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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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17話 情報錯綜

 四七都道府県で発生した事象は、世界中の人々を震撼させた。

『各都道府県で利用者最多の駅周辺に、突如としてドーム状の巨大構造物が出現』
『巨大構造物が発生した地域に居た人間は、一瞬で別の場所へ飛ばされる』
『地下に巨大空間が発生するも、重なったはずの地下水道管は何故か繋がったまま』

 いずれも発言者の頭を疑う話であり、そのように絶対に有り得ない事が実際に起きた。
 少なくとも、現地に居た外国人を含む数百万人が同時に目撃している。
 さらに現地にあった個人の携帯や車載カメラ、駅周辺の監視カメラなど数十万から数百万台が、四七ヵ所の巨大構造物を全方向から記録しており、それらの一部はネットを介して全世界へ一斉に発信された。
 そして何より、巨大構造物は現在もそのまま残っている。
 そのため当初は半信半疑だった人々も、新たな情報が積み重なる内に、従来の常識が根底から覆された事を受け入れざるを得なかった。

 巨大構造物が存在する事実は、最早疑う余地が無い。
 日本政府は、出現した巨大構造物の周辺を直ちに封鎖し、近隣住民を速やかに避難させ、諸外国に対しては訪日外国人の安否情報を出しながら、安全かつ慎重に調査を開始した。
 その堅実さは良識派から歓迎され、内閣支持率は上昇している。
 一方で世界各国は、詳しい情報を求めた。
 巨大構造物を削れば、材質が判明する。そして内部を調べれば、構造物が単独で出現する宇宙船のような存在なのか、あるいは単に放たれた弾丸で他に大本があるのかを推察できる。
 各国は日本に対して様々な手段を用い、知り得た情報の開示を求めた。また調査への協力を申し出るなどして、技術獲得に出遅れまいと動き出した。
 またメディアは、国民の知る権利を訴えて調査隊への同行を求めた。そして安全を理由に一切を却下されると、巨大構造物の周辺を取り巻きながら憶測に基づいた様々な報道を始めた。
 そんな怒濤のゴールデンウィークが過ぎ去り、平穏ならざる平日の金曜日が訪れた。

「ジロオハ」
「ナカさん、おはー」

 次郎が教室に入るなり、中川から相変わらずの挨拶が帰ってくる。
 小学校時代から続く挨拶は生活習慣の一部になっており、このような情勢下にあっても変わる事が無かった。もっとも中川の目は爛々とした輝きに満ちており、身体は隠しようのない喜びに打ち震えているが。
 停滞した政治や経済、劣化した社会保障、押し付けられる過去の負債、見通しの暗い国家の将来など、日本は若者の気勢を削ぐ問題に事欠かない。
 その中で発生したダンジョン問題は、既得権益が生み出した既定路線に風穴を開けた。そして直感的に風穴の可能性を見出した中川は歓喜していたのだ。クラスメイトも全体的に明るい雰囲気であり、一種のお祭り騒ぎである事が見て取れた。

「ジロー、いよいよ新時代の幕開けだな」

 次郎の前の席に座った中川が、無駄に格好良くて意味不明な言葉を宣った。
 そこは中川の座では無いのだが、本来の持ち主は別のクラスメイトの所で雑談に興じている。今日はクラス中が好きな席に座り、雑談に興じているようだった。

「ナカさんは、どんな点に新時代を感じたんだ?」
「おいおい、どうしたジロー。お前の家の山にはテレビの電波届いてないのかよ」

 久々の堂下次郎ネタを聞かされた次郎は苦笑を返した。
 山中県の一部でテレビが映らなかったのは、地上デジタルに切り替わった三〇年程前の一時期だけである。

「いや、見たって。ドーム状の謎の巨大構造物だろ」
「なんだ、お前の家もテレビは映ったのか。例のドームだが、歴史遺産とかパワースポットとかを無視して、四七都道府県でそれぞれ一番利用者が多い駅前に出現しただろ。これは俺たち日本人に対するアクションと見るしか無いわけだ」
「ふむ」

 中川の言い分に否定する箇所を見出せなかった次郎は、一先ず頷いた。
 出現した全てのドームは、宗教上の聖地を無視して日本の駅前に姿を現わしている。
 従ってドームを出現させた存在は地球上の宗教・宗派とは無関係であり、日本人の活動に合せて行動している事になる。
 この場合の問題は、日本が相手に差別されているという点だ。
 日本に便宜を図っているのか、それとも試練を与えているのか。
 次郎の答えは、今のところ前者側だ。
 日本のみにチュートリアルダンジョンを出現させ、レベルや魔法、果ては特典まで与えている事から、相手は日本を特別優遇しているとしか思えない。ボス戦では冷や汗を掻かされたが、特典の恩恵を鑑みれば許容範囲内にある。
 しかし、どうして日本が選ばれたのかはサッパリ分からない。

