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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介@転生陰陽師6巻5/20発売
第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした
28/74

28話 自由行動決め

 市立七村高校の修学旅行は二年生の七月にある。

 なぜこの時期にあるのか次郎は知らないが、九月末にある学校祭などと共に、次郎が生まれる遙か以前からこの時期に行われてきたらしい。

 ちなみに七村高校では、毎年必ず北海道に行く事になっている。

 魔物の出ない山中県から県外に行く事には、反対する保護者も多い。そんな中、わざわざ北海道まで赴く高校は、県内では七村高校だけだそうである。

 その事実に対してクラスメイトは、七村市のクオリティを思い浮かべた。


「学校が新しい事を考えるのが、面倒臭かったからじゃね?」

「マジで有り得る」


 二年生は二八〇人も居るため、一〇〇名弱ずつ三集団に分けて三泊四日の行程を別々に移動させるらしいが、教師側は毎年恒例なので慣れたものである。

 ホームルームで打ち合わせをさせられた生徒達は、期末テスト直後の修学旅行という日程にこそ不満を表明したものの、すぐに適応して班別の自由行動の計画を立て始めた。


 三〇人のクラスメイトは五人ごとで六班に分けられ、次郎自身は中川と北村、それに中学が別だった奈部と鳥内という男子で五人組の班を組まれた。

 この班で修学旅行の三日目に、午前一〇時頃に札幌駅から時計台まで向かった後、午後三時くらいまで自由行動となる。

 ちなみに修学旅行の軍資金は祖父から貰った三万円で、次郎の懐は少し温かくなっている。


「これは北海道ドームに行けというお達しだろ」


 山中県が新ダンジョンに変化して以降、レベルを上げる機会が訪れない事に不満を募らせていた北村が、喜色を浮かべながら断言した。

 北村は巨大構造物の出現当日、巨大コウモリを倒すという偉業を果たしながら、魔石に触れなかったためにレベルを得られなかったという残念すぎる過去を持つ。

 その後悔から、今度こそ魔物を倒してレベルを上げたいと願っているのだ。


「そもそも北海道ドームって、どこにあるんだ?」


 残る四人が首を傾げると、北村は携帯端末に地図を表示させながら説明する。


「札幌駅の南口から右手側に徒歩一〇分」


 次郎が端末の地図を覗き込むと、北海道ダンジョンは札幌駅南口から右手側に進んだ、旧北海道大学植物園に表示されていた。

 そして行き先である時計台は、札幌駅南口から正面に同じくらいの距離を進むとあるようで、それら三角形で結ばれた三つの地点は全て徒歩一〇分圏内という事になる。


「良いんじゃね?」


 北村の提案に、中川が軽い気持ちで乗った。

 その動機は、おそらくレベルだろう。

 レベルが最も上がり易いのは一八歳になる前までだと知られており、高校生はラストチャンスと見なされているのだ。一八歳になった後でも、二〇歳になるまではあまり難しくないらしいが、難易度は低い方が良い。


 レベルを一つ上げても大差ないように思えるのは現在の次郎だけで、レベル〇とレベル一では、文化部員と全競技で市の大会に出場できる運動部員くらいに身体能力の差がある。

 運動系の活動に一切属して来なかった人でも、レベル二で県大会出場、レベル三で県大会平均、レベル四で県大会入賞、レベル五で全国出場くらいになる。

 また同時に手に入るボーナスポイントを割り振れば、各種の力が倍加するという恩恵がある。例えば、敏捷を一から二に上げれば、時速二〇kmで走る者なら時速四〇kmに倍加するのだ。

