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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした

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40話 水族館から

 二〇四五年八月二三日。
 薄い水色のキャンパスに、綿飴のような積雲が疎らに流れている。
 そんな程良い晴れ具合の天空を見上げて、ふと気付く。
 地球に無数の青が存在する中で、飲み込まれそうな程に深く、濃く、それでいて美しい青は、空には無いのだと。
 次郎が知った最も美しい青は、海だった。

 そんな美しい青を背景に、手前のプールから六頭のイルカが一斉に飛び上がってくる。
 直上に踊り上がったイルカたちは、まるでワルツを踊るように一斉に身体を回転させると、白い水飛沫を撒き散らしながら水面下へ飲み込まれていった。

 拍手が打ち鳴らされ、子ども達の歓声が沸き上がる。
 もちろん隣に居る美也も、喜んで拍手をしていた。

「凄いね次郎くん、さっきと逆回転だったよ」
「ああ、しかも三頭ずつで交差していたな」

 イルカショーを行っている屋外会場は、水曜日にも拘わらず盛況だった。
 流石は夏休みと言うべきか、周囲には親子連れを中心に五〇人くらいの人がいる。
 これで多いと言うことに都会人は違和感を覚えるかも知れないが、二人が訪れたのは、山中県よりはマシだが人口下位の都道府県だ。
 しかも四方を海に囲まれた島にある水族館であり、電車で来ることは出来ない。
 島には二つの大橋が架かっており、最寄りの駅から出ているバスで三〇分ほど掛ければ来ることが出来る。
 もしも日本にゾンビが大量に現われたら、この二つの大橋を破壊すれば当面の安全を確保できる。
 約四七平方キロの面積に対して、人口は約二,〇〇〇人。人口密度が一平方キロ辺り四二人と、全都道府県で最も低い北海道すら下回る。
 そんな島の約六割が森で、三割が水田と畑と果樹園、残る一割が住宅とゴルフ場とキャンプ場と養豚場という、文明を江戸時代まで戻せば自給自足で何万年でも暮らせそうな環境が揃っている。
 もしもゾンビが日本で大規模発生する兆候を掴んだら、とりあえず住宅でも買っておくと良い。
 二階建て七Kで四〇坪ほどの家が、約一〇〇万円で売っているのでお買い得だ。但し最寄り駅から約六km、築一〇〇年ほど経っているのを気にしなければだが。

 そんな凄まじい島に水族館が建てられた理由は知る由も無いが、四方が海に囲まれているため、島の漁師から魚が貰い放題な点はメリットと言えるだろうか。
 ここまで転移で来られれば楽だったのだが、直接現地に跳ぶのは駄目だと言われて山中駅付近までしか跳べず、そこから到着までに三時間近くも費やした。
 そんな辺境の水族館であるから、都会に比べて人口密度が凄まじく低い。
 おかげで二人は、水飛沫が掛かる最前列に陣取ることが出来た。

「あー、濡れちゃったよ」

 美也は少し残念そうに、下ろし立ての洋服を見下ろした。
 確かにチューリップ柄のコクーンミニスカートも、オフホワイトのレース切替オフショルトップスも、イルカたちが撒き散らした水飛沫で少し濡れている。
 ふと風魔法で障壁を張るか、火魔法で乾かせば良いのにと思った次郎だったが、今日は基本的に能力禁止令が出ている。代わりにハンカチを取り出して、濡れたスカートの裾に当てた。

「ありがとう」

 美也も手提げからハンカチを取り出して水滴を拭い始めた。
 ショーはクライマックスだったらしく、会場のアナウンスがショーの終わりを告げる。周囲の人々はガヤガヤと騒ぎながらも食堂街やペンギン館、本館の方へ移動を始めた。

「私たちはどうしようか?」

 すこぶる機嫌の良い美也は、スッと右手を伸ばして次郎の左手を握ってきた。
 だが、実のところは薄氷の上の機嫌の良さだ。
 残る夏休みは、今までに溜まっていた負債を返済する精算日であり、決して気の抜けない次郎に課せられた任務なのだ。ここで「なんだかデートっぽいな」などと口走ろうものなら、一瞬でプールに突き落とされる自信がある
 今週のノルマにある動物園にもペンギンが居るため、ペンギン館はあまり良くない。
 本館にはジンベイザメやアザラシ、暗闇の中で照らし出される謎の各種クラゲ類、回遊するイワシや沢山の種類の魚たちがいるため、今から行くと遅くなって機嫌を損ねる。
 お土産コーナーなどは、当然最後だ。
 次郎は、ダンジョン内ではろくに動かさない頭をフル回転させながら、次の目的地を提案した。

