挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

42/54

42話 闘争

 衆議院選挙の投票日は、二〇四五年一〇月八日の日曜日となった。
 日本の衆議院選挙は、小選挙区比例代表並立制だ。
 衆議院全体で四四五議席のうち、小選挙区制で二八一席、比例代表制で一六四席を選ぶ方式になっている。
 そのうち小選挙区制は、日本を二八一の選挙区に分けて、それぞれの選挙区で得票数が最も多い候補者を当選させる方式である。一番票の多い人が当選するやり方で、非常に単純で分かりやすいのではないだろうか。
 一方で比例代表は、有権者が勝たせたい政党名を投票して、得票をドント式と呼ばれる計算式で各政党に議席として配分する方式である。衆議院は拘束名簿式で、各政党が届け出た名簿の上位から順に、割り当てられた席に座る当選者を決めていく。
 野党四党、連立与党の国民党、与党・労働党の小林派は、全面的な選挙協力を表明して小選挙区での候補者調整を行い、基本的には現職をそのまま残す形で互いに推薦を出し合った。
 一方で不信任案に賛成しなかった議員の小選挙区には残らず刺客を送り込んで、徹底的に落選させて議席を奪い尽くすべく、全組織の総力を結集した選挙戦を展開している。

 小選挙区制では、住所がどこであろうと、好きな選挙区から立候補できる。
 最大の注目を浴びているのは、大場総理の地元である宮城県第一区だ。
 総理は、人口や被害度合を無視して宮城県のダンジョン攻略を優先させた実績があり、それが国家全体の利益を考えるべき総理としては言語道断であろうとも、恩恵を受けた県民からの支持はそれなりに残っていた。
 内閣支持率が過去最低値を更新したとはいえ、新人には分厚い壁である。
 そんな宮城県第一区に、ダンジョンに関する全ての問題で先頭に立ち続けた広瀬議員が、自ら刺客として飛び込んでいったのだ。
 広瀬議員には、選挙前から政府の隠ぺい追求や、膨大なダンジョン情報公開の実績があり、政権を取った後はダンジョン攻略の加速や、回復魔法の治験開始などを公約に掲げている。
 奇しくも宮城県第一区は、今回の選挙の縮図となった。
 国内外からは様々な団体・個人が広瀬議員の公約に期待を寄せ、選挙区外の人々は少しでも支援しようと、ボランティア運動員として続々と現地に入っていった。
 またネットなどでも大場総理に対する様々な罵倒のフレーズを生み出して、広瀬議員に対義語などを添えて連呼した。
 例を挙げるなら「隠蔽の大場、公開の広瀬」「殺戮の大場、救命の広瀬」「未成年殺しの大場、未成年保護の広瀬」などであり、大人しい日本人にしてはフレーズが過激なのは、それだけ国民の怒りが高まっているからだろう。
 野党四党は、代表や幹事長が続々と広瀬議員の応援に駆け付けた。
 また連立与党の国民党や、同じ労働党の小林派からも応援が入って、与党支持者の票すらも割れて続々と広瀬議員側に流れ込んでいる。
 いかに大場総理のお膝元であろうと、これではとても保たない。
 街頭アンケートで広瀬議員の圧勝を確信したメディアの関心は、どのくらいの差で勝つかに移っていった。
 労働党では、小選挙区で落選した議員は党代表を降りなければならない。また日本では、小選挙区で得票率一〇%未満だった候補者は、比例で復活当選できない決まりがある。
 従って広瀬議員が過半数を取れば、大場総理は労働党の代表辞任に追い込まれ、九〇%以上を集めれば、復活当選すら出来なくなる。
 既に選挙戦は最終盤だが、広瀬陣営は膨大な運動員の支援を受けて、普段は投票を行わない有権者を次々と引き出しながら、現職総理を相手に有効投票数の約八割を固める勢いで攻め続けていた。

 ここまで日本の政治を動かす井口・広瀬の両一族は、選挙権を持たない一七歳の男女が端から見ても筆舌に尽くし難かった。
 しかし次郎が感じた一族の恐ろしさの最たるは、二歳年下の方だった。

