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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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13話 部活選択

「次郎くん、部活動は何にする?」

 真新しくてシックなブレザーに身を包んだ美也が部活案内の冊子を見せてきたのは、二日間の新入生オリエンテーションが終わった水曜日だった。
 オリエンテーションで行われた部活案内は一通り聞いたものの、次郎もどこの部活に入るのかは決めていない。
 七村高校には運動部一五種類と、文化部一〇種類の部活動がある。
 全校生徒六〇名足らずであった三山中学の出身者として、推薦入学者以外は入部を強制されないにも係わらずこれほどの部活動が維持できている状況を驚愕せざるを得ない。
 強制されれば嫌になるが、強制されなければ関心を持つ。
 そんな北風と太陽に翻弄される旅人が如き次郎は、案内用紙の中身を覗き込んだ。

「一五の運動部は全て却下として、文化部は一〇種類か」

 四月の中旬までは体験入部が出来るので、部活を決めていない新入生の多くはこれから行く先を決める事になる。
 中学は美也と共に陸上部だったが、洞窟でレベル上げをした結果としてオリンピック選手どころか、チーターや渡り鳥と競争しても余裕で勝ちかねない今となっては、陸上部に入る事が出来ない。
 一時的には、非常に気分が良くなるだろう。どれだけ手を抜いても部活のエース扱いされ、県や全国でも代表選手となるのは確実だ。後輩からモテモテになるかも知れない。
 しかし、そんな身体能力の特異な者がノコノコと世に現われるのを、新たな洞窟を探している政府は手ぐすねを引いて待ち構えているはずだ。
 それは陸上以外も同様である。
 運動部は、野球、陸上競技、水泳、卓球、バスケ、バレー、テニス、ソフトテニス、ハンドボール、サッカー、バドミントン、柔道、剣道、弓道、自転車とあるが、そのいずれも圧倒的な身体能力で無双してしまうのは目に見えている。
 目の前に餌があるからと言って、わざわざ檻の中に飛び込むのは、頭の緩い野生動物までである。

 二人が入部をするなら、身体能力とは無関係な文化系しか選択の余地がない。
 その選択の参考となる案内の冊子をパラパラと捲れば、全ての部活が印刷された写真付きで簡単に紹介されていた。
 文化部は、吹奏楽、美術、書道、写真、放送新聞、図書文芸、茶華道、JRC、ESS、コンピュータ経理とある。
 このうち経験者が圧倒的に有利そうなのが吹奏楽と書道と茶華道で、才能を問われそうなのが美術、マスコミ系が放送新聞、ビジネス科向けの部活であることが明白なのがコンピュータ経理だ。それらは次郎達にはあまり向いていない。
 横文字のJRCは国際交流で、ESSは英会話。いずれも英語に堪能な美也が即戦力として大活躍するだろうが、英語が好きではない次郎としては気が進まない。
 逆に写真は、お金が掛かりそうで美也には勧められない。

「図書文芸にでも行くか」

 次郎は消去法で見学先を選んだ。
 とはいえ、元々ネット小説を読むのは好きである。
 美也とは縁が切れた美也の実兄である恭也からも、お勧めネット小説のデータを散々貰っていた。そして今でも美也には内緒で、たまにメールでURLを送って貰っている。もっとも受験勉強のおかげで、読んでいないデータが山のように溜まっているが。
 そのような理由から、一応見ておこうと思うくらいには部活に関心があった。

「…………図書文芸って、昔お兄ちゃんが所属していた部活だったかも」
「恭也さんも七村高校だったな。それなら止めておくか?」
「ううん、別に良いよ。あの人達が所属していたわけじゃないし」
「まあな」

 美也の言う「あの人達」とは、美也に骨髄移植のドナーを始めとして様々な事を強要してきた元両親の事である。元母親が入院中の美也を病室で殴った事を最後の引き金に、美也と祖母が起こした裁判で親権喪失にまで至っている。
 若干不機嫌になった美也の手を強引に引き、次郎は放課後の廊下を図書室へと歩み出した。

 生徒数が三山中学の一五倍を超える七村高校では、教室にもグラウンドにも、課外活動に勤しむ生徒達の姿が多数見受けられる。
 洞窟に篭もっていた頃はすぐに帰宅しており、中学三年の二学期以降は受験勉強に偏っていたため、このような光景自体も久しぶりであった。
 やがて暫く歩くうちに、美也の機嫌も次第に直ってきたらしく、図書文芸部について話を振られる。

「図書文芸部って、図書部と文芸部が合併したんだって」
「そうなのか?」
「放送新聞部も合併したそうだけど、合併した部活には両方の活動があるみたい」
「文芸か。具体的には何をするんだ?」
「その先は部室で説明しよう。ようこそ一年生諸君」