「じゃあ、食堂街で食事にするか」

 左手を軽く引きながら彼女を立ち上がらせると、次郎は人々の流れの最後尾に加わった。
 青空の下、青いコンクリートにアザラシやカワウソのイラストが描かれた道を暫く歩くと、やがて古風な長屋敷の食事処が見えてくる。手前にはのぼり旗が大量に立てられており、コーヒー、アイスクリーム、かき氷、そば処などと大きく書かれていた。
 軽く見て回ると、定番の麺類やカレー系が多かった。
 こういう簡単に作れて、外れの無いメニューは、商業地では欠かせないのだろう。
 臨海地らしくワカメラーメンのワカメは凄い量で、微妙にお得感がある。中には邪道のカレーラーメンなるものまで存在したが、ラーメンにカレーを掛けるだけなので手間は変わらない。
 もちろん海ならではの海鮮丼定食や刺身定食、エビフライ定食などもあって、プラス料金でホットコーヒーやアイスクリームなどを付けることも出来るようだった。
 二人は定食系の食事処に入って、海鮮系を頂くことにした。
 次郎は店頭のショーケースに並んでいたエビフライ定食のコーヒー付き、美也は刺身定食を注文した。
 お値段は二〇〇〇円前後だが、夏のアルバイトで六〇四〇万円ずつの報酬を受け取った二人はプチ貴族なのである。

「そういえばさ、海苔って日本人しか消化出来ないって聞いたけど」
「うーん、そんなことは無いよ。かなり昔、科学誌ネイチャーに海藻の食物繊維を消化できる腸内細菌を持つ日本人が見つかって、北米人からは見つからなかったって載っただけ。全人種は調べて無いから、他にも居るかもね」
「へぇ」
「それに腸内細菌を移せば、欧米人でも消化できるようになるよ」
「ほほぉ」

 少し混んでいる雑談に興じていると、食事処のテレビが正午を告げた。
 真面目そうなアナウンサーが、お昼のニュースを伝え始める。
 最初は三日前に攻略された、北海道の巨大構造物についてだった。
 北海道は人口が全国八番目であるにも係わらず、労働党の支持基盤では無いという理由で後回しにされていたと疑われている。
 そこへ謎の集団が、憲法第二五条に規定される生存権に基づき、自ら企画して北海道ダンジョンを攻略したというニュースだ。

 昨日の朝七時、緊急の記者会見を開いた広瀬議員が公開した約五分の音声抜きの動画には、念入りに変装した少年が映っており、古代の闘技場のようなボス部屋に入ってから、ボスが倒れて黒い床面が灰色に変わるまでが収められていた。
 槍を構えた男は当初格好良く飛び出して素早く雄蜘蛛を退治するが、側面から雌蜘蛛に糸を振り掛けられると大慌てで槍を形状変化させながら格闘を始める。
 その間に床から次々と大蜘蛛が現われては、背後から飛び出す火魔法に焼き払われ、風魔法に寸断されていった。

 映像を公開した共和党は、どうすればボスを倒して魔物の出現を止められるのかを全国民で考えるために匿名で投稿された映像を公開したとして、ボスの大きさや想定されるレベル、特徴などを説明していった。
 映像を流すために暗くされていた会場は、物凄い数のフラッシュで昼間のように眩しく輝いていた。
 光の嵐が幾らか落ち着いた後、共和党本部員は説明した。
 匿名の手紙には、政府が後回しにしたダンジョンから魔物が飛び出して自分や家族、友人達が襲われる事に耐え難く、思い悩んだ末に攻略した事が書かれていたと。
 そんな撮影者が顔を隠さざるを得ないのは、政府の命令を受けた機動隊が撮影者たちを撃ち殺そうとするからで、政府の妨害によってダンジョン攻略が阻害され、多くの国民が死に瀕していると。
 その日の記者会見はそれで終わったが、既に死に体だった現内閣は追い打ちを受けて更に支持率を落とした。もはや与党寄りの新聞社が調査してすら一〇%に届かないのでは無いかと予想されている。

