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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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22話 絵理の追求

 巨大コウモリの大氾濫から、一週間が経過した。
 凶悪な飛行生物の群れが人間に襲い掛かって来る光景は、二〇三九年の西日本大震災にも劣らぬ地獄絵図だった。だが今回の事態による負傷者は数十万人と目される一方で、死者数は幸いな事に未だ千人に達していない。
 それは、様々な要因が複合的に作用した結果だ。
 戦力的には、最初から巨大構造物に警察や自衛隊が張り付いており、在日米軍も早期に参戦した一方で、コウモリ側が戦闘ヘリの攻撃しやすい空を飛び、本能の赴くままに分散して各個撃破された事が影響した。
 発生地点も都道府県の中心部であったため、周囲からの助けが得られ易く、医療機関も密集していた事が救命率を引き上げた。また発生時間も、人間側に有利かつコウモリ側に不利な日中であった。

 もっとも、そのように状況を振り返れる余裕が出てきたのは、日本がそれなりに秩序を取り戻しつつあるからだ。
 市街地の巨大コウモリは既に相当数が追い散らされ、各地に散った群れも官民が追い回している。鼻先にレベルという人参がぶら下げられた人々は、貴重な獲物を奪われまいと必死に競い合いながら、人間の脅威を次々と排除している。
 そうやって人間の生活圏から積極的にコウモリが叩き出されていった結果、電車の運行が再開され、道路の封鎖も解除されるようになった。
 そしてコウモリ自体が飛んで来なかった地域は、かなり早い段階で日常が回復している。その地域には七村市も含まれており、七村高校は翌日から二日間休校になっただけで、七月七日には再開された。
 既に期末テストが終わっており、七月一六日からは夏休みだということもあって、保護者の判断で登校しなかった生徒も居る。だが勤勉な日本人の習性であるのか、大半の生徒は素直に登校してきた。
 勿論、全てが元通りにはならない。
 例えばコウモリ自体が飛来しなかった七村高校においても、七月七日から七月一〇日までの三泊四日で北海道旅行が予定されていた二年生たちは、空港が使えなかったために修学旅行が中止になっている。
 事態発生が旅行の直前であったために、貸し切りバスや旅館にはキャンセル料が発生しており、延期して旅行先を変える事は出来なかった。そのため二年生達は、高校時代の修学旅行を失った。
 一年生の次郎には他人事だが、来年も同様の事が起きれば非常に困ったことになる。そのため、ダンジョンの天井開放が一年後に再び起らない事を願わずにはいられなかった。
 食堂帰りに廊下でそのような事を考えながら歩いていると、背後から声を掛けられた。

「ジローくん、ちょっと手伝って」
「ん、どうした?」

 次郎が振り返ると、アンケート用紙を抱えた絵理が歩み寄ってくるところだった。
 アンケートは『第二回・巨大構造物は何なのかアンケート』で、学級委員の中川が朝に趣味で配布して昼休みまでに集めていたものだ。
 あくまで中川の個人的な趣味なので学校の業務用コピー機は使えず、図書文芸部のパソコンとプリンタを駆使して配布する事にしたようだった。
 部室の鍵は図書管理室の鍵付き棚の中にあり、部員以外の生徒は持ち出せないようになっている。加えて絵理はイベント好きで絵も付けてくれるため、中川は次郎ではなく絵理に依頼していた。

「結果が纏まったから、結果を印刷しに行こうと思って。タイトルと文章の他に、グラフと絵も付けるから、部室にヘルプミー」
「それで内職していたのか。成績落ちるぞ」
「内職ならいつもしているよ。でも期末の結果はボク三番、ジローくん七番」
「どうして授業中に絵を描いていて、総合成績で三番を取れるのか理解不能だ」
「ボクが転生者で、人生は二週目だからね」
「また訳の分からない事を言って」

 絵理は同人誌を描いて祭典に出るほどの生粋のオタ女だ。
 図書文芸部に所属する二組の塚原愛菜美と三組の丹保智美もその同類で、三人で同人誌を描く光景はよく見られるのだが、リーダー格の絵理は普段からそっち系の言動も強い。
 誰彼構わず発言するわけでは無いが、同じ部活で同級生の次郎と美也には遠慮無く妄想の世界を口にしてくる。

「それなら巨大構造物が、次にいつコウモリを出すのか教えてくれ」
「残念ながらボクの前世は、二〇二八年で終わっているのです。それで二〇二九年に二度目の人生が始まりました。ちなみに前世は男の子だったよ。それは良いから、さあ行こうよ」
「最後の方、聞き捨てならんわ。それと美也が居ないんだが」
「美也っちは、まだ教室で皆とお弁当を食べているよ。ジロー君は、ナカさん達と一緒に食堂で食べ終わったでしょう。カモン」
「分かった。エクセルでのグラフ作成と適当なタイトルで良いんだよな?」
「グラフはお任せ。でもタイトルは『第二回・巨大構造物は何なのかアンケート』って入れてね」
「うい」

