ヘンリー王子
ベクトリール城――。
何度か訪れた事によりある程度見慣れた、アシュトルス城より数段大きなこの城に呼ばれた俺は、もはや見慣れた城内を案内されるままに進んでいく。
「あの、ヘンリー王子とはどの様な方なのですか?」
「ちょうど子供冒険者様と同じ位の方でございますよ」
使用人さんの話だと、再来月には九才の誕生日を迎えるんだとか。
今現在八歳という事は、テスとは一歳差になるのかな。
俺はそう考えながらテスを見る……と、何故かスッと視線を逸らされる。
昨日の夜中からずっとこの調子なのだが、そんなに昨晩の件を引き摺っているんだろうか? 別に異性の裸を見てしまったとしても、そこまで気にする必要は無いと思うんだが……。
「貴方が子供冒険者どのですか!」
使用人さんに王子のいる部屋まで案内された俺達は、入室早々に響くそんな声にルーガと似たようなものを感じながらも一礼し、片膝を着いた。
元気そうな声の主で俺達を呼んだ少年『ヘンリー=ベクトリール』王子は、年相応の元気さで座っていた椅子から飛び降り、パタパタと走ってきた。
「ファルと申します。それでこちらが……」
「ライムさんとテスさんですね、お話は聞いています。転移の件は災難でしたね」
「い、いえ、俺……じ、自分がやった事です、から」
俺が二人の自己紹介をしようとしたのだが、どうやらヘンリー王子は二人の事を知っているみたいだ。
それならテスが平民だという事も知っているとは思うのだが、王子からしたらそれは些細な問題なんだろう。
「今日は僕の我が儘に時間を取らせてしまい「王子……」おっとそうでした」
申し訳ございませんでした。という台詞を出す寸前で、王子の隣にいた老人――執事かなにかだろう――がそれを遮った。
客とはいえ王子と兵、王子と平民なのだ。俺達を見てしまったも仮に社交辞令だとしても、謝られるのは困る。
「えーコホン……本日はボ、私の召集によく応答した」
「私共こそ、お会いできて光栄です」
精一杯の威厳を放ち、俺達にそう告げる王子。
よっぽど練習したんだな、と王子が右手に握っている羊皮紙を見ながら感心した俺も、何度か経験したことである程度慣れた、目上に対しての挨拶をした。
「今日私が諸君らを呼んだのは、呼んだのは……アシュトルスの事を学ぶため、互いの国を知り合う為である」
(……俺、ベクトリールに住んでるんだけど)
(しっ)
それは言わぬが華だぞ、テス。王子だってこの場で考え付いたっぽかったんだから。
「これは重要な話ゆえ、じいやは下がっているように」
「承知しました」
と、神妙そうな顔つきで使用人さんを退室させる王子。
……あ、この顔は知ってるぞ。
「……さて、うるさいじいやもいなくなった事ですし、色々お話を聞かせてください!」
パタン、と使用人さんが退室し、扉を閉じた瞬間、王子が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
あぁやっぱりルーガに似てるな、この子。
「はぁ……」
好奇心に目を輝かせて詰め寄る王子に、俺は苦笑いを浮かべた。
「そのような経緯で冒険者になったのですか……。お父様が「凄い人物」と言っていたのも納得です」
凄いという程でも無いです。とあくまで謙遜するファル。彼女はヘンリーの好奇心の赴くままに『子供冒険者』となった経緯を話した。
「出生が少し特殊なだけですよ」
「そういえばファルどのは龍人という種族だとお父様から聞きましたが……」
私達人間とはどう違うのでしょうか? と俺の体を眺めながら質問する。
ちなみに今は角と尻尾を隠している。
「人の多い所では正体を隠してまして、今はこの姿なんです」
「わっ、角と……尻尾ですか?」
『変化』を解いた俺の姿に驚いた表情を浮かべる王子が、「動かないで下さいね」と言って頭の角を触り始めた。
うぅ、なんか変な感覚だな。
何故か触られた感覚があり、不快ではないが少しむず痒い。ちなみに尻尾の方は絵的にも色々とマズイので、死守している。
「龍人は希少な種族らしく、姿を偽らなければ狙われてしまうので、普段は隠しています」
「翼は無いのですか?」
「私もその辺りは詳しくないのですが、そうみたいです。龍の方の血に関係があるものかと」
ディメア曰く『生成』する事で似たような器官を作ることが可能らしいが、ちょっと未知の領域なので試した事は無い。
「地竜種は翼を持たないという話ですし、もしかしたらファルどのはそういう事なのかもしれませんね」
その辺の教養があるのだろう。無翼の竜種を並べてそう推測しだした。
「ところで、ファルどのはアシュトルスの近衛兵だと聞きましたが、どういった経緯で兵士となったのですか?」
「ル……女王様の推薦で兵士になりました」
半強制的だけどね。
「アシュトルス女王! 愚王デイペッシュを失脚させた英雄ですね! 一度で良いから対面してみたいなぁ」
「英雄……まぁそうですね」
……羨望の眼差しでルーガを想像しているみたいだが、現実は違うんだと、実態は俺達を巻き込んで色々やらかす人物なんだと伝えてあげたい……!
