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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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25話 巨大蜘蛛

 高校一年生の夏休みが尽きかけた八月下旬、次郎たちが何をしているかと言えば、鬼ごっこである。
 高校生が夏休みに鬼ごっこに耽るとは実に巫山戯た話であるが、鬼たちは金棒の代わりに三六式小銃を担ぎ、地図や無線機を駆使して集団で襲ってくるのだから、逃げる方も本気にならざるを得ない。

 もちろん当初は、警告の呼び掛けが行われた。
 しかし逃げ手が追跡を躱し続け、威嚇射撃も効果が無かった事から、鬼側が次第に対応をエスカレートさせていったのだ。
 最初の明確な意志に基づく発砲は、麻酔銃で行われたようである。
 幸いな事に次郎の肌は通らなかったが、もしも弾けなかった場合、いかに次郎と言えど薬物には勝てなかっただろう。
 以降、次郎と美也は風魔法で徹底的に吹き散らす対策を採り、先方は蹌踉めいて見せて「公務執行妨害」などと謎の呪文を唱えて対応を過激化させた。
 今では相手も、容赦なく三六式小銃やダンジョン用のHK四一六を撃っており、武器使用に関しては魔物に準じる扱いを受けている。

 相手方から攻撃してきた証拠は揃えているが、それをネット上に公開しても、即座に消されるか検索に載らないようにされて、すぐに身元を押さえられるだろう。
 撮影したデータだけは溜まりに溜まって、専用のハードディスクを追加購入しなければならなくなったほどだが、裁判での有効性は極めて懐疑的だった。
 話好きの次郎の父曰く、父が学生の時分には、司法試験に受かって司法修習生になった者のうち、模擬判決文で国に有利な判決文を書いた人だけが裁判官になれて、そうでない人は弁護士になっていたそうである。
 法律を教える教授は、司法試験に通って将来は裁判官を目指したいと思った場合、国に有利な判決文を書くようにと父を含めた学生に話した。
 その後に出す判決も出世に影響するため、地方裁ならまだしも、高裁や最高裁に控訴・上告すると、上に行くほど国に有利な判決が出るのが日本の裁判制度らしい。
 確かに次郎の父が若かりし頃には、契約しなくても支払いを命じるという、民法上の契約行為を馬鹿にするような判決が、公共放送に関してよく出たらしい。
 日本で三権分立が行われているか否か、次郎は試してみる気にはなれなかった。

 かくして裁判で負ける気が一切無さそうな鬼達は、強力な仲間を次々と呼び集めて追い回してきた。鬼の中には転移能力を持つ者も居るようで、新たな人員にはレベルが一〇を越えている者すら居た。
 そのため次郎と鬼達との遭遇頻度は、上がる一方だった。
 次郎たちの方が遙かに高レベルで、相手に先行しており、転移回数も多かった為に捕まらずに地下一五階まで辿り着けたが、この先に地下一六階以降があるならば、流石にこれ以上の回避は厳しくなる。
 大人がムキになるなと言いたい次郎だが、相手は鬼側の人数制限というゲームの根幹となるルールを守ろうとはしない。
 明らかに山中県のダンジョンに本腰を入れており、転移能力を持つチュートリアルダンジョン攻略者の次郎たちを捕らえるか口封じしようとしていた。


 次郎と美也は、一五階に蔓延る大型犬サイズの女郎蜘蛛が生み出した巣を潜り抜けると、後方の鬼達の足元に石壁を出現させて転ばせ、蜘蛛の巣に纏わり付かせている間に大広間から次の通路へ飛び込んだ。
 直後、雷神と風神が共鳴したかのような怒濤の銃声が鳴り響き、魔法の豪雨が吹き荒れて、最後に遙か後方から拡声器による罵声が轟いた。

 聞き飽きた罵声を右から左へ聞き流すと、通路の先に新たな広い空間が見えてくる。
 次郎は振り返りもせず、美也に続いて飛び込んで中央まで走った。
 ダンジョンはアリの巣のように、部屋と部屋を結ぶ通路がいくつか繋がっている。
 そのため二人は次の通路を捜したのだが、その部屋には入ってきた通路以外に道が一つも無かった。