 昨日から引っ切りなしに流れ続けるニュースを聞き流した次郎は、収納能力から携帯端末を取り出して受信を行った。
 すると三日後の土曜日に、井口豊と広瀬秀久が東京で会って聞きたい事がある旨のメールが届く。現政権の幕を下ろす算段が付いたが、その日で無ければ都合が付かないため、何とかお願いできないかと。

「美也、次の動物園デートだけど、二七日の日曜日でも良いか」
「確か、土曜日にしようかって言ってなかった」

 咄嗟に天気などの嘘が思い浮かんだが、どうせバレると思って素直に携帯端末を差し出した。

「お土産、一杯買ってくるから」
「うーん」
「今日もお土産、ゆっくり見て回ろうか」
「うーん」
「そういや、隣市の新しいクレープ屋が凄い人気だってアリスが言っていたけど、今度二人で行ってみないか」
「その辺で手を打とうかな。それじゃあレクチャーするから、いくつか覚える事」
「ういうい」

 次郎はホッと溜息を吐くと、了解する旨のメールを送り返す。
 なお出張費として、美也のご機嫌を取るために五万円ほど要求するのも忘れない。
 次郎からのメールは井口家の三人と広瀬の所へ同時に届くようになっているらしく、すぐに綾香の父で広瀬の秘書でもある井口和馬から反応が返ってきた。
 出張費は五〇万円払うので、食事は済ませてくる事、帰宅時は転移で移動する事、絶対に身元が分からない変装をしてくる事、同席者の質問に少し答える事など様々な注意事項が丁寧に附記されている。
 とりあえず何も見なかった事にして三時間ほどご奉仕を続けた結果、なんとか美也からお許しを頂くに至った。




 土曜日の夕方七時過ぎ。
 事前に東京でお土産を買い漁った次郎は、サングラスと二重のマスクにカツラ、ニット帽など怪しい出で立ちのオンパレードで井口和馬と合流し、彼の手配した黒塗りの重圧感溢れる高級車に乗り込んだ。
 車は一〇分ほど走り続け、隅田川沿いに佇む高級料亭前で停車した。
 そのまま車内で暫く待たされた後、ようやく降りるようにと指示される。始めて入る料亭の玄関で靴を脱いで収納空間に仕舞い込むと、廊下を無言で歩き出した。
 すると直ぐに、料亭の敷居の高さが理解できてくる。
 いくつか並んだ座敷部屋の内側には大きな池があり、しだれた木の枝が垂れ下がった先に、庭師が考え抜いたであろう大きな石が浮かび、その合間を一匹数百万円はするであろう錦鯉が何十匹も優雅に泳いでいた。
 各部屋のふすまは、客同士は互いに顔が分からないように、上の方に薄い障子が張られている。その隙間から溢れる木の色合いを帯びた灯りは、暖かな温もりが感じられた。
 そんな座敷の最奥、廊下すら別になっている部屋の前まで案内されると、同行していた井口和馬だけが控えの間に下がっていく。
 仕方が無く次郎だけで座敷の奥部屋に入ると、既に井口党首と広瀬議員が待っていた。それだけではなく、次郎の父が好きな公共放送でよく見る顔が幾つも並んでいる。

 コの字型になっている席の右手には、中央に井口豊、池側に広瀬秀久。
 奥には、野党第一党である改革党の藤沢博文代表、第三党である新生党の麻倉道繁代表、第四党である共歩党の青山浩一代表。
 左手側には、与党の非主流派である小林宗吉衆議院議員、連立与党である国民党の相山昌良代表がズラリと座していた。
 此処に居る全員で動かせる議員は、衆議院の過半数を上回る。
 主義主張の異なる彼らが、一同に会して食事をしている光景は、極めて異質だった。井口和馬が下がったのも道理だろう。この場に居る人間は、格が違いすぎる。
 そんな彼らから一斉に視線を向けられた次郎は、一瞬だけギョッとしたものの、すぐに気を取り直して挨拶した。