流石にそんな夢を壊すような真似はしないが、何とかして伝えられないものだろうか。
「アシュトルスの女王様とはどんな関係なんですか?」
と、俺の内情を知ってか知らずか、王子が新たな質問を畳み掛けてきた。
「どんな関係って……そうですね、血の通っていない家族……でしょうか」
「家族?」
俺が人間違いをしていると思ったのか、女王様ですよ? と訂正をくれた王子。
しかし間違えた訳ではない。
「(この世界で)物心ついた時から彼女を知ってますし、血は繋がらずとも近しい存在だとは思っています」
これが俺だけが思ってる事とかだったら、かなり凹む。
『天邪鬼なのね。普段はあんなに嫌がってるっていうのに』
『これがぁ……えーと、あれ。ツンデレって言うんだよぉ姉さん』
……何か俺の中で喋っている気がするが、きっと幻聴だろう。最近疲れてるしな。
「獣人と龍人、種族の違う二人の繋がり……ロマンチックですね……」
「えーっと……家族と言ってもそういう関係ではありませんよ?」
家族という言葉に『番』を連想しているのだろう王子に、あくまで『兄妹』もしくは『父娘』だということを説明した。
「……そもそも女同士でケッコンなんて……」
「そうですそれも聞きたかったんです!」
俺が王子にルーガの人なりを説いていると、突然テスの呟きに反応した王子が俺の目の前に立った。比喩などではなく目の前に、である。
「な、なんですか?」
身長はどちらもほぼ同じなので目線もかなり近いのだが、この距離でも未だにジリジリとにじり寄ってくる王子に、流石の俺も一歩身を退いてしまった。
……と、
「ッ!?」
テスがサッ、と顔を赤くさせて視線を反らした。
理由は……まぁ俺が今置かれている状況のせいだろう。
端的に言うと俺は今、何故か王子に抱き締められているのだ。
……えーっと、誰か説明プリーズ?
「ちょっ、突然どうしたんです?」
反射的に王子と距離を取った俺は、尚も距離を縮めてくる王子に訳を聞く。
「う~ん、抱き付きでは驚きこそすれど……えいっ」
「ひゃっ!? 王子!?」
俺の質問に耳を傾けず、何やら一人ぶつぶつと呟いていた王子は、唐突に俺の股間に触れてきた。
っていやいやいや、それはマズイから!
