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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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16話 緊急対処事態

 次郎と美也が帰宅したのは、午後七時過ぎだった。
 三時間以上も奥へと突き進んだが、地下二階への階段は見つかっていない。
 始めて入って地理が分からない点に加えて、チュートリアルダンジョンに比べて内部もかなり広そうだった。
 幸いにして明日の五月五日もゴールデンウィークであるため、明日は一日掛けて地下二階に辿り着きたいと考えている。
 それが駄目だった場合、二日後の五月六日は金曜日で学校に行かなければならないが、その後は土日が控えている。最悪でも土日までに地下二階へ潜り、山中県警を振り切りたいところだ。
 だが今日は、これ以上の探索活動は続けられない。
 そのため美也を送り届けて美也の祖母を安心させた後、駆け足で家まで帰った。

 普段は遅く帰っても気にしない母親も今日は心配したのか、メールを送ったのに返信しなかったのは何故なのか、そしてどこに遊びに行っていたのかと問うてきた。
 それを適当に誤魔化し、食卓に着いてニュースを眺める。

『この時間も全ての番組を変更して、引き続き臨時ニュースをお伝えします。本日、全国各地の駅周辺に大規模な土煙が発生し、直後に謎の巨大構造物が相次いで現われました。大場総理は現状を緊急対処事態にあたると宣言、直ちに自らを長とする対策本部を設置しました』

 テレビの画面には案の定というか、次郎の予想を遙かに飛び越えた映像が映し出されていた。
 ビルから撮影されたと思われる映像では、新宿駅付近が大規模な土煙に覆われ、やがて視界が晴れると新宿御苑の西半分にドーム状になった巨大なダンジョン入り口が出現していた。
 ダンジョンの入り口が現われた位置に居た人は、全員が新宿御苑の東側に一瞬で飛ばされたらしい。巻き込まれた人がインタビューに答えており、自分たちは無事だったが西側にあった茶室や日本庭園などは消え失せたと言っている。
 新宿に現われたダンジョンから中に入ると暫くは下り坂で、そこから巨大な地下空間に繋がっているらしい。内部には新宿御苑の西半分にも匹敵する広場があって、壁にはいくつかの通路があり、猫より一回り大きなサイズのコウモリたちが生息していたと言っている。

『総理は国民保護法に基づき、全都道府県に対して国民保護対策本部の設置を命じると共に、速やかな国民保護措置を講ずるよう指示しました。各都道府県は避難実施要領に基づいた避難指示を発令しており、現在は警察、消防、自衛隊と協力した避難誘導を行っています。該当する地域にお住まいの方は、指示された避難先への避難を行ってください』

 テレビ局の中継には、ダンジョンの入り口が既に規制テープで封鎖されており、融通の利かなそうな警察官がズラリと並ぶ姿が映し出されていた。
 やがて映像は神奈川県の横浜駅や、大阪府の大阪駅、新潟県の新潟駅、福岡県の博多駅などに次々と切り替わっていったが、そのいずれにも灰色のドームが映し出されていた。

「だから心配したのよ。四七都道府県に一つずつ出たんですって。駅前とか行ってないわよね?」
「行っていたら電車が止まって帰れないんじゃないの?」
「もう安全確認が終わって、運転は再開しているそうよ」
「おお、流石日本だ」

 次郎は感心して見せると、夕食のエビフライを箸で摘まんだ。
 実際に驚いたのは電車の早期再開では無く、ダンジョンが各県に一カ所ずつしか出ていなかった点だ。チュートリアルの時には複数出ていたが、本番になって数を減らすのは意味が分からない。
 それとも巨大化して内部も拡大した代わりに、個数を絞ったのだろうか。
 新ダンジョンで地下二階を探して走り回った体感では、階層の広さは倍加しているように感じられた。

『謎の巨大構造物には人を襲う危険な生物が確認されています。未知のウイルスの危険もありますので、絶対に近寄らず、万が一襲われて傷を負った場合は速やかに医療機関を受診してください』
「…………ところで国民保護法って、なんぞ?」