「遅くなりました」
「まだ君の到着予定時刻には五分ほどあった。構わないから私の隣に座りたまえ」
「はい、では失礼します」

 次郎は井口豊らが座っている右手の廊下側に座した。

「さて、始めようか。山田くん、まずは机を収納能力で消してくれるか」

 次郎は無言で懐石料理が乗せられた机を消し去ってみせる。

「おぉ」
「本当に消えたな」

 老人達が驚きの声を上げる中、次郎は机を改めて出した。
 音すら立てずに現われた机は、まるで先ほど消えた事が夢だったかのように、乗せられていた懐石料理ごと寸分違わぬ状態を保っていた。

「転移能力は、彼が帰る時に見せて貰えます。では山田くん、少し先生方の疑問に答えてくれ。言えない事は言わなくて良い。個人情報などは特にな」
「分かりました」

 老人達と称すには些か若い顔触れもあるが、いずれも老獪な政治家たちを見渡した次郎は、与党・労働党の小林議員と目が合った。
 彼は大場総理よりも年長者で、労働党に確固たる地位を築く非主流派の大派閥長だ。
 自身も閣僚歴任者であり、派閥には三八名の衆議院議員も属している。

「ご質問をどうぞ」

 偶々次郎が指名の形となり、小林議員が徐ろに口を開いた。

「ふむ。君がチュートリアルダンジョンを見つけた経緯を話して貰えるかな」
「私の家は田舎です。家の敷地内にチュートリアルダンジョンを発見したのが、三年以上前の二〇四二年五月四日でした。石が光って見えたので降り立つと、コウモリに襲われました。必死に抵抗して倒したところ、偶然石を拾ってレベルが上がり、内部がダンジョンであると理解しました」
「そこで届け出ようとは思わなかったのだね」
「ええ。私が発見する二年前から、政府は全国の数十カ所で見つかった『南海トラフを震源とする西日本大震災後に発生した地割れと地質の調査』を行い、発見者には届け出るようにと呼び掛けていました。しかし我が家のダンジョンは、地震による地割れではない事が明白でしたので、政府の呼び掛けの対象外だったというのが建前です」
「それでは本音は?」
「明らかに嘘を吐く相手を信用できませんでした。地主を一方的に閉め出して補償しない点もダメでしたね。それは憲法二十九条第三項違反です」
「経緯については結構。相山代表、何かありますかな?」

 小林議員は隣に座る連立与党・国民党の相山代表にたすきを渡した。
 国民党は衆議院が三一議席で、政党としては四番目の大きさだが、与党と結びついて日本の政治に強い影響力を及ぼしている。
 その一方で、状況次第では立ち位置を変えて与党ですら批判し、民意を繋ぎ止めて安定した支持層を得ている。
 そんな政党を率いる相山は、色々とありますがと前置きした後、疑問を口にした。

「君たちは、中級と予想される多階層円柱のボスに勝てそうですか?」
「勝てると思っています。私達のレベルは言えませんが」
「もう一つ。君たちが未知のボス部屋に閉じ込められたときに背後から襲われて、致し方が無く正当防衛で反撃した機動隊員のドッグタグは、残っていますか?」
「…………私は色々な物を収集する癖があります。が、冬籠もりする栗鼠のように埋めたドングリの位置をよく忘れます」
「それでは状況が整えば、出てきますか」
「火の魔法は化学的な発火とは異なりますので、想像以上に全てが綺麗に残っているかもしれません。収納空間内は時すら止まりますので、色々な証拠を保存するには最適です」
「それでは藤沢さん、次の質問をどうぞ」

 相山が話を切り上げると、井口党首が野党側に質問を振った。
 野党第一党である改革党の藤沢は、この場に居る政治家の中で最も若い四五歳だ。
 雑誌の表紙を飾れるような線の細い端整な顔立ちで、医者と弁護士の資格を併せ持ち、両方の実務を経験した後に静岡県知事を一期勤めてから衆議院議員に二度当選する。
 西日本大震災後の野党転落で改革党が苦境に見舞われた後、幹事長を務めて党を立て直し、昨年からは当時四四歳の若さで野党第一党の党首となった。エリートの代名詞のような人物である。

