破壊と再生
……この数日間、投稿できずに申し訳ございませんでした。
詳しい事は活動報告の方で述べさせてもらいましたが、次回からはまた元のペースに戻ります。
ォォォォォ……!
鼓膜を突き抜けて直接脳に響く轟音に、ルーガ達はもちろんラーフ達までもが耳を塞ぎ、目を灼くような閃光から視覚を守るべく反射的に目を閉じ、直後にやってきた爆風に身体が浮きそうになりながらも耐える。
「す……凄い、威力……! 流石は七星龍のっ……!」
前方から波のように押し寄せてくる混沌の副産物を結界で弾いているにも関わらず彼女らを吹き飛ばさんと吹き荒れる余波に、無意識の内にシャロンがそう呟いた。
他人に知られたら色々とマズイその一言だったが、幸いにも爆風によって掻き消されたようだ。
爆風が治まると、目前には荒野と化したかつての森が遥か前方まで広がっていた。
「うはぁ……これはまた派手にやりましたねぇ」
「一体何が起こっ……って森が!?」
荒野と化した周囲の光景を目にしたジャックの声が木霊する。
目を開けたら地獄絵図が広がっていた、というこの状況ではジャックの反応がかえって正常なのだろう。
周囲だけでも「悪魔……」「神の化身だ……」と口々に呟かれ、中には両膝を地に付けて震えながら祈る兵士までいる始末であるから、結界の中は敵も味方も関係無しに混乱を極めていた。
しかしその中でも動じずに現状を冷静に捉えている人物はいた。
そして彼女らが、そんな強靭な(というか図太い)精神力を持っている人物の中の一部である。
「ファルちゃんは無事でしょうか……」
結界に飛び込んだ際に付着した土埃を払いながら、不安を隠そうともせずにルーガが自身の走ってきた方向を見て呟く。
心配なのは無理もないだろう。各自が転移魔法や【電光石火】、【影潜瞬移】といった移動法を用いて数キロ離れたこの場所へ移動したというのに、まるで距離というものが存在しないかのように押し寄せてきた一帯を一瞬で焦土に変えた爆風。その中心にいたファルが最も被害を被っているのは確実、無傷な筈が無いのだ。
爆発は収まった、という事もあってか結界から出ようと歩き出すルーガをシャロンが止めた。
「まだ出るのは止した方が良いですよ」
地面で燻っている表現し難い色をした魔力に、足元に落ちている小石を投げたシャロン。
魔力に触れた小石は、直後に焦げて凍り、帯電して爆発四散した。今投げたものが石ではなくもっと頑丈な物であったとしても、この目まぐるしい属性の変化は対象を破壊するまで続いていただろう。
五つの属性魔法が不安定な状態のまま混ざり合った混沌は、周囲の魔酸素が全て消費されるまで消滅しないのである。
「私が様子を見てきます」
中空に浮く事ができるシャロンは、そう言って砦に向かって転移をした。
「ファルさーん、無事でー……」
パッと転移をした先、そこは間違いなくアパカータ砦の建っていた場所なのだが、砦のあった所には僅かな土台が残るのみであり、一、二分前までこの場所に砦が建っていたとは誰も思わないだろう。
そして何より目を引くのは、かつてベクトリール軍の進軍ルートであった場所にできた広大なクレーターだろう。
数百メートルに及ぶ巨大なクレーターの中心には、混沌属性の魔力がまるで池のように溜まっており、生物の気配を一切感じさせない。
「あれ、転移する位置間違えちゃったんでしょうか? いやでもこの場所の筈……」
流石のシャロンも、この焦土を前に「本当に此処が砦?」と迷ってしまった様子だ。
「おぉいファルさーん! 無事ですかー?」
腹の上からのし掛かる重みで意識を覚醒させた俺。視界が点滅してハッキリと見えず、耳も何かが詰まったような感じで何も聞こえない。
『ファル?』
ライムが【共有】で話しかけてきた。どうやら俺の腹に乗っている物体はライムみたいだ。
視界がぼやけて殆ど見えないが、放った本人が気絶するレベルの魔法……うん、おいそれと使うもんじゃないな。
(ライムは……無事?)
『……ん、ライムはへーき』
ライムの無事を確認してホッとした俺。
物理攻撃が殆ど効かないライムが爆発の衝撃から俺を守ってくれたお陰で生きているようなものなのだ。
『他の心配するより先に、まずは自分の心配をしなさいよ……』
信じられないくらい目と耳が痛いだけで、それ以外はライムが守ってくれたから特に怪我は……。
(……えっ?)
『御主人様……』
(え、これって目がチカチカしてるとかじゃなくて……?)
ルシアの呆れ声に、嫌な予感が現実味を帯びてきた。
いやいやいや、だって今までにも似たような事はあったじゃん? ……違うの?
