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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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12話 想定外

 地下一〇階の黒い草原に、二人の男女がへたり込んでいた。
 男は両手と右脚から血を流し、仰向けになって肩を上下させながら息をしている。
 女は無傷だが、額から汗を流して疲労している様子が窺えた。
 そんな二人の周囲には、軽トラック並に巨大なカマキリの死骸が二つと、大型犬並のカマキリの死骸が一〇個ほど転がっている。
 次郎にとっては、最初に洞窟に足を踏み入れて以来の苦戦。そして美也にとっては、人生で初めての大激戦だった。

「ちょっと、予想外だったな」

 実際には仰向けに寝転がるほどの傷は負っていないが、肉体的な損傷以上に精神的な疲労が大きかった。
 超巨大カマキリは、次郎を傷つけるだけの力を持っていた。
 一度危機感を覚えると、自在に動く巨大鎌、不気味に蠢く大顎、理解を越える触覚の動きの全てが、不気味に思えてくる。
 今までゲーム感覚で居た次郎にとっては、冷水を浴びせられるに等しい体験だった。

「うん、危なかったね」

 美也も頷き、油断をせずに巨大カマキリの死骸を焼き払い始めた。
 二人が相対した超巨大カマキリは、クロコダイルなどといった危険生物の枠を越えて、災害レベルの生物にあたるのではないだろうか。
 軽トラック並の大きさな上に鋭い鎌足と大顎を持ち、空を飛んで、生物を捕食する。
 そんな超巨大カマキリに対抗できそうな陸上生物が、次郎には思い浮かばない。そんな超巨大カマキリたちが洞窟の外で卵を生めば、地上は地獄と化すだろう。

「そうなったら生物災害バイオハザードだな。まだゾンビの方が可愛げがある」

 ゾンビのどこに可愛げが感じられるのかは個人の感性次第であるが、想定される最悪の事態がゾンビ被害にも匹敵するとの主張に関しては、決して誇張ではないだろう。
 災害発生率が高い日本では、災害対策基本法や耐震基準などが整備され、ハザードマップが策定され、避難所の指定や自助共助公助の概念が周知され、防災対策に関しては世界でも高水準にある。
 だが災害の枠を越えた場合、日本人の対応力は途端に世界でも低い水準へと下がる。
 それは日本が地理的に海という天然の防壁に守られてきたため、ユーラシア大陸の国々に比べて、他者の悪意に対する免疫力が低い事に由来する。
 魔物を意図的に発生させる存在が居れば、常に受身な日本では後手に回って積極的な対策が取れず、結論に至るまでに四方八方へ迷走して散々たる被害を出すのは、目に見えている。

 次郎はやれやれと首を振り、黒い草原から起き上がった。
 今回の戦闘を振り返るに、洞窟の認識に関する反省点が出てきた。
 苦戦したわけではないが、想定外に強い敵が出て、しかも退路を断たれたのだ。
 洞窟を隠して独占する事と引き替えに他からの情報やバックアップが無い次郎たちは、危険に対して自分たちだけで備えなければならない。差し当たって必要なのは、危険を撥ね除けられる充分なレベルだ。
 次郎は黒焦げになった超巨大カマキリの体内から現われた黒い石の一つに手を伸ばす。そして美也も、残る一つに手を伸ばした。

「ボスを倒したら、帰り道が現れても良いと思うんだけど…………おっ、あっ、へっ?」

 次郎が不満を漏らした時、空間内に理解を超える事象が発生した。
 床面を覆い尽くすように生えていた黒い草原が、急速に萎れ、風化していったのだ。
 瞬く間に消えていく黒色草原と、反比例するように広がり出す灰色の床面。
 どこまでも黒く照らし出されていた空間も、同様に灰色の世界へと変貌を遂げる。
 次郎が即座に石槍を構え、美也も魔法を放てる状態で身構える中、地下一〇階の一角を占める広い空間は、先程までの特異性を喪失して見慣れた空間に姿を変えていった。

「一体何だったん……」

 次郎は再び口を噤んだ。
 突如として虚空に、真っ白な背景と黒い文字が浮かび上がったのだ。


 チュートリアルダンジョン 総合評価S
 攻略特典を選択してください。
 一.能力加算S (BP+二四)
 二.転移能力S (二回/一日)
 三.収納能力S (四〇フィートコンテナ分)