 そして六種類の魔法に割り振れば、様々な魔法を使えるようになる。

 従って、北村らがダンジョンに惹かれるのは、無理からぬことであった。


「行くか」

「これは行くしかありませんな!」


 誘惑に負けた奈部と鳥内も追従した。

 五人中四人が賛成したとなると、次郎としても敢えて否定する気は起きなかった。


「提出する行程表に学習目的の欄があるけど、どうするんだ?」

「任せろ!」


 北村は指差された欄にペンを走らせ、『社会問題となっている巨大構造物が県外にもある事を確認して、その影響を考える』と書き込んだ。


「確かに、修学旅行の学習目的に適っているな」

「しかも魔物の出現が奇数月の四日で、修学旅行もそれを避けているから反対され難いぜ」

「才能の無駄遣いでキタムーに勝る奴は居ないな」


 最大の懸念は、巨大構造物の前で行われている大規模なデモ活動だろうか。

 国民からデモ活動を行われる理由の一つは、ドームから多階層円柱に変化させる都道府県を、人口や被害規模で選定された野党の御膝元から、与党の地盤が厚い場所に変えた事だ。

 これは物的証拠がテレビで報道されており、国権乱用だと批判されて抗議活動を行われても、事実としてその通りなので文句の付けようが無い。

 そしてもう一つの理由が、レベルや魔法の独占非公開だ。

 一般人のレベルは、Sylphidシルフィードの偶然のレベルアップなどが最大級と言われており、自衛隊や機動隊など一部の警察官を除く大抵の国民は、レベル五に届かないと考えられている。

 レベルを上げれば様々な恩恵があり、巨大バッタ等に対する自衛も叶う。逆にレベルを上げる以外では、バッタ以降の魔物に個人で対抗する代替手段が無い。そのためダンジョンに入れろという抗議活動も起こっている。

 抗議活動を行う人達の論拠は、次の通りである。


 一.デモ活動は、憲法第二十一第一項で規定された正当な権利である。

(日本国憲法第二十一条第一項では、集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は侵すことのできない永久の権利すなわち基本的人権に属し、その完全なる保障が民主政治の基本原則の一つであると規定される)


 二.憲法の濫用は憲法一二条で制限されるが、「人口や被害規模で決めた処置場所を、政治家が個人的な都合で変えるな」や、「自衛のためにレベルを上げさせろ」等の主張の表明は、実現或いは議論自体が公共の福祉に資する。

(憲法一二条『憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ』)


 三.従って憲法に規定される国民の権利に基づき、大場政権の国権乱用並びにレベル規制に対して集団での抗議活動を実施する。

(公安委員会は、集団行動の実施が「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」の外はこれを許可しなければならない。最高裁判所昭和三五年七月二〇日大法廷判決)


 これらが、抗議活動を主催する側の主張であった。

 立憲主義国家において、最高法規である憲法で規定され、最高裁大法廷での判決も出ている行動を力尽くで阻止すれば、政府の拠って立つところが失われる。

 但し近年の日本人は、一部の特別な事情を抱える地域を除くと、暫く放置すれば参加者が勝手に諦めて目減りしていく傾向がある。

 そのため政府は国民の抗議活動に対して、たまに行う不満のガス抜きだと認識して、ドームを封鎖した上で放置を決め込んでいた。



 次郎は、ダンジョン内部を転移能力で行き来しているために、警察の厳重な封鎖をすり抜けている。

 だが転移能力と、実際に内部に入る行為の二つが組み合さなければ、このような活動は出来なかった。

 もしも北村たちと同じ立場であったならば、レベルを求めてダンジョンを開放しろと言っていた一人だったかも知れない。

 なお次郎の知識と経験では、流石に抗議活動に対する政府の認識にまでは理解が及んでいない。


(北海道を登録しておけば、保険にもなるかな)


