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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした
41/74

41話 波乱

 高校二年生の二学期が始まり、僅か一日で再び休みに入った。

 それは山中県の二学期が毎年九月から始まり、今年は一日が金曜日だったからだ。

 夏休みの宿題を完全には終わらせていなかった勇者あるいは愚者は、ここぞとばかりに本気を出す。一組では、男子の三分の一と女子の五分の一がそれに該当した。

 一組の生徒は七村高校で最優秀だったはずであり、次郎は高校そのもののレベルに自信が持てなくなってきた。

 だが彼らの一部は、紛れもなく勇者だ。

 なんと修学旅行で次郎と同じ班だった中川たち四人組は、修学旅行中にナンパした京都の女子高生達に、夏休みを活用してわざわざ会いに行ったのだ。


 優勝は間違いなく奈部。数百キロの道のりを、自転車で往復した。

 極めて大きな衝撃を与えた彼の行動は、意中の相手どころか親御さんにまで気に入られ、そのまま一番可愛かった京都女子とのお付き合いが始まったそうだ。

 そんな冒険をしていたら、確かに夏休みの宿題どころではないだろう。

 話を聞いた男子は大騒ぎで、一組の勇者を高らかに称えた。担任のフナヤマンまで一緒になって彼を称えていたのは、実に印象深い光景だった。


 それには遠く及ばないが、電車で会いに行った鳥内も敢闘賞だ。

 彼は修学旅行中にナンパして、その後は山中県から会いに行ったという物珍しさに後押しされ、先方で沢山の京都女子に紹介されたらしい。

 その後はSNSをフル活用して、沢山の相手と同時にやり取りをしている。誰か特定の女子と付き合っている様子は無いが、親しい相手は何人も居るようだ。


 そして中川は、次郎の見立てでは技能賞だろうか。

 本人は自首しないが、どうやら京都女子と田舎女子に二股を掛けているようだ。

 男の浪漫を実現するとは、実に羨まけしからん話である。

 だがどちらにも内緒らしく、いつか地雷は爆発すると思われる。そんな彼は、優者と愚者を兼ねている。


 最後に北村には、殊勲賞を授与したい。

 二組の塚原愛菜美と付き合っているにも係わらず、京都に赴いた行動には甚だ疑問を感じるが、その行動力だけは称えられるだろう。

 むしろ北村は、その部分しか称えるところが見つからない。そんな凄いが愚かな北村は、略して凄い愚者である。


 このようにクラスメイトたちの多くは、夏休み中にそれぞれ様々な経験を積んでいた。

 もちろん次郎たちが夏休みに得た成果も、決して彼らに劣るものではない。

 とりわけ人生初のアルバイトに関しては、目標を立てて成果を出せたという点で、次郎に大いなる達成感と成功体験を与えた。

 この際、転移能力と一億円が釣り合うのかといった疑問はナンセンスだ。

 次郎の目的は『美也の大学生活六年分の全費用を稼ぐ事』で、その金額を滞りなく得られた以上、目標は達成しているのである。

