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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介@転生陰陽師6巻5/20発売
第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした
27/74

27話 最近のダンジョン事情

 人類以外の手で生み出された、巨大な多階層円柱。

 それに対する日本国民の評価は、出現直後から僅か数日で大きく変化した。

 出現当初は、コウモリに変わって人を喰らう幼児ほどのサイズの小悪魔インプが確認された事により、この世に現われた地獄であるかのように思われた。

 しかし実際には、巨大構造物ドームが二ヵ月ごとに『九月四日は、コウモリとタマヤスデ』、『一一月四日は、コウモリとタマヤスデとトノサマバッタ』という形で新種を増やしながら魔物を放出し続けた一方で、多階層円柱からは何も出なかった。

 さらに出現した魔物が各都道府県を越境しなかった事で、山中県は日本における唯一の安全圏となった。

 この問題に関してメディアでは、様々な推測が流れている。

 その中でも多くの支持を得たのは、次の意見だ。


 一.魔物討伐者に現われるステータス表示は、いかなる自然現象でも有り得ない。現代を超越する技術を有した、日本語を介する何者かの意志による事は明白である。

 二.一で示唆された我々にとっての超越的存在は、ステータス表示を行う事で、人々に巨大構造物由来の魔物を倒してレベルや能力を得るように取り計らっている。

 三.一の存在が行う二の計画からその目的を推察するに、一は少なくとも現段階において、手に負えない強力なインプを放出して人々を無意味に殺す事は望んでいない。


 この予想を行ったのは、元アイドルで医師の千葉美冬だ。

 テレビ局側が彼女に求めるキャラクター像は『アイドルでも賢くなれる』であり、千葉の発言はしっかりと全国放送されて、巨大構造物に対する国民の認識に一石を投じた。

 政府はそれら国民の様々な憶測を無視して、巨大構造物そのものを塞ぐ案を試みたが、ドームが出現時のように一定範囲内の邪魔と思わしき物体を転移させて魔物氾濫の道を開けてしまった事により、千葉美冬らの憶測を思料せざるを得なかった。


 魔物は種類が増えても、出現総数だけは巨大構造物ごとに約一万匹ずつのままだった。

 だが一一月四日に出現したトノサマバッタは、チュートリアル時代に比べると小型犬サイズから中型犬サイズに巨大化しており、脅威度が遥かに増していた。

 脚力は五階建てのビルを跳び越せて、人間が一撃でも浴びれば車に撥ね飛ばされるほどの高エネルギー外傷を受けた。

 しかも人間に襲い掛かる特性は相変わらずで、狙いを定めた人間を前脚でしっかりと掴み、大顎で顔面をガリガリと削った結果、逃げ切れずに捕まった人の頭部は大変悲惨な事になった。

 高層ビルを縦横無尽に飛び回りながら襲い掛かってくる凶悪な巨大トノサマバッタに対して、武器を持たないレベル〇の人間では殆ど抗いようがなく、被害は巨大コウモリだけだった時に比べて、一〇倍にも及んでいる。


 そんなバッタ被害を憂いた政府は、公式にはアメリカにも協力を要請した形で、二〇四四年一一月から一二月にかけて沖縄と鹿児島に相次いで大部隊を投入し、ドームを多階層円柱に変えるという社会実験を試みた。

 その結果、山中県に続いて二つの地域でも魔物が出現しなくなったことで、結果論として多階層円柱は一先ず安全らしいと判断された。

 以降の日本政府は、転送で跳ばされない巨大構造物のギリギリ外側をコンクリート防壁で囲み、各巨大構造物に連隊規模の自衛隊を配して魔物出現と同時に集中砲火を浴びせつつ、巨大構造物をドームから多階層円柱へと変える作戦を試み始めた。