「それで、ナカさんの結論は?」
「まあそう焦るな。いいか次郎、絶対に声を上げずに黙ってコレを見ろ」

 中川は急に声色を落とし、自身の携帯端末を操作してから画面を見せてきた。
 その画面を覗き込んだ次郎は、息を呑み、目を見開いて思わず立ち上がり掛ける。そこには、巨大コウモリの足を掴んでピースサインする北村が映っていたのだ。
 次郎が理解したのを確認した中川は、携帯端末を速やかに回収した。

「いつ、どこで?」
「もちろん当日、俺らの県だ」

 それを聞いた次郎は、思わず舌打ちを打ち掛けた。
 次郎と美也が洞窟に入った時、広い内部には沢山の人が居た。その顔を一々確かめたりはしていなかったが、そこに北村が居合わせた可能性があるわけだ。
 次郎たちはマスクと帽子で顔を隠しており、服装もありきたりなものだった。そのため他人には特定出来ないだろうが、小学一年生から同級生だった北村に間近で見られれば、歩き方や仕草などから正体が露見する危険がある。

「キタムーは、なんて言っていた?」

 声を落として慎重に確認した次郎に、中川は笑みを浮かべながら小声で答える。

「あいつはデートで駅前にいたらしい。それで怪我人を運ぶために男手が足りないから手伝ってくれと言われて中に入り、警察官を襲っていたコウモリを引き剥がしたんだと」
「二重に驚いたわ」

 概要を聞いた次郎は、自分たちの行動が露見して居ないとの結論に達し、安堵の表情を浮かべた。
 次郎たちがダンジョン内部へと突入した時、人手が足りないから手伝ってくれなどとは決して頼まれなかったし、そういった人々が先に入り込んでいる様子も無かった。
 おそらくは、警察官が発砲してコウモリが増えた後の事だろう。あの時は、一般人の青年が外に助けを求め始めていた。
 次郎が想像するに、デート中の北村は洞窟への突入を一度は見合わせ、その後に助けを求められて良い格好をするために飛び込んだのだろう。コウモリの足を掴んで持ち上げている姿は、男としてやり遂げた感がにじみ出ていた。
 そんな輝かしい青春の一ページに、次郎は尊敬の念を浮かべた。

「ちなみに付き合っている相手は、お前らと同じ図書文芸部で二組の塚原愛菜美だ。ほら、先月お前らと二回連続で遊びに行っただろ。それが切っ掛けになった」
「ほほう」

 図書文芸部の一年生は、現在五名いる。
 そのうち二人は次郎と美也で、残る三人は部長の妹で一組の絵理と、絵理が引っ張ってきた中学時代の同級生である二組の塚原愛菜美と三組の丹保智子だ。
 その中心となるのは活動的な絵理で、次郎たちと交友関係にある中川や北村とは、部員メンバーと一緒に遊びに行っている。
 なお次郎たち男性陣は、絵理にトリプルデートだと言われて結構奢らされた。中川が丹保に、北村が塚原に、そして次郎が何故か美也と絵理の両方に。

「ウラギリモノ?」
「イエス、ユダ」

 中川が口にしたユダとは、イエス・キリストを銀貨三〇枚で売ったとされる弟子の事だ。
 処刑されたキリストが宗教上の象徴となった事で、キリスト教が世界宗教となったとするならば、ユダは紛れもなくキリスト教を世界に広める事になった人物の一人だ。
 だが結果論はともかく、利己主義に走って師匠を売ったとされる行為は裏切りである。
 そして今回の場合は、割り勘した三人の中で一人だけ良い思いをした裏切り者という意味となる。

「後ほどキタムーには宗教裁判を行う。それで、話の続きは?」
「おう。あいつは引き剥がしたコウモリを地面に叩き付け、踏み殺したらしい。で、次の日になって急に検疫が必要だと言われて、ドナドナされた」
「はあ?」

 次郎は困惑顔を浮かべた。
 政府の主張する『未知の病気を防ぐための検疫』は、これまで散々コウモリに触れて無事だった次郎にとって、首を傾げざるを得ないものだった。
 むしろこれまでチュートリアルダンジョンを隠してきた経緯を踏まえるに、レベルや魔法を隠そうとしているのだと考えた方が納得できる。

