宿への帰還
投稿遅れてしまい、申し訳ございません。
依頼交渉を終えて盗賊ギルドから出てきた俺は、あの場の雰囲気に押し負けまいと張っていた気を抜いたせいか、深い溜息が漏れてしまった。
盗賊ギルドの受付の主人との細かな話し合いの後、取り敢えずは三日待ってくれとのこと――調査(仮)が必要なのだろう――で、特にするべき事も無いのでこの三日間を情報収集と観光に費やそうと考えている。
ちなみに俺を拉致する件は、受付の主人曰く「怪しまれたら元も子も無いから、そっちは継続させてもらう」という事らしいので、そっちの撃退もやっていく事にするつもりだ。
「……ありがとう」
「ん? 何が?」
「兄貴の事」
昼飯どうしようかな? と呑気に考えていた俺に、テスがそう感謝の言葉をくれた。
少し元気の無い感じだが、いくら居場所が分かるかもしれないと言っても、マルダの言っていた(らしい)事が、テスの心配と不安を更に掻き立てているのだろう。
「気にすんな、俺がただやりたくてやっただけだからさ」
こんなことで気に病まれても困るので、安心させる為にも頭を撫でてやった俺。背丈が殆ど同じなので絵面がかなり不自然になってしまっているが、気にしてはいけない。
「でも、あのオッサンと変な約束してたろ」
「俺達の国にも幾らか得になる話だったからね」
俺達の国アシュトルスには、デイペッシュだった頃の意図せぬ名残から未だに治安の悪い地区が多いのだが、保守的かつその手の仕事も請け負ってくれそうな盗賊ギルド、もしくはそれに準ずるものがいてくれると、ある程度それが抑止力となって治安維持が改善されるかもしれないのだ。
という訳もあってルーガの許可なくその場で承諾してしまった訳だが、特に後悔はしていない。
「子供がそういう事を深く考える必要は無いさ」
「……お前だって子供だろ」
「確かにな」
俺を突っ込んで多少気が緩んだのか、ほんの少し歩みを早めたテス。
そして何か考えついたようで、くるりと俺の方に振り向いた。
「ひとつ気になったんだけどさ」
「うん?」
なんか変なことでもあったか?
「……帰り道分かってる?」
「え、テスが知ってるんじゃないの?」
「ここは兄貴の『ナワバリ』じゃ無いから……」
話によると、テスの兄貴は城近くにある別の盗賊ギルドを使用していたらしく、この場所は通った事が無かったんだとか。
テスがギルドを知ってたんならそっちを利用すれば良かったんじゃね? という思いを飲み込んだ。
「……よし」
「え? 分かったの?」
「大きな通りに出たら何とかなる事を信じよう」
「……方向音痴なんだな」
だ、大丈夫だと思う。きっと。
「や、やっと着いた……」
太陽が山に隠れ始め、黄昏空になってきた頃にようやく宿へと辿り着いた俺達。
安堵の溜息と共に部屋のベッドにテスがダイブ……ってそれ俺の寝る場所だから汗まみれで突撃すんな。
「まさか反対方向に歩いてたとは思わなかったな」
取り敢えず歩いて大きな道に出た俺達だったのだが、そこの露店等で昼食を食べつつ進み、何を血迷ったのか国の一番端まで行き当たってしまい、元来た道を逆方向に再び歩き、夕方になってようやく到着して今に至るのである。
「……もう絶対お前には道順任せないからな」
「それを聞いて安心したよ。丁度俺もお前に任せようとしてたところだ」
ベッドにうつ伏せで倒れ込んでいるテスのジト目の発言にそう返した俺。
正直俺も物凄い疲れたし、半ば本気でベクトリールにいる間はテスに任せようと思っている。
「ああ腹減った」
「分かった分かった、作ってやるからこっち見んな……うん? 何だこれ」
「てがミ?」
早朝のあれはなんだったんだ、と思ってしまう程の態度を見せてくれるテスに嬉しさを感じながら、よっこいしょと椅子から立ち上がり飯の準備を始めようとした俺。
