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マグナ王の異変

  ベクトリール城、王室。


(なんだ……一体何がどうなっている!?)


  自身の机上に積み重なった書類を前に、マグナは困惑していた。


(これを私が? 全く記憶に無いぞ!)


【自軍劣勢につき、援軍求む ……必要なし】

【アシュトルス軍の攻撃によりアパカータ砦進撃軍、壊滅的状況

  ……兵は待機、別戦力を向かわせる】

  書類の内容は大体が戦争についての指示、報告書なのだが、全てにおいて身に覚えが無く、自身の記憶から、これらに関するあらゆる情報を探しだしたが、羊皮紙に書かれた内容のどれをとっても、自身は命令ないし指示を出した記憶が一切無いのだ。


(別戦力……亜理子だと!? 私は指示していないぞ!?)


  マグナは、亜理子を最後の手段として使う予定であった。

  それなのに……という内心の焦りをマグナは押し殺し、平静を繕いながら待機していた霞に問いた。


「……今日は戦争から何日経った?」


「三日です」


  そう即答する霞は頭を上げずに膝まずいた姿勢のまま、表情のみを王に対する不安で曇らせていた。

  王の命令で【風聴】を発動させ続け、常時報告を怠っていない霞だが、王の突然の豹変っぷりに強い違和感と不安感を抱いているのだ。


「三日だと!」


「は、はい」


「……この書類の内容は全て私が指示したものなのだな?」


「ま、間違いございません」


  何度目か分からない王のその質問に答えながら、彼女も段々と焦りを募らせ、困惑し出していた。

  何故王はここ数日の記憶が無いのか? 一体王に何が起こっているのか? そんな疑問を胸に、恐る恐る顔を上げてマグナに質問をした霞。


「王、無礼を承知でお聞きしますが、その書類について、一切の記憶が欠落しているのですか?」



「……ああ」


  少しの間を挟んで答えたマグナは額を伝う汗を拭おうとせず、再び羊皮紙に手を伸ばしては内容を確認する。


  ……結果は変わらず。


(王……)


  しかし、未だかつてない王の狼狽っぷりは、霞を「これはただ事ではない」と逆に冷静にさせた。

  なら自分は何をすべきなのか? それを考えた末、少しでも王を今の話題から反らさせ、緊張を和らげさせなければ。と判断した霞。




  しかし、


「デイペッシュの王が見当たりませんが「残った兵でアパカータへ進軍するぞ」……へ?」


  今思い付く限りの、何ら違和感の無い霞の質問を遮って王が行動に移ろうとする。

  その顔からは、つい数秒前の焦燥に満ちた表情が消え、一旦冷静になった霞の顔ををみるみる蒼白にさせた。


「私も出る。アシュトルスが油断しきっている今なら「お、お待ち下さい!」」


  自身の目の前で起こった王の変化に戦慄を覚えた霞。


「我が国に残る兵は多くて数千、二万以上の兵士を進軍させたのにも関わらず敗北した場所へ行く等、ましてや王が自ら進軍するなんて無茶です!」


「問題ない。アパカータ砦にはアシュトルスの女王がいるのだろう? 私直々に交渉を持ち掛け、その隙を狙って兵を突撃させれば良い」


  果たしてそれは作戦と言えるのか? その手にアシュトルスは引っ掛かるのか?



  ……答えは『否』。

  目的は分からないが、この王のような人物は自ら死地へ向かっている。そう薄っすらと感じ取った霞は、無礼討ちを覚悟で『彼』へ問いた。



「……貴方は、何者ですか?」


「私は王、マグナ=ベクトリールだ。それがどうした?」


  あくまでも首を傾げて答える『彼』を前に、あくまで今は『彼』を王として見る事を心に決めた霞。


「……私は、そのご判断に理解しかねます」


「お前の理解など必要ない」


  その言葉の直後、再び膝まずいて頭を垂れる霞。

  その行為は決して忠誠の為ではなく、怒りで険しくなった自身の表情を隠す為である。


「霞、お前は引き続きアパカータの現状を探れ」


「……御意」


(やはり王はおかしいわ……まさか誰かに操られて……?)


  そんな憶測を即座に確信へと変えて、霞は技能(スキル)を発動させた。

  しかしそれは、たった今下された命令を遂行する為ではない。



(私にはどうすることもできない……せめてこうする事しか)


  その霞の行動は、王国ではなく王の為……。







  同じ頃、アシュトルス。


  月が雲に隠れ、光が一切無い城下町を走る男が一人。王の命令で仲間……幻の安否を確かめる為に単独で国に潜入した『影』である。


(幻、は……ここか)


  右手に巻いた、同じ宝石に反応して輝く魔導具(マジックアイテム)の光を頼りに、とある建物の前へと降り立った影。そこはアシュトルス城の地下牢へと続く通路の隠された納屋であり、宝石はその建物の中を差していた。