「これって!?」
「あいつら、入って来やがった」

 その大広間の床は、暗さに因らず最初から真っ黒だった。
 即座にチュートリアルダンジョン最奥を連想した次郎は、ここが新ダンジョンの終着点だと理解した。
 当時との最大の違いは、追っ手が着いて来た事だ。

「くそっ、ボス部屋だ!」

 背後を振り返ると、既に二名の機動隊員が広間へ踏み入っており、後方に向かってボス部屋に侵入したという警告を発していた。
 次郎は咄嗟に、通路の入り口に向かって全力で可能な限り巨大な土壁を造り出した。
 足元から一気に迫り上がった土壁を越えて、三人目の機動隊員が飛び込んできた直後、硬い岩に変じた壁は鬼達の後続を完全に遮断した。
 慌てて銃撃や魔法が鳴り響くが、直後に岩壁から僅かに覗いていた通路が消え失せる。

「どうするのっ!?」

 主語は無くとも、対象が三人の追っ手である事は明らかだ。
 次郎は、あまりにしつこい鬼達が手にしているアサルトライフルを憎々しげに睨むと、ついに一線を越える決断を下した。

「あいつらを殺す。土壁で左右から挟むから、正面から炎で焼いてくれ」
「………………」

 次郎は最初から、機動隊員に対して根強い不信感があった。
 チュートリアルダンジョンの存在を隠し、土地を強制的に接収しながら密かに攻略を続けてきた事は今更だろう。
 新ダンジョンのコウモリ出現と同時に千人ほどの犠牲者が出ているが、政府はチュートリアルダンジョンの情報を隠ぺいしたままだ。
 そして秘密を知る次郎たちを追い回し、最終的には目撃者の口封じをせんとばかりに、三六式小銃で撃ち殺そうとしてきた。

 そんな機動隊員の行為は、国家という枠組みで見れば論理的な行動だ。
 国家とは、人間が形成する最も大きな群れである。
 鳥や魚を見れば一目瞭然だが、群れとして互いに協力し合えば、個々の生命体が各々で活動するよりも、ずっと生存や子孫を残せる可能性が高まる。
 そのような数百の群れが凌ぎを削る国際社会において、群れを揺るがす秘密を知った個体を駆除する事は、群れを維持する側から見れば真っ当な行為であろう。
 だが、自身が生存する可能性を高めるために群れに所属しているにも係わらず、群れから殺されそうになった場合、一個体は抵抗こそが生物として真っ当な行為となる。すなわち次郎に、抵抗を躊躇う道理は無い。

 次郎が両手を広げて左右から挟むような動作をしたのと、機動隊員が三六式小銃を構えるのは、殆ど同時だった。
 直後、後方を遮断されている機動隊員の左右から、土壁が勢い良くせり上がった。
 対する三六式小銃も高らかに雄叫びを上げ、次郎の身体に銃弾の雨を浴びせる。
 発砲音が鳴り響いた瞬間、美也の箍もついに外れた。機動隊員の前面に巨大な炎と風が生み出され、津波のような勢いで勢い良く突き進んでいく。
 機動隊員は、後方の退路をダンジョンの壁で塞がれており、左右を次郎の土壁に挟まれ、正面から迫る炎の嵐を避けようが無く、全力で放たれたプラズマの嵐に全身を丸呑みにされた。
 火魔法は純粋な酸素の燃焼では無く、魔力の素のようなもので発生している。
 いかに化学繊維で防火対策をしようとも、魔力が防護服を透過して内側から魔力の素のようなものを燃やすのでは防ぎようが無い。
 美也の検証では、魔法に対抗出来るのはレベルや魔力、属性などの強さだ。
 そして機動隊員のレベルや魔力などは、攻撃を行った美也には到底及ばなかったらしく、僅かに足掻いた後に動かなくなった。
 人間を焼いた臭いが、次郎の安いマスク越しに鼻を突いてくる。
 次郎は眉を顰めながら焼死体に駆け寄り、三体の首辺りを石槍の矛先で順に貫いてトドメを刺していった。
 石槍を握る次郎の手には、焦げた魚の皮の表面を破るような感触と、内側の生焼けの肉を貫く感触が立て続けに伝わってきた。
 その不快な間食の中で、美也では無く自分がトドメを刺したのだという事実にだけ、僅かな救いが感じられた。
 今回の悪行に関しては、美也は次郎の従属状態だったという事にして、次郎自身が命令から実行までを行った最大の責任という事にしておきたかった。次郎にとっては明らかに正当防衛であり、裁かれる筋合いはないとも思っているが。

