ナフールの罠
投稿遅れて申し訳ございません。
「……って事があったんだけど、どう思う?」
朝方、寝惚けてうつらうつら状態のルーガと「朝の茶はコイツ」という理由でラーフに連れてこられたらしい蟋蟀に、昨晩の出来事を話した。
ベクトリールの人間、王が操られている……とても気になる事を口にしていた謎の女性が、【風届】が切れる寸前に口にしていた「王がこの砦に向かっている」という言葉、これが事実だったら見過ごせないな、とルーガに報告をして今に至るのである。
「罠、でしょうか?」
まだ少し眠そうなルーガが、そう言って熱々のお茶を飲んでほぅ……とため息を溢した。
猫舌じゃないのかな?
「罠にしてはユニークだったっていうか、不自然だったんだよね」
なんというか警告してるような……訴えてるような感じだったんだよな、と個人的な意見を述べる俺。
ふぅ……お茶が体に染みる。
「確かに、その説明を聞いてる限りだと普通に訴えてる感じみてぇでやすしね」
自身の淹れた茶を口にして「こんなものか」と納得した表情で俺の言葉に同意した蟋蟀。
「突然【風届】が切れたのも気になるんすよね」
俺と共にあの一部始終を聞いていたラーフも俺達と同意見である。
しかしお茶を口に含んで「うん……?」と何とも言えない表情で蟋蟀とお茶を見比べていたので、その辺は俺達とは違うみたいだ。
「分かりませんよ? もしかしたらそういう演出をしていた、という事かもしれませんし」
「何でわざわざそんな事を?」
仮に『王が操られている』という事を俺達に伝えたのが罠の類いで、俺達を混乱させる作戦だと考えよう。そんなわざわざ途中で技能を切ったりするか? そんな凝った事をしても、俺達が「まぁ助ける義理なんて無いし、そのまま自滅してくれればこちらとしても嬉しいんだよね」と切り捨てる事だって有り得るじゃん。
「そりゃあ、まぁ」
「それを真に受ける人がいるから、じゃないですか?」
「でやすね」
「……何故俺を見るし」
どうしてか全員が俺を見る。
切り捨てるかどうかは別として、俺だってそんなに馬鹿正直に信じて鵜呑みにしたりなんかはしないよ?
「と、とりあえず、今のところはベクトリールの王が来るかもしれない、という事だけ心に留めておきましょう」
はい、や了解、と返してその場から立ち去った三人。
なんか逃げるような感じだったとか、ルーガがちゃっかり残りのお茶が入った入れ物を持っていったとかそういうのは気にしない事にした俺は、未だに熱いお茶に四苦八苦しているライムに話し掛けた。
「俺ってそんなにお人好しに見えるのかな……」
「ん、ファルやさしイ」
即答、即答だったよ。いやまぁ悪い気はしないけどね? ……複雑な気持ちだ。
「……ありがと」
「?」
それから数時間後、
「隊長……隊長!」
「……んぇ? どうかした?」
俺の部屋に飛び込んできたラーフの声にゆっくりと上体を持ち上げて返事をした俺。
昼間は他の兵士が見張りをするという事で暇な時間が『更に』増えたのだが、一応夜通しで起きていたので軽く仮眠を取っていたのだ。
ふぁ、良く寝た……。
「ベクトリール軍っす! それも、本当に王も来やがったみたいっすよ!」
マジかよ、寝てる場合じゃ無いじゃん。
ラーフの言葉に意識を覚醒させた俺はベッドから飛び起きてマントを羽織った。
「兵はどのくらい?」
「一万と少し、人数だけならうちらの倍以上っす」
残りの兵を全員……って訳では無いみたいだな。
俺はベクトリール軍の判断に胸を撫で下ろしてからラーフに指示を飛ばした。
「分かった。すぐ向かうから、ルーガを対談できるような状態にさせておいて」
「うす」
短くそう返事をして退室したラーフに続いて、俺とライムも部屋を出た。
「っれかきタ?(翻訳:誰か来た?)」
「ベクトリール……ライムを操ってた国の兵士達がね」
眠そうに目を擦るライム。部屋で待っててもよかったのだが、どうやら付いてくるらしい。
(王って、本当に操られてると思う?)
