物ライフルを構えていたレベル持ちの自衛隊員たちが、一斉に銃撃を浴びせていく。
自衛隊側がトドメを刺すのは、自衛隊は高レベル者を殺せるのだと意識付けたいからだ。そうして自衛隊の作戦指示に従わせ、最終的には日本を救う。
次郎としては、選抜者に対する教育を施しきれなかった旅団長が、自分たちの手で落とし前を付けたのだと思う事にした。
第一次特攻隊は、三四名だった。
そのうち四人程度の脱落者が出るのは、織り込み済みらしい。
報酬は脱落者のレベル上げ分も支払われるし、次郎の手を煩わせた今回の処理料は、一人につき追加で一億円になるらしい。従って今回のお手伝いは、政府承認のブラックなアルバイトの一環に過ぎない。
表に出ない次郎には、相応に表に出ない仕事が回されたわけだ。
内閣総理大臣自身が、ダンジョン問題を解決するためには法律や常識を語っている場合では無いと考えているため、労働基準監督署が頑張ったところで蟷螂の斧である。
付け加えるなら、今回脱落するのは一人では無かった。
一人の人間の成れの果てを青ざめて見つめる選抜者の中から、次郎は三一番のビブスを付けた女子高生を引きずり出した。
「ちょっと、ちょっと、ねぇ、なんで、何でアタシなのっ、嘘、嫌だ、待って待って」
騒ぎ立てる女子高生に、次郎は特製の猿轡を噛ませて黙らせる。
相手が男子高生であれば蹴り飛ばして黙らせられたが、流石に女子への暴力には忌避感があった。
『増田七音、貴様にも失望した』
「ンーッ、ンーッ!!」
『機密漏洩。規則違反で持ち込んだ携帯端末を用い、外部に機密情報を多数発信した。事前に情報が漏えいして国内外から作戦を妨害されれば、数一〇万人単位の国民が命を落とす。貴様はテロリストだ』
ちなみに増田が情報を発信したのは友達相手であり、既読になっていた。
自衛隊はサーバから相手端末の情報を消し、さらに転送履歴を調べるなど飛び火した火の粉を消すために躍起となっている。
『我々は貴様に掛ける時間も惜しい。以上だ』
旅団長は次郎に気を遣ったのか、早々と結論を告げた。
次郎自身は男女差別をしているが、それでも特攻隊の面々には男女差別がない事を教え込まなければ意味が無い。嫌々と魔力を送り込み、動けなくなった彼女を床面へ投げ捨てた。
次郎にお膳立てされた自衛隊は、一斉に銃声を鳴り響かせた。
彼女は特典や報酬に目が眩んで立候補すべきでは無かったし、周囲も彼女に正確な評価をして同意すべきでは無かった。候補は沢山居たのだから、彼女である必要は全く無かったのだのだ。
なお推薦者以外への告知は、作戦終了後に行われる。
二つの物体が運ばれていった後、選抜者達の大半は重苦しい足取りのまま、いつも通りの作業に戻った。
内心で動揺していたのだとしても、レベル〇ですら出来た作業を繰り返すだけなので、身体だけは問題なく動く。
彼らが動き出すのを見届けた旅団長は通信を切ると、背後を振り返って直立した。
旅団長の後ろには、三人の人物が座っている。
防衛大臣の広瀬秀久、引責辞任した前任者に代わる新任の統合幕僚長、同じく新任の陸上幕僚長。すなわち昔風に言えば、軍務大臣と大将二人だ。旅団長が少将で偉いとは言え、彼らの前では借りてきた猫のように大人しくなる。
「ご苦労だった。座ってよろしい」
「はい、失礼致します」
旅団長が着席すると、広瀬大臣が列席の面々を見渡して口を開いた。
「諸君らの懸念は理解している。あのような甘ったれた子供達に力を与える事は、政府も好ましく思っていない」
統幕長と陸幕長は黙したまま待ちの姿勢に入る。
「だが政府は、三つの理由で容認せざるを得ない。第一に、このままでは来年一月に、都道府県の半数以上が魔物の群れに襲われる。生きるか死ぬかの二択である以上、子供を使う以外に生きる手段が無いのであれば、やるしかない」
自衛隊の攻略速度では、年内に茨城県、静岡県、京都府、新潟県、長野県と順に攻略していけるものの、それ以下の人口である都府県にまでは手が届かない。
未攻略地は二八都府県にも及び、該当する地域では数千万人の人々が生命の危機に陥り、疎開させても国土は使い物にならなくなる。
だが阻止する為に自衛隊が数で押そうにも、ボス部屋には突入者に比例した敵が湧き出てくる。
