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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした

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35話 アルバイト

 二〇四五年七月一五日、土曜日。
 次郎は今月何度目かとなる、北海道への移動を行った。
 相変わらずマスクやサングラスを装着して顔を隠しており、コンビニに入れば店員に非常ボタンの位置を確認される事請け合いの不審者スタイルである。

 訪問先は、前回覚えた井口邸の内部だ。
 いきなり屋内に跳ぶとは非礼極まる行為であろうが、今回ばかりは仕方が無い。
 なにしろ通常国会が閉会して北海道へと戻ってきた井口党首の移動に合わせてメディアが、カメラを引っ提げて追いかけてきたのだ。
 九月の臨時国会に向けて東京に残って活動中の広瀬議員に至っては、自宅に本人が居ないにも拘らず、押し掛けている報道陣の数が井口邸の五倍を上回る。
 大場総理や峰岸官房長官、政府サイドや警察などにも報道陣は突撃しており、そちらに関してはメディア以上に国民の目が向けられていた。
 なお告発者である謎の少年についても、立ち入りを禁止されていなかった未発見のチュートリアルダンジョンで能力を上げ、立ち入り禁止になる前に入った初級ダンジョンを転移で行き来していた件について、刑法一三〇条の犯罪構成要件を満たすのかで一時盛り上がった。
 もっとも、何も考えずに自由な発言をする女優・タレントの柊亜寿沙が放送中に口にした発言で、結論は出てしまったが。

「その凄いレベルの子達が、転移能力とか、収納能力とか、チュートリアルダンジョンのビデオとかを持って外国に逃げちゃったら、どうするんですか~?」

 告発者の少年達は、少なくともイギリスには一瞬で行けるらしい。
 彼らが大場政権のダンジョン隠蔽に反対して告発した点を加味すれば、同じく隠蔽を非難していた国々で政治亡命を受け入れそうなところは、常任理事国を含めて最低でも三〇国以上は思い当たる。
 イギリスに転移してから好きな国の大使館に駆け込めば、おそらく手続きが行われて亡命は成功する。
 以降メディアは、その件については一切触れなくなった。

 現在、やり玉に上げられているのは政府の判断だった。
 既に数万人もの死者や膨大な被害が発生しており、時間経過で状況も悪化しているため、政府の隠蔽と口封じは間違いであったという結果論にならざるを得ない。
 だがいずれにしろメディアは、総動員体制を掛けてあらゆる場所を取材している。
 井口邸では門扉を閉ざして警備員を配しながら、屋内だけで活動せざるを得ない状態だった。
 そんな『ペンは剣よりも強し』の信念を掲げつつ、都合が悪くなったら知らん振りをするソルジャー達の包囲網を跳び抜けた次郎は、一週間前と同様に応接間の示された席に座した。
 正面には井口党首が座っており、孫娘の井口綾香が座る。
 広瀬議員の秘書を務める井口和馬氏も今日は不在で、部屋には井口党首の秘書と思われる男性が一人だけ壁際に控えている。
 井口党首はブラックコーヒーに軽く口を付けると、次郎にも勧めた上で口を開いた。

「久しぶりだと口にする程に時は経っていないが、君がここに来たのが、随分昔の事のように感じるよ」
「外から見ていても、凄いと思いましたよ」

 言葉とは裏腹に、次郎は他人事のように随分と素っ気なく答えた。
 彼自身は世間よりも、手に入れた一〇〇〇万円の分配で揉めて大変な思いをした。
 次郎個人としては、九割にあたる九〇〇万円くらいを美也の進学・生活費に充てた上で、残る一〇〇万を山分けしようと考えていた。自身は大学への進学や生活費に困らないと分かっており、親に言えない被服費が得られれば満足だった。
 次郎が金銭にあまり頓着しないのは、彼自身や家族、親族に至るまでが揃って貧乏を実体験していないからである。
 逆に美也は、二等分した五〇〇万円が受け取れる上限金額だと主張して譲らなかった。金銭トラブルで人間関係を破綻させた元両親を見て育った美也は、金銭トラブルを抱えたくなかった。