 次郎は文字を凝視しながら、初めてステータス画面を見た時のように呆然と固まった。
 一年三ヵ月振りに頭が真っ白になった次郎を急き立てるかのように、虚空に現れた文字が点滅を繰り返す。
 だが選択以前に、突っ込みどころが多すぎた。
 例えば、ダンジョンの前に表記されている「チュートリアル」の文言。
 次郎の拙い英語では、チュートリアルとは物事を行う前の練習的な意味合いが強い単語だったはずだ。つまり一年三ヵ月を費やした洞窟探索は、先方から見れば単なる練習期間だった事になる。
 そのあまりに衝撃的な事実に、次郎は軽くめまいを覚えた。
 常識的に考えて欲しい。ゲームでチュートリアルに一年三ヵ月を費やす人間が、この世界のどこにいるのか。
 それでも救いがあるのは、チュートリアルとはいえ攻略が済んだ事だろう。
 次郎の祖父が所有する山に出来た洞窟は、どうやら最奥まで踏破し尽くしたらしかった。
 少なくとも洞窟内に存在する魔物は、次郎と美也だけでも全種類を駆除可能だと確認できたわけだ。

「さて、どうするか」

 チュートリアルダンジョンという文言をまともに捉えれば、次のダンジョンがある事はほぼ疑いない。
 すると次のダンジョンは、いつどこに出現するのか。そして内部は、チュートリアルに比べてどれだけ難しくなるのか。さらに他のダンジョンの攻略状況は、どうなっているのか。
 次郎の疑念は尽きなかったが、思考している内に魔物を焼き尽くした美也が戻ってきた。

「次郎くんも、攻略特典は見えているよね?」
「ああ、総合評価はSらしい。美也は?」
「わたしも同じ。どういう基準だろうね」

 ボーナスポイントらしき表示をBPと略している以上、アルファベットが出てくるのは今更である。
 次郎が知る限りにおいて、アルファベットを使った評価では、上から「S」「A」「B」「C」「D」「E」の順に良かったはずである。
 さらに評価が細かければ「SS」や「F」などが増えるだろうが、いずれにしても「S」が高い評価である事に違いは無い。

「多分だけど、攻略時間は評価の対象じゃなかったんだろうな」

 次郎が中学生で無ければ、一年三ヵ月という攻略時間は短縮できただろう。
 家族の誰かが攻略していれば、間違いなく次郎より早く一〇階まで辿り着いている。

「それならレベルとか、倒した魔物の種類とか、探索したエリア数かな」
「その辺りが妥当だろうな」

 攻略者が同じパーティの二人では検証のしようがないため、頷くしかない。
 それよりも次郎の目を引いたのは、三つの特典だった。
 わざわざ特典を示した事から、示しただけで与えないと言う事は無いだろう。
 二四レベル分の能力加算、一日二回の転移能力、四〇フィートコンテナ分の収納能力。いずれも人類の常識では、規格外の極みだ。

「ところで美也、フィートコンテナってどんな単位だ」

 日本から出る予定の無い次郎は、最初から英語を覚える気が無い。
 餅は餅屋。フィートを生み出した英国在住の叔母と従妹に英語を習った美也が居る以上、翻訳は丸投げの一択である。

「一フィートが約三〇cmだから、四〇フィートは一二m。コンテナの幅と高さは約八フィートで二.四mだから、大まかに七〇立方メートルかな。一リットルのペットボトルが、七万本分くらいになるよ」
「うん、全然分からん」

 ペットボトル七万本を同時に見た事がある人は、なかなか居ないだろう。
 美也は例えを身近なものに改めた。

「次郎君の家に、一〇畳と八畳の二間続きの和室があるよね。その二つの部屋のふすまを取り外して繋げたら、四〇フィートコンテナと同じくらいの体積になるよ」
「おお、分かり易い。理解できた」

 謎が解けた次郎は晴れやかに頷いた。
 より正確を期すなら、四〇フィートコンテナは一七畳弱だ。しかし相手がそこまで細かい数値を求めていない事を、付き合いの長い美也は口にされずとも分かっていた。

「収納能力と二四レベル分の能力加算のどちらも凄いけど、転移能力は捨てがたいな」
「そうだね。ここまで片道七時間だから、今後を考えるなら転移は必須かも」

 探索における最大の障害が、探索時間だった。
 とりわけ女子の美也に関しては、帰宅時間が遅くならないように苦慮してきた。
 もしも自分の部屋と探索地点を往復できるなら、一〇階までの踏破に一年三ヵ月もの年月を費やす事は無かっただろう。
 転移能力がボス戦にまで有用なのかは不明だが、状況が不利になれば転移でいつでも撤退できると言う点も大いに魅力だ。
 それに美也が指摘した通り、次のダンジョンがあるならば、チュートリアルダンジョンに比べてより一層の時間が掛かるのは火を見るより明らかだ。
 次郎は決断を下した。