階段を降りながらルシアに意見を求める俺。
『確認しない事にはまだ何も言えませんが、可能性は高いでしょう』
どうやらルシアも分からないらしく、「多分操作されている」といった程度の認識しか今のところはできないらしい。
(仮に操られてたとして、そんな自由意思を操作する魔法か技能なんてあるの?)
あるにはあるのだろうが、それがどういったものなのかが気になった俺はそう質問したのだが、そこは真面目なルシア。『……情報不足です』と申し訳なさそうに謝罪してきた。
『……【森羅万象】で本人を解析しなければ『あるよぉ』』
ルシアの言葉にヤマタノオロチ、さんが割り込んできた。話を遮られたルシアが不服そうにしているが、今は気にしないでおこう。
(あるの? ……えーと、ヤマタノオロチ、さん?)
『もっと砕けた感じでいいよぉ。何なら略してもらっても良いしぃ』
のらりくらりとした喋り方でそう言う……、オロチ(という風に呼ぼうと思う)。
『蛇で十分よ蛇で』
『うわぁ姉さん酷い』
これでも姉さんと同じ龍ですぅ。と口を尖らせて反論するオロチ。……いやまぁ確かに龍なんだろうけど、大蛇だし手足無いし。
(というか、無事だったんだ)
ディメアに色々とやられてから、一切喋る気配が無かったから、てっきりディメアに喋れないように何かされたのかと思ってたよ。
『無事じゃないよぉ全くぅ、姉さんが乱暴するから君と話せなかったんだよぉ?』
あ、実際に会話ができない状態だったんだ。
『変な誤解を生むような発言は止めなさい。大体貴方はね……』
(おーい、話がずれてるよ)
なんかディメアが説教のようなものを始めそうだったので、長くなる前に話を終わらせる事にした。
……オロチのホッとした表情とディメアの不満そうな表情が頭に浮かんできたが、きっと気のせいだろう。
『あぁゴメンゴメン、それで……操作する方法だったねぇ』
(うん、俺達に伝えてきた人の雰囲気的に【主と従】の類いでは無いと思うんだよね)
あの豚が大地や亜理子に付加していた【主と従『隷』】は対象を強制的に言いなりにするもの、しかしあの女性は自身の感じた違和感を確信して俺達に伝えたような感じがしたのだ。
『色々あるよぉ。例えばボクが君にあげた【憑依操作】も宿主をある程度操作できる技能だしぃ、あとは【精神操作】とか【侵食寄生】とかぁ、種類と差異はあるけどぉ二十種類くらいはあるよぉ』
名前からして明らかエグそうな技能の名前が並び、二十種類という量に驚いた俺。思わず確認してしまった。
(本当にそんなにあるの?)
『ボクはこれでも闇属性の神様だよぉ? 嘘も間違いも無いってぇ』
自信満々に胸を張るオロチ。
そういえば七星龍の一人だったな、この人(龍)。
『嘘は付きまくりじゃないの、貴方』
『今は嘘付いてないもんねぇ~だ』
突っ込みを入れるディメアに「んべぇっ」と舌を出してる、そんなオロチの姿が目に浮かんできた。
仲良いんだな……ってそうじゃなくて。
(……王を操ってる技能が何かっていうのは分かる?)
『その人間を見ればねぇ』
(お願いできる?)
『おまかせぇ♪』
なんて話をしている間に砦から出ていた俺。
外には、念のために残しておいた落とし穴の真上に並んでいる形で物凄い数の敵兵士が遠目に整列しており、最前の中央に黄金に輝く豪華な装備を身に付けた屈強そうな男性が立っていた。
王である。
「王と数人の兵士だけこっちに呼んで。その後は俺が案内する」
「はっ」
俺の指示で、一番近くにいた兵士が行動に移った。
(どう?)