 次郎が納得したところで、二人は部室に向かった。
 その途中で、欠席・未提出・無効を除いたクラス三〇人中二四人分のアンケート結果が渡されたので、まとめられた紙を確認する。
 集計結果には「異世界と繋がった」が八票、「宇宙からの侵略」が六票、「ここはゲームの世界」と「神の天罰」が各三票、「魔界からの侵略」と「悪魔の使い」と「秘密組織の陰謀」と「皆で夢を見ている」が各一票と書かれていた。
 異世界に繋がったという予想が最多だが、宇宙からの侵略も二票差で後を追っている。このように意見が割れているのは世間でも同様で、結局のところ巨大構造物が何なのか、誰もがよく分からないままだ。
 一部の人が虚空に見えたレベルという表示は、現代技術で再現する事が不可能だ。宇宙技術・異世界・ゲーム世界など、地球以外の力が無ければ成立しない。そのため一般的には、そのいずれかの超技術だろうと大まかに予想されている。
 もっともチュートリアルダンジョンという表示を見て、攻略特典も得た次郎と美也は例外だ。相手が意図的に行っている時点で、どこかと繋がっただけでは無いと確信している。もちろん犯人が誰で何を目的としているのかは全く分からないが。

「ジローくんは、何に投票したの?」
「俺は秘密組織の陰謀に入れたよ」
「へぇ。あ、ボクはスキャナで取り込むからグラフ作ってね」

 管理室で鍵を借りて部室に入ると、絵理は素早くパソコンと多機能プリンタの電源を入れ、内職で描いた絵をセットし始めた。
 取り込んだ画像を切り取って、エクセルに貼るのが絵理の仕事だ。その間に次郎は表題を作り、数値を入力して横にグラフを置いておく。
 あくまで趣味の範疇で、ホームルームまでに配布しなければならないという時間的な制約もあるが、最低限A四サイズに綺麗に纏めるのが部員の矜恃である。
 サクサクとデータを作っていく次郎に、絵理が取り込みを行いながら話しかけてくる。

「そういえばジローくん。美也っちは皆で夢を見ているに一票入れたみたいだけど、知ってた?」
「いや、聞いてないぞ」
「そうなんだ。だったら凄く徹底しているね」
「徹底って何がだ?」
「うん。先週の月曜日、部室から自宅に美也っちの転移で移動した後、ジローくんの転移で県立中央病院に行ったでしょ。夢じゃないって分かっているのに、何気ないアンケートでもわざと違う事を書くなんて徹底しているねって」

 突然、精神的に殴りつけられるような衝撃を受けた次郎は、二口を告げる事が出来なかった。何も言えないままにパソコンから顔を上げ、絵理の意図を見極めようと表情を伺う。

「あ、作業は止めないで。ホームルームまでに作らないと行けないから」
「………………はぁ」

 呆れとも溜息とも言えない微妙な声が漏れた。
 この状況で作業をしろと言われても、集中できるはずが無い。このタイミングを見計らって話を切り出したのだとすれば、実に効果的なやり方である。
 美也と切り離された次郎は、どう対応すべきか逡巡して結論を出せなかった。

「大丈夫。美也っちのお兄さんには、学校が途中で切り上げになった話を肯定しておいたから。隠しているんでしょ。もちろんボクも、他の人には言っていないよ」
「恭也さんの所へ会いに行ったのか」
「うん。昨日会いに行ってきたよ。名目は三年生が引退するから、後輩として部室に置いてある私物の返却をしにね。ちょっと雑談もして、確認してきたんだ」
「…………それで?」
「あらかじめ言っておくけど、ボクの絵ってそこそこアクセス数があるんだ。もしもネットに接続できなくなったら、これまでに見聞きした事が全部、色んな所で自動的に公開される設定になっているよ。だから転移で口封じはしないで欲しいかな」