「どうしてこうなった」

 伝達人メッセンジャーから交渉者ネゴシエーターに衣替えしたと自称した綾香は、次郎と美也に対して、それぞれ受け取らざるを得ない手札を示した。

 美也に対しては、次郎と美也の全ダンジョン探索活動に、法的な正当化を与える事だった。
 あくまで大場政権から見てであるが、勝手にダンジョンに潜って機動隊と争った過去について、新政府では問題ないとお墨付きを与え、今後の探索活動も情報提供の見返りに認めて正当な探索協力者扱いにするというものだ。
 これは共和党が政権を取れば、匿名で通す次郎たちの個別事情に合わせた都合の良い決まりを自由に作れる。
 そうすれば大場政権時代と異なり、次郎たちの活動に政府の承認を得られ、追い回される理由が一切無くなる。また今後二人の正体が露見しても、何ら問題なくなる。
 どのような手札を提示するのか聞かされた次郎は、確かに美也が欲するであろうし、それを対価に中級ダンジョン攻略の同行や命の最大限保証を求めるのであれば、美也は取引に応じるだろうと考えた。
 そのような経緯で彼女達が二人きりで交渉する場を用意し、取引が成立すれば自分に対する札が何であろうと、次郎は受け入れるつもりだった。

 続く翌日の交渉では、次郎に対する札として綾香自身が用意された。
 美也と綾香の話し合いの結果、色々な説明を省かれて転がり込んできた状況に、次郎は本気で困惑した。
 綾香は、次郎たちと井口一族との連絡調整係として派遣された。
 御用聞き、活動の法的なお墨付きの調整役……というのは、もちろん建前だ。
 実態としては、なお強い結びつきの妾と言う事にしたようだ。
 綾香が自主的に自分を差し出して、美也が正妻、綾香が妾という、次郎の想像を絶する結論である。
 確かにそれが成立するのであれば、綾香に対する次郎の協力度合いは確実に上がる。
 だが箱庭の中に入れば摘まみ出し、箱庭の周辺に小屋を作れば壊しに行く美也が、なぜ綾香が妾になる事に同意したのか次郎にはまったく理解できなかった。むしろ闇魔法で精神支配でもされたのかと、本気で疑ったほどだ。
 だが美也は、自身が元から負っていた『特別枠の大きな借り一つ』と、『これから負う特別枠の大きな借り一つ』を合わせた引き替えに、綾香を箱庭のギリギリ見える外側に置く事を認めた。


 次郎を混乱の渦中で溺れさせた裏の交渉者は、井口豊である。
 金で動かず、思想でも要求に満たない次郎に対し、女での誘導を試みたのだ。
 まずは次郎に対して、レベルを上げさせるなどの名目で綾香を傍に付けながら、録音で情報を集めさせ、徹底的に分析を行った。

 次郎と美也の家庭の経済状態を把握した井口家は、自身では金の要らない次郎が、美也のために進学や生活費を欲しているのだと理解した。
 次郎は、一〇〇〇万円を受け取った時に「生活費が稼げました。感謝します」と話し、「君は、とても貧乏な家の子には見えないがね」と広瀬が返すと、「大凡ご推察の通りです。リーダーとして、責任がありますので」と答えている。
 最低限で済ませる金銭要求と、その後の高校生らしい算出間違いの補填。
 最初に面会した時の「仲間と共にダンジョンに挑んだ切っ掛けが病気でしたので、医療や回復魔法の実用化にはそれなりの思いがあります」との発言を併せて鑑みるに、井口家は次郎が嘘を言っていないのであれば、美也が六年制の医学部に行きたいが金銭的に不安があったのだと結論付けた。
 最終的に、その部分では嘘をついていないと判断した。
 同時に次郎に綾香を接し続けさせた結果、ダンジョンには熱を入れるが学業にはそれほど熱心に取り組んでおらず、自身が医学部に行きたいわけでは無いとも判明する。
 すると二人の間には、大きな隙が見えてくる。
 医学部を目指す美也は、最低でも研修医を終える二六歳まで主婦や出産は出来ず、次郎に自分の都合で制約を強いる事になる。
 次郎と美也の関係は一見対等で、美也の行為はその関係性を損なわせる行為だ。人生のうち八年の制約は、高校生の認識では長すぎる。
 次郎はともかく、美也は八年間の制約を相手に掛ける事に、負担を感じないのだろうか。
 だが金を受け取って進学の目処が付いたのは最近であり、二人はその問題について未だ話し合っていないと思われる。
 そこに次郎の近くに綾香を置いても、美也に妥協させられる隙が見出せた。