そして今頃になって机に一枚の紙が置かれている事に気付いた。
封を開いて中身を確認すると「城に来て王子の話し相手にでもなってくれない?(省略)」的な事が書かれていた。
「明日ベクトリール城に行く予定ができたから、ちょっと付き合ってくれな」
「城……」
転移で城を訪れた際の事を思い出したのだろう。少し驚いた表情になって俺の方を見た。
「王子サマが俺達に会いたいんだってさ」
「王子!? それって、あの王子!?」
「どの王子かは知らないけど、ベクトリール第四王子のヘンリー=ベクトリールって人物だったら正解だね」
テスが一瞬信じられないという表情をして、「……お前がスゴいヤツだって事忘れてた」と変な納得をしていた。
「ふうぅ、旨かった」
「嬉しい事言うね」
「んまかッタ!」
「……水だね」
俺自身あまり動きたくないというのもあって簡単な炒め物で済ませたのだが、まぁ腹も膨れたので良しとしよう。
「なぁ、その……ライムちゃ、ちゃんってさ、飯食えないの?」
ふと気になったのか、テスが水を飲んで満足そうにしているライムを見ながらそう聞いてきた。
飯を食べてる傍らでただ水を飲む……知らない人から見たら虐待と変わらないからな。
「種族的な問題で水が主食なんだよ、ライムは」
「種族?」
「んっ」
ライムが元の姿に戻り、プヨンプヨンと跳ねながら俺に飛び付いてきた。
なんだかんだで、久し振りに見たな。ライムのスライム形態。
「ぅえっ!? 何!?」
無色の跳ねる物体に変化を遂げたライムを見て椅子から飛び跳ねたテス。
「面白い声出たな」
「う、うるさい! フツーこんなん見たら驚くだろ!」
そうだな。
俺はスライム形態になった事で下に散らばったライムの服を拾い集めながら肯定した。
「とまぁ見ての通り、ライムはスライムなんだよね」
「スライムって初めて見た……っていうか人になれるんだ」
恐る恐るライムに近付き、人差し指でプニプニと感触を確かめているテス。
どうだ、柔らかいだろ。
「ライムが特殊なだけだから」
「……へー」
どうやら癖になったらしい。鷲掴みとまではいかないが摘まんだりして感触を楽しんでいる。
さっきまで『ちゃん』付けすら恥ずかしがってたシャイボーイだったのにな。
「ちなみに俺は龍人ね」
「えっ、それって飾りじゃ無かったの?」
「れっきとした角と尻尾です~」
「ていうか龍人って何?」
あ、それはちょっとグサッときたぞ……。
「ふぅ……、まさか温泉があるとは思わなかったな」
ちゃぷ……と肩まで湯船に浸かりながらふとそんな事を思った俺。
飯の片付けが終わったので風呂屋にでも行こう、とテス達を連れ出そうとしたのだが、「え? 温泉ならこの宿にもあるのに?」という衝撃発言によってテスとの勝負――この世界でもこの遊びは普及しているみたいだ――に発展、見事勝利をもぎ取って最初に入るという権利を手に入れたのだ。
だって風呂だぜ? 多少大人気ないけど、これは先に入らなきゃいけないでしょ。
ちなみに、後で宿の主人に聞いた事なのだが、どうやらこの温泉、国の地下水が偶然宿の真下から涌き出たものらしく、どうせなら風呂として役立ててしまえ、という考えから作られたものなんだそう。
宿の主人に風呂を作ってくれてありがとう、と合掌した俺は、風呂に入りたいというものとは別の目的の為、【共有】を発動させた。
(ルシア、聞こえる?)
そう、ルシアの事である。
エグルフさんに預けてから何か変化はあったかどうか、気になったのでテスのいないこの空間を作ったのである。
ちなみにテスはライムが見ているので問題ない。
『いかがなさりましたか御主人様?』
(そっちの調子はどう?)