 次郎に問われた母は、父に目を向けた。
 次郎の父は現与党である労働党が大好きで、同時に愛国者でもあるので、そういった事には多少の知識がある。
 そう言った知識を語る事も嫌いでは無いため、得意気に語り始めた。

「国民保護法とは、武力攻撃や大規模なテロから、国民の生命と財産を守る法律だ」
「ふむふむ」
「法律自体は、中国、ロシア、北朝鮮の攻撃に対処する『武力攻撃事態』と、テロ攻撃に対処する『緊急対処事態』を想定して成立させた。自然災害は対象外で、あくまで悪意のある相手によって引き起こされる危険に対する国民保護が目的だ。発令されると民間人の避難誘導と、危険集団への対処行動が開始される」
「へぇ」
「自然災害は一過性だが、悪意のある相手は重複性と継続性を以て何度でも繰り返す。原因は国家の外交関係や諸事情にある。誰がアレをやったのか知らんが、他の国に出てきていない以上、何らかの理由で日本だけが狙われている。だから緊急対処事態を発令して、国家が責任主体になって対処する訳だ」
「ふぁあ」

 次郎は父親の小難しくなっていく話に、思わず変な声を出した。
 説明はその後も続いたが、国民保護任務に従事している自衛隊員は当該任務中には同時に戦闘は行えない仕組みがジュネーブ条約にあるだとか、そのため部隊を分けてそれぞれ別々の任務で行動させた方が良いだとか、説明に独自解釈がどんどん増えていった。
 既に聞きたい事を聞き終えている次郎は、適当に相槌を打ちながらエビフライを囓り、話を聞き流しながら味噌汁を啜る。
 一方で父の方は、どんどんヒートアップしていった。
 話題は、国家安全保障戦略(NSS)と二〇三七年の防衛大綱で完全に分化した機動部隊と防衛部隊のうち、今回構造物を監視・封鎖するのが防衛部隊で、内部を調べるのが機動部隊になるのが適切だとか、次郎にとっては全く興味を引かない内容に移っていった。
 そんな話は、自衛隊の佐官以上しか気にしなくて良いのではないだろうか。
 やがて会話が『世界地図を逆にした時に見えるユーラシア大陸側から、太平洋への進出を抑える戦略要所に日本や南西諸島がなっている』などと日本を取り巻く地政学に入り始めた頃、食事を終えた次郎は風呂に入ると言って食卓から逃げ出した。
 次郎が父の話に最後まで関心を持てないのは、このウンザリする長話のせいである。

 風呂の湯張りをセットした次郎は自室に戻り、PCを起動してネット上の情報を集める事にした。
 まずは反応であるが、あらゆるニュースサイトの記事一覧を、ダンジョン関連のニュースが写真付きで埋め尽くしている。

 四七都道府県の駅前に、球体状の灰色い巨大構造物が一斉に出現した件。
 その内部には、巨大な地下空間が存在していた件。
 地下には巨大蝙蝠が生息しており、襲われた人に犠牲者が出た件。
 国民保護法に基づく緊急対処事態が発令された件。
 巨大構造物の周辺には規制テープが張られ、警察官がグルリと囲んでいる件。
 警察、消防、自衛隊によって一部住民は避難させられた件。
 大場総理と峰岸官房長官による記者会見が行われた件。
 アメリカが支援を申し出て、日本は感謝の意を示しつつ断った件。

 このように、平時であれば大ニュースになる記事が様々な見出しでズラリと並んでいる。
 そのいくつかを適当に流し読みしている間に風呂が沸いたので、先に入る事にした。
 今日は長時間の探索で疲れており、明日のゴールデンウィーク最終日も朝から探索を再開するため、早めに風呂に入って休んでおかなければならない。
 次郎は逸る気持ちを抑えながら、休憩すべく風呂に向かった。





 ◇◇◇





 新宿御苑に出現したダンジョンから直線距離にして僅か三km。
 皇居にも程近く、国会から数分の距離にある総理官邸では、体格の良い白髪老人が、壮年の男性から報告を聞いていた。