 次郎は北村たちの行動が、自分のメリットになると考えた。

 山中県以外の巨大構造物を転移登録しておけば、山中県のダンジョンで何か問題があった時に別の場所で活動を行う保険になる。

 内部に入れれば、初級ダンジョンの特典の重複や総合評価の取り直しが可能であるのかを検証できるかもしれない。

 また政府が頑張って多階層円柱に形状変化したとしても、入り口の周辺に転移登録しておけば、完全に封鎖される前に内部へ潜り込む余地がある。

 はたして次郎は、北村の行動計画を支持する事にした。


「俺も賛成する」

「おう、ジローならそう言うと思っていたぜ。それじゃあ出してくるぞ」

「いてらー」


 提出用紙を完成させた北村は、全員の同意を取り終えるとクラスで最初に担任へと持ち込んだ。

 担任は用紙を眺めながらいくつかの質問を行うが、北村は滑らかな舌でスラスラと回答する。


「巨大構造物前は、デモ活動とかあるだろ?」

「いいえ、大丈夫です。北海道駅と時計塔とドームの間、この三角で結んだ内側を見てください。ここには北海道庁や北海道警察本部があります」

「ん、あるな」

「北海道警察本部の正面でデモ活動が行われていても、それは警察にしっかりとコントロールされています」

「それは、そうだろうがなぁ」

「それに抗議活動を実際に見る事も、学習目的の『社会問題となっている巨大構造物が県外にもある事を確認して、その影響を考える』に繋がります」

「確かにそうかもしれんな」


 北村は教師の指摘を正面から突破し、ついには承認を得る事に成功した。

 そんな情熱的な彼の行動を、班員たちは半ば呆れ気味に見守っていた。


「あの情熱を、最下位の成績に少しでも振り向ければ良いのに」

「キタムーは高校入試の時も、合格ラインより下だったんだけどさ。実際に受験したら一組に入れたんだよな」

「大学入試でも、あの勢いで受かりそうな気がする」

「あいつ怖いわー」


 かくして次郎たちの班は、修学旅行の自由行動で、北海道ダンジョン前に赴く事となった。


 とはいえ、その前には北村の天敵である一学期の期末テストも控えている。

 次郎の成績は、三〇人のクラスで概ね六~九番だ。

 一番が美也で、二番に固定で他校出身の男子が居て、三~五番くらいを越後屋や絵理が競っており、その少し後ろに次郎が居る。

 上の方の順位は殆ど固定で、次郎は一度も絵理に勝った事が無い。

 絵理は同人活動に情熱を費やしているが、次郎も同様にダンジョンに潜っており、元々の基礎学力や下地の差が埋められないのだ。

 要するにダンジョンに潜り続ける限り、これ以上は順位が上がらないわけである。

 西日本大震災からのトラウマである英語という苦手教科を克服できれば、もう少し上がれるだろう。だが美也を伴わずに外国へ行く気は起きないため、必要性の乏しい英語を覚える意欲は全く沸かなかった。

 それに現在では、ダンジョンが出現している日本に外国人が集団で押し寄せて、氾濫時の魔物でレベルを獲得しようとする時代だ。

 そんな旅行者もとい冒険者ならずとも、沖縄辺りに行けば、合同調査など様々な名目でアメリカ人が沢山入り込んでおり、外国人と会うだけならば国内で充分に事足りる。

 差し当たって当面の目標は、成績の向上では無く、現状の維持だった。


「それじゃあ部活に行くか」


 一足先に自由行動計画が完成した次郎は、未だに行き先で悩む美也の班を一瞥した後、図書文芸部へと移動した。

 二〇四五年度の図書文芸部は、三年生が幽霊部員一名、二年生が部長の絵理を筆頭に五名、一年生が一一名と、ついに完全なる復活を遂げた。

 功績の九割方は、次々と一年生を捕まえて引き込んだ絵理である。

 パソコンは二四台あるが、ロッカーはフル活用でも一つ不足しており、次郎の入学以来一度も部室に顔を出さない幽霊部員な先輩の分を絵理が貰ってきたほどだった。

 そんな部活動の内容は、部の名称をオタク文化部に変えた方が良いのでは無いかと思わせるようなものとなっている。

 しかし基本的に自由人が多く、廃部の危機も知っている現在の二年生は、部員がやりたい事をさせれば良いという結論に達していた。

 すなわち一年生に対しては、予め定まっている最低限の活動以外は好きにして良いよという、個性的な一一匹のヤギを広範囲で放牧しているが如き状態である。


「おつかれー」

「「「先輩お疲れ様ですー」」」


 部室の思い思いの場所に座っていた後輩達の何人かが声を掛けてくる。

 声を出さない後輩も軽く頭を下げるような仕草するなどしており、決して次郎が無視されているわけではない。

 単に次郎と後輩たちの性別が違うので、若干心の距離があるだけだ。

 絵理が仲間の女子二人を連れて勧誘していった結果、男子が入り辛かったのか、一年生は女子ばかりが集まった。おかげで次郎は、部員一七名の中で唯一の男子生徒という立場となっている。