 背後から声を掛けられた二人が振り返ると、そこにはブレザーに三年生の学年章を付けた長身の男性が立っていた。
 細くて鋭い目つきに、無愛想な表情。男子生徒としては生活指導が入るか否かのギリギリを攻めたようなミディアムショートの髪型に、低くて渋い声であった。
 良く言って孤高の狼、悪く見れば不良っぽい。そんな先輩に軽く背中を押され、二人は図書室へと招き入れられた。

「ジョー、獲物が掛かった」

 図書室に入っての第一声が、獲物の捕獲報告である。
 彼が「何組だ?」などと問うたら、字面ではクラスでは無くヤクザの所属先を連想する新入生すらいるかもしれない。
 これが一人で文芸部を見学に来たか弱い女子生徒ならば、連れ込まれた時点で泣き出すのではないだろうか。
 次郎と美也は呆気にとられたが、二人の疑問は奥から出てきた穏和そうな別の三年生が解消してくれた。

「綾さん、言い方。二人ともごめん、見学の新入生かい」
「あっ、はい。そうです」
「図書文芸部はここで合っていますか?」
「ここは図書文芸部で間違いないね。もしかして君たちは、中学校が同じだったのかな」
「そうです」
「それは良いね。実は俺たちも中学が同じだったんだ。はじめまして、副部長の定塚だよ。それでそっちの無愛想な男が、部長の綾村」
「見学の堂下次郎です」
「同じく見学の地家美也です」

 地家という苗字に定塚副部長は一瞬ピンと来たような表情を浮かべたが、彼は問い質す気は無いらしく、二人の自己紹介をサラリと聞き流した。
 愛想が良くて、コミュニケーション能力が高く、咄嗟の判断力までありそうな定塚副部長の様子に、次郎は部長と副部長の役職が逆だった方が良かったのでは無いかと考えた。
 定塚副部長は二人に椅子を勧めると、予め用意していたらしい資料を机に並べていく。

「図書文芸部は、図書部と文芸部が合併して活動内容が分かり難いからね。図書部は、図書室に入れる本の推薦文作成や図書広報誌の発行、おまけで図書貸し出しカードの発行と管理。文芸部は、その人の力量や嗜好に沿った創作が主になるかな」

 定塚副部長が最初に並べたのは、図書部の活動の一環である図書室の書籍推薦リストと、図書広報誌らしき簡単な冊子だった。
 広報誌の大半は書籍案内などで、本のあらすじが部員の名前で載っている。
 その次に、文芸部が製作した作品が並べられた。絵本、本の栞、そして随分と手の込んだ同人誌のような文芸部誌も出てくる。
 同人誌の表紙は背景までキッチリと書き込まれた線画で、オリジナルキャラクターと思わしき大正時代の和服を着た女性が馬車に乗り、両手で本を抱えながら、車窓から見える帝都の街並みを見ていた。
 ページを捲ればびっしりと文字で埋められており、貧しい家から支援を受けて東京府女子師範学校に入った女性が、希望する教職の道と、両親に期待される支援者子息との結婚の間で葛藤する様が描かれていた。

「うわ、なんこれ。レベル高っ」
「ああ、それは三月に卒業した先輩の一人が趣味で作ったんだ。同人誌即売会って知っているかな。そういう所に普通に出る人達だったから、わりと何でも出来たんだ。普通は無理だよね。部長の綾村は少し描けるけど、僕はナローとかに小説を投稿する方が好きかな」

 不良そうな綾村部長が絵を描けると聞いた次郎は、ギャップによる衝撃で思わず部長への評価を改めた。

「俺はナローとかを読むのが好きです」
「わたしも投稿経験は何回かありますけど、読む方が好きです」
「部活は好きな事をするのが良いと思うよ。幸いにして図書文芸部は恵まれていてね。図書室を使い放題の上、図書室から繋がった部屋が部室になっている。先輩達から寄贈されたパソコンもお絵かきソフト付きであるし、ネットにも繋がっている。もちろん図書室だから空調も完璧だ」
「おおー」
「君たちの他にも三人ほど新入生が入る予定があるからね。部活は五人以上所属していないと廃部になるけど、少なくとも君たちの代は安泰だよ」
「それは凄い。って、部員は少ないんですか?」

 次郎に問われた定塚副部長は、綾村部長に視線で合図を送った。
 すると先程まで沈黙を守っていた綾村部長が、重々しく口を開いた。

「現在の部員は俺とジョー、二年の女子で合計三人だ」
「へっ?」
「しかも二年の女子は、三月に卒業した先輩達が引退した後から一度も部活に来ていない。今年五人確保できなければ、廃部も有り得る」
「なんでそんな事に」
「去年は運悪く部員獲得に失敗した上に、二年だった俺たちが男子だけで、一年の女子が来づらくなった」
「図書文芸部は、中学時代に部活をやっていた人が引き続き入るような部活じゃないからね。環境は恵まれているけど、僕達のプレゼンが下手だった。それで今年こそは、何とか部員を確保したいわけさ」

