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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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14話 激震

 二〇四四年五月四日、午後。
 世間はゴールデンウィークの真っ最中であり、人々は今日も行楽地を賑わせている。
 とはいえ今年は五月三日が火曜日で、五日が木曜日だ。
 前後に平日の月曜日と金曜日を挟んだゴールデンウィークは三日しか連休にならず、民間の人達は月曜日や金曜日に休みを取って大連休にしようとはしないので、若干盛り上がりに欠けている。

(転移を使えば思い描ける場所に跳べるけど、金が無いからな)

 高校生になった次郎のお小遣いは、なんと月一万円に上がった。
 お小遣い相場から考えると平均より若干高めだが、次郎の祖父は大地主にして会社の会長、父は社長、母は父よりも大きな会社の元社長令嬢でオリンピックメダリスト。一般家庭に比べれば、明らかに裕福だ。
 次郎の父は「高校生には多いのでは無いか」と若干渋ったが、次郎の成績が向上した事や、それを齎した美也との付き合いを鑑みた母が「家庭教師代はいくらかしら?」と言った事で呆気なく納得して、今の金額に落ち着いた。
 但し、美也に少しは還元しなさいとも言われたが。
 そのため高校合格祝いに奢ると次郎が言い、転移を使った美也のロンドン観光名所巡りに付き合った結果、財布の中身がスッカラカンとなった。
 さらに同じ中学から進学した中川や北村と新しいクラスメイト、そして同じ部活となった綾村絵理たち三人とも遊び回ったせいで、緊急用のお年玉にまで手を付ける有様となってしまった。
 無計画、ここに極まれり。最早、バイトをしようかと悩むほどの財政難である。
 おかげでゴールデンウィーク中に遊び回る軍資金など残っていない。
 そして金を使わない行動を選択した結果が、入院したとメールに書いていた恭也のお見舞いである。

「動機がなんともアレだけど、お見舞い有り難う」

 微妙に嬉しく無さそうな愛想笑いをしてみせたのは、美也の元兄である地家恭也だ。
 次郎にとっては幼馴染のお兄さんであり、お勧め小説のアドレスをメールで送って貰っている相手にして、読んでいる投稿小説のお気に入り作家の一人でもある。
 彼は一年半前に白血病を発症し、骨髄移植を経て療養しながら、通信制の高校へ再入学した。今は実年齢より一年遅れの高校二年生だが、最終的には奨学金を貰っての大学卒業を目指して頑張っている。
 学力に関しては、二年前に七村高校で新入生代表の挨拶をするくらい頭が良かったので、本来ならば地元国立くらいは問題が無い。
 問題は、病気の方である。
 幸いにして白血病は再発していないが、移植片対宿主病という移植を受けた患者特有の病気を発症したらしい。
 さらに恭也は、原因不明の熱発も続発するようになった。
 家族では無い次郎は医者から話を聞いたわけでは無いが、体調不良については体が弱った事と精神的な理由が合わさった結果だろうと考えている。
 妹に骨髄提供を強要する事になってしまったことや、親権を剥奪されて祖母から経済援助も打ち切られた母親のヒステリー、両親の不仲、そして自身の白血病や副作用、高校中退など、恭也が精神的に参る理由には事欠かない。
 むしろここまでの逆境に陥って、精神的に正常であるほうが高校生としては異常だ。

 そんな恭也の事情は既に厚生労働省や学会に報告され、マスコミも知るところだ。
 この先、恭也が白血病を再発するなり、別の理由で死亡するなりすれば、病院側は「嫌がる女子中学生を無理矢理ドナーにして移植を行ったにも係わらず、患者を死なせた病院」として今度こそ全国報道され、社会問題化する。
 そうなれば関係者の医療者としての社会的地位や名声は地に落ち、過去の問題事例として医療系の研修や教育で永遠と取り上げられ続ける事になる。
 それを恐れる県立中央病院としては、恭也にはなんとしても順調に回復してもらうべく、総力を挙げての特別な診療体制を構築するようになった。
 恭也が治ってしまえば、法益衡量説によって『移植強要による被害』を『救命』が上回るため、問題が複雑になってマスコミは病院を悪とするような極端な報道を避ける。少なくとも五年生存率として数値に乗せられる間は生きて貰いたい。
 そのため恭也が治るように少しでも療養環境を良くしようという、病院側の涙ぐましい努力の一端が見て取れた。

「今回も単なる発熱のようだけどね。『もう帰っても大丈夫ですので、ご家族が来られる時間が分かったら教えてください』と言われたよ。退院は夕食後くらいになるかな」
「深刻な病気じゃなくて良かったですね。熱発の頻度は多いみたいですけど」
「身体の免疫力が落ちたまま低空飛行中だよ。あまり無理は出来ないね」

