テス
「……っていう訳で、暫くの間お前の面倒を見ることになったんだけど、宜しく?」
「何言ってんのかひとつも分かんねーよ!」
訳の分からぬままファルの部屋へと連れられた少年は、そう言ってファルに対して敵意を剥き出しにしながら部屋の隅へ逃げた。
まぁ知らない場所に転移して簀巻きにされて知らない奴と同室だもんな。説明不足なのは確かだし、不安なのは仕方無いだろう。
「いいから俺をこの場所から出せ!」
「俺もできれば、お前を追い出してやりたいんだけどね……」
がるる……と聞こえる位に俺を威嚇してくる子供を犬と重ねてしまい、少し吹き出しそうになってしまった俺は、取り敢えず敵意がない事を示す為に近くの椅子に座った。
立った状態で「いつでも動けるぞ」というアピールをするのではなく、あくまでも座ってリラックスした状態で接した方が彼には効果があると判断したからだ。
「取り敢えず自己紹介でもするか。俺はファル」
「ライムはライムだヨ」
「……テス」
お、早速効果あったみたいだな。
今の俺に害意が無いことを読み取ってくれたのか、荒々しい雰囲気を抑えてくれた子供。
テスって言うのか
「よし、じゃあテス。俺達が今いるこの場所はどこか分かるか?」
「知るわけがない」
そうだよな。
当然の返答に、しかし率直なその答えに苦笑してしまった俺。
「ここはベクトリール城、俺達は客みたいな扱いでこの城に来てる「城!?」そ、そうだけど」
その場で座っていたテスは驚いたようにガバッ、と勢いよく立ち上がり、えっ! と声を上げた。
「なんで城なんかにいるんだよ!」
「女王の護衛でね」
「じ、女王? アシュトルス?」
女王という単語に、瞬時に回答まで辿り着いたテスがそう聞いてくる。
「知ってるんだ」
「ついこの間ベクトリールに勝ったじゃん、知らないわけないだろ」
当たり前だ、と若干上から目線で応えたテスは、恐らく俺等に初めて見せるだろう得意気な表情をしていた。
……子供にムキになる訳では無いのだが、少しだけ悪戯心が湧いてきたきたのでそれを発散しようと思う。
「ちなみにその女王っていうのが、お前の頬っぺにえらく執着してたあの人な」
「えっ……」
固まったテスを見て少し気が晴れた俺は、気を取り直して話を戻した。
「で、観光を兼ねて街をぶらぶらしてたらお前達に遭遇して転移で逃げたっていうのが、さっきのあれね」
「てんい……って俺を連れ去ったあの魔法か!」
その時の事を思い出したのか、再び俺から距離をとって唸り始めたテス。
「別に好きでお前を連れてきた訳じゃないから。あれは単なる事故」
俺はため息を溢しながらもそう説明し、今テスを軟禁している理由を説明した。
問題はここからなんだよな。
「この場所に来るには少し特殊な手段が必要でね、『この場所に転移できる人物との転移』をしなきゃこの城の中には来れないんだよ」
「……?」
「つまり、お前は俺の(意図せぬ)案内のせいでこの城に行き来する事が可能になっちゃったんだよ」
「でも俺、てんいなんて使えないぞ」
それはそうだ。俺は特に苦もなくやってはいたが、転移魔法というのはかなり高位の魔法使いとなって初めて使用できるものらしく、そうではない場合――ジャックさんが良い例か――でも数年に及ぶ鍛練が必要なものなんだとか。
そんなものが子供であるテスに使用できるとなったら、それこそ凄い事だろう。
『……』
なんだよルシア、俺が普通じゃないのは既に知ってるだろうに。
「お前を連れた状態で誰かが「この城に行きたい!」って念じて転移すると、来れるようになっちゃうんだよ」
それがこの転移魔方陣の短所なんだよなぁ。
「だから俺達はお前を拘束してるんだけど……まぁ暫くの間だけだよ」
「……分かったぞ。お前、口封じに俺を殺すつもりなんだろ!」
「今の説明でどうしたらそんな答えに行き着くの!?」