「二人とも転移を取るべきだな」
「もしかしたら、一人が取れば一緒に転移できるかもしれないけど」

 美也の指摘に次郎は固まった。
 虚空には一日二回とあるが、どれだけの重量を共に転移させられるのか、またどれだけの距離を移動できるのかが分からない。つまりゲーム基準で考えて、パーティ単位で一気に移動できる可能性も有り得る。
 その条件次第では、次郎と美也が転移と別の能力をバラバラに取った方が良いかもしれない。能力が高ければボスが出ても切り抜け易いし、収納なら様々な物を持ち運びできる。
 探索の実態を顧みた次郎は、やがて首を横に振った。

「外に出やすいし、休憩や昼食に戻れるから、二人とも転移で回数を増やした方が良いと思う。能力加算はレベルを上げれば済むし、洞窟には持っていく物も、持ち帰る物もあまり無いからな」
「結局、宝箱は無かったよね」

 次郎は自らの感情を表すかのように、ガックリと項垂れてみせた。
 ここで攻略したのなら、想定していた一一階以降は存在しないことになる。つまり次郎が期待していた特殊な武器やアイテム、宝石類も存在しないということだ。
 それでは洞窟内で収入を得られない。
 ボスを倒す際に右足の靴が破られたように、戦闘による被服の損失は時折発生する。
 次郎は、好き好んで潜っている自身は兎も角として、それに付き合せている美也にはあまり金銭的な負担を掛けたくないという思いがあった。

「美也。今度、服とかプレゼントするな」
「……突然どうしたの?」
「いや、宝が無かった代わり」

 突然プレゼントをくれると言われた美也は困惑した。
 もし男性から気落ちしながらプレゼントをくれると言われたら、彼女でなくとも大抵の女性は困惑するだろう。
 それでも長年の付き合いから次郎の気持ちを察した美也は、形を取り繕おうと助け舟を出した。

「わたしの誕生日、九月一日だよ」
「ちょうど夏休み明けだからなぁ。洞窟も攻略したし、夏休み中にショッピングモールにでも行くか」
「久しぶりに洞窟以外でのデートだね」

 暗かった雰囲気が、流されていった。
 その雰囲気に気を取り直した次郎は、目前の問題を処理すべく、虚空に手を伸ばした。
 伸ばされた手が転移能力に触れるや否や、選択肢が消滅して、代わりにステータスが現われる。

 堂下次郎 レベル三三 BP〇 転移S
 体力六 魔力六 攻撃五 防御五 敏捷五
 火一 風一 水一 土六 光一 闇一

 次郎は虚空に現われたステータスが完全に消え失せるまで、転移Sと描かれた部分を何度も見返した。
 一日二回の転移能力や、四〇フィートコンテナ分の収納能力は、どちらも異常な能力だ。
 身体能力を跳ね上げるレベルや、現代の医療技術を飛び越えた回復魔法も異常だが、それらに比べても全く遜色がない。
 洞窟が隠されている理由について、次郎は従来の認識を改めた。
 仮に悪意を持つ者が攻略特典を手にした場合、強盗や殺人のし放題となる。
 銀行や現金輸送車を襲撃して収納能力で奪い、転移能力で逃げればどうなるのか。もしくは死体を収納能力で隠し、転移能力で太平洋沖にでも飛ばせばどうなるのか。果ては冤罪を着せたい相手の家にでも死体を飛ばせば、嫌疑をかけ放題では無いか。
 これでは行政が隠すのも無理はないだろう。どうりで発見次第、すぐに警察署へ届けるようにと繰り返すわけである。

「わたしも転移を選んだ……よ……」

 美也が声を発した直後、灰色だった景色が一瞬で杉山に変わった。

「美也、もしかして転移を使ったのか?」

 突然目の前に現れたのは、二人が通い続けて見慣れた洞窟の入り口手前だった。
 記憶との相違点は一つ、洞窟の入り口が消えていた事。
 故に敢えて確認するも、次郎は美也が転移を使ったわけでは無いだろうと確信していた。そして答えを聞くまでも無く、洞窟の入り口があったはずの場所を確認する。
 はたしてその場には、一年と四ヵ月前にはあったであろう山肌が、何事も無かったかのように山の一部としてベッタリと地表に張り付いていた。