『失明してるよぉ? 鼓膜も破けてるしねぇ』
……違ったみたいだ。
そういえば尋常じゃないくらい耳の辺りから汗が出てくるな~、とか思ってたりしたけどもさ。
『御主人様が混沌を発動させた際に発生した音と衝撃、圧力によって鼓膜が、瞬間的な光量と熱量によって網膜が焼けて機能が停止しました』
病名を告げる医者の様に淡々と語るルシア。
『あんな自爆じみた事してその程度のダメージで済んだなら良かった方じゃないの』
(生きてただけマシって意味でならそうだろうけど……)
五感の内二つを失った事をいまいち実感できていない俺。目を開けても何も見えない、聞こえないというのを何度か繰り返して、現状を認めざるを得なくなった。
『ダメージは【心身癒着】で回復可能です。少々お待ち下さい』
そう言って暫くすると、徐々にだが耳の違和感が消えていき、数秒もすると風の音がハッキリと聞こえるまでに回復した。
こんな簡単に元に戻るんだな。そういえば腹の穴を塞いだ【技能】なんだっけ。
「ふぅ……っておおっ!? 何だこれ!?」
暫くして視力も復活し、目を開いた俺はまず最初に目の前の景色に驚いてしまった。
……え、砂漠?
数十メートルは普通にあった筈の大穴が見当たらず、遥か前方には巨大なクレーターができていた。
というか、森だった筈の場所がまるごと消えているのだ。
『ナフールは御主人様の混沌で消滅しました、が、想像を遥かに上回る威力によって砦は灰塵に、森も半径五キロメートル以内は全て消し飛びました』
5キ……ルーガ達は無事だったんだろうか?
『魔族が結界を展開しておりましたので、心配ないでしょう』
「ファルさーん! 無事ですかー?」
噂をすれば、とは正にこの事だろうか、上空からシャロンの声が聞こえてきた。
砦のあった場所周辺を飛んでキョロキョロと辺りを見渡している。俺を探しているのだろう。
「シャロン! そっちは大丈夫だった?」
「っおおファルさん、お怪我は……えっと……無いみたいですね」
俺の存在を認めたシャロンが近くまで降りてきた。
混沌の属性魔力が地面に残留しているせいで着地ができないのだろう。
【万物吸収】で周辺の魔力を吸収して着地できる場所を作ったが、そこに降り立ったシャロンは何故か複雑そうな表情をしていた。
「ライムのお陰で目と耳のダメージだけで済んだよ」
「だけって……まぁ元気そうなので良いですけどね。はい」
そんな格好じゃ冷えますよ、と羽織っている服を俺に被せたシャロン。
「お、ありがとう。丁度服が破けてて寒かっ……た……?」
そこでようやく俺は、自身が何も着ていない事に気付いた。
『爆発の際の放射熱と数百メートル飛ばされた時の衝撃で消し飛んだのでしょう』
(冷静に分析してる場合じゃねぇぇぇ!)
咄嗟にそれを被って肌を隠した俺は、シャロン以外に誰もいない事を確認してホッと息をついた。
こんな姿、他の人に見られたら、一方的に酷い目に逢うのは火を見るより明らかだ。
「……見なかった事にして」
「私が喋らずとも、その姿になってしまった時点で手遅れなのでは?」
あぁはい、そうっすよね……。
俺はそう遠くない未来を想像して大きくため息を吐き出した。
「それでナフールは……」
『跡形もなく消滅しました』
「跡形も無く消えたよ」
ルシアの言葉をオウム返しでシャロンに伝えた俺。
「この惨状ですし、それもそうですね」
ルーガさん方の場所まで行きましょう。と提案してきたシャロン。しかし俺はその提案には乗らず、
「また暫くしたら倒れるだろうから、その時はお願いできる?」
「何をするんです?」
「砦だけでもなんとか戻そうかなってね」
「あ、やってしまったとは思ってるんですね」
ん? なんか今の言い方だと、まるで俺が今までもこんな事案を前に知らん顔をしていたような感じに聞こえたんだけど……。
これで知らん顔できる程、精神太くないからね? 俺。
(敵の追撃ってあったり?)
『現在その可能性があるとすれば、ベクトリール軍の行動位でしょう』
なら良いか、と【諸刃の剣】を発動させて大人の姿になった俺。
成長しても身長はシャロンの方が高いので、服はまだ少し足が余っている。
「っ……! い、いえ何でもありません。お気にせず」
「何も言ってないんだけど……」
突然不思議な挙動をしだしたシャロンを横目に見つつ、かつて砦があった場所まで転移した俺。
(空間を限定して時間を戻すってできるんだっけ?)