少し考えた後、テスがそんな答えを導きだし、一人で騒ぎ始めた。
俺を敵と見なさないと落ち着かない体質なんかね……。
「俺を殺したら、兄貴が黙っちゃいねーからな!」
「いや殺さねぇって」
「こ、怖くなんてねーからな!」
「話を聞け!」
「いでっ……何すんだよ!」
「お前が人の話を聞かないからだろ!」
少しは静かにしてろ! なんだと! と兄弟のようにぎゃあぎゃあと騒ぎ合う二人と、それを少し面白そうに見ているライム。見てくれはただの兄弟喧嘩である。
「失礼します」
と、そんなやり取りをして盛り上がり始めた空間を一人の男性が終わらせた。
誰であろう、使用人である。
「……マグナ様がお呼びです、子供冒険者殿。例の子供を連れてこいとの伝言を預かりました」
「……承知しました」
俺とした事がなんとも恥ずかしい姿を見せてしまったと、暫く赤面していたのは想像に難しくないだろう。
「……これから物凄い偉い人と会うから、あんまり騒ぐなよ」
マグナさんの部屋へと続く通路を歩く俺は、俺から城と聞いてビクビクしているテスにそう一言注意して歩みを進めた。
「騒がねーよ。子供じゃないんだから」
「それを少し前の自分に対して言ってやれ」
「……子供じゃねーし」
あーはいはい大人大人。
「到着しました。くれぐれも無礼の無きようお願いします」
王室、とまではいかないが豪華な造りの部屋に招待された俺達は、マグナさんと向かい合って座っていた。
最初はいつも通り礼節に則った作法で挨拶を交わしたのだが、「ただ雑談しに呼んだだけだ。そう畏まられると私がやりにくい」との事らしく今の状態で落ち着いた。
「成る程、貴様がその例の子供だな」
「テス……でます」
マグナさんに話掛けられてビクッと軽く跳ねたテスは、物凄く緊張した表情でやっとこさ、そう応えた。
元とはいえ王との対話など、普通では考えられない事であるからして、緊張で固まるテスの反応にも納得できるだろう。
「テスか、良い名だ」
マグナさんの言葉に「ひゃいっ!?」といじめられた犬のような声を上げたテスを面白そうに見ながら、俺達は数十分の時を過ごした。
「お、お前何者なんだよ……!」
「だからファルだって」
マグナさんとの雑談を終え、再び部屋に戻った俺にテスが顔色を青くして俺に突っ込んできた。
「あの人王様だろ? なんで『さん』付けで呼んでるんだよ!」
「本人がそう呼べってね」
「はっ、そんな事信じるわけないだろ。お前みたいな子供に王様が呼ばせるわけねーだろ」
普通はそうだろうが……こればかりは事実と受け取ってもらわなければならないだろう。ぶっちゃけ俺だって王に対してそんなフレンドリーに接するのは気が引けるんだから。
「そう思ってれば良いよ」
「あ、ファルちゃん帰ってきてたんですね。どうでした?」
と、ノックも無く部屋に突入してきたルーガ。
テスはルーガの姿を見るなり、女王という事を思い出したのかロボットのように固まって冷や汗を流しだした。
テスはルーガが女王、という話を聞く前は俺に対する態度と同じような態度をルーガに取っていたのだが、恐らくそれを気にしているのだろう。まぁルーガはその辺を気にするような性格ではないので、特に気に持つ必要は無いのだが。
「ちゃん……」
ルーガの俺に対する呼び方に信じられないようなものを見る目で俺を見てくるテス。
「再設置はベクトリール側でやってくれるみたいだけど、やっぱりテスが平民って事もあって俺が城に留まるのは無理っぽい」
「おまっ……」
そして俺の、とても女王に対しての口調ではないそれを聞いて、更に目を見開いた。
「テス?」
「こいつの名前」
「へぇ~、テスちゃんって言うんですね」
相変わらず平常運転のルーガはそう言って「うりうり」とテスの頬を責め始めた。
