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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした

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39話 アルバイト達成

 転移能力を活用し、圧倒的なレベルと力で押し進んだ二人組は、井口豊に約束したとおり、八月一一日には予定より一日早く地下一五階の最奥手前まで到達した。
 既にレベル六〇台後半の二人にとって、最大でもレベル一五という初級ダンジョンの魔物たちは、足元に生える雑草にも等しい存在だった。
 仮に適正レベルがあるのだとすれば、二人は既に初級ダンジョンどころか、次の段階である山中県の多階層円柱も遙かに越えている。
 初級ダンジョンの魔物が障害にならないのは、レベル三四に至った綾香にも言えることで、流石に雑草とまでは豪語できないが、戦闘では無く蹂躙になるくらいの戦力差はある。

 翌一二日より綾香を加えた一行は、二階と三階を繋ぐ階層間の周辺、四階と五階を繋ぐ階層間の周辺探索という形で、綾香の踏破エリアを広げ始めた。
 最初に二階側を、魔物を倒させながら真っ直ぐに突き進んでいく。
 その後は魔物の死骸を辿って下階層へと下る坂道まで逆走し、三階に降りて魔物を倒しまくりながら行けるところまで行く。
 初対面では毅然としたお嬢様風だった綾香も、流石に行程が厳しすぎたのか、不健康そうな土色の肌と、窶れた表情に変わっていった。

 綾香の祖父や父は、この件に関して明確な意思を示している。
 だが攻略特典を取らせる事にはリスクも伴う事を、井口家が理解できないはずが無い。
 綾香の母などは反対しなかったのかと考えた次郎が迂遠に問うと、疲弊の色が見える綾香は目を据わらせたまま、大丈夫だと請け負った。

「いずれ父は、祖父の地盤を受け継いで国会議員になる予定です。その時に受け継げる物が増えるのであれば、母は率先して支援します」
「つまり嫁ぎ先の生活のためって事か」
「いいえ、典型的な政治家の妻だからでしょうか。私には二人の弟が居ますが、どちらかは父の後を継ぐでしょうし、私が何処かに嫁ぐ時も、井口家のためになる相手が選ばれます。母には反対する理由がありません」

 超上流階級の発想には着いていけないと呆れた次郎は、そういえば祖父にも妾が居たのだったと思い出す。
 祖父が次郎を祭りに連れ歩いた時に、一度だけその家に寄ったのを見た事がある。
 その時は、なぜ祖父が他人の家の鍵を持っていて、堂々と玄関を開けて中に入るのかと不思議がったのだが、事実を知ってさらなる衝撃を受けた。
 ちなみにその家は、祖父名義であった。

 次郎の実家ですら祖父世代までならば実例があるため、その考え方が全く理解できないわけではない。
 井口家ほど権力や財力で固められた家になると、今でもそのような風習が残っているのかもしれないと思い直した。

「でも嫁ぎ先か。転移能力まで獲得する綾香を、井口家が手放すかなぁ」
「私に対して、やり過ぎたとお思いですか」
「…………ああ。まぁ一応、少しは」

 綾香の安全のためにレベル上げを依頼したのは、祖父の井口豊である。
 だが請け負った次郎も、特典獲得者に対する扱いの保険や、共和党の検証作業で自分を呼ばせないために、綾香に転移能力を獲得させる提案を行った。
 次郎は自身や美也の事情を最優先しており、能力を得られる綾香にも損は無いだろうと考えて綾香の意志は最初から問わなかったが、改めて考えると綾香の人生に多大な影響を及ぼしている。
 そんな次郎の考えを、綾香は否定しなかった。

「祖父達が転移能力者を手元に欲するのは、検証のためと、労働党に対抗するためです。次の選挙で労働党の議席を奪って政権を奪還し、警察や自衛隊の転移能力者を差配できるようになれば、比重は軽くなるとは思いますが」
「…………が?」
「私の役割がゼロにはならないでしょう。嫁ぎ先は広瀬家か、井口家より立場が下で私を呼び易い家になるかもしれません。既に社会人の広瀬家のご子息とは歳が離れ過ぎておりますし、全く好みでもありませんが」
「本人の意志は?」
「嫁ぎ先として相手方の立場や財力が問われるのは、一般的ではありませんか」
「いやいやいや」
「全然違うと思うよ」

 世間とはズレた発言に、一般人の二人から総突っ込みが入った。
 次郎は、そんな時代では無いと否定する。
 黙っていた美也としても、兄の恭也が最優先されて、妹の自分に対する扱いが酷かった事を肯定するような発言には苦情を入れざるを得ない。
 断固否定派の二人組に対し、お嬢様は懐疑的な表情で首を傾げた。