「チュートリアルダンジョンが消えた報告は、確認が取れたのか」
「はい。封鎖中の八七ヵ所全てが、新たなダンジョンの出現と入れ替わるように消滅しました。内部に居た者は全員残らず外に飛ばされ、直接所持していなかった物資はダンジョンと共に消えております」
「信じられん」

 白髪の老人は背もたれに身体を預けると、疲れ切った表情で深い溜息を吐いた。
 彼こそは与党労働党の総裁にして、日本国内閣総理大臣の大場宗一郎である。
 現在は野党第一党に落ちた改革党が与党だった時代に、党内調整でババ抜きのババを引かされて総裁に就任し、西日本大震災の後に行われた選挙で圧勝して政権交代を果たし、総理に就任してからは二期目を迎えている。
 すなわち日本にダンジョンが現われた時からの現職総理大臣であり、次の総理へ引き継ぐ際に何と伝えようかと頭を抱える総責任者でもある。
 大場の派閥は非常に大きいが、その大半は現与党が圧勝した時に初当選したハリボテで、即戦力となる議員の比率は少ない。
 同じ党内でも非主流派の古狸や古狐どもは、隙あらば使えそうな新人議員を自陣営に引き込もうと画策し、同時に様々な手を駆使して旨みの増した総裁の座から引きずり下ろそうと蠢動する。
 殆ど派閥力学で選んだ大臣たちは、各派閥への調整力はともかくとして、非常時の指導力という面では全くアテにならない。
 官房長官を任せた後継候補の峰岸は六期目だが、親族に政界出身者がいないために総理を引き継がせるには未だに格が足りない。
 連立を組む国民党も法案次第では蝙蝠となるし、野党落ちした改革党は重箱の隅を突くように与党の足を引っ張ってくる。
 野党第二党の共和党とも事あるごとに対立し、第三党の新生党に至っては根本的な思想信条が違い過ぎて意見のすり合わせなどまともに出来た試しがない。彼らを相手にするなら、まだ第四党である共歩党との折り合いが付き易いくらいだ。

 ダンジョンの存在を確認した当初は情報不足で、秘匿しつつ調査するしか無かった。
 やがて情報が集まると、今度は軽々しく公表できる問題では無くなった。
 そして大きな犠牲が出た今になって公表すれば、なぜ隠していたのだと批判を浴びるのは目に見えている。
 大場は今までの選択に対して自分なりの正当な理由は持っているが、それを非主流派や野党が受け入れるかと問われれば、有り得ないと自答せざるを得ない。
 またダンジョンは同盟国であるアメリカにも秘匿しており、これまでの事を知られれば、国内外から盛大な大場降ろしが行われることだろう。

「チュートリアルダンジョンが消えただけならば良かったのだ。そうであれば、問題自体が消えていた」

 大場は苦々しげに愚痴を溢した。
 彼は地位、名誉、財産の全てを高い次元で所持しており、ダンジョンなどに依存する必要は無く、むしろ自身の立場から鑑みれば特大の厄介ごとでしかなかった。
 すると大場の不満げな様子を伺っていた峰岸官房長官が、声を落としながら囁いた。

「いっその事、全て無かった事にしては如何かと」
「何、どういう意味だね」
「今まで封鎖していた場所は、全てダンジョンが現われる前の状態に戻っております。そこで大学教授などに、大震災に伴う地割れだったと結論付ける報告を書かせます。危険な個所は国側で塞いでおいたとして、いずれ時期を見計らって土地を地主に戻しましょう」
「…………ふむ」
「そうすれば日本にダンジョンが現われたのは本日からであり、総理は極めて迅速に対処しているという事になります。そうなれば誰であろうと、揚げ足の取りようがありません」
「それで隠しおおせるのかね?」
「チュートリアルダンジョンは、全て跡形も無く消えております。証拠は存在しません」
「それはそうだが」