 従って目標金額を達成した後、改めて新規のアルバイトを提案された次郎は、即座に渋面を作ってみせた。


「新ダンジョンの攻略特典?」

「はい。以前と同じ報酬でいかがでしょう」

「綾香の自衛力は、もう充分に付いたんじゃないのか?」


 芳しい反応を得られなかったためか、綾香は押し黙って困った表情になった。


「それ以前に、井口党首も広瀬議員も居ないのに、単独交渉なんて大丈夫なのか」


 二〇四五年九月二日。

 臨時国会を三日後に控えた北海道の井口邸には、井口豊も広瀬秀久も、広瀬議員の秘書を務める井口和馬も不在だった。

 しかし疑問符を投げかけた次郎に対し、綾香は即座に太鼓判を押した。


「私は交渉人ネゴシエーターではなく、伝達者メッセンジャーです。事前に指示を受けていますので問題ありません」


 どうやら許可は得ているらしく、話は巻き戻った。

 だが綾香の自衛力を求めた井口家が、それを獲得した綾香に新たな特典を求めるのは、一体何故なのか。次郎はその理由を推し量ってみた。


 転移能力を得るならば、往復が目的だろう。

 転移能力Aの二つ目を取得すれば、一日二回の転移で各所への往復が可能になる。

 次郎の使い道を見ていれば、その可能性の幅広さに着目するのも無理は無い。


 収納能力を得るならば、その力の確認が目的だろう。

 収納能力Aを取れば、二〇フィートコンテナ分の異空間を自在に生み出せる。

 用途は様々だろうが、使い方次第では転移より恐ろしい。


 能力加算を得るならば、初級ボス退治が目的だろう。

 能力加算Aを取れば、BPを一二追加できる。

 レベル三六の綾香が獲得すれば、初級ダンジョンのボス二匹を同時に倒せる。


 いずれの特典を取得しようとも、凄まじい価値が見出せる。

 出資者が何れに重きを置くのかは分からないが、どれを求めても違和感は無い。


「ちなみに綾香は、次に何の特典を取ろうと思っているんだ」

「転移能力です」

「確かに汎用性は高いよな」

「はい。私自身は中高一貫校とはいえ学内受験もありますし、易々と転移を指示され続けても困りますが」


 次郎は、綾香が転移を取得せざるを得ない理由をさらに想像してみた。

 大前提として綾香が持ち込んだ依頼は、綾香個人の考えではなく、背後の大人達が色々と考えを巡らせた結果である。

 大人達の目的は、充分な自衛力を備えた綾香をさらに強くしたいのではなく、アルバイトを終えて縁が切れつつある次郎たちを確実に繋ぎ止めたいのではないだろうかと。

 次郎が井口豊の立場であれば、次郎たちを繋ぎ止めるべく手を尽くす。

 つまり次郎たちと綾香を接触し続けさせ、交流を深めさせる。

 同時に綾香のレベルを高めて転移を取らせておけば、転移能力的に足手まといでは無くなり、戦力的に有用となり、今後も次郎たちに同行させながら最新の情報を得ていく事が可能になる。

 前例のないダンジョンの深部に潜る次郎たちは、ダンジョン内で自身の安全を確保しなければならない。もしも強力な仲間が手に入るのであれば、自分たちの生命と天秤に掛けて、自ずと綾香の同行を断り難くなっていく。

