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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第三巻 接触

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45話 生徒会長選挙

 次郎が夜のお仕事に初出勤した翌日。
 二学期の中間テストが終わった七村高校は、生徒会長選挙へと突入した。

 七村高校の生徒会長選挙が二学期に行われるのは、消去法による唯一の選択肢だからだ。
 一学期に実施すると、まだ学校行事がよく分からない一年生が置き去りとなり、有権者の三分の一が実質的に排除されてしまう。市立学校の選挙で、有権者の三分の一を置き去りにする事が出来るわけが無い。
 三学期に実施すると、二年生が当選した場合には任期を終える頃には大学受験の真っ最中となり、まともな引き継ぎが出来なくなるからだ。当選するのは大抵二年生であり、こちらも好ましくない。
 従って二学期が、生徒会長選挙を行う最良の時期となる。

 生徒会長の任期は、一〇月下旬から一年間だ。
 七村高校の生徒会は、九月末の学校祭を最後の仕事として全ての業務を終了する。そして一〇月半ばまでに新会長の立候補が受け付けられ、中間テスト後に公示、一週間後に演説会と投票、最後に新生徒会の発足となる。

「それで、キタムーが立候補の届け出をしていたと」
「おう。ジロー、当然分かっているだろうけど、友情票を頼むぜ」
「そしてナカさんが応援演説をすると」
「任せろ。ジローは部活の後輩に票を依頼してくれ!」
「お前ら正気か」

 休み時間中の教室内で、立候補者と応援演説者の二人がアピールを行っていた。
 朝のホームルーム中に配られた学級通信には、確かに北村の立候補が記載されていた。
 だが次郎としては、投票を依頼するのであれば公約の一つくらい説明して欲しいと考える。勿論、脳天気な表情からは持ち合わせている様子が窺えない。

 では北村は、一体何のために立候補するのか。
 そもそも歴代の生徒会役員の半数ほどは、大学への学校推薦狙いであるらしい。
 七村高校は、県内の国立大学に指定推薦枠を持っている。生徒会長、副会長、会計の三役は、非行さえ無ければ成績を問わず推薦して貰えるそうだ。
 おそらく北村は、目の前にぶら下げられた人参に食らい付いたのだろう。
 そして中川も、副会長という人参を共に貪ると思われる。何しろ生徒会長は、自分の補佐を行う副会長と会計を指名できるのだ。
 そのような報酬でも無ければ、全国の高校で毎年生徒会が滞りなく結成されるはずも無いのだが、本物の政治家達の攻防を見た直後の次郎としては、お粗末さが際立って見えた。

「うちの部は、個性派揃いだからなぁ」

 私利私欲に塗れた動機を察した次郎は、一一人の部活の後輩たちを思い浮かべながら、渋面を作ってみせた。
 果たして自由奔放な山羊たちから集票するには、どうすれば良いのか。

 一年一組の浜野亜理寿は正統派優等生なので、自分の票は自分が納得した相手に入れるだろう。
 本気で口説くなら、生徒会の具体的な問題点と解決案を事前に説明して、納得して貰うしかない。生徒会に関与する気が無い次郎では、説得は不可能である。
 同じく一組のアメリカ人ハーフは、部活の先輩の友達というナアナアは通じそうに無い。一方で韓国人ハーフは、頼めば意外に聞いてくれそうではある。但し、以降は深みに嵌まりそうでもある。
 二組のドジ優等生は、市立高校で教師が誘導する生徒会を冷めた目で見ているような雰囲気があり、最初に頼んだ候補にそのまま入れそうだ。
 三組の同人誌描き、四組のオタ女と万事同調型の三人は、三次元の生徒会に拘りは無さそうなので、おそらく先着順で決まる。なお投票先の決定後は、変更依頼が難しい。
 五組の拝金主義は、簡単に買収できる。相応の条件を出せば、さらに集票までしてくれる頼もしい後輩だ。同じく五組のリアリストは、意外に芯がしっかりしているので、真面目に公約を見比べそうである。
 七組のおっとりは、ペースを掴んでコントロールするまでが非常に難しい。彼女に掛ける労力で、他を三人集票できる。八組の乙女ゲー好きは、依頼者の交友値次第である。
 だが彼女達のクラスに立候補者が居た場合、難易度はとても高くなる。