 そこで次郎は、五〇〇万円ずつ公平に分配した上で、家庭教師代を払う形で調整したいと申し出た。
 一ヵ月一〇万で、中学二年の夏から三年間の三六ヵ月分で三六〇万円を渡し、次郎が一四〇万円、美也が八六〇万円を受け取る形の提案である。
 我ながら上手い落とし処を考えたものだと自画自賛した次郎だったが、そういうつもりで教えていた訳じゃないと本気で怒られ、謝らされて五〇〇万円ずつの分配で決着を付けられた挙げ句、美也の機嫌は今でも少し悪いままだ。
 この場合の美也は、機嫌が悪い振りを継続する事で次郎に反省を促している。
 反省させられている次郎としては、美也の機嫌が治るなら、その辺の世間など一〇回ひっくり返っても構わないくらいの感覚であった。

 とりあえず一回ひっくり返った世間では、調査機関によって多少の幅はあるものの、どこの予想でも内閣支持率が失墜どころか墜落を始めている。
 広瀬議員が指摘した、攻略特典と言うダンジョンを出現させた側の明確な意思を隠していた事、大型犬サイズのカマキリやそれ以降の魔物の脅威、機動隊が子供を銃撃する映像が三つ揃って相乗効果を齎し、隠蔽を重ねた政府に対する国民の信頼が吹き飛んだのだ。
 四発エンジンの三つが同時に吹き飛んで墜落中のジェット機には、広瀬議員が名指しで批判した労働党の議員たちも無理やり乗せられている。
 労働党には孫が脳性麻痺から回復した高瀬総務大臣など、明らかに隠蔽を知りながら加担したと思わしき人物が、国民の眼にもチラホラと見え隠れしている。そのため平議員たちは、自分達は知らないと真っ青になりながら右往左往していた。
 まだ墜落は始まったばかりだが、この後は何もしなくてもメディアが騒ぐ度に支持が下がっていく。
 加えて共和党本部などが順に公開していく魔物の映像が加わる度に、落下中の飛行機は残った最後のエンジンが火を噴いて、乗せられている労働党議員がパニックに陥っていく。

 そんな中、定例会見で魔物対策を問われた峰岸官房長官は、選抜隊にダンジョン攻略を急がせるとして、次の攻略地として愛知県を名指しした。
 愛知県は、野党第一党である改革党の勢力が根強い地域だ。
 野党同士の分断を図ろうとする魂胆が見え透いており、改革党も労働党の策には乗らずに徹底追求の構えを崩していない。むしろ直ちに閉会中審議を開けと、猛抗議中である。
 そんな与党を追い込んでいる最中、事態の主導的立場である共和党代表の井口豊が、コーヒーにミルクと砂糖を混ぜるような少年に貴重な時間を費やして面会を申し込んだ。

「まずは総合評価で中身が変わるという、攻略特典について詳しく確認したいのだが」
「ダンジョンは初級だけでも九ヵ所、チュートリアルはそれ以上に攻略されているはずですけど、あれだけやっても情報は出ませんでしたか」
「皆無だな。おそらく虚偽の身分を与えた特別編成の専任部隊だけに攻略させているのだろう。現職の総理や防衛大臣ならば当然聞き出せるが、私の立場では知り様も無い」
「そうですか」

 日本は、スパイ天国と揶揄されるほど情報管理が甘い。
 その中で、機動隊と自衛隊がチュートリアルダンジョン深部の秘密を守れる部隊を編制して運用できていた点は、実際に何をしていたのかを問わなければ日本人としては喜ばしい事なのだろうと次郎は考えた。
 確かに数十人程度であれば、人員を厳選して極秘に運用する事は容易い。
 それに結果として秘匿が国民の利益に反したとしても、彼らが政府に従うのは文民統制が正常に機能している証左だ。勿論、自分たちが追い回されて撃たれまくった事には全く納得していないが。

「私の場合は、チュートリアルで評価S、初級ダンジョンで評価Aでした。その中身なら説明できますけど」
「紙に書いて貰いたい」

 次郎は頷くと、自分が目にした特典を書き始めた。
 自身が転移二回と収納能力を持っている事は、そもそも伝達済みである。

 総合評価S
 一.能力加算S (BP+二四)
 二.転移能力S (二回/一日)
 三.収納能力S (四〇フィートコンテナ分)

 総合評価A
 一.能力加算A (BP+一二)
 二.転移能力A (一回/一日)
 三.収納能力A (二〇フィートコンテナ分)

 次郎達を追いかけた転移能力者が居た事から、政府も転移能力の特性は充分に把握していると考えるのが妥当であろう。
 その点を加味した次郎は、移動時の重量四〇〇kg制限、使用回数のリセットは日本時間の深夜〇時、国外でも日本時間が基準になる事などを説明した。
 収納に関しては、獲得したサイズ分の空間を倉庫として所持できる事、何処に居ても出し入れができる事、内部では時間が停止する事を大雑把に説明した。