「質問が有り過ぎて困ります。ですが山田君、短期目標として、最優先課題の解決方法について君の考えを聞かせて下さい」
「どうぞ」
「四七都道府県の初級ダンジョンを最短で残らず攻略するには、どうすれば良いと思いますか。物理的に可能であれば、組織、制度、慣習、法律、予算、犠牲などは一切問いません」

 次郎は鋭い剣を向けられたような感覚を覚え、硬い言葉で返した。

「先に前提ですが、ボスはレベル三〇くらいの巨大女郎蜘蛛二匹で固定され、その他にレベル一五の女郎蜘蛛が大量に沸きます。攻略するなら、それに勝てる戦力が必要です」

 藤沢は無言のまま、次郎の話に頷きを返す。

「次に解決方法ですが、確実に勝てるチームを量産して各地へ同時に送り込みます。転移能力者は、護衛を付けてボス部屋前まで進ませてから戻らせて、部隊を一気に運搬させます。護衛には犠牲が出ても仕方がありません」
「肝心のチームは、どうやって増やしますか」
「多階層円柱のインプを、兵器で死なない程度に弱らせてから護衛付きでトドメを刺させます。選抜するのはなるべく若い隊員です。本当なら一八歳未満が最良です。居ないでしょうけど」
「それが、共和党協力者である山田君の答えですか?」
「そうですね」
「それでは、日本国内閣総理大臣の山田君なら、どうしますか」

 突拍子も無い仮定をされた次郎は唖然とし、暫く間を置いてから自信なげに答えた。

「…………私は一般人ですので」
「おかしな事を聞きましたね。ありがとうございます。それでは麻倉代表、次をどうぞ」

 藤沢が質問を終えると、新生党の麻倉が身を乗り出した。
 新生党は、次郎から見て若干過激な愛国発言や献身発言が目立つ野党だ。
 国民から一定の支持は得ており、次郎の父は少し評価している。

「君は、かなり力を持っているようだね」
「いいえ、そんな事はありません。単なる未成年の一般人です」
「謙遜だな。アラブ首長国連邦などが日本に国際宇宙ステーションの共同開発を打診してきたが、転移能力者としてはどう思うかね」
「全く関わり合いの無い話です。税金で運用している機動隊や自衛隊の転移能力者に協力せよと政府が命じるなら、そちらは頑張ってくれるかもしれません」
「君は協力してくれないのかね」
「しませんよ。私たちの事は、機動隊に撃ち殺された亡霊だとでも思って下さい。依頼するなら、あちらへどうぞ」
「実際には撃ち殺されていないだろう」
「機関銃で何千発も撃たれて、協力するわけが無いでしょう。日本では思想信条が自由なので、黙って言う事を聞く人もいるかも知れません。私は違いますが」

 次郎は野党第四党である共歩党の青山に視線を向ける事で、質問者の交代を促した。
 すると黙った麻倉に代わった青山は、直ぐに質問を投げるのでは無く、周囲に語り掛けるように話し始めた。

「彼が協力を拒むのは当然ですよ。しかし共和党の皆さんは、よく彼の協力を得られましたね」
「縁がありました。それが無ければ、暫く表に出なかったかも知れません」
「そうですか。うちに来てくれても良かったのだけれどね。それで山田君は、日本がどうなると良いと思うかな」

 共歩党の青山と広瀬の会話を聞いている間に苛立ちが収まった次郎は、質問にやや考え込んだ。
 どうなると良いかと問われると、確かに魔物パニックは迷惑だと考える。強いと想っていた兄が怖れていたのが、強く印象に残っていた。
 かといって、自分が高校を中退してまで手伝おうと言う気にはならない。
 それは政府に投げっぱなしにされた杉山を見て育った事で、政府が個人の犠牲を完全には保証してくれないと学んだからだ。
 ダンジョンから魔物が溢れないようになれば良いとは思う。
 しかし麻倉党首のように、国家への献身だとか奉仕だとかで、次郎個人が一方的な負担を強いられるのは断固拒否する。それなら他国に逃げた方がマシなのだ。