「次郎くん、怪我はどれくらい!?」
「額から血が出ているけど、目だけは庇った。それよりもボスだ」

 大広間は直径一km、短径五〇〇m、高さ二〇mほどの楕円形だった。
 そんな円の中心には黒い渦が二つ、床から天井に向かって渦巻いていた。
 渦の中心には軽トラック並の巨大蜘蛛が合計二匹出現しており、忙しく前脚を動かしながら、多眼で周囲の端から端までを隈無く見渡していた。
 対するは次郎と美也、そして既に死体となっている機動隊員を合わせて五人。
 チュートリアルダンジョンで巨大カマキリが現われた時に、次郎と美也の二人に合わせたように二匹だった事から、ボスの数は入ってきた人間に連動している可能性を考えた。
 しかし、実際にはそうでは無いらしいと理解する。
 巨大カマキリは雌雄のペアだったが、巨大蜘蛛も雄雌のペアなのかもしれない。
 おそらく、相当数のチュートリアルダンジョンを確保していた政府側は知っているはずだ。もしかすると死亡した山中県警の機動隊員も、情報を得ていたのかも知れない。
 だが次郎が他所から得られる情報は、地上のコウモリ退治の結果ばかりで、大半は自分が確認した事象を組み立てていくしか無かった。
 巨大蜘蛛達の周囲の黒い床面からは、まるで沼の底から這い上がってきたかのように、地下一五階で目にしてきた大型犬サイズの大蜘蛛たちが続々と沸き上がっている。

「小さい方、どんどん増えているよ」
「分かっている。そっちはレベル一五程度だから、俺たちの敵にはならないはずだ。ボスもチュートリアルの時を考えれば、レベル三〇くらいだろう。一体ずつ確実に仕留めていくから魔法で援護してくれ」
「うん」

 大型犬サイズの女郎蜘蛛たちは、それほど生易しい存在では無い。
 糸を出されれば、次郎たちのレベルでも粘ついて動きを阻害されるし、それが顔面であれば視界や口を塞がれる。闇魔法の毒を流されれば幾許かの痺れを感じるし、その際には魔法での対応が必要になる。
 時間が経つほど敵が増えて不利になると判断した次郎は、楕円形の空間の中央に佇む一体に狙いを定めると、力強く踏み込んで一気に飛び出した。
 対する巨大な女郎蜘蛛は、次郎に向き直ると複眼で睨め付け、口を大きく開けて鋭い牙を蠢かせながら、すぐさま前足二本を大きく振り上げて迎撃の構えを取った。
 前脚からは鋭い爪が伸びており、それらが次郎の身体に狙いを定めている。

「餌が欲しけりゃ、共食いでもしてろ!」

 先手を打った次郎の手から石槍が投げ付けられ、巨大蜘蛛の口元に向かい一直線に伸びた。
 巨大蜘蛛は槍の速度に対抗しきれなかったのか、鋭い石槍の矛先を受けた左頬付近が弾け飛び、衝撃で蜘蛛は大きく仰け反る。
 そこへ阿吽の呼吸で美也の指先から赤い閃光が迸り、炎となって抉れた左頬を内外から焼き払う。
 連携攻撃を受けた巨大蜘蛛は、堪らず後ろへ飛び下がった。
 これが人間同士の戦いであれば、傷付いた仲間の穴を埋める形で仲間がフォローに入ったのだろう。しかしもう一体の巨大蜘蛛も、周囲に沸き続ける大蜘蛛からも、逃げた巨大蜘蛛を庇うような素振りは一切見られなかった。
 追い打ちとなる二本目の石槍が投げ付けられ、飛び下がった巨大蜘蛛の胴体に命中して深く突き刺さる。傷口からは体液が吹き出し、黒い床面に大きな染みを作った。
 動きを落とした巨大蜘蛛に対し、立て続けに三本目、四本目と石槍が投げ付けられていく。
 蜘蛛は生来の捕食者だが、人間も石器を用いて大抵の動物を狩猟してきた歴史を持つ捕食者の一種だ。遠距離から一方的に石槍を投げ付けられた巨大蜘蛛は動きを弱らせ、ついには蹲った。