 攻略対象となった巨大構造物には、自衛隊が大規模に投入される姿が相次いで目撃されている。

 関東地方では、東京、埼玉、神奈川の一都二県。

 近畿地方では、大阪、兵庫の一府一県。

 これらの地域は、いずれも国が大部隊を投入して『国民が知らない何らかの処置』を行い、巨大構造物の形状をドーム型から多階層円柱型に変えている。

 そして四七都道府県のうち八都府県で被害が発生しなくなった事により、政府は失った治安と体面の一部を取り戻した。


 但し、最初は首都から遙か遠方の鹿児島や沖縄を実験場に用い、いざ結果が判明すれば、今度は首都圏を優先する政府に対して、未だ被害が続く地方からは不満の声が上がっている。

 また政府がドームを多階層円柱に変えるために、一ヵ所ずつ、約一ヵ月もの時間を費やしている点については、より多くの国民に不信感が芽生え始めている。

 だがマスコミがあらゆる手練手管を用いて調べようとしても、深部で何らかの処置に従事したのは独立した特殊な部隊らしく、作戦に投入された他所の隊員達は『試験的に結成された高レベル部隊』とだけしか聞かされていなかった。

 日本に巨大構造物が現われて以降、一体いつ何処で募集があり部隊が結成されたのか、そして所属は何処になるのか、メディアがいくら調べても全く出てこない。

 そのため各メディアは独占スクープを断念し、共同して国民の声という力業を以て情報開示を試みた。


「自衛隊は沢山居るのに、なぜ何らかの処置を各都道府県で同時に行わないのか。理由があるならば、それを国民に説明しろ」


 いかに政府と言えど、日に日に落ちる支持率を気にせずには居られない。

 峰岸官房長官は淡々と、深部で活動できるレベルに達している隊員が少ないとだけ回答した。

 なお実際に深部にはどれだけの脅威があって、従事する隊員のレベルがどれだけ足りていないのか等については説明されなかった。それらは特定機密保護法の特定機密に指定されているため、誰も追求できない範囲となる。

 そして会見の最後に記者が苦し紛れに問いかけた「国民が自衛する為に、巨大構造物を開放してレベルを上げさせる予定は無いのですか」という質問に関しては、「明らかに危険だと分かっているため、そのような予定はありません」と、取り付く島も無かった。


 そんな情勢の中、とある内部告発が行われて、日本中で大きな物議を醸した。

 国民に公表された巨大構造物をドームから多階層円柱に変える次の候補地は、『東北地方と中国地方に、取り急ぎ安全圏を一つずつ作る』という理由で、東北地方の宮城県と、中国地方の広島県だった。

 だが実際には、一度は人口の多い愛知県と千葉県に決まっていたところを政府が介入し、宮城県と広島県に変更されたという話である。

 宮城県は大場総理の選挙区で、広島県は高瀬総務大臣の選挙区だ。

 逆に愛知県は第一野党・改革党の地盤で、千葉県は第三野党・新生党の地盤である。

 政府の介入前に愛知県と千葉県が明記されていた資料がメディアの手で公開されて、世間は大騒ぎになった。


 このように政治家が権力を乱用するのは、特段珍しい事ではない。集票のためのバラマキ政策などはいくらでもあるし、口利きをして行政を歪める例も枚挙に暇がない。

 だが今回のケースでは、人命が掛かっている。

 自身や家族の命が掛かった優先順位で不当に後回しにされるのは、誰であろうと受け入れがたい。これでは後回しにされた県出身者から、内部告発者が出て来た事も致し方が無かった。

 また魔物被害は、様々な商品の製造や流通、価格にも影響を及ぼしている。

 そのため普段は政権と懇ろになる経済団体も、今回に限っては政府の味方には付かなかった。

 野党第一党の改革党を支持する静岡県や愛知県、第二党の共和党を支持する北海道、第三党の新生党を支持する千葉県や茨城県などでは、巨大構造物ドームの前に市民が集まり、ひたすら封鎖を続ける警察に対して早く解決しろと抗議の声を上げている。