 次郎が思い返すと、一一匹の山羊たちの中で労せず確実に得票可能そうな相手は、誰一人として居なかった。
 もちろん今回は北村の動機が不純なため、後輩に頼んで回る気は起きない。
 だが仮に自分が立候補した時にはどうなるのかと思い直し、意外に票が入らない事に衝撃を受けずには居られなかった。
 羊の振りをして寝ていた次郎の先輩としての信望は、ほぼ皆無である。

「そういえば他の候補って、どこから出ているんだ?」
「二年は二組の男子と、五組の女子。一年も一組と七組から出るらしい」
「ほほぅ。それは多いな」

 昨年の立候補者は、僅か一名だった。
 全校生徒を体育館に集めての演説会は行われたが、次郎の記憶では目新しさの無い話をされて、そのまま信任投票になっていた。
 信任されなければ新生徒会長はどうなるのかと思ったが、開票作業が全て教師だけで行われ、票の割合すら出されず、信任されたという校内放送が流れて選挙が終わった事で妙に納得した。
 その時は、本当に形だけの選挙だったのだ。

 それが今や、定数一に対して五人が争う大熱戦となっている。
 立候補の届け出期間中に行われた激しい衆議院選挙と劇的な政権交代が、生徒達の行動に多大な影響を及ぼしたのだと確信させるには充分な変化だった。

「まあ票は入れておく」
「おう、頼むぜ」

 悪友達は忙しいのか、同情票を約束した次郎をアッサリと解放すると、次のクラスメイトに迫っていった。
 候補者五人のうち、二年生が三人で、一年生が二人というのは、決して二年生の不利には働かない。
 なぜなら三年生は卒業まで僅か半年であり、今からの学校の急速な変化よりも、大きく変わらない安定を望むからだ。
 その意味では一年生よりも二年生の方が好ましく、三年生の票が二年生に流れていく結果、二年生間で取り合いになって目減りする票を三年生が埋める。
 選挙権を持つ老人の投票行動と同じ理屈である。

 北村にとって不利なのは、北村が一組に所属している事だろう。
 入試時点で最優秀な生徒される一組は、他のクラスからやっかみを受け易い。
 もしかすると都会の人からは不思議に思われるかも知れないが、超田舎の山中県ではそういう風潮が当たり前のように存在する。
 顕著なのが二組のライバル意識で、二年二組からの票は殆ど入って来ないであろうし、三年生からも二組の票はあまり入らない。
 だが五組以下になるとライバル意識は殆ど無く、自分のクラスに立候補者が居れば大半の生徒は応援するし、居なければ投票先は興味の赴く方向へと流れていく。

 次郎は北村達の選挙活動を端から眺めつつ、自分の進路についても考えた。
 次郎の成績はクラスで八~一五番で、真面目に勉強する生徒の中にあって相対的には下落傾向にあるが、美也のように医学部のような大層なところを目指す予定は無いので受験には焦っていない。
 そもそも現在でも稼ぎは医者や弁護士より多いのだ。
 これからは土日祝日などを利用して、美也と共に上級と思わしきダンジョンでレベルを上げ、効率が落ち始める一八歳までにはレベル九〇台に突入し、高校生の間にレベル一〇〇くらいには達したいというのが当面の目標だ。
 進学先に関しては、おかしなプライドを持つ父親が『大学の手堅い学部に進む以外に有り得ない。なお親元から離れて暮らす経験を積むため県外へ』と考えており、母親も賛同したため、次郎が持つのは親が決めた範囲内の選択の自由だけである。
 堂下家は金だけは充分に出てくるが、その代わりに幾許かの制約はある。
 なお逆らう場合、高校卒業時に就職に必要な手切れ金を出されて終わりだ。
 北風と太陽のアダルト版である。
 金という見えない鎖で繋がれた旅人は、七時間目まで真面目にノートを埋め続け、掃除とホームルームを終えて日々のノルマから解放されると、さらに従順な羊として部活へと赴いた。
 これではダンジョンに潜りたくなるのも、道理であろう。

