戦争終結
「……」
目が覚めた。ぼやけた視界の先には、数日の付き合いなのに随分と見慣れてしまった天井が映り、此処が砦の自室である事が分かった。
くぁ……あ、と欠伸を噛み殺しながら背伸びをすると、コキコキと小気味の良い音が鳴る。
どうやら俺が砦を戻した後、力尽きてそのままここに運ばれたらしい。
『おはようございます、御主人様』
『二日ぶりの光はどおぉ?』
(凄い眩しい……ってか二日も寝てたの?)
やっぱり【諸刃の剣】の後は睡眠時間が尋常じゃないな。
『土地をまるごと戻したんだから当然よ。むしろ魔力の消費は少ない方なんじゃないかしら?』
ディメアの話だと、自分以外の時を操作するよりも空間を指定して時間を操作する方が魔力や精神力の消費が激しいんだとか。
俺が亜理子を倒して二日……戦争の方はどうなったんだろうか?
「散歩ついでに色々見ていくかな」
外の様子が気になったので部屋を出る事にした俺は、寝癖を簡単に直して扉を開いた。
「うん?」
「お……」
「……あ」
扉を開けると、目の前に豪華な身なりの男性が立っていた。
「え、えーと……マグナ王?」
そう、マグナ王である。
この二日間の事は目覚めたばかりで全くわからないのだが、王が俺の部屋の前に立っていた事はそれらを差し置いても理解不能である。
戦争の事でルーガと話でもしていたんだろうか? それにしても護衛無しで砦にいるのは謎だが……。
「……もう起きても良いのか?」
「つい先程目が覚めたばかりですが、体を動かすのには支障ありません。運動がてら軽く散歩でもしようかと……」
「そうか」
「ファル!」
奥の通路からライムが走ってきて、
「おおライム、どうしたんだ?」
「てつだイ」
ルーガのやって来た方向を見ると、包帯様の布や羊皮紙が無惨にも散乱していた。
俺を発見して、持っていたものを全て放りだして今に至るのだろうか。
これは手伝いに入るのか? 寧ろ仕事を増やしてる気が……。
「あぁっ書類が……! ってファルちゃん!」
無惨にも散乱した羊皮紙に声を上げたルーガは、俺の姿を確認するや否やライムと同じく走ってきた。
「ちょっ、女王様……そういう仕事は兵士がやるもんっすから!」
そしてルーガに続くようにラーフがやって来た。
「……何がどうしたの?」
「あ、隊長いつの間に起きたんすか?」
「つい今さっき」
見ての通りっすよ、と疲れた様子で説明をする。
「女王様が「暇なので何か手伝います」、つって治療用の布を持っていたもんで、追い掛けて今に至るっす。ちなみにライムの嬢ちゃんは運び物の手伝いをしてもらってたっす」
「ライムの嬢ちゃん……」
ん? と本人は気にしていない様子だが、ラーフが言うからだろうか? 物凄い違和感がある。
「読んで書くだけの仕事ばかりで飽きてしまって、たまにはこういうのも良いかな、と」
「終戦の事やらアシュトルスの今後についての重要なものなんすからね?」
「それでも息抜きは必要ですよ」
「俺も仕事があるんすけどねぇ……」
はぁ……と長いため息を吐いて、「察して下さい」と言わんばかりに俺の方を見てきた。
巻き込まれたんだろうな、ルーガに。
「賑やかなのだな」
若干顔を攣らせながら王がそんな感想を述べた。
「ファルちゃんが寝ていたなら部屋にお邪魔して作業しようかなと思いましたが……」
でもファルちゃんが起きたなら、私達はこちらでやりましょうか。とラーフの拾った羊皮紙を受け取って立ち去ってしまった。
ん? ちょっと待て、俺の部屋で作業しようとしてたのか? ルーガは。
それについて言及しようとした俺だったが、声を出そうとした時にはルーガは通路の奥へと消えた後であった。
「ファルあトデ」
それに続くようにライムも行ってしまい、この空間には再び俺と王だけとなった。
そして再度訪れる気まずい空気……。
「えっと……」
「折角部屋を出た所何だが、少し時間と取れるか?」
なんとか話題を作ろうとしたが、どうやら俺に用件があったみたいだ。
「私は一向に構いませんが、今は人前に出る装いではありませんので、少々お待「すぐに終わる」はあ……」
服を未だにシャロンのものを使っているので、適当にサイズを調整しておいた服に着替えようかな、というのを口実に一時退却を図ろうとした俺だったが、お見通しとばかりに王がそれを引き留めた。
……何これ?