 次郎が二匹目の蜘蛛を抑えるべく攻撃対象を移す中、美也は火魔法で一匹目の巨大蜘蛛に魔法攻撃を加えながら、湧き続ける無数の大蜘蛛が放つ糸を風魔法で吹き散らし、戦場を抑えにかかる。
 巨大蜘蛛の前脚と毒を警戒した次郎は、ひたすら石槍を投げて相手を弱らせる戦法を取った。巨大蜘蛛が迫ってくれば下がって距離を取り、それでも接近を許した時にだけ石槍を振り回す。
 そんな人間と巨大蜘蛛との戦いは、チュートリアルダンジョンから続く美也の徹底レベル上げ路線に従い続けた人間側に明らかな軍配が上がりつつあった。
 相手を上回る身体能力を活かして位置取りを変えながら、てんでバラバラな蜘蛛を各個撃破で削り続ける。
 まるで石器時代の原始人のようにマンモスならぬ巨大蜘蛛の巨体に石槍を投げ続け、魔女裁判では即刻死刑になりそうなほどの炎魔法を浴びせ続け、足元に纏わり付く大蜘蛛を蹴り飛ばし、毒を回復魔法で癒やしながら戦い続けた。
 だが、いかにボスを抑えようとも、無数に沸き続ける大蜘蛛まで回避するのは困難だ。
 ふと美也に視線を向ければ、爪に引っかかれた上着が布きれ同然のボロボロになっており、そこから白い下着と素肌が見えた。ちなみに下着も半分くらい破れている。
 次郎は、そちらに視線を奪われた。

「次郎くん!」
「すまん。色々と荒んだ心を上書きしていた」
「わたしたち、何しに来たの!?」
「ラストサマーバケーション。お土産は収納能力」
「だったら、あれを倒してきなさい」
「ういうい」

 厳命された次郎は、二匹目の巨大蜘蛛の側面に回り込むと、石槍を全力で投げ付けた。
 二匹目の巨大蜘蛛は、身体を傾けて迫ってきた石槍を素早く躱す。
 だが躱した先には一匹目の巨大蜘蛛が居て、一匹目は突然死角から現われた石槍を躱せずに頭部に直撃を受けた。
 巨大蜘蛛が軽トラサイズとはいえ、動物に例えれば象が頭を石槍で勢い良く貫かれたようなものだ。
 しかもレベル四〇で身体能力を強化している次郎は、巨大蜘蛛の力を遥かに上回っており、土魔法に特化して上げているために凶器の破壊力も抜群だった。
 投石器で石を投げ付けられたかのように、あるいは牽引式バリスタで矢を深く突き刺されたかのように、頭部に直撃を受けた一匹目の巨大蜘蛛は頭を破壊されて倒れ伏した。
 その傷口へ、八つ当たり気味の炎が容赦なく注ぎ込まれる。
 巨大蜘蛛は内側からの防ぎようのない業火に蹂躙され、完全に事切れた。

 残る二匹目の巨大蜘蛛に対し、次郎は投槍の継続で相対した。
 常人が見たら、何が起っているのか分からないかもしれない。
 次郎はテレビ局が超スロー再生で放送するような一瞬で全力の投槍を行い、飛ばされた石槍は吸い込まれるように二匹目の巨大蜘蛛の首を貫いた。
 それは人間も動物の一種類だと改めて考えさせられるような、他の野生動物に全く劣らぬ速度で繰り出した攻撃だった。
 人外の領域に軽く踏み込んだ次郎に続き、美也も傷口に向かって炎を流し込む。
 容赦の無い追撃の炎が二匹目の巨大蜘蛛を焼き焦がした後、黒い床面が灰色に変じて、今まで無数に沸いていた大蜘蛛の出現が停止した。
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