 次郎は不思議な力によって用意されたフカフカのソファーに身体を沈めながら頷いた。
 恭也が入院した今回の病室だが、無料の大部屋が空いていないという理由で、減免扱いで特別個室が無料で用意されている。
 特別個室には応接室や大型テレビがあり、キッチンや冷蔵庫が付いて、トイレやシャワーのみならず風呂まである。電動ベッドや家具類も落ち着いた色合いの高級品で、病院の高層階の角部屋から見える景色も綺麗だ。
 そんな一体どこの大企業の社長室だろうかと目を疑うような贅沢部屋に、主治医や選抜された気の合う看護師、管理栄養士などのスタッフが付いてきて、最新の医学的知見に基づいた健康管理をしてくれる。
 しかし不思議な事に、次郎が歩いてきた病棟の大部屋には空きベッドが複数あった。
 おそらく外部が指摘しても、恭也が入院したタイミングだけ大部屋が何らかの理由で埋まっていたという事にするのだろう。事情が事情とは言え、豪儀な話だった。

「そういえば、美也と二人で図書文芸部に入りました」
「へぇ、懐かしいね。部活はどうだい?」
「ちょっと恐めの綾村部長と、それをいなす定塚副部長を筆頭に、まあまあ程々にやっています。というかあの元視聴覚室の部室、結構贅沢ですね」
「随分と懐かしい名前だ。部室はよく覚えているよ。パソコンは一人一台使えたけど、使いたいソフトがバラバラに入っているからと、先輩の一人が三台まとめて確保してね。部員同士で言い合いになった時に顧問の大婆に怒られていたな」
「大林先生って、怒るんですか。というか、部活に口を出すんですか?」
「動かざること山の如し。だけど、時々噴火するから」
「やべぇ」

 それは次郎が、富士山の噴火を連想した時に起こった。
 最初は不意にゾクゾクと、全身に言い知れぬ悪寒が走った。
 外側から肌寒い冷気を感じるのではなく、内側から生物的な本能が生命の危機を知らせるかのような、収まる事の無い警鐘が身体の中を駆け巡る。

「どうしたんだい?」

 次郎の様子が急におかしくなったのを見咎めた恭也が心配そうに問うた。
 ごく自然体のまま平然とする恭也を見返した次郎は、現在の危機感は二人に共通のものではないと認識した。
 その直後、大気に重い振動が響き渡った。

「……っ!?」

 強烈な振動に反響するかのように打ち震えた次郎は、休憩中のダンジョンで急に魔物から襲われたかのように、慌てて立ち上がった。流石に土魔法の武器は生み出さなかったが、拳は無意識に固く握りしめている。
 そして警戒の視線を四方へと廻らせたところで、窓の外にあるソレが見えた。
 地の底から天空に向かって爆発的に吹き上がる、噴煙が如き巨大な土煙。
 その中心地らしき駅と周辺は、空中に舞った土色の塵に覆われて殆ど見えなくなっている。

「じ、事故かい?」

 恭也の入院している山中県立中央病院は、海まで数キロの平地の川沿いに建っている。近くには県庁もあり、噴煙が吹き上がる地形ではない。
 恭也が口にした事故やテロといった可能性も、おそらく無いだろう。
 中心地の山中駅周辺では大規模な工事など行われていないし、電車同士が正面衝突してもこれほど巨大な土煙はおそらく発生しない。それにテロが起こるのであれば、四七都道府県で人口下位の山中県ではなく、もっと都会の方のはずだ。
 では、あれは一体何なのか。次郎は土煙を目撃している人々の中で、その正体に最も早く気付いた人間の一人だっただろう。

 次郎は非日常的な現象が発生すれば、まず真っ先にダンジョン関連を疑う。
 ダンジョンを発生させた相手であれば、土煙を上げるくらい容易く出来る。それに魔物を生み出すからには、日本の法律や倫理など最初から全く意に介していない。
 そしてダンジョンを出現させた相手には、ダンジョンを出現させた目的があるはずだ。少なくともチュートリアルダンジョンに関しては、次郎達日本人に潜って練習してもらいたかったからこそ、その名前になったのだと予想できる。
 しかし日本は、次郎の家のように発見されなかった一部例外を除いて、残らず封鎖した上で隠蔽してしまった。そんな日本の行為は、ダンジョンを出現させた相手の目的に真っ向から反している。
 であれば次のダンジョンは、日本がどうやっても隠せない場所に出すのが必定だ。
 だから次郎は、一定の理解を以てそれを見つめた。だがその規模は、次郎が想像した杉山に現れていたダンジョンを遙かに超越していた。

(…………マジかよ)