俺の部屋に王と二人だけ……色々な意味で拷問だぞ、こりゃ。
「子供冒険者」
「は、はい?」
「私がナフールによって操作されているというのを察知したのは貴様だと聞いた」
「いえ、私はあ「同時に、この砦の戦いを担っていたのも貴様だと」……です」
操作されてるのを察知したのは俺じゃなくてベクトリールの人間なのだが、ノンストップで喋り続ける王は俺がそれを言う前に話を続けだしてしまった。
まぁ、後でその辺は説明するとしようか。
「その歳でそこまでの手腕……流石としか言い様がないな」
「恐縮です。しかし、これも全て心強い仲間がいたからこそです。私の下に付いてきてくれた仲間がいなければ、優勢には立てなかったでしょう」
「砦を破壊したあの魔法を使えば、我々の軍を全滅させるなど容易なことだろう?」
「それは……確かにそれを実行したら、軍の大半は倒せるでしょう。しかし私はそんな事やりたくはありませんし、多分やれないと思います」
少し俯き、呟くようにそう言う俺。
「殺生は避けたいと?」
そんな俺の様子の変化から察したのか、的確に俺の言いたい事を当てた。
「そもそもそれを実行するだけの度胸や覚悟が無いんです。私には」
俺は初めて人を殺した事、大地の件を思い出していた。
肉が潰れ、剥き出しになった筋肉は裂けて骨が砕ける。俺が大地に止めを刺した時のその感触は今も覚えている。というか今後絶対に忘れる事などないだろう。
「私がこの戦争で落とし穴という手段を選んだのは奴隷という労働力確保が目的ではなく、できるだけ死人を出したくなかったからなんです。それでも互いに大勢の人が死にましたが……」
ようは私の自己満足なんですよね。と呟いた俺。
そう、俺がやった事は結果としては死者をできる限り減らしたんだろうが、なら戦って討たれて死んだ兵士は? 俺の命令で死んだベクトリールの兵士は? 死んだ兵士を差し置いて「やった、大勢の人を死なせずに済んだ」なんて言ってられるのか?
答えは考えずとも出てくるだろう、否だ。
「自己満足、か」
確かにそうだろうな。と言いながら上体を僅かに前に倒すマグナ。その視線は真っ直ぐファルを捉えている。
「人の上に立つ者というのは時として自身の理想を掲げ、そして実行する者だ。アシュトルスを手中に収めて国を更に堅固なものにしたいとする私の考えが理想ならば、貴様の死人を出したくないという考えもまた理想の一つ……そうだろう?」
そんなマグナの言葉を聞いたファルの表情に変化が表れた。
「敗戦国の王が言う事ではないが、自らを突き通せ」
「自ら……」
「貴様がいようがいまいが、血は流れていただろう。しかし貴様がいたからこそ、互いに救われた者もいる筈だ」
【少なくとも俺等兵士は、隊長の作戦があったから生きてるし戦いにも勝った。隊長に感謝してるんすよ】
ラーフが俺に対して言った言葉が脳裏を過った。
「自身の行動に責任を持て、そして胸を張れ」
「はい」
力強いファルの返事に満更でもないといった様子で頷くマグナ。
「そして本題だが」
「?」
「ナフールに支配されていた私と国を滅ぼしかねない存在となってしまった亜理子を解放してくれた事、私は感謝の意を表したい。ありがとう」
突然、王が俺に向かって頭を下げたのだ。
「えちょっ……頭を上げてください。こんな子供に頭を下げる必要なんてありませんよ」
「私が勝手にやった事だ、気にするな」
やるべき事は全てやった。もうこれっきりだぞ、と頭を上げた王の顔が少し柔らかいものへと変化した。
「さて、私の用件はこれで終わりなのだが、一つ聞きたい事がある」
「答えられる範囲でなら」
「あのチーズとやら、あれはどのようにして作るのだ?」
え? 何でチーズ?
ここで俺は、何故か無意識に溢れる笑いを止める事ができなかった。
肩をひくひくと上下させながら笑いをこらえているファルに、マグナは不思議なものを見るような視線を向けている。
「……? 何か変な事を言ったか?」
「いえ、しかし少し意外でして」
「あのような味が牛の乳からできるというのが信じられんのだ」
チーズの味を思い出しているのだろうか、少し悔しそうにそう言う王。仕返しとばかりに切り返してきた。
「それに意外というのなら、貴様が女だという事の方が私にとっては驚きだぞ」
「「えっ」」
俺の声と、誰かの驚きの声が重なった。
この声は……。
(こ、声出しちゃ駄目ですよ)
(やっべ……でも女って、隊長が?)
「ファルはファルだヨ!」
((あっ……))
ライムの元気そうな声が止めとなり、扉の奥にいる人物の特定ができた。
あのな、一応王との対談なんだからね? そんな盗聴まがいの事をして……。
「……すいません、少し部屋を空けますね」
「構わない、存分にやってくれ」
ガチャ、と勢いよく扉を開くと、外で俺達の会話の様子を伺っていたルーガ達が勢いあまって飛び出してきた。
そして前回の二の舞にはならないぞ、と素早く横に避けて下敷きになることを回避した。
「人の部屋の前で何をしてたのかな?」
「え? いえ私達は何も……」
「っすみギき(盗み聞き)?」
一番上でなんなのだろう、と首を傾げていたライムが「これって何ていう意味なの?」的なニュアンスでそう口にした。
「あぁライムちゃん……」
「二人とも、どんな感じの罰が好き?」
「「……すいませんでした」」
その後、戦後の簡単な後処理を終えて国に帰還するまでの数日間、飯(汁物)の具材を極端に減らされるという地味にくる仕置きで反省させた。
かくしてアシュトルスとベクトリールの戦争はマグナ王の降伏にもり終結し、『アシュトルス共和国』という新たな名称でベクトリールと友好関係を築いたのは、また後日談。