 次郎を籠絡するのは簡単だ。
 まずは傍に置いている綾香に、違和感のないタイミングで、好ましくない政略結婚が控えていると説明させる。
 既に社会人という一〇歳ほどは年齢が離れた、好みでも無い相手に嫁がされると言わせ、次郎が相手になってくれたら自分は救われるとアピールするのだ。
 それは功を奏して、次郎は綾香を意識するようになった。
 そして最終的には、妾でも次郎に貰われないよりはずっとマシな状況になるのだと説明する事で、最後の一押しをする。
 なお綾香が説明した背景は、全てを事実に出来る。むしろ次郎が現れたことで、全てが事実になった。
 実際に井口家のための政略結婚は勧めるし、次郎に比べて酷い候補者を用意して話を持っていく事など容易いし、次郎が相手なら結婚でも認める。綾香が次郎を呼び込んだ一連の話も事実だ。
 従って綾香は、何一つ嘘を吐いていない。
 全て事実であるが故に、簡単に自らを信じ込ませる事が出来た。
 そして立場的にも思想的にも次郎しかいないと美少女に自ら本気で言わせれば、ごく一般的な男子高校生を落とすのは難しくない。

 残るは、美也だけである。
 心理的な弱みから次郎を束縛し切れない美也の隙を突いて、次郎の高校生らしい欲望や周囲を取り巻く状況、綾香を置くメリットなどを説明し、妥協ラインを測る。
 なお周囲を取り巻く状況とは、次郎にハニートラップを仕掛けてくる組織が国内外に最低でも一〇〇や二〇〇はあるというものだ。
 最初に攻略された山中県の高校生に当たりを付けて探し出し、呼び掛ける方法など国家や組織にはいくらでもある。小さなお願いの見返りに密かな報酬を示された場合、次郎は全てに抗えるだろうかと。
 綾香を置くメリットは、次郎が誘惑に抗えなくても、他所には行かせず綾香までで留め、正妻が美也で綾香が妾となる事で美也の立場を守るというものだ。小市民的な感覚を持つ次郎は、美也と綾香で同時にコントロールすれば抑えられると。
 妥協ラインは、建前が井口一族との連絡調整係、御用聞き、法的なお墨付きの調整役。心の壁の内側には入らず、役割は守る。

 政府がお墨付きを与える交渉が成立して、油断していた所に裏の交渉を持ち込まれた美也は、とても冷静ではいられなかった。
 交渉を打ち切って逃げてしまえば済む問題では無い。
 逃げた所で、北海道に修学旅行に行った山中県の七村高校の二年生男子までは探し出される。映像からは、身長や体格でさらに絞り込まれるだろう。
 すなわち次郎を見つけ出される恐れと、その先の箱庭崩壊の実現可能性を認めざるを得なかった。
 箱庭が壊れるくらいなら医学部など諦めても構わないが、既にその段階では無かった。箱庭には、誰かがほぼ確実に侵入してくるのだ。
 そして綾香の交渉のメリットと妥協ライン設定に、心底嫌々ながら価値を認めた。
 目的が妾を置く程度の協力を求めたいと明白であり、美也の制御に従うと言っており、目通しが済んでいており、箱庭の外の平原で、ギリギリ目が届く位置にいると言うならば、他に壊されるよりマシという結論が、美也が綾香を認めた理由だった。
 なお建前は残っているため、手を出すかどうかは次郎次第である。
 実際に手を出すまでは、妾候補であるらしい。
 それは美也にとっての逃げ道であり、彼女が場をひっくり返さないための最後の仕掛けである。そして次郎にとっては、守らざるを得なくなる枷となる。井口豊は、そこまでを采配した。