『私自身の調子は良好です。が、鍛治職人氏の方は半日以上休まず私を凝視しています。状況から推測するに技能を使用しているのでしょうが、本人の体力が少々心配になってきております』
半日以上も凝視とか……色々すげぇな。
何も大事が無かった事に安堵しつつ、エグルフさんの数時間ルシアを凝視するだけの集中力に呆れの溜息が漏れた。
(とりあえずルシアは大丈夫そうだね)
『御主人様は……体温が四十五度まで急上昇、入浴中でしたか』
俺の体温を計ったのだろうルシアが若干の間を置いて俺の現在を言い当てた。
(良かった、『まさか病気!?』とか驚かれるのかと思ったよ)
『体温が四十度前後でしたら身体異常を疑いますが……』
いやいや四十度とか、そんな高熱が出たら俺が死んでもおかしくないから。
(まぁ、ルシアの無事が分かったから良かったよ。俺からはそれだけ )
『……御主人様、実はですね(あ、すまん誰か来た)……了解』
浴場の外から聞こえてくる足音を聞き取った俺は、何かを言おうとしていたルシアとの【共有】を解除した。
「遅いぞ、どんだけ待たせるんだよ」
テスだ。どうやら待てなくなったらしい。
「まだ十五分ちょっとしか入ってないんだけどな」
「嘘つけ、もっと長いだろ」
「もう少し良いだろ。っていうか入れば良いじゃん」
まだまだ風呂でゆっくりしたい俺はそう言ってテスに入浴を促す。
と、何かを迷っているのだろうか? 数秒した間テスが黙り込んだ。
「……見ても驚くなよ」
驚くな? と首を傾げる俺を尻目にギィ、と扉を開けてテスが入ってきた。そして俺は「あぁそういう事か」と納得する。
「刀傷か」
テスの肩から背中、太腿にかけて剣で斬られたらしき傷があった。傷こそ塞がって久しい感じではあるが、盛り上がった肉が生々しく、その傷の大きさを物語っていた。
「驚かないんだ」
「驚いて欲しかったか?」
「……ううん」
俺の反応が珍しいのか、意外そうな目で俺を見てくる。
「ある程度修羅場を抜けてきたからな、痛そうとかは思うけど、恐ろしいとかは思わないな」
というかそもそも、俺なんか背中抉れて左腕無くなって胴体に風穴が空いた事すらあるからな? 競う訳では無いが、俺だってかなり凄い傷を負ったりしてんだぜ?
「兄貴以来だからさ、これ見て驚かなかったの」
「深くは聞かないぞ」
興味はあるが、流石にそれ以上は俺の踏み込んで良い場所ではないと思ったのだ。
「……」
「兄貴の事心配か?」
テスが黙ったのを見て、返答は分かりきっているが気を和らげる為にもそう聞いた俺。
「当たり前だ、けど……今の俺には何もできないし、『焦りはキンモツ、仲間を信じろ』って兄貴が言ってたから、俺は兄貴が無事な事を信じる」
決意の籠った眼差しで俺を見ながら、そう言ったテス。今はまだウジウジしている時ではない、と分かっているのだろう。
「大事に至ってないと良いな」
「うん……!」
そこから暫く会話が途絶えて数分後。
「ライム……ちゃんは入らないの?」
「お湯に浸かるとちょっとした惨事になっちゃうから、後で軽く浴びるだけにさせてるんだよ」
ふと気になった事を口にしたテスにそう答えた俺。
まぁ例の水吸って色々大きくなる『大人化現象』である。
「見てみるか?」
「だっ、だれが見るか!」
カァ、と顔を赤くさせたテスが焦った様子でそう捲し立てた。まぁライムと入るって事になるからな、それは。
「さてと、そろそろ上がるかな」
十分湯船に浸かり、満足した俺はそう言ってザバァと立ち上がった。
あれ? なんか忘れてるような気が……、何だっけ?
「じゃあ俺も……」
と、一緒に上がろうとしたテスが俺を見て硬直し、そしてみるみる顔を赤くさせていく。
「うん? ……あ、忘れてた」
「う……」
「うわあぁぁあ何なのぉぉぉ!?」
これまでにない程の大声を出しながら、テスが壁まで後退した。
「……あー、うん。色々と言い忘れてた。すまん」
「え、えっ!? 女!?」
両手で顔を隠しながらそう聞いてきたテス。
「生き物として見ればね」
「すす、すいませんでしたっ!」
物凄いテンパった状態で、逃げるように浴室を出たテス。
「……なんか悪いことしちゃったかな」
『若いって良いわね』
『だねぇ~』
はいそこ、理由は分からないけど和まない。
オマケ
「城に来て王子の話し相手にでもなってくれない?(省略)」的な事が書かれていた。
『子供冒険者ファル殿
(中略)入城の許可と、それに伴ってベクトリール第四王子ヘンリー=ベクトリールとの対談を命ずる。
追伸、剣で貫かれた箇所は無事』
「……あの女の人だな」
勝負
ルールは殆ど同じだが、パーは『魔法使い』、グーは『拳闘士』、チョキは指を閉じて『剣士』といった三竦みとなっている。
ちなみに掛け声は変わらない。
いやいや四十度とか、そんな高熱が出たら俺が死んでもおかしくないから。
龍人の平均体温は二十五度前後です。
これは一般的なトカゲ等の変温動物と一緒なのですが、神龍も変温動物なんでしょうか。