「うん、やっぱり女の子なんですね」
「だっ、誰だって突然触られたら驚きますよ!」
危うく飛んでいく所だった拳を押さえた俺は、そう突っ込みをいれた。
「いやぁ、幻……お父様の部下の人がファルどのは男みたいだけど女の人だと言っていたものなので、本当にそうなのか確かめてみました」
幻……あの変態野郎か。
「もう少しやり方があったでしょう……。本人に問うとか」
「僕は男です。先程のようなチャンスがあれば行動に移るのは当然でしょう?」
成る程、確信犯って訳か。と無意識に右手の拳を握りしめていた俺。
今度出会ったら、訳を聞く前にボコボコにしてやろう。と俺の中で新たに決定事項が増えた瞬間であった。
「……これが王子でなかったら宙に浮かせてますよ」
「ふふっ、役得というやつですよ」
悪戯心丸出しの王子に深いため息を吐いた俺。
「茶をお持ちしました」
「へぇ、テスさんには兄がいるんですか」
「本当の兄弟じゃないけど……です」
使用人さんの狙ったようなタイミングのティータイムで先の件は一旦終わり、今はお茶と菓子を味わいながらテスに対する問答が始まっていた。
どうやら王子は城から殆ど出ないらしく、城下町の様子に興味があるんだそう。
「やはり皆さん、それなりに事情を抱えているんですね。かくいう僕も……いえ、なんでもありません」
何かを言い掛け、それを飲み込んだヘンリーは「それより、です」と無理矢理話題を切り替え、円盤形の菓子を齧っているファルに話し掛けた。
「どうですか? ベクトリールの菓子は」
「美味しいです」
バリッ、と歯応えのある焼き菓子を懐かしそうに食べながらそう答えた俺。
餅のようなものを伸ばして焼き、タレをかけたこの菓子は、見てくれから何まで『煎餅』そのものであった。
「ファルどのはアシュトルスで様々な料理を生み出していると聞きますが、この菓子の材料は分かりますか?」
そう言って、少し濃い色をした煎餅を摘まみだして俺に渡してきた。
食って材料を当てろって事ね。
「……砕いたオオムギの実を水で捏ねて焼いたものですね。タレは……果実酒に砂糖を混ぜて煮込んだもの……どうしました?」
酒を煎餅のタレにするって考えたな。と感心しながら味の正体を当てていくと、王子の表情が驚きで固まっていくのが分かる。
「……凄い、当たってます!」
「え、本当に合ってたんだ……」
幾らか間違えているものだと思いながら答えていたので、全て正解しているという事に驚いた。
「比較的手軽なものですが、味付けの範囲が広い料理ですね」
「そう、そうなんですよ! カラーナという伝統菓子で、僕の大好きなものなんですよ!」
「カラーナって名前なんですね」
やっぱり名前は違うか。
「ファルどのは何と呼んでいたのですか?」
「煎餅と言っています」
「センベイですか~。ファルどのの生まれた地域での呼び名ですか?」
「そ、そうですね」
前世での呼び名です、とは口が裂けても言えないので、俺は曖昧に頷いてその場を切り抜けた。
「という事は、ファルどのはこれとは違った味のカラーナを知っているという事ですよね?」
「? そうですが」
なんか今、王子の目が光った気がしたぞ。
「できればその味のカラーナを食べてみたいなぁ、と」
あ、そういう事ね。
つまりは「前世の味の煎餅を食べさせてくれ」という事だろう。
「……分かりました」
「本当ですか!」
「但し、7日程時間を下さい。アシュトルスへ戻ってから色々と準備をしなければいけませんので」
7日後だったら、マグナさんとの約束の日でもあるから、その時に一緒に作ってしまえば良いかな、と思っての提案である。
「う、7日ですか……分かりました」
すぐに食べられるのを期待していたのだろう王子は、少し惜しそうな表情をするも納得してくれた。
「今日はありがとうございました! お陰で良い時間を過ごせました」
俺の教えたオセロやババ抜きで遊び、気付くと日が落ち始めており、流石にそろそろ帰らなければいけないな、とお暇しようとしていた俺達。
王子が「今日は城で過ごせば良いのに……」とか言っていたが、それは使用人さんに却下されていた。
「私達も、今回はお呼び頂きありがとうございます」
時間潰しとしては結構有意義な時間を過ごせたなと思いながら、そう王子に感謝を告げた俺……。
……の横を、『翼の無い竜を象った紋章』を肩に付けた人物が横切っていった。
「では、7日後を楽しみにしていますね」
「……あ、はい。必ずやご満足戴けるような品をお作りしてみせましょう」
そう言って城を後にした俺達。
(……地竜って翼が無いんだったよな?)