「そうでしょうか」
「嫌な相手だったら逃げれば良い。転移能力を取得すれば、いつでも逃げられる」
「そもそも逃げ先がありませんよ」

 最初に言い切った綾香は、不意に押し黙った後、真面目な口調で自身の発言を否定した。

「いえ、一つだけ実家から身を隠せる可能性が有りましたね。私に転移能力を持たせる提案をされて、少しでも気にしておられるのでしたら、私が逃げたくなった時にご支援下さい」

 次郎は即答せずに少し考えを巡らせ、自分の可能な範囲を口にする。

「…………攻略特典で報酬が入ったら、逃亡資金とかは手助けしてやる」
「ありがとうございます」

 誠実にお礼を述べる姿を見た美也も、流石に文句は付けなかった。
 次郎が綾香に特典を持たせようとした行動には、美也の承認もある。
 自分より年下の過失の無い少女が、自分たちのせいで犠牲になるというのは、流石に良心に咎めないでもなかった。どちらかと言えば、次郎の良心に咎めた事を美也が気にしたのであったが。
 その穴を埋めるために報酬が一部目減りしても、美也は構わないと考える。
 そもそもお金が欲しいなら、何かしらの情報を井口家に持っていき、対価としてささやかな額を要求すれば良いだけなのだ。
 だが次の発言が、虎の尾を踏んだ。

「むしろ太郎さんが候補者になって下さるという手もありますね。私より能力をお持ちですし、祖父や父を簡単に説得できると思います。私も大丈夫ですよ」

 途端に口籠もった次郎の代わりに、隣から美也の声が飛んでくる。

「へぇ。太郎くん、モテるんだね」
「いやいやいや。さあ、女郎蜘蛛の親玉を倒しに行こうか」

 冷や汗を掻きながら逃げ出した原始人を追い、虎とお嬢様が歩み出した。

 相対的に魔物が弱すぎるため、以降はお嬢様の発言を気にしながら進んだダンジョン攻略となった。
 唯一の懸念材料だった機動隊チームは最後まで姿を現わさず、代わりに広島県が攻略されてニュースに取り上げられた。
 七月に大場総理の地元である宮城県、八月に高瀬総務大臣の地元である広島県、現在の労働党にとっては、国民の怒りを買うという点で最悪の結果である。
 その次は、本来決まっていたが後回しにされた愛知県と千葉県が順に攻略されると発表されている。予定では九月から一〇月にかけてだろう。急げば九月中だろうか。
 だが野党第一党の改革党勢力が根強い愛知県と、野党第三党の新生党勢力が根強い千葉県を相次いで攻略対象としても、元々決まっていた県を労働党の私利私欲で後回しにしただけで、むしろ遅いと言われる。
 さらに野党の分断を図ろうとしていると批判されている現状では、火に油を注ぐだけとなる。
 九月頃に愛知県と千葉県を攻略した後は、人口順でようやく北海道となる予定だ。
 そこを次郎たちが、勝手に攻略してしまうわけである。
 政府は謎の集団に対して「勝手に攻略するな」と言えるだろうか。そんな事を宣えば国民から「攻略するなとは何事だ」とお叱りがあるに違いない。
 次郎としては、攻略して政府が責められても苦笑いするしか無いのだが。

 むしろ攻略云々よりも、一月に向けて自衛隊や機動隊のレベル上げを加速させるべきだと次郎は考える。
 一八歳以上の人間はレベル上げに要する魔物の数が次第に多くなり、二〇歳を超えれば数十倍、二十代後半には一〇〇倍以上と知られている。
 だが仮に一九歳で二〇倍なのだとしても、コウモリを計二〇匹狩ればレベル一、総計一〇〇匹でレベル二、総計三四〇匹でレベル三、総計七〇〇匹でレベル四、総計一二四〇匹でレベル五、総計二〇六〇匹でレベル六に上がる。
 一九歳の隊員だけに資源を集中して一日二〇匹狩らせれば、レベル六くらいなら一〇〇日くらいで到達できるし、カマキリ出現の翌年一月四日に未だ間に合うのだ。
 レベル六の隊員を一万人くらい増やせば、レベル一〇の三万匹のカマキリの一割くらいは倒せるかもしれない。
 もちろん次郎が知らないだけで実行中かもしれないし、それをやっても突入させた隊員は全滅するのだが。