「いっちばん乗り~」

 部室に入るや否や、絵理が小さな胸を張りながら嬉しそうな声を上げた。
 二年生五人、一年生一一人という大所帯になった今、次郎たち二年一組が一番乗りになる事は珍しくなった。
 だが今日に限っては、一年生が初となる生徒会長選挙の説明をホームルームで受けているのだろう。
 二組の塚原愛菜美は、クラスメイトが立候補したので公約を聞いていることが考えられる。本来は北村も行って然るべきだが、担任のフナヤマンは北村の動機を色々と察したのか、クラス内での演説を手配していない。
 そのため三組の丹保智美との勝負となり、二分の一の確立で勝った結果、絵理が一番乗りを果たした次第であった。
 それから暫くすると、他の部員も続々とやって、直ぐに部室内が賑やかになった。
 なお後輩達の話題は生徒会長選挙であったが、次郎は勿論、美也や絵理、北村の彼女である塚原愛菜美ですら、北村への投票依頼は行わなかった。



 それから一週間後の一〇月二六日、木曜日。
 七村高校において生徒会長選挙が行われた。
 立候補者は、二年生が一組の北村亮介、二組の男子、七組の女子。そして一年生が一組の女子、五組の男子。以上の五名であった。
 七村高校は、計一〇クラスで各学年の定員が二八〇名だ。
 普通科以外から立候補が出るのは五年に一度くらいなのだと、七村高校の生き字引でもある顧問の大林先生は語った。

 二年二組の男子は、中高とソフトテニス部所属で、気さくな性格でクラスの人気者らしい。成績もクラスで上の方で、周りからも押されての立候補だったそうだ。
 但し、北村の彼女である塚原愛菜美が同じクラスに居る事を知らず、一組と二組の確執を利用しようとしてか彼女の目の前で北村への批判をしてみせて、それが噂として流れた点が致命傷となっている。
 クラス内だけで話しても、情報は部活を介して拡散されてしまう。男子に比べて女子は情報伝達網が発達しており、彼候補は物凄い勢いで男女からの票を失った。
 対して塚原愛菜美は、彼氏に投票してくれとは一度も言っていなかった。それは選挙の公平性などを鑑みての行動では断じて無かったが、なぜか美談として広がり、北村は諮らずして良識派の票を引き寄せている。

 二年五組の女子は、次郎の又聞き情報ではミーハーで、衆議院選挙に影響を受けての立候補らしい。
 但し副会長候補に三組の普通科男子、会計に七組の生活福祉科女子を立てるなど、バランス感覚と集票に優れた行動を取っている。
 もっともその行動自体も、共和党が他党と連携して閣僚人事に配慮した事を真似たのかもしれないが、手堅い方法で生徒に安心感を与えていた。

 一年一組の女子は成績優秀、幼い頃から書道やピアノコンクールで賞を貰い、新聞に読者投稿して掲載され、市民マラソンや歌唱コンクールに出るなど、非常に多才な人物であるらしい。
 彼女が構想する新生徒会の会計候補には、なんと次郎たちの部活の後輩である浜野亜理寿を口説き落としており、当選の暁には能力重視の確固たる生徒会が誕生しそうであった。

 一年五組の男子は、いわゆる善人であるらしい。
 彼は自分たちの学校に生活福祉科があるにも関わらずバリアフリーになっていない状況に疑問を持ち、生徒会として働きかけたいと訴えたそうだ。
 もっとも校内には車イス生活の生徒が居ないので、投票権を持つ生徒達への訴求性は強くないが。