 このように巨大構造物に関心を持つ者は、なにも大人だけに留まらなかった。

 その一例が、七村高校である。

 七村高校では昨年度、高校生の三大イベントの一つである二年生の修学旅行が、魔物の出現で中止になっている。

 学校側は、二ヵ月周期で奇数月の四日に魔物出現が続いている事から、七月四日とそれ以降の日程を避けて、六月二九日の木曜日から七月二日の日曜日までの三泊四日で修学旅行の日程を組んだ。

 このようにしっかりと対策を採った点に関しては、次郎も評価している。

 しかし残念な事に、七村市は教育委員会から教師に至るまで、学校関係者が揃いも揃ってお役所仕事だった。

 彼らが当初の授業計画は変更しなかった為、次郎たちは六月二六日から二八日までが期末テストで、その翌日からは北海道へ旅立つという強行スケジュールを組まれてしまった。


「怒濤の一週間過ぎるわっ!」


 次郎は半ば八つ当たり気味に、中級ダンジョンの地下一八階に生息しているグリフォンを出会い頭に蹴り飛ばした。

 レベル六二の次郎に蹴り飛ばされた推定レベル三三のグリフォンは、巨体を弾かれて床を派手に転がった。それでも転がりながら衝撃を逃がし、速度が減じたところで跳ね上がった。

 その直後に石槍が投げ付けられ、床に映る影を叩いて鈍い音を響かせる。

 舌打ちが鳴る間に体勢を立て直したグリフォンは、大きく仰け反って鷲の大口を開くと、喉元から赤く輝く塊を吐き出した。

 赤い塊は虚空で膨れ上がり、まるで火炎放射器のように一直線に伸びていく。

 次郎は慌てて左手を突き出すと、強大な魔力で低い火と風を操り、迫ってきた炎を受け流した。

 炎は何度も赤い舌を伸ばし、その都度魔法で逸らされて左手だけを炙った。


「うわっ、ちっ、ちっ」


 素早く振られた手が虚空で怪しげに踊り、強烈な熱気を逃がしていく。

 もしも炎を浴びたのが火一〇の美也であれば、直撃でも服に焦げ目一つすら付かないだろう。

 しかし火一という耐火能力の乏しい次郎では、直撃を浴びれば着ている服が燃え上がってしまう。レベルと魔力が高いために肉体的なダメージは軽微だが、懐には服代という高校生にとって重い衝撃を受けるのだ。


「てめぇ、皮を剥いで毛皮にすんぞ、こらっ!」


 怒りに染まった男が恫喝を始めたが、そもそも出会い頭に相手を蹴り飛ばしたのは男の側である。これでは数万年前の石器時代の原始人が、肉と毛皮を求めて獲物に襲い掛かっているのと何ら変わらない。

 そんな原始人は有言実行すべく、相手に飛び掛かると同時に石槍を素早く振り抜いた。

 矛先は天翔る流星のように煌めきながら、軌跡上に存在したグリフォンのクチバシを砕き、巨大な鷲頭を地面に叩き落とした。

 流星は素早く引き戻され、続いて水平に流れてグリフォンの右側頭部から駆け抜ける。

 その後には、夏の海岸でスイカに木刀を振り下ろした時のような、乱雑な開かれ方をしたグリフォンの頭部が散らかっていた。

 派手に飛び散った中身が、ダンジョンの床を汚い紅斑色に染めている。

 頭部を失った首からは、真っ赤な液体がピューピューと噴き出し、床を幾度も塗り直していった。


「胴体は綺麗に残っているのになぁ」


 次郎は未練がましく、頭部を失ったグリフォンの全身を眺めた。

 一体だけであれば、収納能力で持ち帰れるだろう。

 ただし惜しむらくは、サイやカバにも匹敵する四メートル級の巨躯に、鷲の翼まで生やしたグリフォンの毛皮を地上に持ち込もうものなら、一体何処からどうやって持ってきたのだと大騒ぎになる事だ。

