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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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23話 夏休みの課題

 学生の夏休みは、一般的には海の日が始まる前から、八月末までとされている。
 日本列島は地理的な特性により、南の暑い地域では夏休みが長くなり、北の寒い地域では逆に短くなる傾向がある。そして次郎たちの山中県では、今年は七月一六日から八月三一日までの四七日間が夏休みと定められていた。
 そんな長期休暇を大半の大人は羨ましがるが、彼らも学生時代には我が世の夏を存分に謳歌したはずで、学生側が大人に遠慮すべき理由は一切ない。
 そんな誰もが持つ正当な権利を行使すべく、次郎も夏休みの活用計画を立てた。
 すなわち夏休み前に確認したダンジョンの地下一一階以降の踏破こそが、今夏最大の目標である。
 もっとも世間では、計画が予定通りに進まない事は往々にしてある。次郎が躓いたのも、そんな数多ある止むに止まれぬ事情に基づいていた。

「夏だ、休みだ、コウモリ探しだっ。ガンバローオー!」
「…………オー」

 夏休みの初日に意気揚々と声を上げる小柄なボクっ子に遅れて、サングラスとニット帽とマスクという格好で顔を隠した、活力が著しく乏しい男の声が後に続いた。
 付き従う次郎に拒否権は無い。
 転移能力を秘密にする引き替えにレベル上げに付き合って欲しいと言われ、対応を相談した美也からも、それで満足するのならと諦め気味に首を横に振られている。
 そんな美也自身は、転移や力に積極的では無いという体で不参加だ。
 あくまで次郎が主導して巨大構造物へ潜り込み、そこで金色コウモリを倒したのであって、秘密を漏らせば巻き込まれた美也に迷惑が掛かるという形にして、絵理が話し難くなる理由を増やしたのだ。建前上は。
 本音では、骨髄移植を強制された時以来、数年振りに本気で怒っている。

 両親が本来の役割を果たさなかった美也にとって、幼い頃から次郎や祖母と過ごした世界こそが家庭であり、心の安寧を保つ箱庭にして、死守すべき最後の拠り所だった。
 絵理の自覚はともかく、結果として脅迫という形で介入された探索活動は、チュートリアルダンジョン自体が次郎の自宅の敷地内にあった事もあり、美也にとっては次郎と二人で行ってきた幼い頃からの庭先探検の延長だった。
 もしも脅迫者に秘密を自動公開する保険が掛けられていなければ、箱庭を死守する少女は庭先に現われた害虫を処理するかのように、望み通り転移で新ダンジョンの最深部まで連れて行き、魔物の爪とスライムの溶解液に解決を委ねたかもしれない。
 普通の家庭で育った少年自身はそこまで追い詰められた精神状態ではなかったが、転移能力を露呈させてしまい、まともな生活を送れなくなるリスクを発生させた責任は痛感している。もしも選択肢が無いのであれば、最終的にはそれすら受け入れただろう。
 そんな事を思い悩む次郎が、よりによって絵理のハイテンションに着いていけるはずも無い。むしろ絵理が要求を増大させるなどして、強制連行の羽目に陥らないかと心配していた。

「元気が無いぞー。魔法が待ってるんだぞー」
「それは輝く太陽に言ってくれ。夏の炎天下であいつとまともに付き合うと、別れるまでに干からびてしまう」

 消極性が、夏の日差しに責任転嫁された。
 金色コウモリから始まって、絵理に対する説明の殆どが偽りだという嘘吐きの鼻は、木漏れ日が差し込む周囲の木々の背丈を追い抜きそうなくらいに伸びていた。
 そんな次郎と張り合うくらい高い木々が乱雑に伸びる、ダンジョンに程近い県内の森林地帯には、大氾濫の時に飛来したコウモリが多数生息している。
 生息数は誰にも把握出来ないが、快晴の大空に向かって顔を上げれば、気ままに飛び回るコウモリの姿をいくらでも見る事が出来る。
 そんな状況を認識している警察や自衛隊も、未だ途上である市街地の治安回復に忙しく、人の住まない森にまでは手が回っていない。そのためレベルに強い関心を持つ国民が、勝手に退治しに行っている有様だ。
 テレビ番組に出た専門家によれば、武器を持ち歩けば銃刀法違反とはなるものの、襲ってくるコウモリに対する自衛は、憲法二五条に定められる生存権の行使にあたり、警察や自衛隊が国内の危険を排除できていない現状では裁判でも無罪に成り得るらしい。
 この頻りに流される報道に政府も警察も一切反論しない事から、国民はコウモリ退治が黙認されていると見なしている。
 そして現在までに官民合わせて数十万匹は倒したが、残り数十万匹は居るはずだというどんぶり勘定の元、今日も人々は手当たり次第にコウモリを狩り回っていた。