「使ってないよ」

 次郎の確認から僅かに遅れて、戸惑うような返事が聞こえてきた。






 ◇◇◇





 自らが洞窟について無理解であることを、次郎は十分に承知しているはずだった。
 彼が洞窟について理解していた事は、以下の通りである。

 ・最初の発見例は二〇四〇年五月四日で、西日本大震災の影響だと報道された。
 ・それらは全都道府県の僻地で一~三ヵ所ずつ発見され、未発見地も複数ある。
 ・外国での発見例は、少なくとも報道には無い。
 ・各階層には灰色の半透明の液体が現われ、死体やゴミなどを溶かし尽くす。
 ・各階層には地球に実在する生物も巨大化して生息している。
 ・巨大生物は各階層に一種類のみで、階層を越えることはない。
 ・巨大生物は体内に六色の石を持ち、倒した人間が石に触れれば灰色化する。
 ・六色の石に一定数触った人間は、レベルアップする。
 ・レベルアップすると、身体能力などが上がる。
 ・レベルアップの際に得られるBPで、能力や魔法の才能を任意に得られる。

 そして今回、次郎達が潜っていた洞窟が地下一〇階までのチュートリアルダンジョンである事や、最奥にはボスらしき存在が居る事、攻略に際して何らかの評価に基づいた特典が与えられる事、攻略の済んだダンジョンが消え失せる事なども新たに確認できた。
 攻略に際して、かなり高かった「評価の基準」については、攻略時のレベルや到達エリア、討伐した魔物の種類や数、攻略人数などが関係しているのでは無いかと思われる。少なくとも、良くなかったはずの攻略時間は関係しないのだろう。
 なおこれらの情報は「たった一つの洞窟における、僅か二人の検証例」に基づく。例えばステータスは日本語表記だが、母国語の異なる人間がどうなるのかも不明である。

「分からない事だらけだな」

 杉山から洞窟が消えて早七ヵ月、二〇四四年の桜が見頃を迎えていた。
 次郎が中学校を卒業するまで、杉山の中に新たなダンジョンが出現する兆候は見られなかった。そんな洞窟に行けなくなった空白の時間帯は、主に勉強に振り向けられた。
 彼の思考を上手く誘導した美也に功績の大半が帰すのは明らかだが、次郎の成績は九月から順調に上がり続け、以前に口走っていたクラスで三番を達成し、市立七村高等学校への合格も呆気なく果たしている。
 二人の勉強会は高校合格後も続いており、次郎が親戚から貰った高校の教科書も、美也の手によって徐々に先へと進められていた。
 このままでは、真っ当な高校生になってしまう。

 次郎は性格と行動の不一致を危惧したが、実際に出来る事はなかった。
 全国数十カ所の封鎖された洞窟に赴けば、入り口は壁などを作られて封鎖されており、二四時間警備と監視カメラに睨み付けられ、周辺を歩くだけでも職務質問が待っていることだろう。
 次郎の家の杉山に洞窟があった証拠は完全に消え失せたが、レベルや魔法、有り得ない身体能力が残っているために、巨大生物を倒したか否かの確認はおそらく可能だ。目を付けられて調べられた場合、発覚する危険は少なくない。
 もしも一〇階のボスを攻略するまでチュートリアルダンジョンが消えないならば、レベルや魔法を得た事はあまり問題にはならないだろう。いくつか未攻略のダンジョンを抱えておけば、レベルを上げさせたい人間をいつでも自由に上げさせる事が出来る。
 問題になりそうなのは、洞窟を消す事と引き替えに得られた攻略特典の方である。

「転移能力は、ちょっと拙いかもね」

 美也の指摘は、よく考えれば至極当然だろう。
 攻略特典Sで得られた一日二回の転移能力は、移動時間が一瞬で、重量四〇〇kgまでなら生物すら同伴可能だった。移動距離は思い描ける場所なら殆ど無制限で、少なくとも美也は次郎を連れて日本とイギリスを往復できた。
 一度行っただけの場所でも、撮影して後日しっかりと見返せば問題なく跳べる。
 二人が取らなかった収納能力Sも、特典として転移能力に釣り合うと考えれば、わりと滅茶苦茶なのだろう。例えば人間すらも収納できるとか。
 そんな人間が、果たして国家に放置されるだろうか。