「魔物が外に出ない状態になると良いですね。但し、国家への献身だとか奉仕だとかで、私個人が過度の負担を強いられるのは断ります。憲法十八条には、『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない』と記されていますので」
「法律をよく勉強しているようだね。ところで、共和党などに自発的に協力している範囲は問題ないわけだね?」
「そうですね。まあ程々に」
「引き続き共和党さんと、よろしく頼みますね。彼との顔通しは、この辺で十分でしょう。確認は取れました」

 青山の提案に、反対者は出なかった。

「では山田君、今日はご苦労だった。転移で帰還して見せてくれたまえ」
「ええ、では失礼します」

 立ち上がった次郎は、瞬きをする間に消え失せた。その場に座していた七人は、彼が消えてから数秒間だけ動きを止める。
 その後、井口から苦情が出た。

「麻倉さん。国会では無いのですから、挑発して話を引き出そうとするのは止めて頂きたい」
「申し訳ない。どうやら反骨精神が強いようですな」
「それなければ、ここまで大事にはなりません。しかし彼が隠れたままだと、日本は壊滅でした。それで小林先生、どうされますか」

 井口に問われた与党非主流派の首魁は、井口を正眼に見据え、やがて重々しく沈黙を破った。

「乗りましょう」

 それは与党内に、三八議席の衆議院議員の造反者が誕生した瞬間だった。
 大場号は沈没寸前の泥船であり、背後からは泥船を撃沈できる武器を満載した真新しい船が、わざわざ小林達の目の前まで来て手を差し伸べている。
 ここで泥船と一緒に沈む選択肢は、小林には無かった。
 彼らにとって決定打だったのは、問題の解決手段を持っているのが共和党だけだと確認出来たからであったが。

「結構です。国民党さんは、どうされますか?」
「臨時国会に提出される内閣不信任決議には、国民党議員の全員が賛成に回るでしょう」

 次いで、衆議院に三二の議席を持つ連立与党が見切りを付けた。
 判断の理由は、概ね小林と同じである。
 もはや大場政権の延命や蘇生が、日本にとってマイナスにしかならないと理解したのだ。

「結構です。それでは予てよりのお約束通り、内閣不信任決議に賛成された先生方には対抗馬を擁立せずに残って頂き、大場の共犯者共は、全党で選挙協力して纏めて落ちて頂くということで」
「改革党としては、再び共和党さんと連立政権を組みたいと思います」
「是非お願いします」

 改革党の藤沢が名乗りを上げたが、これは最終確認に過ぎない。
 元々連立を組んでいた共和党と改革党は、水面下で新たに連立を組む算段を付けていた。どちらも一党単独では過半数を取るのは難しいと分かっていたのだ。
 そして味方が増え、議席数が上積みできて、反対が少なくなるのであればなお有り難い。他の野党二党にも、事前に話は通してあった。

「他党の皆様方も、ご協力頂きたいですな。日本が無くなっては、政治云々ではありません」
「それならば、新生党も加わろう。外では無く、内側から推し進めなければ成るものも成らん。カマキリに喰われるなど、全く冗談では無い」
「共歩党も手を貸しましょう。大場政権を追い出した後は、争っている場合ではありません」

 野党第三党と第四党も次々と旗色を明らかにした。
 彼らが共和党と連立を組むメリットは、国民の支持率を向上させる事、政策決定のプロセスに関与できる事、確実に大臣を出せて閣議決定で賛否を行える事、様々な集団から献金を受け取れる事など数多ある。
 だが最終的には、現状で蚊帳の外に置かれたくないという思いが彼らを決断させた。

「我々は合流できないが、大場派は内側から解体していこう」
「国民党も、すぐに鞍替えは出来ませんね。ですが魔物対策法案では、協力しますよ」

 与党側の小林と相山両者の意思を確認した井口は、もう一つの計画についても確認を行った。

「それでお二方とも、例の計画には乗って頂けますか」
「…………直ぐに選定を始めさせる」
「確かに全党でやらなければ、効果が薄れます。しかし、酷い作戦です」
「重々承知しております。ですが早々にカマキリを全て片付けるためには、他にやりようがありません。諸外国に口を出させる隙も与えられません」
「分かっている。選定できない者は省く」
「時代錯誤ですね。法案に賛成はしますが、発覚があと一年早ければと悔やまれます」
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