 一〇%台まで落ちた内閣支持率を気にする政府は、既に何を行っても批判されて、二進も三進もいかない状態だ。
 七月に広瀬秀久が国会で暴露してから、未だ一ヵ月ほど。
 暴露した時点で、既に積んでいた。
 仮に警察や自衛隊のレベルを上げてカマキリ対策を採ると言えば、間に合うのかという批判が起こり、ダンジョンを解放して国民にも自衛手段を持たせろと抗議活動が起こり、警察や自衛隊が得た力で高瀬総務大臣の孫だけではなく国民も治療しろと批判される。
 なにしろ都道府県警を所管する総務省の総務大臣が、治癒魔法を自分の孫に私的利用していたと週刊文秋にすっぱ抜かれたのだ。何を言っても批判されるのは目に見えている。
 政府が混乱しているおかげで、次郎たちはスムーズにボス部屋まで辿り着けた。
 ボス部屋でのボスの映像が欲しいと依頼されており、普段に増して念入りに変装しているが、その辺はご愛敬である。映像に関しては、編集してから渡す予定だ。

 初級ダンジョンのボス部屋にあたる場所は、大雑把に直径一km、短径五〇〇m、高さ二〇mくらいの楕円形で、古代の闘技場のような空間になっている。
 奴隷剣士の代わりに石槍を持つ男一人と魔法使いの女二人が現われて、闘技場の入り口が閉じられると同時に黒い渦が二つ、床から天井に向かって渦巻き出した。

「まずは俺がボスを一匹倒す。花子は雑魚の掃討。綾香は俺が取り押さえる二匹目のトドメを刺せ」

 次郎は派手な演出の渦から、獅子ではなく軽トラックほどの大きさの女郎蜘蛛が出てくる前に槍を構えて、一気に走り出した。
 すると黒い渦が即座に消滅し、二体の巨大女郎蜘蛛が姿を現わした。
 女郎蜘蛛は出現と同時に多脚を忙しく動かし、目にも止まらぬ速さで次郎に向かって迫ってくる。

「グロい、キモい、ヤバい」

 次郎は石槍を振り被ると、カシャカシャと蠢く牙に矛先を流星の如く叩き付け、流れる勢いで引き戻しては、何度も隕石の衝突を浴びせ掛けた。
 出現した時点では、クモ最大のアドバンテージである巣を張っていないため、両者の戦いは、単なる力と速度のぶつけ合いとなる。
 レベル七〇近い次郎と、レベル三〇の女郎蜘蛛が正面から対峙した結果、一匹目の女郎蜘蛛は殆ど為す術も無く叩き潰された。
 だがその間に二匹目のより大きな女郎蜘蛛が、尻の方にある出糸突起から粘着性の糸の塊を生み出して前脚で振り掛けてきた。

「ぶわはっ!?」

 面攻撃と点攻撃を織り交ぜた粘着性の糸が、側面から次郎の全身に纏わり付いてくる。
 次郎は、溜まらず全身と槍に火魔法を帯びさせて、纏わり付いてきた糸を必死に焼き払い、同時に土魔法で巨石を生み出して力尽くで投げ飛ばした。

「アホかアホかアホかっ」

 美也の方は、周囲から湧き出しては迫ってくる雑魚の女郎蜘蛛を圧殺している。
 同時に雑魚蜘蛛たちを観察していた美也は、ある事が脳裏を過ぎった。
 雑魚蜘蛛の出現数は、以前に比べて五分の三ほどだ。
 これは次郎たちが機動隊員三名と共に入った五人と、現在綾香と共に入っている三人との差に連動している。

「ボス部屋って、人間の数で女郎蜘蛛の総数が変化するのかも」

 美也の予想を聞いた次郎は、自衛隊が人数で攻め込んでも勝てない理由が一つ腑に落ちた。
 美也が観察している間に、次郎は石槍の先端をハンマーのように作り替え、柄の部分も大きく伸ばして、金槌で釘を打ちように二体目のボスの全身を何度も叩き付けていった。
 脚がいくつも外れ、胴体が潰れ、それでも巨大女郎蜘蛛は忙しく大顎を動かし続けた。
 対して圧倒的なレベルと速度で素早く背後に回り込んだ次郎は、ハンマーで出糸突起を叩き潰し、最大の脅威である糸を一切出せなくする。