「……ッ」


「ちっ」


  ゆっくりと扉を開けた影は、反射的に上体を反らしてその場から距離を取った。

  直後、ビュッと風を切る音と共に影の頬を風が撫でた。


「まさか本当に来るとはな。おら出てこい」


  攻撃が空振(からぶ)って舌打ちをした男性は納屋の中から姿を現し、そう言った。

  誰であろう、ファルに戦争への参加を止められたザキである。


  カトラによって国に強制待機をさせられたザキは、ファルの頼みで城内部、地下牢へと直接続く通路の番をしていたのだ。



  単体では確実に勝てない相手を前に影は溜め息を一つ、建物の影から姿を表した。


「お? 随分とあっさり出てきたな」


  意外そうな顔をするザキを前に、仮面で表情の見えない影は一言告げた。


「滅拳、お前から子供冒険者へ伝えろ」


「あ?」


  それはアシュトルスに対する警告、そして僅かな頼みであった。



「……『今のベクトリール、ベクトリールにあらず。王を操作している者(・・・・・・・・・)に気を付けろ』」


  影は、霞が気付くよりも前から自身の王の変化に気付いていたのだ。そしてそれが、自身の国の今後をも脅かしかねない事態だという事も。



「何言ってんだって、待てこら! 仲間はいいのか!」


  くるっと体を反転させてその場から立ち去ろうとする影。


「安否は知れた。俺の役割は全うしたも同然」


  そしてそのまま闇に溶けるように消えた。


「……王を操作? なんだそりゃ」


  軽く首を傾げたザキだったが、すぐに「まぁいいか」と納屋の中へ戻った。






  殆ど同時刻。


「……暇だ」


「……ぅん」


  やることが完全に無くなり、真っ暗の森を見ながらそうぼやいている俺。

  念のために奇襲に備えて、夜通しで見張りをしているのが今の状況なのだが、居眠りするにしてもどうしてかこういう時だけ目が冴えてしまっているし、いつもなら見ていて多少の暇潰しにはなる星も、雲のせいで一つも見えない……。

  つい二時間程前まではライムやルーガも起きていて、多少ながら盛り上がったのだが……。


  ……男二人(俺は女だから一人か)だけで何を話せっていうんだよコンチクショウ。


  と、あまりの暇さに体を動かそうかなと立ち上がろうとした時、ラーフが声を掛けてきた。


「確認っつーか、適当に話題作りって感じで受け取ってもらって構わねぇんすけど、穴の中の兵士達って出てきたりしねぇんすか?」


「穴の壁は壺みたいに反り返ってるからね」


  話題を作ってくれるのは大歓迎。と内心で少し喜びながら答える。

  ちなみに穴の中の兵士達、飢え死にとかされると困るので、ルーガが味方兵士達の捕ってきた獲物の半分を下に送っていたりする。


「『掘削』で横穴掘って脱出とか」


「左右は森だから、木の根とかでまともに掘れないだろうし、仮に無理矢理掘ったとしたら、その時にできた空洞で木が陥没してすぐに分かるよ」


  というか、無理に掘ったら木が陥没して地中で下敷きになって死ぬと思う。

  流石にそんな事はしないと思うけど……。


「……前後の平地から出てくるとかは?」


「一応一番前と後の穴の所には『土壁(ランド・ウォール)』で壁を作ってあるから、掘れないし破壊しようとしたら音で上の兵士が気付くよ」


  外に出られたら俺達が困るので、その辺の対処はしっかりしているつもりである。

  まぁ落とし穴っていうアイデア以外はルシアが考えたものだけどね。


「……中々にエグいんすね」


「流石に脱出されて攻められたら、勝てるか分からないしね」


(……なんだろう、隊長と姐さんと女王様が一時間足らずで全滅させる未来が浮かんできたっす)


  何とも言えない表情のラーフを見て頭に疑問符を浮かべた俺。


「まぁ、穴同士には仕切りとか作ってないし、中で開通とかしてるとは思うけどね」


「ちなみに外に出す時はどうやって?」


「……その時考える」


  やっべぇ、その辺全くのノープランだったわ。どうしよう。


  と、そんな感じで会話をしていた俺達に、




  ――……険者。


「うん?」


「なんか聞こえたっすね」


  突如聞こえてきた声に、俺達は会話を中断させて耳をすませる。

  もしかしたら幻聴だったのかも、と思っての行動だったが、実際に声は聞こえていたみたいだ。


  ――子供冒険者、いたら返事して。


「え? あ、はい」


「返事するんすね」


  ――私はベクトリールの者、今はそれだけしか名乗れないわ。


  声と口調からして、俺達に語り掛けている人物は女性なのだろうが……ベクトリールの人間?


「そのベクトリールの人が、俺に何か? 終戦の知らせとかだったら大歓迎だけども」


「隊長、流石にそんな都合の良い話なんて……」


  ――終戦……いえ、今は休戦といきましょう。


「「えっ!?」」


  かなり冗談混じりでの言葉だったのだが、まさかの休戦とは……。

  突然の事に色々と混乱している俺達なのだが、俺の質問による返答で、俺達は更に驚く事となる。


「何が狙い?」






  ――……簡潔に言うわ。我々の王は操られてるの。


「「はい?」」


  ――多分……いえ、きっとそう。第三者に操作されているわ。


  突然とんでもないことを抜かしてきた自称ベクトリールの人間に、俺とラーフは揃って間の抜けた返事をしてしまった。


「し、証拠は? ベクトリールの王が……それ以前にあんたがベクトリールの人間だっていう証拠はあるの?」


  ――数十時間後に我々の王が、残った兵を連れてそっちへ行……。




  そしてそれだけ言い残して、切れた。


「……何だったんだ? 今の」


「ベクトリールの王が操られてるって言ってたっすね」


  そう、なんかとてつもなく気になる事を言ってたけど、結局あれは何だったのだろうか?


「数十時間後に、王がこっちに来る……?」


「それが本当だったら、色々と策を練らなきゃっすね」


  その後、声の主の考察と王に対する推測、そして本当に王が来るのだったらどうするか? という作戦立案の全てが終わる頃には日が昇り始めていたのは幸いだった。

オマケ



「……暇だ」



この時、ルシアが話し掛けられた時の為に密かにスタンバってたとかなかったとか。

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