王と、その護衛のような兵士がこちらへ近付いてくるのを見て、オロチに鑑定の結果を聞く。
ちなみに【解析鑑定】を使ってみた結果、操る系の技能は持っておらず、掛けられている痕跡すらなかった。
『おぉ~人間にしては結構やるねぇ』
『で、どうなの?』
一人で納得しているオロチにしびれを切らしたのか、ディメアがそう聞いてきた。
『無意識を操作してるねぇ、これはぁ』
『無意識?』
と、ルシアの呟き。聞き慣れない単語が飛び出してきたからだろう。かくいう俺も気になる。
『そうだよぉ。【意思勧誘】っていうんだけどねぇ』
オロチの説明によると、どうやらこの技能は対象を『操る』のではなく、対象の判断を『改変する』ものらしい。
簡単に言うと、対象の判断する行動を、対象の無意識の状態を使って自身の自由に操作する技能なんだとか。
……なんか難しいな。
『これの良い所はねぇ、操作したっていう証拠が殆ど残らないって事とぉ、宿主本人が喋ってるから身近な人間は不自然に感じないって事なんだぁ』
(デメリットとかは?)
『本人の無意識な部分を操作するから、宿主はその事を喋った記憶が無いって事かなぁ。「あれぇ? いつの間にこんな事やってたんだぁ?」ってなるんだぁ』
内容もそうだけど、デメリットの方も俺には理解が難しいな。
(ちなみに解除する方法は?)
『うぅ~ん……宿主の魂を砕くか寄生してる人間を殺す、とか?』
つまり解除不可能なんですね、はい。
『まぁ君の技能を使えば簡単でしょぉ?』
……そうだった。
ここにきて【万物吸収】の存在を完全に忘れていた俺。
『ふふふっ』
(……)
突然笑い始めたオロチ。
仕方ないだろ、忘れてたんだから。と反論もとい開き直ろうとした俺だったが、オロチは『違うよぉ』と笑いながら答えた。
『いやぁ、ね。話してまだあまり時間も経ってないのに、そんな相手の言葉を信じるんだなぁ……ってねぇ』
どうやら俺がオロチの言葉を先程から事実として受け取っている事に対して笑っているみたいだ。
というか、それのどこに笑いのツボがあったのかは知らないけど、俺だって意味もなく信じてる訳じゃないからね?
(ディメアがいるから、嘘は付けないだろうな、と)
『……まぁそうだけどぉ』
『あら、分かってたなら良いわ』
(俺だってそんなにお人好しでは……どうしたの?)
なんか三人の視線を感じる……。
『いえ……』
『自覚無しって逆に凄いわね』
『見てて飽きないから良いよねぇ君はぁ』
(何が!?)
その後も気になって何度も聞いたものの、三人ともそれに関しては一切喋らなかった。
「数日振りだな、子供冒険者よ」
馬みたいな蜥蜴みたいな生物に乗って俺を見下ろす王は、予想に反して穏やかな表情をしていた。
戦争で、尚且つ負けている国の王としては些か不自然だ。
「……はっ、この度はどの様なご用件で?」
それでも、と感情をできるだけ表に出さずに会話を続ける。
「この砦にいるというアシュトルス現女王と対談したいと思ったのだ」
「ルーガ女王様でしたら、既にお待ちしておりますよ」
「うむ、気が利くな」
気が利くっていうか、普通は用意周到な俺達を疑う所じゃないか?