『…………』
ここまで戻すと豪語しておいて、今更心配になってきている俺だった。
「つまり? あのフザけた攻撃は隊長がぶっ放したもんだけど、この馬鹿デカイ結界は別の誰かが張ったって事っすか?」
これまでも戦場という修羅場を生き抜いてきた彼等もいち早く場の混乱から抜け出した人物の一部である。
「ええ、誰かは知らないでやすが、この結界の魔力は隊長のじゃ無ぇです」
「これのお陰で助かったっすけど、気になるっす「マグナ王はおりませんか?」女王様! 無事でしたか!」
先の方から走ってくるルーガを発見した二人は、他の兵士も見ているという事もあってか軽く敬礼し、口調を柔らかなものに変えた。
「シャロンさんの結界のお陰です。それより、マグナ王とお話をしたいのですが……」
「シャロンって人物が……あ、はい、すぐそこで護衛の兵士に囲まれてるのがそうっす、です」
「ありがとうございます」
感謝の言葉だけ告げてベクトリール王の所まで走って行ってしまったルーガ。
「マグナ殿、ご無事でしょうか?」
ラーフの言っていた兵士達の塊に向かって転移そう呼び掛けるルーガ。
直後、兵士達の中からマグナが姿を現した。
「……ルーガ殿こそ、怪我は無いようで。……あれは一体?」
あれ、というのは間違いなく混沌の事だろう。
「ファ、子供冒険者がナフール=デイペッシュに放ったものです。仲間の者が確認に出ているので、もう少々お待ち下さい」
ルーガのその一言を最後に両者は喋らず、固唾を飲んでこのやり取りを見守っている兵士達の唾を飲む音が聞こえてくる程に場には沈黙と緊張が走った。
「…………」
「…………」
しかし、それも数秒で終わり、先に根負けしたマグナが苦笑混じりでしゃべる出した。
「……ナフールに操作されはしたが、宣戦布告自体は私の指示だった」
沈黙を断ち切ったマグナの言葉に静かに聞き入るルーガ。
「貴国の地盤が固まる前に支配下に置こうという考えであったが、いざ蓋を開けてみれば我々の大敗」
「王!」
自身の王が言わんとしている事を断片的に察した若い兵士の一人が両者の間に入ってきた。
しかしマグナの言葉は続く。
「貴殿の目的は私の首だろう?」
「いけません王!」
「王をお守りするぞ!」
先程まで王を囲んで隠していた兵士達が一斉にルーガが前に立って剣を抜いた。
「よさないか!」
マグナの一喝によって兵士達が動きを止めた。
「事の発端は私だ。このような状況で降伏して命だけ助かろうなど、ベクトリール家の面汚しだ」
そう言って兵士達を下がらせたマグナ。
彼はルーガの目の前までやってきて、持っている剣を投げ捨てて懇願した。
「敵国の統治者に対して言う事ではないが、どうか民を大切にして欲しい。我々という権力に脅かされる被害者だからな」
そしてここで、今まで喋らずに話を聞いていたルーガが口を開いた。
「……逃げてはいけませんよ」
「もう既に覚悟はできている、逃げも隠れも……」
「責任から逃げているじゃありませんか」
その僅かに強くなった口調は、ルーガには滅多にない怒気を孕んだものだった。
その迫力は、恐怖は一切感じないにも関わらず、敵も味方も関係無しに一歩たじろぐ程であった。
「命を絶って全ての責任を放棄するのが誇りだというのなら、貴方の望んでいるそれは民の、国の全てから逃げているだけです。誇りでもなんでもありませんよ」
だから殺しません。と。
一瞬前のあの雰囲気はどこに行ったんだと突っ込まれんばかりにいつも通りの、ふんわりとした笑みを浮かべてサラッと物騒な事を口にしたルーガ。
そんな時であった。
「地面が……」
兵士の一人、誰かが呟いたその一言の直後、結界の外の荒野と化した大地が淡い光を放ちだしたのだ。
そして土が剥き出しだった地面は気付くと草が生えた大地へと変わり、段々と森が形成され始めた。
「ファルちゃんですね。よかった……」
この目を見張るような光景を前に、ファルの無事を確信して安堵したルーガは、驚愕に口を開閉させる事しかできない様子のマグナに再び向き合って口を開いた。
「……これは目の錯覚っすよね?」
「土地を修復する魔法? 後で隊長に聞かなきゃいけねぇでやすね」
「聞いて分かるような次元を越えちまってるっす……」
この、ファルによって行われた破壊と再生は、後に『アパカータの奇跡』として後世まで語られる事となるのはまた別の話。
オマケ
「っ……! い、いえ何でもありません。お気にせず」
(あ、余った袖が仕事をしている……!?)
萌え袖というやつですね、はい。