「綾香、炎」

 横合いから光が迸り、二体目の女郎蜘蛛の傷口に流れ込む。
 直後、女郎蜘蛛の体内から膨れ上がった魔力が燃え上がり、赤い火炎と真っ黒い煙を立ち上らせながら全身を焼き上げた。
 そんな火達磨の女郎蜘蛛に、容赦なくハンマーが振り下ろされる。
 ハンマーの振り下ろしは、床から雑魚の大蜘蛛が湧き出て来なくなるまで、容赦なく徹底的に続けられた。
 やがて黒い床面が灰色に変じて、大蜘蛛の無限沸きが停止する事で、高レベル者のボスに対する一方的な蹂躙に幕が下りた。

 ボスを倒した後、次郎は暫く待った。
 だが白い背景と黒い文字は、一向に出てこない。

「駄目みたいだ。同じ難易度での特典追加や、評価の更新は無いらしい」
「うん、わたしも駄目みたい」

 どうやら次郎と美也は、初級ダンジョンの評価がAで固定されてしまったらしい。
 初攻略時、機動隊に追い回されて攻略エリアが中途半端になった挙げ句、ボス部屋に割って入られた事が、今更ながら大きく悔やまれた。
 だが『同じ難易度のダンジョン攻略特典は、重複や更新が出来ない』と分かり、現在政府が行っている攻略が難航している理由にも察しが付いてきた。

 ・大人ほどレベルが上がり難い
 ・同じ難易度では、攻略特典の重複取得や評価の更新が出来ない
 ・ボス部屋への突入人数に比例して、レベル一五の女郎蜘蛛が増える

 すなわち、能力加算を取ってから再挑戦して評価を上げ直したり、特典の所持数自体を増やしたりする事は出来ない。
 またザコが人数に比例して出るため、ボス部屋に人員を詰め込んで、特典所持者を量産する事も出来ない。
 しかも検証数は少ないが、攻略人数が増えると評価が下がる怖れもある。
 次郎たちの場合は、二人でS評価、五人でA評価だった。
 チュートリアル時代であろうと、機動隊や自衛隊の突入部隊が一〇名以下だったと言う事は考え難い。Sで能力加算+二四、Aで能力加算+一二なのであれば、Bならば六、Cで三程度の可能性もある。
 従ってボスが攻略できるのは、チュートリアル時代に隠蔽しながら運用していた本当の精鋭だけで、政府が幾ら焦っても即席チームは増やせないという事になる。
 精鋭と言っても、次郎を追い回していた昨年の段階で、レベル一〇を越えていた集団が最大でも一個小隊三〇余名程度だったため、一年後の今でも個々はレベル二〇に届かず、能力加算Bくらいが関の山だと思われる。
 しかも最前列に配置されていた最精鋭三人は、次郎が削った。加えて女郎蜘蛛たちとの相次ぐ戦いで、目減りした可能性すらある。
 多分レベルの極端に高い隊員がいるか、相応の武器や戦術があるから攻略を続けられているのだろうが、それでも政府が攻略に難儀している理由には概ね察しが付いてきた。

「それで、肝心の綾香の評価は何だった」
「総合評価Aでした。変装し直してから取得して、ダンジョン入り口に跳ばされたら、もう一度入り直すのですよね」
「Aだったのか……」

 二回目の初級ダンジョン攻略による流入情報の過多からオーバーヒートを起こした次郎は、そちらの解析を後回しにして、報酬金額だけをざっと計算した。
 転移能力Aが取れれば、報酬は一億円だ。
 それに各種ビデオ映像の報酬一〇〇〇万円と、綾香のさらに引き上げられたレベル三六に基づく報酬一〇八〇万円を合せれば、報酬総額は一億二〇八〇万円に上る。
 それを二人で山分けすれば六〇四〇万円となり、大学生活は豪遊が決定した。

「まあいっか。それじゃあエセ機動隊員に変装し直しで」

 次郎は金額について、呆気なく割り切った。
 元々報酬額は、獲得される特典が何であろうと困らない設定にしていたのだ。

「分かりました。夏休み中は色々と大変でしたが、逃げ先をお約束頂けて感謝しています。太郎さんも花子さんも、今後もよろしくお願い致します」
「程々で、お手柔らかに頼む」
「わたしは機会があったらね」

 三人は再変装を済ませると、綾香が攻略特典を取得して、北海道に政府の予想外となる多階層円柱を生み出した。
 そして生まれ変わった北海道の新ダンジョン内に入って暫く進んでから転移登録を済ませると、用は済んだとばかりに井口邸へと舞い戻った。
 なお帰宅した彼らがテレビを付けた頃、突然形状を変えた北海道ダンジョンをテレビが生中継しており、大混乱した世間は何回目かのひっくり返りを起こしていた。
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