「それと、おそらくS評価が最上だと思います」
「何故かね?」
「S評価を獲得したチュートリアルダンジョンは、うちの実家の敷地内に出現して、一年以上掛けて攻略し尽くしました。あれ以上は、挑んだ人数を減らすくらいしか思い付きませんね」

 中学生のために最奥へ移動する時間が確保できなかった次郎と美也は、長らくダンジョン内で足踏み状態を続けた。
 その間に最短ルートを求めて様々な道を模索し、今でも記憶から大雑把な地図が描けるくらい内部を歩き尽くした。またボスが弱く感じられるくらい魔物を倒し、魔物の習性を広く検証し、魔法を実験するなど、幅広い事を試みている。
 そんな体験談に基づくに、それ以上は攻略人数を減らすくらいしか出来る事が思い浮かばなかった。

「では攻略時間は、どう思うかね」
「私と仲間は探索内容が同等で、時期だけ数ヵ月ずれましたが、揃ってS評価でした。一方で、僅か三ヵ月で攻略した初級ダンジョンがA評価でしたので、攻略時間は影響しないと思います」

 これらは検証例が少なすぎるため、あくまで次郎の憶測に過ぎない。
 だが次郎には、攻略時間で特典が左右されるとは思えなかった。

「そもそもダンジョン攻略の最速記録は、誰でも簡単に塗り替えられます」
「どういう事だね」
「例えば、私がダンジョン最奥まで進んだ後に、お嬢さんを転移能力で同行してボスを倒した場合、ダンジョン攻略時間は僅か数時間になります。それでお嬢さんがS評価以上になるのは、流石に有り得ないかと」
「私は名乗らせて頂きました」

 同席している少女を例えに用いたところ、内容では無く呼び方で訂正を求められた。
 次郎的には『井口家のお嬢さん』の感覚だったが、相手もレベルから次郎が一八才未満だと分かっている。
 実際には二学年下でしかなく、同世代にお嬢さんと呼ばれるのはあまり気分の良いものでは無いのだろうと思い直した次郎は、相手の主張を受け入れて訂正した。

「悪かった。綾香さんを最速攻略者にする事は可能ですが、『総合評価』と表示されていたからには、最低三種類以上の評価項目があるのでしょう。攻略時間だけ早めても、総合評価は高くならないと思います」
「それでは貴方は、どのような条件が必要だと思われますか」
「S評価とA評価の差を見比べながら、高い方を再現すれば良い。ダンジョンに対する高踏破率、高撃破数。あとは高レベルとか、少人数でのボス撃破かな」

 次郎はS評価とA評価についてを記した紙を差し出すと、自分の仕事は終わったとばかりにミルクと砂糖を混ぜたコーヒーを口に含んだ。
 だがそれだけで終わるはずも無く、質問は続けられる。

 次に確認されたのは、初級ダンジョンの最奥に巣食うボスの強さや倒し方だ。
 初級ダンジョンのボスは、推定でレベル三〇ほどの軽トラック並の女郎蜘蛛が二体。他には、地下一五階に蔓延るレベル一五の女郎蜘蛛が、ボスを倒すまで沸き続けた。
 おそらく大集団で挑戦しても、犠牲を増やすだけだろう。
 ボス部屋でボスを倒しても、レベル一五未満の者は大量に沸いたレベル一五の女郎蜘蛛に同時に群がられて、抵抗できずに貪られていく。
 推奨は、レベル三五が四人以上。ボスより強いレベルで二対一なら負けないし、雑魚に足元を掬われる事も無くなる。
 なお当時の次郎はレベル四一で、美也は三六だった。二人で挑むなら、そのくらいのレベルと相応の連携力が求められる。
 次郎はボスと取り巻きの強さについて、比較対象が無い事に苦慮しながらも、判断理由を添えながら説明していった。
 その後も質問は続いたが、次郎は殆どを素直に答えていった。