 かつて幽霊部員の先輩が来辛くなったのと逆パターンで、現在の次郎は非常に肩身が狭い。美也が居なければ、とっくに部活へ来なくなっていただろう。


 ところで認知心理学の世界において、マジカルナンバー七という言葉がある。

 これは人間が一度に知覚できる数が、おおよそ七±二程度だというものだ。

 従って何かしらに関連付けない限り、次郎のような凡人では新入生一一人を一度に覚える事は困難なのである。

 そんな次郎が新入生を覚えるに辺り、最初にやったのは一一人の属性分けだった。


 一、正統派優等生。二、アメリカ人ハーフ。三、韓国人ハーフ。四、ドジ優等生。五、同人誌描き。六、オタ女。七、万事同調型。八、拝金主義。九、リアリスト。一〇、おっとり。一一、乙女ゲー好き。

 ちなみに入学時の成績順であり、一~三が普通科の一組、四が二組、五が三組、六~七が四組。八~九がビジネス科の五組。一〇が生活福祉科の七組、一一が八組となる。


 本人たちが聞けば、過半数は抗議しそうな覚え方だ。

 だが次郎も最初の頃は、『部活に居る唯一男子の先輩』や、『地家先輩の彼氏』等と覚えられていた。


 もちろん今では、お互いにフルネームや多少の性格程度は知っている。

 だが部活での次郎の活動は、美也と二人で並んで端の方に座り、適当にパソコンでネット小説を読み漁り、たまに男手として雑用に駆り出されるくらいが関の山だ。

 そのため次郎に対する認識はあまり更新されておらず、ヤギの放牧場の隅の方で無害に草を食む羊くらいの感覚で覚えられたままである。

 もしも世界中がゾンビパニックにでも陥れば、先程まで草を食んでいた羊がアルティメット黄金羊に変身して、「キャー堂下先輩すてきー」と言われるような八面六臂の大活躍をするかもしれない。

 だが差し当たって羊は、今日も草を食んでいた。


 そんな無害な羊に対しては、たまにはヤギの方から声も掛けて貰える。


「先輩、修学旅行って北海道なんですよね」


 近寄って来たヤギは、正統派優等生にして暫定次期部長の浜野亜理寿だった。

 処世術で羊に成り切る次郎は、内心で流石アリスと感心しながらも、表面的にはのんびりと答える。


「ああ。飛行機で行って、北海道をバスで横断するらしい。ちなみに毎年恒例だから、来年は浜野たちも行く事になると思うぞ」

「何泊なんですか?」

「三泊四日だな。ちなみに自由行動で、俺たちの班は北海道ドームに行くことになった」

「それって部長と地家先輩もですか?」

「いや、男子と女子は自由行動が別の班だ。俺たちの班にはコウモリを倒したけど石に触れなかった奴が居て、レベルを上げたいから、どうしても行きたいんだと」

「レベルですかー。私たちの県は七月の一回しかコウモリが出なかったから、もう上げられませんものね」

「ああ、残念だったな」


 ちなみに犯人は、ヤギの目の前にいる無害そうな羊である。


「部長はレベル三でしたっけ?」

「ああ。絵理は去年の七月に、コウモリが集まっている山まで狩りに行ったんだ。生き甲斐だとか、アイデンティティだとか言っていたな」

「さっすが部長」


 二人がいくらか雑談を交わす間に時間が過ぎ、やがて他の二年生がやって来た事で、次郎の肩身の狭さは程々に解消された。

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