 次郎は無表情のままに口を閉ざした。
 恭也を助けようとする余り、焦りすぎて証拠を残してしまったようである。
 証拠なんて無いから知らないと強弁するのは可能かも知れないが、情報が自動的に公開される設定になっているという部分は聞き捨てならなかった。
 例え勘違いだと強弁したとところで、ネット上に広く流布されれば、政府が調べるだろう。
 今の政府にそんな余裕があるのかと問われれば、次郎たちに関しては余裕が無くても調べるという回答に行き着く。
 レベルや魔法であれば急速に広まって価値が暴落中だが、攻略特典はダンジョンを消滅させたメンバーしか保有していないはずで、未だに希少なままだ。
 加えて、政府が隠していたチュートリアルダンジョンの存在を証明できる者として、政府から危険視される。
 巨大構造物が今年突然現われたのと、数年前から魔物が出て危険だと分かっていたのとでは、政府の対策に対する評価が一八〇度変わってくる。
 連立与党の労働党と国民党からすれば、次郎を野放しになど出来ないのだ。
 この話が広まれば、次郎だけでは無く美也まで被害を受ける。
 次郎は大失態した自分に対する舌打ちに堪え、硬い表情の儘に顎をゆっくり前に振って、絵理に話の続きを促した。

「理解してくれて良かったよ。もちろん塚ちゃんにも、ともみんにも絶対に言わないよ。ボクがお願いしたいのは、ボクも仲間に混ぜて欲しいって事だけ」
「仲間に混ぜるって、どういう事だ」
「コウモリが溢れ出てきたのは一週間前で、その時にジロー君と美也っちが転移できていたのはおかしいよね。それならコウモリが溢れ出て来なくても、レベルを上げられるはずだよね。ボクもそれに混ぜて欲しいなって思ったんだ」

 王手を掛けたと確信した絵理が、得意気な顔を浮かべながら最後まで押し切ろうとする。
 しかし次郎は重苦しい表情の儘、攻め手だった絵理が想像し得なかった回答を返した。

「五月四日の巨大構造物が出現した日、偶然居合わせたんだ。そこから巨大構造物に行って、出てきた金色のコウモリを倒したらこの力が現われた」
「………………えっ、金色のコウモリ?」
「ああ。美也と二人で金色のコウモリを倒したら、特殊な力が手に入った。その後にナカさんから、コウモリと戦ったキタムーが検疫で連れて行かれたと聞いて、誰にも言わなかったんだ」
「うそっ、そうなのっ!?」
「ああ、恭也さんの病室から行ったから、恭也さんに事実確認しても良いぞ」

 次郎の口元から、完全に根も葉もないほら話が飛び出して羽ばたきを始めた。
 咄嗟に連想したのは、ゲームで異様に経験値が多いレアモンスターだ。そんな相手に偶然遭遇しただけで、独自の手段など持っていないと誤魔化したのである。
 実際に金色のコウモリが存在するか否かなど、ダンジョンを出現させた側で無ければ確認の取りようが無い。
 巨大構造物が何なのか分からない以上、金色のコウモリが存在しない事を証明するのは不可能だ。
 後から疑われても、女王蜂のように一匹しか存在しなかったのではないかと言い張れば、絵理にはそれ以上の追求など出来ない。

 完全に自分の予想を外した形の絵理が唖然としている間に、次郎は心理的な体勢を立て直し、咄嗟に飛び出した嘘を貫き通す事にした。
 いずれ攻略特典の存在が世間に知れ渡った後は、苦しい言い訳になるだろう。
 しかし金色コウモリが存在しない事を証明するのは、その後であろうとも不可能だ。
 絵理に取り得る手段は、五月四日に本当に次郎が恭也の病室へお見舞いに来たかの事実確認だ。
 しかし次郎は実際にお見舞いに行っており、そこからダンジョンへと向かっている。
 美也は居合わせなかったが、近くまで一緒に付き合って来たと口裏合わせを行えば、辻褄が合う。
 最悪の場合、美也が骨髄提供を行って家族関係が崩壊した事を話せば、美也だけが病室まで付いて行かなかった名目は立つ。

 美也が行くのを止めるように言ったにも拘わらず転移で助けに行き、結果として大失敗してしまった次郎だったが、これ以上の失態は避けるべく気を張り直して絵理に向き合った。

「すまんが、そういう訳だ。力を分け与えるとかは出来そうに無い」
「でもっ、転移で巨大構造物の中には移動できるんだよね。秘密は黙っているから、ボクも混ぜてよ」
「動物で試したけど、転移能力を持たない生物は転移に同行出来なくて消えた。絵理を同行させると、絵理だけどこに跳ばしてしまうか分からない。そんな理由で口封じになって情報を公開されたら困る」
「そ、そんなあっ!」

 大嘘を力強く断言された絵理は、絶望に顔を歪ませて悲嘆に暮れた。同人誌を描くオタ女として、それほどまでにレベルや魔法に憧れていたらしい。
 なお場当たり的に誤魔化した次郎は、今度は美也との口裏合わせに頭を悩ませる事になった。
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