 次郎が聞かされたのは、美也と綾香の結論だけだ。
 綾香の語った矜恃の実現と、好ましからざる結婚相手からの脱却、美也の『特別枠の大二つ』と引き替えの妾候補承認。
 そして結論には、井口家の大人達も了解していると添えられた。

 状況的には、嫁公認の妾を一人置くから、少し手伝ってと言われただけだ。
 気分的には、裏の背景があまりに難しすぎて、思考を放棄した原始人である。
 結論的には、老練な井口豊の手練手管に、二人が手玉に取られたのであった。

「…………とりあえず本業だな」

 破局させられない井口が、次郎に対して相当譲った結果であったのだろう。
 知らぬ間に顔を立てられつつ敗北させられていた次郎は、相手のフィールドで戦うのに懲りて、自分本来の活動に戻った。
 差し当って、綾香と共に山中ダンジョンの地下一階から再攻略し直し、少しでも特典が高くなるように魔物を倒し、レベルを上げに奔走する。
 万全を期すには未だ足りないが、二つの理由から急く必要があった。
 第一には、国民の不安を共和党が払拭するためだ。
 先が見える国民は、初級ダンジョンが攻略できても、次の多階層円柱が攻略出来なければ積んでしまうと思っている。
 そこで選挙中に多階層円柱を共和党が攻略して見せる事で、労働党には出来なくても、共和党には出来ると証明するのだ。
 立候補者は一斉に、このまま労働党に任せていいのかと言うだろう。これほどあからさまな実績を見せられては、どれほど弁舌を尽くしても巻き返せない。
 第二には、政権交代が叶った後に井口豊が考える、カマキリを一匹も出さなくする方法に少し協力するためである。

 綾香の総合評価を高めた後、再び辿り着いた地下二〇階の最奥前。
 広い空間を前にした通路で、三人は最終確認を行った。

「それじゃあ確認するね。基本は、ニ対一の連戦。太郎くんと私が二人でボスを一体ずつ倒すから、綾香は私たちの後ろに付いて、魔法で牽制。質問はある?」

 次郎と美也のレベルは、共に七三まで上がった。
 しかも美也は能力加算でBP一二を追加で得ている。
 既に周囲のレベル三五のアラクネなど問題では無く、ボスよりも確実に強いだろう。
 二人の不安材料はレベル四二の綾香だが、ボスとは直接接しない方針で凌ぐ事となった。綾香との個別交渉の他に、井口家からは攻略特典報酬も示されているため、受けた仕事はきちんと行う予定であった。

「太郎さんと花子さんが、同時に別々の敵に襲われた場合はどうするのですか」
「その時は、わたしが単独で倒せそうなら倒すかも。時間が掛かりそうなら、太郎くんに支援魔法を飛ばして先に倒して貰う感じ」
「分かりました」

 作戦が大雑把に感じられるが、それだけ次郎と美也の連携は上手くいっており、臨機応変な対処が出来るという事でもある。

「それなら行くか」

 そう言った次郎を先頭に三人は通路の奥へと足を踏み入れた。
 その中は、少し前までは深い森だった。
 肥沃な土が地面一杯に広がりながら隆起しており、所々に見られる石には何らかのコケ類がビッシリと張り付き、足元には背の低いワラビ、クサソテツ、クラマゴケなどのシダ植物が覆い尽くすように生えていた。
 森を形成していたのは杉、檜、松、銀杏などの裸子植物で、杉山に通い続けた次郎と美也にとっては見慣れた光景でもあった。
 だがそんな森は、先程まで通路側から送り込んだ美也の火炎魔法によって、徹底的に焼き払われた。
 既に足場に生えていたシダ植物は全滅しており、黒焦げの大地から白煙が立ち上っている。森を形成していたシダ植物も枝を残らず失い、炭化した幹のみが山に並べ立てられている状態だ。
 そんな焼け焦げた山に踏み込むと、背後の通路が消え失せた。
 次いで山の中腹辺りに、黒い霧が二つ現われる。
 次郎は近い位置にある霧の一つに槍の尖端を向けると、号令を掛けた。