 そして北村は、次郎が熟知する通りである。
 高い熱意と、在り来りな公約で、北村を知らない全校生徒を錯覚させている。

 全校生徒が集められた体育館でクジが引かれ、出た番号順に立候補者の演説が次々と行われていく。
 次郎が関心を持ったのは、一年一組の女子だった。
 原稿文を持たないままに淀みなくスラスラと、それでいて抑揚がしっかりと付けられた声で先輩を立て、同級生に仲間意識を持たせ、全生徒で頑張っていこうと呼び掛ける主旨の演説を行った。
 次郎が彼女から受けたのは安心感で、彼女がやってくれるなら任せると言う風に思わされた。立候補した北村が友達で無ければ、確実に彼女に入れていた。

 そして最後に北村の演説となった。
 客観的に批評するなら、大きな声だがあまり印象に残らない自己紹介と公約、具体性に欠ける努力の約束で、ネットから拾ってきたかのような定型文に思われた。
 しかも原稿用紙を見ながらで、一年女子の候補に比べれば自分の本心の言葉ではないような印象を受けざるを得ない。
 次郎がもう駄目かと思った矢先、演説を終えた北村がいきなり土下座を始めた。

「…………うぇぇ?」

 次郎が奇声を上げるのと前後して、全校生徒八四〇名の生徒から響めきが起こる。

『どうか僕に投票をお願いします』

 暫く無言で頭を下げた後、頭を下げたまま投票をお願いする北村の声からは、まさしく本心の切実さが滲み出ていた。

「堂下、アレってどういうことだ?」
「知らん。むしろ知りたくない。俺に聞くな」

 困惑する周囲からの問い合わせに、次郎は自分が無関係である事を強く主張した。
 やがて持ち時間が尽きて、北村が疎らな拍手と共に候補者の席へと戻っていく。
 次に行われたのは、立候補者への応援演説だった。
 それぞれの応援演説者たちも、各立候補者に近い演説のレベルで応援を行っていく。
 だが生徒達の頭には、彼らの応援する内容が殆ど入って行かなかった。
 次郎も大多数の生徒の一人に属しており、各応援演説者の演説中に気になっていたのは、北村の応援演説者である中川が、一体何をやってしまうのかであった。
 生徒達が静かに固唾を飲んで見守る中、ついに中川の演説が始まった。
 中川は、北村が非常に良い友人なのだと紹介し、生徒会長に立候補したやる気を褒め、必ずやり切る男だと保証した。
 そして自分が友人の一人として支える事を宣言し、最後に土下座した。

「「「おおおーっ!」」」

 焦らされていた生徒達は、中川の期待通りの行動に大ウケして喝采を行った。
 居たたまれないのは、二年一組の生徒達である。
 成績優秀者とされる集団が、全校生徒の前で土下座する連中というレッテルを貼られてしまったのだ。
 部活の後輩達に対しても、これからどんな目で見られるかと思うと不安を拭い去れない。
 だがこれで落選したら、もっと悲しいことになる。もはや二年一組の全員が、北村に投票する以外に選択肢を持ち得なかった。

「あっ。おい、フナヤマン逃げてるぞ」
「マジか、あいつ一人だけ逃げやがった」

 奈部達の声を聞いた次郎が教師達の席を振り返ると、そこには担任の舟山先生の姿が見当たらず、ちょうど体育館の扉を開いて外へ出て行くところだった。
 おそらく一人だけ逃げるのだろう。
 美也に漢字検定の準一級を受験させながら、密かに勉強して自分で一級を受験した時と同様、実にセコい行動である。
 壇上では一年一組の女子が、土下座をする次期副会長を見て呆れていた。
 一年五組の男子は生暖かい目で、二年二組の男子は侮蔑し、二年五組の女子は率直に笑っていた。
 同日、北村が当選した旨の全校放送が流れたが、二年一組の生徒は若干二名を除いてあまり喜ばなかった。

「高校生に選挙権を持たせたら駄目だな」

 高校二年の秋、次郎は民主主義の恐ろしさを理解した。
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