「随分と参考になった。感謝する」
「どういたしまして」

 コーヒーが三度空になるまで説明した次郎は、少し疲れた様子を見せ始めた。
 すると井口豊は雰囲気を変えて、新たな話題を切り出した。

「ところで一つ頼みがあるのだが、転移で綾香をダンジョンに連れて行き、レベル上げをさせてくれないかね」

 相手の意図を理解しかねた次郎は、綾香の顔色を窺った後、井口豊に問い質した。

「それは何故ですか」
「綾香が魔法を覚えれば、検証作業で君を呼ぶ頻度が減る。それと安全のためでもある」
「安全ですか?」
「政治の世界は、白鳥のようなものでね。水上では綺麗事を唱えるが、水面下では沈殿した泥を蹴り飛ばし合う。君たちも実際に撃たれて、いくらか実感しただろう」
「ええ、まあ。労働党のおかげさまで」

 白鳥自体が最初から灰色に映るのは、七村市役所を見てきたからだろうか。
 だが田舎のマイナーな市の事情を口にするような真似はせず、次郎は同意と共に頷きを返して、話の続きを促した。

「今回の我々は、労働党自体を地に落とせる手札を何枚も持っており、共和党議員の不祥事など安っぽい条件と引き替えに幕を引かせるつもりもない。すると形振り構わなくなった相手方は、より過激になっていく」
「怖い世界ですね」

 全くだ。と、政界の大物は躊躇いも無く首肯した。

「過激になった相手には、思いも寄らぬ行動を取る者も居る。一例を挙げれば、お互いに全面戦争になったら嫌だろうと脅すために、私や秀久君の家族に対して事故や単独犯を装って攻撃し、精神的な揺さ振りを掛けてくる者などだ」

 次郎には、井口の危惧にどこか確信めいた感情が伴っているように感じられた。
 実際に見聞きしたことがあるのか、それとも相手に心当たりでもあるのか。
 高校生の次郎も、そのような発想が完全に理解できないわけでは無い。
 但しイメージしたのは、ヤクザの鉄砲玉と、国際社会の核兵器による抑止論だった。なお私的には、少し前に一〇〇〇万円の配分を巡る問題で冷戦のプレッシャーを身に浴びて、直ぐに全面降伏している。

「孫は五人いるが、その中でも一番狙われやすいのは、未成年で女の綾香だ。そのため綾香には、それなりの自衛力を付けさせたい。当然だが相応の謝礼は払う」

 それは金銭的にも道義的にも、非常に断り難い依頼だった。
 何より嫌なのは、狙われるという綾香自身がこの場で話を聞いている事だ。
 危険を伝えて自覚を持たせるのは、自衛をさせるのには有効だ。しかし何も、次郎の前で話す事は無いだろうと、次郎は井口豊を恨みがましく思った。
 だが緊急性や相手の忙しさを考えると、自分の中で結論が出ている話を引っ張る事にも気が引ける。

 これから次郎たちは、高校二年生の夏休みに入る。
 転移で中級ダンジョンに連れて行き、それなりに強い魔物をハイレベルで強引に取り押さえて適当にトドメを刺させれば、低レベルであればすぐに上がる。
 次郎単独でも、深夜〇時までに転移で井口邸を経由してダンジョン内まで移動し、適当にレベルを上げてから転移で井口邸を経由して自宅に戻れば、すぐに達成できる。
 美也の同意が得られれば、美也に協力を仰いで追加資金を渡せる事になり、不足するかもしれなかった分を充当配分できて万々歳だ。
 美也が怒った理由はもちろん充分に理解させられたが、この話であれば別に受けても大丈夫だろうと考えた。

「では期限を夏休みの間に限って、謝礼は成功報酬でどうですか。到達したレベル×三〇万円の成功報酬で、レベル一〇になれば三〇〇万円。レベル二〇なら六〇〇万円。こちらは最低でもレベル一〇をお約束します」
「それで構わんよ。遠慮無くレベル五〇にでも一〇〇にでもしてくれたまえ」

 提示した金額が呆気なく認められた事で、次郎は井口家に対する価格設定が低すぎたのでは無いかと僅かに後悔した。
 国会での成果を顧みれば、綾香のレベル上げだけではなく、次郎との繋がりを保つ事や、今後の情報提供機会に対する期待などが込められているのかも知れないとも思える。
 であれば金額が一桁くらい増えても、呆気なく受け入れられていた可能性もある。
 だが高すぎる要求を出せば、その場合は逆に引け目が出来る。一方で、妥当か安値であれば後腐れは無い。
 そのため次郎は、自身の心情的に欲張りすぎない事にした。

「分かりました。では契約成立と言う事で」

 かくして、次郎の人生初となるアルバイトが始まった。
+注意+
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