「おーっ、沢山居るね」

 夏休み初日となる、土曜日に赴いた森の中には、田舎者の想像を超える人々が集っていた。
 休日に行き先の無い田舎では、郊外の大型商業施設に人が集まる傾向がある。人ごみを嫌がる人もいるために数千人程度で済むのだが、それが次郎たちの山中県における平時最大の集客数だ。
 しかし森に集まった人の数は、大型商業施設の数倍はありそうだった。
 森の深部へと向かう途中にすれ違った人達は、親に連れて来られた小学校低学年から、六〇代くらいの人までの年齢層と幅広く、金属バットや投網、手製の槍など様々な武器を携えていた。しかも彼らは巨大コウモリを探し出すべく、茂みや枝葉の中まで掻き分けている。

「どうして人が、こんなに沢山いるんだよ」
「そんなの当たり前だよ。だって力とか魔法が手に入るんだよ」
「確かに群がるだろうけどさぁ」
「ジローくん、分かってないね。もしも回復魔法が覚えられたら、将来は理学療法士とか作業療法士みたいな、医療系の資格になるかもしれないんだよ。塚ちゃんのお母さんも、塚ちゃんに勧めたし」
「ほほう?」

 塚原愛菜美の母親は、現役の看護師長だ。その母親が娘に勧めていたのであれば、少なくとも医療現場では可能性を感じているのかもしれない。
 日本では、返済不可能な国債の利子を自転車操業で返すという最悪の悪循環に加えて、少子高齢化で急速に税収が減り、一方で社会保障費が増大の一途を辿った結果、近年では世界に抜きん出て高い税率を掛けざるを得なくなっている。
 そのため国民は真っ当に働いても暮らしが良くならず、夫婦揃ってそれなりに良い仕事に就くか、詐欺や犯罪でも行わなければ、半世紀前には人並みだった生活すら成り立たなくなっている。
 であればこそ、親として子どものために魔法を覚えさせたいというのは、至極真っ当な考え方なのかもしれない。

「歯を再生できたら歯科医師の代わりにかもしれないし、美容整形とか、髪の毛の再生とか、何が出来るか分からないからね」
「道理で中年の男までいるはずだ」
「みんな凄いよね。レベルが上がり難いのに」
「全くだ」

 コウモリの大氾濫から、未だに僅か一二日。
 だが百万匹という膨大な数のコウモリを相手に、一億人もの国民が検証を行った結果、次郎も知らなかった様々な情報が急速に集まっている。
 例えば、一〇代半ばまでの子供であれば、コウモリ一匹でレベルが一に上がる。その代表格は、沖縄で在日米軍が撃ち落としたコウモリの群れにトドメを刺して回ったSylphidで、彼女達は数十匹のコウモリを倒してレベル三から四に上がっている。
 だが成長期を過ぎると、数十匹から数百匹倒さなければレベルが上がらなくなる。そして年かさが増す毎に、必要な魔石量は増えていくのだ。
 当初は単に成長期後はレベルが上がらないと思われたが、力を手に入れた人からの報告動画があり、レベルアップの条件が違うのだと判明した。
 そのため中年がレベルを上げるのは、極めて困難だと考えられている。コウモリが狭い通路に密集して襲い掛かってくるダンジョンとは異なり、地上には天井が無いのだ。数十匹、数百匹の飛び回る巨大コウモリを倒すには、相当の創意工夫が不可欠だろう。
 それでも彼らは此処に居る。髪の毛のために。

 なお理屈は不明だが、倒した人で無ければ魔石に触れても効果が無い事や、銃で倒してもレベルが上がり難い事が知られてきている。

「運動部とか肉体労働系でも、レベルがあると凄く便利じゃない。文化部とか腰痛に悩むアニメーターさんだって欲しいよ」
「概ね納得した。すると絵理は、アニメーター志望か?」
「違うよ。ボクは魔法を使いたいんだよ。これはアイデンティティの問題で、何もしないで見送る事は出来なかったんだよね」
「アイデンティティ?」
「自己同一性。ボクがボクである事。そこにレベルや魔法があって、さらに凄い力があるのに、黙って見ていたら死んでも死に切れないよ」
「はあ、流石だ」