「よし、とりあえずひっそりと生きよう」

 公権力に逆らってまでダンジョンに潜る事を、次郎はアッサリと諦めた。
 高校に入ってお小遣いも増えたし、転移によって活動範囲も大きく広がっている。
 しかしチュートリアルダンジョンは攻略済みであり、これ以上潜ってもレベルを上げる以外に得られる物はない。それに他所の木のブドウは、きっと酸っぱいのだ。

「ひっそりって、普通の高校生活のこと?」
「そうそう。チュートリアルじゃないダンジョンが現われるまでは、貝のように高校という大海の底で静かに暮らしておく」
「浜辺に打ち上がるのはいつかな?」
「嵐がいつ来るかなんて、単なる貝が知るはずもないさ。でも普通に考えれば、一定期間が過ぎた後かな」

 次郎には、遠からず次のダンジョンが現われる予感がしていた。
 根拠は、攻略特典を選ぶ際に出てきた「チュートリアル」という文字だ。
 普通はチュートリアルを受けた者が次の段階に進むのであって、だとすれば次郎の寿命が尽きるまで出てこないと言う事は有り得ないだろう。

「まあ、しばらくは普通の高校生活で」
「それが良いかもね」

 二人が見渡せば、真新しい制服に身を包んだクラスメイトが教室に溢れ返っていた。
 市立七村高等学校は、次郎達の所属する普通科が四クラスで合計一二〇人いる他、ビジネス科と生活福祉科が各二クラスで計一二〇人、農業科と海洋科が各二〇名で計四〇人と多様なコースで同学年が二八〇人もいる。
 普通科の一~四組は、総合成績上位、理系上位、文系上位、合格ラインの四クラスに分けられている。
 ビジネス科は、五組が経済系の大学・短大・専門学校へ進学し、六組が地元企業へ就職する。
 生活福祉科は七組が福祉系の大学・短大・専門学校へ進んで福祉系の資格を取得し、八組が高卒で就職してヘルパーなどの資格を取る。
 農業科と海洋科は家業を継ぐ男子が大半だ。
 同学年が僅か一八人だった三山中学の一五倍以上も同級生が居るが、いくら山中県の田舎市とはいえ、市内で唯一の高校ならばそれなりに人も集まるらしい。
 三山中学から七村高校には一二人受かっており、その中には悪友の中川仁大と北村亮介、悪戯でチョコを入れられた相山達弘と大笑いした須藤由良子、越後屋輝星の姿もあった。

「どうしたジロー、黄昏時にはまだ早いぞ」
「いや、地上の太陽が眩しくてな」
「そうか黄色い太陽が見えるのか。ジローえろっ!」

 七村高校の普通科でクラスを分けられる基準は、一組が総合成績の高かった者、二組が理系の成績が高かった者、三組が文系の成績が高かった者、四組がそれ以外の者だそうだ。学力毎に生徒を分けるのは、学校単位であろうとクラス単位であろうと変わらない。
 入学生代表の挨拶まで行った美也は言うまでも無いが、次郎や越後屋も一組に入った。
 そして次郎が驚愕しているのは、あまり成績が良くなかった中川や北村まで同じ一組に居る事だ。

「というかキタムー、お前はどうやって一組に入ったんだよ」
「おー、よく分からんけど、入試の問題が異様に解けた」
「マジか。受験勉強とは一体何だったのか」

 洞窟が消えてから半年ほど真面目に勉強した次郎としては、一回きりの試験の理不尽さに苦言を呈したいところだ。

「そういえば七村高校は、推薦入試もあったよなぁ」
「スポーツ推薦の事か。それなりの段持ちか、県大会で入賞した奴が対象だったろ。ジローの兄貴ならいけるんじゃね?」

 結果を出した北村は他人事のように宣い、次郎は次郎も渋々無関係だと認めた。

「まあ良いけどな。また三年間よろしく」
「おう。小学一年以来、一二年間クラスメイトだな」

 二〇四四年四月八日、金曜日。
 次郎達は田舎でひっそりと、ごく平凡な高校生活をスタートさせた。
 それは日本政府が洞窟を隠していればこそ訪れた平穏な日常だ。
 大多数の国民に隠された水面下を知るごく一部の中は、やがて訪れるであろうチュートリアルの次のダンジョンに纏わる騒動に危機感を抱く者も居る。だが彼らにしても、情報統制の決壊が如何なる影響を及ぼすのか、正確には予見できていない。
 そんな決壊が訪れるまでのごく僅かにして、極めて貴重な時間を、次郎と美也は存分に満喫した。
+注意+
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