 濛々と広がった土煙が拡散し、少しずつ視界が晴れていく。
 やがて土煙の中から、ドーム状の巨大な構造物の一部が姿を現した。
 それは新幹線を含めた大量の電車を丸ごと収容し、数多の店舗を抱え込める山中県最大の山中駅全体と同規模の、巨大なダンジョンへの入り口だった。
 入り口は車どころか、電車ですら入れそうな大口で、その光景はある程度を予測して心理的に身構えていた次郎すらも呆気にとらせるものだった。
 だが驚愕は、やがて確信へと変わる。
 ダンジョンを出現させた相手は、封鎖と隠ぺいを行う日本に対処したのだ。
 その対処とは、ダンジョンの入り口を隠ぺい不可能な場所に出す事。そして選ばれたのは、この山中県では最も利用者が多い駅前だった。
 それどころかチュートリアルダンジョンが四七都道府県に数ヵ所ずつ出現した事を考えれば、四七都道府県で最も利用者の多い駅から順に同数くらい、駅前に巨大なダンジョンが現われた可能性もある。
 もはや日本は、ダンジョンという存在を隠せないだろう。
 こんな山中県でも、ゴールデンウィークの真っ最中に県内で最も利用者が多い駅から上空へ土煙が上がれば、最低でも数万人が目撃する。
 そこで土煙の中から巨大な構造物が現われたら、携帯端末で四方八方から撮影会が行われ、ネットを介して即座に全世界へ大流出だ。

 おそらく数時間後にはダンジョン内部に潜った人間を追い出し、危険を理由に壁を作って出入り口を塞ぎ、二四時間体制の警備と監視カメラの設置をするだろう。
 だが警察より先にダンジョン内部へ潜り、以降は入口を通らずに直接内部へ転移できるようにしておけば、次郎達だけは今後自由にダンジョンに潜る事が出来る。
 そうすればレベルやボーナスポイントが追加で得られ、さらに最奥のボスを倒せば次の攻略特典で収納が得られるはずなのだ。
 チュートリアルダンジョンと基本構造が同じなら、スライムが機器類を溶かすため、内部に監視用の機器類を設置する事は出来ない。
 市単位の広さがあるダンジョン内では、内部で警察に遭遇する危険は低い。仮に不意な遭遇をしても転移で逃げてしまえば良い。
 あとはボスの攻略競争だが、ダンジョンの維持と消滅の利害計算をする間であれば、日本がダンジョンを消滅させる事はないだろう。
 やがて次郎は決断した。

「恭也さん、俺見てきます」
「何だって!?」
「今ごろ駅前にいる人達は、みんな見に行っていると思いますよ」
「土煙のほかに、有害なガスも出ているかもしれない。気になるのは分かるけど、勧められないな」
「他の人が倒れていたら速攻で逃げます。病院のコンビニでマスクと帽子は買っていきます」

 これから赴く先は、万単位の一般市民による撮影会が行われている会場だ。
 どの方角から近寄っても誰かのカメラに撮影されるのは確実で、インターネット上にも載るであろうから、顔や髪型は最初から隠して行く必要がある。
 病院のコンビニならマスクの品切れは有り得ないし、急な入院患者用の衣服類や、外傷や抗がん剤による脱毛を隠すための帽子なども売っている。
 駅周辺のコンビニなら兎も角、病院でマスクを買う人間を不審人物として調べたりはしないはずだ。仮に調べられても、白血病患者が風邪を引いたのでお見舞いのために買ったと言えば済む。
 次郎は早くも懐具合を思い浮かべた。

「どうやら言っても無駄なようだけど、本当に行くなら注意力を普段の六倍くらいにして、いつもより慎重に行くんだ。六倍というのは、普段見ている前方に加えて、上下左右と後方を追加する事だからね」
「了解です。じゃあまたメールで」
「ああ。お見舞いありがとう」

 急いだ次郎は、あからさまな早足で病棟を出るとエレベーターホールに向かった。
 だが病棟内を急ぐ見舞客に注意する者は皆無だった。患者も見舞いの家族も、果ては病棟の看護師たちですら揃って窓の外を見ている。
 次郎がエレベーターのスイッチを押した時、院内に放送が掛かり始める。

『ただ今、山中駅周辺に大規模な爆発のようなものが発生しました。対策本部を防災センターに設置します。本部員は至急防災センターに集まって下さい。今後職員は、対策本部の指示により冷静に行動してください。また、二次災害の防止に努めて下さい。繰り返します。ただ今、駅周辺に大規模な……』

 次郎はエレベーターを待つ間、美也にも連絡すべきだと思い立った。
 攻略特典で転移能力を得たのは美也も同様で、この病院には美也も入院したことがあるため転移ですぐに来られる。
 院内で人気のない場所や、周辺で人通りが皆無な橋の下、公衆トイレの個室など、いくらでも思い浮かべられる場所はあるはずだ。
 どこかで合流してから二人でダンジョンに行けば、転移する為に必要な現地を思い浮かべる記憶の保険を二人で掛けられる。あるいは家から撮影機器を持って来て貰って、最初から記録しておいた方が確実かも知れない。
 次郎が懐から携帯端末を取り出したところで、エレベーターがやってきた。

『防災センターに対策本部を設置しました。地区隊長は、各部署の状況をFAXにて本部に報告して下さい。また、院内の皆様にお願いします。現在、状況を確認中です。患者さんは慌てず職員の指示に従ってください。慌ててお怪我などされないようにご注意ください。看護師が確認に廻りますので、異常のある方はお申し出下さい。エレベーターのご使用はお控えください』

 次郎は携帯端末を片手で握ったまま、慌てて階段側へと駆け始めた。
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