 もちろん綾香以外を提示されれば、疑り深い次郎たちは絶対に受け入れる事は無い。

 だからこそ、偶然で知り合った綾香が適任者として選ばれたのだと次郎は考えた。


「確かに俺は大場政権に不満があるから、追い落とすのには程々に協力するし、俺達への伝達者とやらを変えられても受け入れられないけどさ」

「それでは、何か問題があるのでしょうか」


 次郎の懸念は、綾香個人ではなく背後の大人だ。


「そもそも俺は、平均より少ない苦労で、平均より良い暮らしが送れて、理不尽な目に遭わない自衛力があれば良いんだ。あとは、趣味とか三大欲求とか」

「今のお話は、笑うところでしょうか」


 疑いの眼差しを向けられた次郎は、弁明を試みた。


「楽をして、良い暮らしをしたいと望むのは、普通の事だろう。大場総理があの有様だから、自衛手段も欲しい。それと俺は、お寺のお坊さんじゃなくて普通の男子高校生だし」

「予てより、自衛と普通の範囲は大きく逸脱して来られたようですが」

「それは俺の興味と、花子の方針だな」

「どういう事でしょうか?」


 首を傾げた綾香に、次郎は細かい説明を加える。


「俺は、政府が隠すダンジョンとレベルに興味を持った。花子は、安全を最優先したから高レベルを確保して、保険として魔物撮影とか調査記録も行った」

「つまり太郎さんは、楽をして良い暮らしが出来て、安泰で、趣味のダンジョン攻略ができて、三大欲求が満たされればご満足ですか」

「概ね間違ってないけど、頷くと後が恐そうだな。あと俺は、中学三年生になんてことを言わせているんだか」

「大丈夫ですよ。太郎さんのご希望は、概ね理解しました。それで改めてお伺いしますが、報酬額は幾らがよろしいですか」


 会話が一巡りして、再び巻き戻った。

 次郎は渋々と、綾香が持ち込んだ依頼内容を再検討する。

 初級ダンジョンは、雑魚がレベル一五で、ボスがレベル三〇だった。

 多階層円柱は、雑魚がレベル三五のため、ボスは最低五〇から最大七〇と予想される。

 次郎と美也はレベル七〇だが、美也が攻略特典で+一二の加算を得ているため、二人でならば最悪のケースでも勝てる。二人の得意技は、各個撃破。二人で同時に一匹を倒してしまえば、後は楽勝である。

 だがレベル三六の綾香では、そんな激戦の場では相当危ういように思われる。そこで次郎は、冷静に事実を告げた。


「綾香の今のレベルだと、ボス部屋への同行はきつい。最低でもレベル四〇以上に上げて、魔物も全種類を一定数倒さないとあまり意味も無い。もう夏休みは終わっているから、夜に少しずつ活動を続けても一ヶ月くらい掛かる」

「方針に従いますので、お願い致します」


 あまり協力する気になれなかった次郎は、さらに注意点を付け加えることにした。


「交渉人に確認を取ってくれ」

「何でしょうか」

「今回はボスの強さが分からないから、かなり危険だ。最大でレベル七〇の可能性がある。報酬は据え置きで良いけど、綾香の命の保証は出来ない。俺が優先するのは花子だ。ボスが想像以上に強ければ、本気で綾香を見捨てる」

「どれくらいの本気で言っておられますか」

「俺たちが危険だと判断したら、本当に見捨てる。その場合は無報酬で構わないし、井口家には二度と来ない。恨まれるだろうけど、仕方が無い。逆恨みだと割り切る」

「…………私は、非常に困るのですが」

「多少なりとも面倒は見たし、浅からぬ縁も出来た。だから死なせるのは忍びないと思って、事前に警告しているんだ」

「それでは何とかして頂けませんか」

「交渉人が取得させるのを諦めるか、俺達が山中県の多階層円柱を攻略して、ボスの強さを確認した後に北海道で挑むかだな。それなら事前に強さが分かるから、危険も下がる。但し山中県の多階層円柱は一年くらい掛けて攻略したから、北海道の攻略にはとても付き合えないけど」


 次郎は持ち込まれた依頼に対する自分の方針と、綾香が取り得る選択肢を告げた。

 すると綾香は、渋々と本音の方を語り始めた。


「太郎さんは、本当の意図を分かっていらっしゃいますよね」

「本当の意図って、何だ」

「私は太郎さんと井口家を結ぶ、繋ぎ役です」

「その部分が、俺たちの間に壁を作っているって、理解しているんだろ」


 建前を捨てた綾香に対して、次郎も率直に回答した。


「…………それでは背後を省いて、個別交渉を致しましょう」

「確か交渉人じゃなくて、伝達者って自称しなかったか。というか個別交渉って何だよ」

「私が個人的に用意できるもので交渉しますので、祖父達に許可を得る必要はありません。そして個別交渉とは、太郎さん個人、花子さん個人と、それぞれ個別に交渉するという意味です」

「とりあえず話だけは聞くけどさ。綾香の人生だし、嫌なら背後の要求なんて断ってしまえば良いと思うぞ」


 綾香は一旦口を閉ざし、サングラス越しの次郎の眼差しを真剣に見つめた。

 とても冗談で混ぜ返せるような雰囲気では無く、次郎は自ずと居住まいを正し、綾香の話を聞く体勢に入り直した。

 すると綾香は、一言一言を確認するようにゆっくりと話し始める。


「私には、私自身の判断と意志で、太郎さんを祖父たちに引き合わせた責任がございます。また祖父と父は計画から実行までに大きく携わり、祖母と母も協力致しました。政治的混乱によってダンジョン攻略が遅れ、より多くの人がカマキリに食べられる結末に至れば、今回の告発が正しくとも、犠牲者の家族は私たち一族を決して許さないでしょう」