 ダンジョン攻略の優先順位で批判を浴びた政府は、各地の初級ダンジョンを速やかに攻略して支持率を保つ事に全力を挙げている。そのため中級ダンジョンに手を伸ばす余裕が無かったのか、次郎は九ヵ月間潜っている間に一度も機動隊と遭遇しなかった。

 おかげで妨害に苦しんだ初級ダンジョンの頃と比べて、随分と探索が捗っている。

 また転移で直接ダンジョン内を往復出来る事で、チュートリアルダンジョンの占有時代にも勝る速度でレベルが上昇し続けた。

 だが、収入を得られないという点は、今までと全く変わらない。

 一度でもダンジョンの魔物を何処かへ持ち込めば、それが山中県のダンジョンを先行していた謎の二人組だという事がすぐに知られてしまう。魔物素材の売却に関しては、断念せざるを得なかった。


「おりゃっ」


 次郎は渋々と、無事だったグリフォンの背中から前胸部に掛けて石槍を突き刺した。

 そして途中にあった魔石に石槍の矛先をぶつけ、そこから経験値の素になる力のようなものを回収した。


 このように簡単に倒せるグリフォンより、さらに弱い初級ダンジョンのボス攻略に日本政府が手こずる理由は、次郎にもいくらか推察できた。

 そもそも初級ダンジョンは、七村市などが複数入る空間が地下に一五階層も続く。

 階層を降りる際には道が狭まるため、地下二階以降まで運用できるのは単車など横幅の狭い車輌だけだ。そして単車は、魔物の群れだらけの内部で走り回るには危険すぎる。

 従って最奥のボス部屋に辿り着くだけでも、相当の時間を要するのだ。

 さらに推定レベル三〇の巨大女郎蜘蛛と、無数に沸き続ける推定レベル一五の大蜘蛛を倒すには、相当のレベルが求められる。

 多数の国民がレベル上げを試みた結果、一八歳以上の人間はレベル上げに要する魔物の数が次第に多くなり、二〇歳を超えれば数十倍、二十代後半には一〇〇倍以上と知られてきた。

 従って、どんなに若い機動隊員や自衛隊員でも、簡単にはレベルが上がらない。

 大半はレベル一〇に届かない程度にしか育たず、ボスを倒すレベルに届かないのだ。

 初級ダンジョンの地下深くで次郎達を追い回していた機動隊員が居た以上、程々にレベルを持った隊員もいるのだろう。だがこの情報氾濫時代にチュートリアルの話が一切出て来なかった以上、チュートリアル時代からの深部探索従事者は、ごく少数のはずだ。

 そのため初級ダンジョンの攻略に手こずっている現状は、特に理解し難い話では無かった。

 おかげで次郎たちは、心置きなく中級ダンジョン攻略に勤しめる。


「こっちも終わったよ」


 呼び掛けに振り返ると、そこには背後から回り込んできた来たと思われる二体目のグリフォンの焼死体が転がっていた。

 初級ダンジョンの攻略特典で能力加算を得た美也は、もはや護衛を必要としない。挟撃の片方を単独で受け持ち、既に魔石の回収も終えていた。

 次郎は魔物の後続が無い事を確認すると、余裕の表情を浮かべて講評を始めた。


「やっぱりグリフォンは、狩り方がライオンっぽいと思うぞ」

「ライオンほど群れないし、オスメス関係なく狩りをしているよ?」

「でも待ち伏せとか後ろに回るとか、色々とライオンっぽい気がするんだよなぁ」

「確かにそういう部分もあるけどね」


 美也は強く否定しなかったが、その表情からはあまり納得していない事が見て取れた。おそらく他の、待ち伏せや背後に回り込む生物を想像しているのだと次郎は察する。


「…………そろそろ帰るか」

「うん、今日はここまでだね」


 二人はどちらとも無く手を伸ばすと、手が触れ合った直後に姿を掻き消した。

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