 ダンジョンは白日の下に晒されたが、レベルや魔法は未だ世間に知られていない。
 もはや世間に知れ渡るのは時間の問題とは言え、隠し通せる間は日本のみがそれらを独占できる状況が続く。
 魔法は、従来の科学の限界を引っ繰り返す代物だ。他国に先んじれば幅広い分野で特許を獲得し、新技術を独占できるだろう。
 さらに特典の転移は、SFで語られる数百年後の宇宙船のワープ技術に繋がる。
 また特典の収納に至っては、SFですら語られない数千年後の宇宙船の物資収納技術などに繋がるのでは無いだろうか。
 日本の技術力は決して低くは無く、独占できるアドバンテージを活かして諸外国に一〇年も先んじれば、未知の魔法学分野に関して有利な状況に持って行ける。
 首脳陣がまともであれば、高レベル者や特典所持者を他国や国内のヤクザに渡したくは無いだろう。
 仮にレベルが上がった人間が居た場合、政府は余計な事を口走られる前に確保すべく動く。

(それでドナドナか?)

 もっとも中川の話を聞く限りにおいて、北村はコウモリの体内にある石を掴んでおらず、レベルが上がったわけではないようだ。
 そうであれば、いずれ北村は解放される。
 次郎は北村の身を案じつつ、ゴールデンウィーク明けの気怠い授業に身を投じた。
 クラスでは休み時間の度に会話が盛り上がったが、特に目新しい情報は無かった。
 やがて放課後になって次郎たちが部室へ入ると、先に部室に入っていた綾村絵理がPCで描いた絵を見せてくる。

「いやあ、ついにボクたちの時代が来たねぇ。二人とも、図書広報誌の表紙はドーム状の巨大構造物で良いよね。もう描いたけど!」
「絵理よ、お前もか」
「ふふーん、もちろんだよ」

 絵理が見せてきたのは、川沿いから巨大構造物を描いた絵だった。
 モデルは山中県ではないようで、聳え立つビル群の中央に巨大構造物の天井部分が頭を覗かせており、天空ではそれらを囲むように美しい虹が半円を描いている。
 周囲を包囲しているはずの警察は見えない構図で、上空を旋回するヘリコプターも、調査・報道・観光のいずれが目的か分からない機体になっている。そのため物々しさは無く、ひたすら幻想的な光景が描かれている。
 流石は現部長の妹にして、将来の部長候補だと感心させられる表紙だった。

「結構良いと思うぞ」
「うん。凄く綺麗」
「やったぁ!」

 絵理の表紙を眺めた次郎は、改めてダンジョンの影響力に思いを馳せた。
 ダンジョンは謎の巨大構造物として世間の注目を集めているものの、本来の姿から見れば氷山の一角に過ぎない。それにも拘わらず、北村が内部へ潜り込み、絵理は部活の表紙としてドームを描いた。
 ではダンジョンの隠されている情報が世間に知れ渡った時、世間にどのような影響を与えるのだろうか。

(普通に考えたら、みんなレベルは欲しいよな)

 交通事故に遭っても助かる防御力や、怪我をしても治る回復力などがデメリット無しで手に入るのであれば、それらを求めるのは生存本能を持つ生物であれば自然な行動だ。
 だが人々が力を持てば、絶対王政に反発したように腐敗した民主主義にも反発しかねず、民衆をコントロールしたい政府は嫌がるだろう。
 とりわけ不正を怒れない日本人を相手に、これまで好き勝手に私腹を肥やしてきた既得権益者たちにとっては、悪夢のような話だろう。そのためレベルを与える対象は、権力者を守る自衛隊や警察の一部に限定されるかも知れない。
 普通に考えれば政府が押さえ付けて民衆が従う流れになるだろうが、そんな状況を複雑にするのが諸外国の存在だ。
 日本だけがレベルや魔法、特典といった恩恵を独占するのを許容するとは思えない。
 どのような落とし処となるのか、次郎の興味は尽きなかった。

「ところで話は変わるけど、塚原さんとキタムーって付き合っているのか?」
「そうだよ。塚ちゃんはチョロインだから、早い者勝ちだったのさ」
「…………マジか」

 図書文芸部に所属する塚原愛菜美は、市役所の主幹である父親と、民営化された元市民病院の看護師長を務める母親との間に生まれた核家族の一人っ子だ。
 小柄で笑顔が純粋で、将来は看護大学に進んで保健師になると言っているのだが、一人っ子故に甘やかされて育っており、夢の国のヒロインの如く甘々なダメっ子でもある。

「キタムーが連れて行かれたけど、塚原さんは結構心配してるっぽい?」
「うーん、本気で心配するとは思うけど、あの子は割り切るからねぇ。キタムーが帰ってこなかったら、きっと次の愛に生きると思うよ」
「おおう、なんてこった」

 ユダを哀れんだ次郎は、予定していた宗教裁判を取り止める事にした。
+注意+
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