「アレだっ!」

 そして大きく踏み込み、焼け焦げた山を一気に駆け上がっていく。
 既に山の各所からは黒い泡のようなものが湧き出して、地下二〇階に生息しているアラクネたちをボコボコと生み始めていた。その数は五〇ほどであるが、次郎と黒い霧との間には発生していない。
 アラクネは、蜘蛛の頭部に人間の腰より上が乗ったような姿だ。大きさは人間部分が普通の人間サイズで、蜘蛛の部分が車両ほど。即ち大きさ的には、他階層のグリフォンやヒッポグリフといった魔物達と変わりない。
 糸は魔力が込められているらしく強力で、人間どころか他の魔物も簡単に持ち上げられるのではないかと思われる。さらに闇魔法の力が込められており、触れるだけでも状態が不良になる。そのため綾香の能力を闇五まで上げなければならなかった。
 そんな強力なアラクネのうち、最も近い位置に発生した個体に向かって美也の全力の火炎魔法が放たれる。
 赤い閃光は瞬く間にアラクネに達すると、一気に一瞬で燃え上がってアラクネが動き出す間もなく全身を覆って焼き尽くした。

「よし」

 上半身が人間の姿をしていると言っても、手加減をするに値しない理由が三つある。
 一つ目は、アラクネの人部分も肌が毛に覆われ、鉤爪が黒く異様に伸びた、ホモ・サピエンスとは異なる何かだからだ。鉤爪で器用に糸を操りながら巻き付けてくる姿を見れば、相手が魔物だと確信できる。
 二つ目は、アラクネが日本語を介さず、次郎たち人間と遭遇すれば真っ先に襲い掛かってくるからだ。アラクネ同士で協力し合うという習性も無いようで、知性を持たず本能だけで襲ってくる怪物に躊躇いを覚える理由は無かった。
 三つ目は、アラクネが人工培養したかのように同じ顔ばかりだった事だ。人と同型では無い他の魔物の顔については判別できないが、少なくともアラクネは、何処かしらの異世界で自然発生した存在ではなく、誰かに作られたような存在だと思われた。
 相手は人ではなく、知的生命体でもなく、自然の生き物ですら無い。単なる化け物である。

 その前提で突き進んだ次郎は、霧が晴れた先に居た新たなアラクネに一瞬だけ躊躇いを覚えたが、感情を意志でねじ曲げると全力で槍を突き出した。

「キャアアアアアアッ」

 毛に覆われていない白色の肌から腹部を軽々と貫いた槍は、すぐさま引き抜かれて白い首元に狙いを定め直す。
 すると注視した鎖骨付近に、一瞬ブローチのような物が目に映った。
 槍を握る次郎の手に再び躊躇いが生まれたが、少女が苦痛に蠢く間に槍は再び突き出され、首元を一気に貫いた。
 槍をグルリと捻るのは、槍を得物としてきた次郎の習性のようなものだ。
 咽を抉られた少女は言葉を失して、代わりに口から吐血を漏らす。血は滴り落ちて、糸を紡いで作ったような胸元を覆う白い布の一部を赤く染めた。

「太郎くんっ!」

 美也の声が届くや否や、次郎はアラクネを貫いた槍を手放してバックステップを行い、アラクネから距離を取る。
 次郎が離れた一瞬の間に、赤と緑の光が次々とアラクネの下半身にある蜘蛛部分を襲って切り刻み、焼き払った。
 ボスアラクネの大きさは、他のアラクネと大差ない。代わりに人部分が異様に白く、頭部から生えているのは毛ではなく髪で、無機質な瞳ではなく人の怯えた瞳をしているだけだ。
 次郎は渋面のままにナタのような武器を生み出すと、ボスアラクネに突貫して首元目掛けて全力で振るった。
 身体能力に高い比重を置く次郎の攻撃が、柔肌を裂いて骨を断ち、首を刎ね飛ばす。

 次郎の気分は最悪に近かったが、閉じ込められたボス部屋でボスを倒さないわけには行かないため気持ちを切り替えて、次のアラクネに向かって走り出した。
 背後では、トドメの火炎魔法が一体目のアラクネを焼き尽くしている。
 各個撃破された二体目のアラクネは、迫る次郎に対して逃げる素振りを見せたが、直ぐに首を撥ね飛ばされて仲間の後を追った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