 次郎は黙って頷いた。


「太郎さんのご協力を頂ければ、私達の一族は確実に、大場政権よりも遙かに少ない犠牲に抑える方法がございます。そして私は、太郎さんが望まれる札を持っております」

「花子は?」

「花子さんが確実に望まれる札も分かりますので、私が自分で手配致します」

「自己犠牲は好きじゃ無い。札を出す綾香自身はどうなるんだ」

「むしろ濡れ手に粟でしたので、自己選択致しました。きちんと詳細を詰めさせて頂きたいので、私の部屋までお越し下さい。仰られた壁は、一枚も挟みたく御座いませんので」


 綾香の意志はとても強く、次郎は詳細を聞かざるを得なかった。

 この日から二日後、綾香は次郎と美也との間で、個別交渉を成立させた。






 ◇◇◇






 二〇四五年九月五日から始まった秋の臨時国会は、波乱の幕開けとなった。

 日本では昨年七月以降の奇数月四日に、ダンジョン未攻略の都道府県から、それぞれ一万匹ほどの魔物が出現している。

 魔物の種類は毎回一種類ずつ増えており、総数の約一万匹から出てくる種類を割った数が、各魔物の出現数になっている。

 そして臨時国会の前日、新種のオオサンショウウオが、未攻略ダンジョン三五ヵ所の合計で推定四万匹も飛び出した。

 オオサンショウウオは、クロコダイルよりも強く凶悪だった。

 さらに水魔法を用いて自衛隊の砲撃に応戦し、少なくとも五〇〇〇匹以上が包囲網を突破して、周囲の河川や湖などの水場に逃げ込んだのだ。


 これまでに出てきたチスイコウモリ、タマヤスデ、トノサマバッタ、イモリ、ナナホシテントウ、ヤモリ、コオロギの七種類は、それぞれ自衛隊の砲撃や、人々の創意工夫によって対処してきた。

 しかし水中に潜ったオオサンショウウオは姿が見え難いため、発見が困難で、見つけても銃弾がろくに届かないために撃破が困難だ。レベルを上げようとする一般人の手にも、到底負えない。

 すなわちダンジョンから出現する魔物に、日本は処理が追い付かなくなった。

 二ヵ月後までに地上のオオサンショウウオを全て殲滅する事は不可能で、これからは魔物の数が上積みされていくと思われる。


 その渦中に始まった秋の臨時国会で、内閣不信任案が提出された。

 大場内閣は、ダンジョン問題を隠し続ける事で国民から自衛の機会を奪い、国家の対策すらも遅らせて、国民の生命・財産を奪い続けている。これは日本国憲法に真っ向から反しており、国民の信任に全く値しない。

 そのように不信任の理由が熟々と読み上げられた内閣不信任決議案が採決に入ったのは、当日の午後の事だった。

 大半の国民は、どうせ無理だろうと諦め気味だった。

 そもそも与党・労働党だけで単独過半数となる二二三議席を確保しており、連立を組む国民党の三一議席と合わせれば、野党が全員賛同したところで不信任は可決されない。

 そのため国会内で拍手の大洪水が沸き上がった時、国民の多くは驚愕と共に思わず立ち上がり、テレビを食い入るように見つめた。

 衆議院四四五議席のうち、立ち上がって拍手をしている者は二五三名。

 それは衆議院議員の過半数である二二三議席を大きく上回る。

 テレビは呆然と佇む大場総理と、起立して周囲に深いお辞儀をしている広瀬衆議院議員を、交互に何度も映し続けた。


 翌日、衆議院の解散が発表された。

 これは内閣不信任決議が可決された場合、一〇日以内に衆議院を解散するか内閣総辞職をしなければならないと定められており、慣習として衆議院解散が行われてきたためだ。

 そして発表直後、国民はさらなる衝撃を受けた。

 広瀬議員が、大場総理の地元である宮城県からの立候補を表明したのだ。

 今回の選挙戦は、『隠蔽派 対 公開派』、あるいは『大場総理 対 広瀬議員』の全面対決という、国民にとって非常に分かり易い構図となった。

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