最初こそ手を払い退けようとしていたテスだったが、ルーガが女王という事を思い出してされるがままになっている。
「しかしどうするんですか? テスちゃんを保護するにしても住む所が無きゃですし、転移でアシュトルスに連れていきます?」
暫くテスの頬で遊んでいたルーガだったが、飽きたのか手を離して俺にそう聞いてきた。
あくまでいち平民であるテスが城に入ってきたとなると大事件、更には俺が連れてきたという事実まであるので、これが他の人間に知られたら物凄くシャレにならない事態となってしまうのである。
「適当にその辺の宿を借りるよ。変に城にいるより、こいつだって落ち着けるだろうし」
俺はルーガの提案を断わり、テスの肩に手を置いた。
城にいる、というだけで緊張の連続であったこいつであるからアシュトルスに戻ったとしても、結果は同じだろうし、何より俺自身がもう少しこの城に滞在したいのだ。
「それもそうですね」
「俺達は明日此処を発つが、ファルは国に留まるって事で良いか?」
「うん、エグルフさんの事もあるからね」
あの時はテスといういざこざに巻き込まれて殆ど話ができなかったのだが、近い内にしっかりと話は聞いておきたいのである。
「そうですか、暫くの間お別れですか……」
「いや、別に別れって訳じゃないから」
なぜか悲しそうにしているルーガ。
「これから数日もファルちゃんやライムちゃんを着せ替えできないなんて……私に数日間何をしろというんですか!」
だろうと思った。
「机に向かって書類とにらめっこでもしてれば?」
「うわぁ酷いですね」
「まぁいざとなれば転移でアシュトルスに行く事はできるから、大丈夫でしょ」
「……と、いう事で宿を借りた訳だけども、よくこんな場所知ってたな」
これから暫くの間世話になる宿の室内をぐるりと見渡して感嘆のため息を洩らした俺。
ルーガ達との会話の数分後、俺達は城を出て周囲の宿を探していたのだが、その際にテスが「ついてこいよ」とこの宿まで案内したのである。
「……なんでも屋だから」
「うん?」
「兄貴がなんでも屋で道案内とかする時もあるから、俺も覚えた」
最初に比べてかなり友好的になったのかな? テスがそう自身の身内の事を話しだした。
「兄貴って、俺に一撃食らわしたあいつの事?」
「あれはぐーぜんだ! 兄貴が本気出したらお前なんて簡単に倒せるんだからな!」
「そうか」
しかしなんでも屋って事は、やっぱり誰かの依頼で俺を捕まえようとした訳であって……。
そこまで考え、別に今考えなきゃいけない事って訳じゃないから別に良いかな、と少し面倒になって止めた。
「じゃあちょっと調理場借りてなんか作ってくるから、ライムと話して時間潰してくれ」
「ん?」
「え?」
俺の言葉にほぼ同時に反応を返した二人。
「腹減ったからさ。こんな時間じゃ宿の人も食い終わった後だろうし、お前も昼から何も食ってないだろ?」
「うっ……、まぁ」
俺がそう言った途端、きゅるる……と小さく聞こえた腹の音がそう肯定し、テスも恥ずかしそうに答えた。
「適当に拵えてくるから、ちょっと待っててくれな」
「お待たせー……って、寝てるな」
簡単に【多次元収納】から取り出した食材を使って炒め物とスープを作って戻った俺は、猫のように丸くなって寝ている二人を発見した。
「……スピー……」
「うぅん……兄貴ぃ」
二人とも反応こそ違うが、なんともまぁ幸せそうな寝顔である。余程疲れていたのだろう。
「兄貴……か」
俺はそう呟きながら、二人前の料理を頑張って平らげたのだった。
オマケ
兄弟のようにぎゃあぎゃあと騒ぎ合う二人(ry
「おお、いつの間にか仲良くなってますね。良かったです」
「仲良いというか……まぁファルがあんな子供っぽい所をみせるっていうのはかなり新鮮だな」
「二人とも可愛いですね」
実は見てました。