 次郎はプレゼンよりも、綾村部長の愛想の無さに原因を求めるべきではないかと考えた。
 長身長髪で目つきの悪い男が背後から現れたら、普通の下級生は怯える。
 次郎達が平然としているのは、圧倒的なレベル差から物理的な脅威が無いと確信しているからに過ぎない。
 これが次郎達以外であれば、この状態で部活に入るなど考えられないだろう。

「一年に一回の図書広報誌以外はノルマも無いし、ぜひ入ってくれないかな」

 部活の意外な危機に次郎は戸惑ったが、元々消去法で問題なく入れそうな部活はここ以外に無かった。
 入部しないのも選択肢の一つではあるが、保守的な日本人の一人である次郎としては、部活未経験があまり好ましくないのではないかと考える。卒業後の進学だろうと就職だろうと、何かしらに所属していた方が良いはずだ。
 入部にあたってのデメリットが特に見当たらない事から、次郎は一先ず頷いておく事にした。

「前向きに検討しますので、入部届を貰っても良いですか」
「もちろん」

 定塚は愛想の良い笑みで、図書文芸部のハンコがしっかりと押された入部届を手渡した。それを受け取った次郎はすぐに鞄に仕舞い込むと、図書室をぐるりと見渡した。
 図書室自体は、普通の教室が五つ分くらい入る広さだろうか。
 入り口の先にあるのは図書管理室で、窓口で本の貸し出しを行い、奥ではその他の業務をしているようだ。部活紹介にも載っていた定年間近と思わしき顧問の女性教諭が「我が城」とばかりに静かに陣取っており、新入生勧誘には無関心そうに何かの書類を覗き込んでいる。
 次郎たちが座っている読書コーナーは教室一つ分ほどの広さで、管理室に向かうように教室形式で机とイスが並べられている。
 そして本棚が置かれているスペースは、図書室で最大の広さだ。
 ざっと見渡せば、高校の図書室らしく各国歴史系、社会科学系、自然科学系、産業技術系、倫理・哲学系、技術・工学系、農林水産業系、美術・芸術系、各国言語系、各国文学系、その他の書籍と学問に特化して揃っている。
 一部にはぶ厚い図鑑や、市の歴史を記した古めかしい本なども見受けられる。図書室にある全ての本を読み切れるのは、顧問の女性教諭以外に居ないだろう。
 そして図書室の奥には、先ほど定塚副部長が話していた部室らしき部屋が見えた。

「さっき話に出ていた、図書室と繋がっている部室って見学できますか?」
「いいよ。元々は視聴覚室だったから防音されているし、一クラス分が入れるくらいには広いよ」

 椅子から立ち上がった定塚副部長は次郎達を促し、奥の部室へと招き入れた。
 部室は元々視聴覚室だったと言うだけあって、教室一つ分の広さがある。
 部室内には六つのテーブルの島があり、そのうち四つではネットやレーザープリンタ、多機能プリンタに繋がったパソコンが六台ずつ合計二四台置かれている。残る二つは何も置かれておらず、広い作業台になっていた。
 外窓と反対側の壁には棚が並んでおり、過去の活用内容と思わしき製作物が収納されている。また部室の後ろ側にはロッカーが一六台あり、部長や副部長の名前がテプラで印字されたマグネットシートが貼ってある事から、個人が一台ずつ使っているようだった。
 部室の正面側には天井から引き出すタイプのスクリーンが収納されており、天井には投影機があって、教卓がある側には再生機器も設置されている。
 実に贅沢で、とても部室とは思えないほど恵まれた環境だ。

 そんな部室の一角に、一年生の学年章を付けた三人の女子生徒が固まって座っていた。その中でショートヘアの小柄な子が、大きく手を振り始める。

「あー、新入生代表の挨拶をした地家さんじゃない。それと、ずっと一緒に居る男子。ボクは同じクラスの綾村絵理だよ。部活見学?」
「あ、そうです。こんにちは」
「堂下次郎だ。よろしく」
「これで五人揃ったね。お兄ちゃん、奢ってくれる約束忘れないでよ!」

 全身から活発さを迸らせる彼女は、定塚副部長が話した入部予定の新入生たちのようだ。付け加えるなら、綾村部長の妹でもあるらしい。
 そんな彼女の中では、次郎達の入部は確定しているようだ。
 もっとも次郎は、その発言を敢えて否定しようとは思わなかった。この部室は全部活動の中で、おそらく最良の部類に入る部屋だ。もしも新入生を勧誘する時に部長が欠席していたら、部室紹介だけでも部員は増えるだろう。
 さらに先に座っていた三人のうち部長の妹はかなり積極的で、図書部のノルマも率先して達成しそうだ。同学年なら、いずれ部長も任せてしまえる。なるべくフリーハンドでありたい次郎にとって、彼女の存在も都合が良かった。
 結果として次郎と美也は、なし崩しに図書文芸部へ入部する事となった。
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