 次郎は一応理解を示し、周囲に人が居ない事を確認すると足元から一〇個ほどの小石をまとめて拾った。

「それじゃあレベル上げをするか」
「どうするの」
「空に一杯居るだろ。石を投げて叩き落とす」
「凄く高いよ?」

 悠々と飛び回るコウモリの高さは、最低高度でもビルの五~六階に相当する。高く舞い上がれば数百メートル上空だ。
 その高さでは、最も近くに寄った時ですらレベル一や二の投石や魔法では届かないだろう。例え奇跡的に何かが届いたとしても、巨大コウモリの体勢を崩すには足りない。
 だからこそ人々は、枝葉や茂みの中に潜んでいるコウモリを探しているのだ。

「確かに高いよなぁ。ちょっと離れていてくれ」
「うん」

 絵理が離れるのを見届けた次郎は、野球選手のような投球体勢で構えると、コウモリの動きを悉に観察した。
 コウモリは群れており、数匹から数十匹単位で飛行している。
 ダンジョンを飛び出したコウモリは、一昼夜暴れた後は一斉に森や山へ逃げた。
 時折人に襲い掛かったりはするものの、基本的には自由気ままに飛び回っている。

 そんな付近を飛行している群れのうち、接近中の大きなコウモリの群れに狙いを定めた次郎は、大きく振りかぶって、握っていた石をまとめて投げ付けた。
 軽く風圧が生まれ、あまり離れなかった絵理の小柄な身体を蹌踉めかせる。

「きゃあっ」

 思わず蹈鞴を踏んだ絵理が悲鳴を上げる間に、飛び上がった小石たちはコウモリ目掛けて突き進み、そのうち一匹の身体に命中した。
 胴体や翼を穿たれたコウモリが、急速に高度を落としてくる。

「絵理はそこにいろ。ちょっと連れてくる」 
「ちょっと、有り得ないからっ!」

 道無き森の中を駆け出した次郎は、木々の合間を縫いながら、コウモリの落着地点に向かって迫っていく。
 走行速度は、Sylphidシルフィードで肉体系に振ったアイシェを始め、コウモリを沢山狩れた一部の人なら、これくらいは出せるだろうという程度だ。
 美也と打ち合わせた結果、金色コウモリで稼いだ上にボーナスポイントを肉体系に振った次郎は、それくらいは出来るという事にした。
 但し検疫は困るので、誰だか分からない変装した上で、同行する絵理にもそれを求めたのだが。

 最近の次郎は、以前に増して慎重になった。
 部室では絵理の隠しカメラがある事を想定して、ダンジョンの会話は一切してない。メールなどにも証拠は一切残さず、直接会った時にだけ打ち合わせをしている。
 本来であれば、もっと早くに対策をして然るべきだった。部室に部員が来るのは当たり前で、絵理に知られたのは明らかに次郎の過失に因るものだ。
 絵理に知られてしまった事態は、もはや取り返しが付かない。もっと致命的で取り返しの付かない事態で発覚しなくて良かったと、せめて前向きに捉えるべきだろうか。
 道中で唖然とする何人かを追い抜いた後、修正した落下地点に辿り着き、空から振ってきたコウモリの翼を掴んで取り押さえた。
 捕獲したコウモリは、左の翼が付け根から折れており、飛行不可能な状態だった。
 次郎は念のために右の翼も折ると、先程すれ違った人達を避けるように若干迂回しながら、絵理の元へ引き返し始めた。

「ノルマ達成かな?」

 疑わしげな次郎の予感は的中した。
 これが数日歩き回った結果であれば、絵理も矛先を収めただろう。
 しかし数分での退治があまりに楽すぎたためか、秘密の保持が割に合わないと駄々を捏ねられてしまい、丸一日掛けて絵理がレベル三に上がるまで付き合わされた。
 最後の方では絵理が様々に次郎の気を引こうとしてきたが、反省していた次郎は一線を引き、当初の取引条件をきっちりと成立させた。
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