 大場はダンジョンの不可思議な特性を思い浮かべた。
 政府がレベルの存在を知ったのは、洞窟に入り込んだ子供を救助した際に、その子供が魔法を使って見せた時だ。
 何度でも再現可能な力を前に、疑いの眼差しはやがて驚愕へと変わった。
 そして検証を繰り返していくうちに、魔物を直接倒した後に体内にある魔石に触れた者が、何らかの理由でレベルが上がると判明した。
 但し、そのレベルの上がり方には極端な差が生じる。
 第二次性徴期である一〇代前半までに魔石の力を取り込めば、第三次性徴期のようなものが始まってレベルが非常に上がり易くなる。
 逆に第二次性徴期を過ぎてからレベルを上げようとしても、二〇代前半の隊員一人のレベルを一に上げるだけで、コウモリ百匹単位の膨大な魔石が必要になる。しかも必要量は、年齢が増すほど跳ね上がっていった。
 そしてレベルを上げる事による副作用や異常報告も、いくつか判明している。
 例えばレベルを得る事と引き替えに、身体の成長速度が鈍化する傾向が見られる。
 他にも、レベル×一%分だけ、細胞や染色体が何かに補われているのではないかと示唆される報告が上がっている。
 だが、それが何を齎すのかについては、まだ分かっていない。

 幸いにして『第二次性徴期までに、倒した魔物の魔石に直接触れて魔素を得た』者は、国内でも指折り数えるほどで、危機感の乏しい子供が安易に発信した情報を見つけ出す事は難しくなかった。
 特別に立ち上げさせた専属チームには、インターネット上の書き込みから子供のスポーツ大会まで幅広く調べさせており、情報の発信者が居れば速やかに公式上は行方不明になって貰っている。
 投稿された動画や写真は消し、CGで再現可能だと指摘させ、投稿者は嘘が発覚して逃亡したのだと決め付けた。記事もコメントを投稿できなくした上で、検索に掛からないようにして、人々の記憶から風化させている。
 そうして大場総理率いるの日本政府は、ダンジョンをひた隠しながら、密かに調査を続けてきた。もちろん検証作業は必須で、そのために身寄りの無い子供の人権などは必要に応じて無視してきた。
 だがそれら一切は、大場や峰岸にとっては当然過ぎて論じるまでもない事だった。
 彼らの解する民主主義の本質は、最大多数の最大幸福である。
 断じて、個人の権利などのために、国家を犠牲にする事では無いのだ。

「本日踏み込んだ者の中にも、レベルの上がる条件を満たした者は殆ど居ないでしょう。疑わしい者は検疫を理由に自衛隊施設へ強制連行し、聴き取りや確認作業を行わせた上で、該当者を発見した場合には未知の病気が見つかったとして移送させております」
「状況が変わっているが、これまで調査に従事させていた者の口は大丈夫かね?」
「調査隊は警察・自衛隊の特殊部隊から厳しく選抜されており、彼らから秘密が漏れる事はありません。それ以外の従事者は、さらに厳しく選抜した者と、処分予定の者だけです」

 調査に投入された隊員は、いずれも第二次性徴期を過ぎていた上、銃火器で制圧しても魔石エネルギーの吸収効率が著しく低く、隊員の一人をレベル一にするためだけに数百という多大な魔石を集めさせられた。
 それでも百を超えるダンジョンを確保していた事と、国家の資金や組織力を費やした結果、隊員達は膨大な魔石を掻き集めてレベルアップを果たしている。
 最奥では殉職者も出ているが、二〇以上のダンジョンを攻略させた事により、総合評価と表示される事象の変化を検証する事が出来た。
 その結果、大量の重火器を持ち込ませてボスを倒させた数名の隊員には、攻略特典という尋常ならざる能力が備わるに至っている。
 外部に知られれば、一過性では終わらない大変な事態となるだろう。
 だが最奥に踏み入らせていた隊員は、いずれも純血の日本人で、特殊隊員としての教育を受けており、生涯に渡る家族も含めた生活保証が為されている事から、他の部隊や家族が相手であろうとも秘密を漏らすような真似はしない。

「隠蔽と口封じは、遺漏の無いように取り計らい給え」
「畏まりました」

 一礼した峰岸官房長官は、連絡係を兼ねる自身の秘書官に目配せをした。すると秘書官は指示を実行すべく、携帯端末を取り出しながら速やかに別室へと移動した。
 こうして表裏両方の緊急対処を終えた大場総理は、顔色から生気を取り戻していった。
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