レベル一桁の自衛隊員をどれだけ揃えても、投入数の数十倍に及ぶレベル一五の雑魚蜘蛛を増やされては勝ちようがない。
従って、レベルを爆発的に引き上げた少数精鋭で挑むより他に方法が無いのだ。
「第二に、早急に実行するためだ。選定の基準を決めるだけで一年以上掛かる行政を絡ませる時間は無く、誰を行かせても人道や公平性で批判が起こる。故に政治家が身を切り、自分たちの子供や孫、甥や姪に説明し、本人の同意を得て特攻して貰うのだと言えば、最も反発が少ない」
未成年者を巨大な女郎蜘蛛の蔓延るボス部屋に放り込む事には、大抵の人が眉を顰めるだろう。
では結局、誰を行かせるのか。
今回は、行けと命じる総理以下の大物政治家たちが最初に自分たちの子供や孫を差し出した。それは肉親としては残酷でも、自ら範を示すべき政治家としては、国民に範を示せている。
「第三に、攻略特典と呼ばれる能力について、我々は核兵器の保有国に転移と収納を持たせる意志や、国民を諸外国の人体実験に差し出す意志は無い。そのために力を持つ政治家の子や孫たちに能力を持たせ、全員で一致団結して要求を断る必要がある」
三つの理由を説明し終えた広瀬議員に対し、統幕長が硬い笑顔で口を開いた。
「それでは僭越ながら、第二陣には自分の孫にも出て貰いましょう。統幕長の身内も特攻隊に加えれば、防衛省や自衛隊からの抑止効果も増すかと愚考します」
「本人の意志はどうなのだね」
「自衛官になりたいと言っておりました。未だ中学二年生であるため、時期は遅れそうですが」
「いや、将来確実に任官するのであれば、一年早くとも構わない。第二次特攻隊の後に続く年代にも基幹要員が必要になる。私から彼に、一枠増やすよう依頼しておこう」
大臣と統幕長のやり取りを聞いていた旅団長は、部屋の端に居る連隊長に目配せをした。
連隊長は軽く頷く仕草で了解の旨を伝え、第二陣に一名の追加を差し込んだ。
それから三日後。
充分な経験を積ませた三二名は、残らずレベル三一に達した。
各々は五~六名ずつで班を組み、一一月四日に魔物が溢れ出てくるであろう未攻略ダンジョンの地上付近において、戦闘訓練と連携訓練を兼ねた魔物退治を手伝う。
なお政治家の票集めだとの批判を避けるため、全員が推薦者の小選挙区とは異なる県に配属される予定だが、純軍事的には特に影響はない。
そうしてダンジョンの地上付近で経験を積んだ若鳥達は、そのまま五~六人毎に六チームに分かれて各ダンジョンへ潜る事になっている。
総合評価が上がるように魔物退治を行い、多少はフロアも埋めながら攻略を進め、一一月中にはボス部屋に突入する予定だ。
「それで三二羽の雛鳥たちを育てるのに掛かった餌代は、いくらだね」
「第一陣は、総額二一億四〇〇万円であります」
「輸送ヘリ一機よりも安いな。それで半月で六県が救われるか。作戦が好みでは無いなどとは、言っておれんな」
金額を聞いた陸幕長は、輸送ヘリ一機よりも安く済んだ費用と、予想される成果とを比べて、作戦が好みでは無いという私的な考えを引っ込めた。
自衛隊の予想では、送り込まれる六カ所の全てで圧勝だ。
レベル三一の五名と、レベル三〇の巨大女郎蜘蛛の二体との戦いとなる。
三人と二人に分かれて別々のボスに向かい、三対一の方が先にボスを始末してから残りに合流すれば、終始圧倒するだろう。
もちろん個々の状況次第では、作戦通りに進まない事も有り得る。
例えば、二人側のうち一人が雑魚の対応に手を取られて居るうちに、もう一人がボスと相打ちと言う最悪のケースも想定される。
だがそれでも突入した彼らが全滅する可能性は低く、一人減った所で次の攻略にも支障は無い。
第一陣は、時期的に第三次攻撃まで行えて計一八ヵ所を攻略出来る。
第二陣は、第二次攻撃と第三次攻撃で、計一二ヵ所を攻略出来る。
それらに自衛隊の四ヵ所を合せれば、年内に三四ヵ所を攻略出来る。
未だに残る初級ダンジョンを全て攻略するには、それで充分だ。
「来月からは第二陣の育成だ。旅団長、頼むぞ」
「はい。第一陣の二名を処分した映像を見せて、二度と馬鹿な気は起こさせないように厳しく教育致します」
こうして最初の若鳥たちは、山中県の育成場から静かに飛び立っていった。
