時間が経てば経つほど王の無事さが目立っていく。後ろの兵士達も流石に動揺してるぞ。
「所で聞くが、あのスライムを出し抜いたのは貴様か?」
オブジェと化しているライムの体の事を指しているのだろう、興味津々といった様子で聞いてきた。
「はい、……偶然打開策がございましたので。ちなみにあのスライムをアパカータへ送ったのは、十中八九ベクトリール王、貴方様ですね?」
「最後の手段だったのだがな」
参った参った、と愉快そうに笑う王に、ベクトリールの兵士が戸惑いの表情で王を見ている。
王の異常ともいえる能天気さに理解が追い付いていないのだろう。
「最後の手段? 『亜理子』では無かったのですか?」
「亜理子……」
おっと食い付いた。
亜理子の一言で一瞬固まった王。それを俺は見逃さずに畳み掛ける。
ひとまず王に掛けられた技能を解除するなら、王自身に操られてる事を知らせないと、何も言わずに触ったりするのは色々とマズイからね。
「……私はてっきり、彼女がベクトリールの砦だとばかり思っておりましたが……どうやら私の「亜理子はどこだ?」」
先程までの飄々とした態度から一変……真面目な、それでいて焦りを隠せていない表情になった王。
多分正気に戻ったのだろう。
「危険ですので拘束しております」
「……私は何故此処に? 此処はどこだ!?」
段々と額に汗が伝っていくのが見える。
「ここはアパカータ砦です」
「砦だと?」
やっぱりオロチが言った通り、記憶に無いみたいだ。
まぁなんにせよ、正気に戻っている今が本物の王に説明するチャンスである。
「王が自らこの砦までやって来た経緯は?」
「……分からん」
「……やっぱり」
俺も、王から信用を得る為に少し演出を加えた。すると、何故かオロチが引っかかる。
『ほらねぇ言ったでしょぉ?』
『貴方はちょっと黙っていなさい』
『……姉さん酷いよぉ』
「(……ナイスディメア)ベクトリール王、貴方様は第三者によって操作されております」
「なんだと?」
俺の言葉に訝しそうにしている王。
「これまでも何度か心当たりがありませんでしたか?」
「そんな事……ッ、まさか」
あるわけないだろ、と言おうとしたのだろう。しかし、心当たりはあったみたいだ。王の顔がどんどん驚愕に変化していく。
「私はベクトリールの人間を自称した人物からその話を聞きました。その人物は女性でしたが、心当たりはございませんか?」
「霞……!?」
「あるのですね」
ふむふむ、霞っていう人物なのか。アシュトルスに拘束してる幻の仲間だったりするのかな?
「い、一体どういう事なのだ?」
「詳しくは女王を交えて……到着しました」
予めラーフにこの部屋で待たせるよう言われたルーガが、いつの間に着替えたのか動きやすさ重視のドレスに身を包んで優雅に佇んでいた。
……今笑わなかった俺は結構頑張った方だと思う。
「ようこそいらっしゃいました、ベクトリール現代国王、マグナ・ベクトリール殿」
「あ、あぁこれはアシュトルス女王……何故このような場所に?」
混乱し過ぎているのか、ルーガの顔を何やら懐から取り出した羊皮紙と見比べていた王。
ルーガ本人だというのが分かった所で王族の挨拶をして返した王だったが、手順がバラバラだ。
「少し野暮用がございまして……マグナ王はどういったご要件でこちらまで?」
野暮用って……こっそり付いてきただけだけどな。
「それが私にも……」
「私がご説明します」
ようやく本題に入れる。さて、どこから話そうか。
「……と、このような経緯がございまして、ベクトリール王はこの砦までいらっしゃいました」
数十分、自身がこの砦まできた経緯を軽く説明し、逆にルーガに今の王の状態を説明した。
尤も、王に分からない範囲での説明なのだが。
「そんな事が……、事実なのだな?」
「はい。そして私はその人物におおよその見当を付けております」
「……ナフール・デイペッシュだな」
ようやく落ち着きを取り戻したらしい王が、静かにそう呟いた。
「そうです」
あの豚が【意思勧誘】を使えるのかはさておいても、この件に豚が関わっているのは確実だ。
「亜理子を召喚する方法、技術があるのはあの男しかおりません」
「亜理子……そうだ亜理子だ。無事なのか?」
椅子から立ち上がり、亜理子の寝ているベッドに近寄る王。
「ご安心下さい。今は特殊な措置で眠っているだけです」
「……確認したい」
本当に寝ているだけかどうか、という事をだろう。
まぁ一瞬なら良いかな。
「分かりました」
俺は亜理子の魂を元の場所へ戻した。
……戻してしまったのだ。
「……ごくろうだった、子供冒険者よ」
「えっ……?」
オマケ
お茶を口に含んで「うん……?」と何とも言えない表情で(ry
(……なんか俺の茶だけ凄ぇ冷てぇっす)




